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Def Tech・Microさんが「母」を語る

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母の言葉をもとにして生まれた"命の名曲"


Microさんには、子どものころにお母さんから繰り返し言われた、忘れられない言葉がある。

「母は、『あなたの体の中にも宇宙があるのよ』と、僕によく言いました」


そして、次のように言葉を続けたという。


「眼の中にはクリスタル(水晶体)があるし、歯はエナメルでできているし、体の中には星を作る成分がすべてそろっているの。あなた自身が、宇宙と同じくらい大切な存在なのよ。人の命は、どんな宝石もかなわないくらい尊いものなの」


「命の大切さ」を子どもに教える母は多いだろうが、これほど詩的な言葉で語る人は希(まれ)ではないか。


「母は本をたくさん読む人で、家は本だらけでした。確かに、詩人的な資質の持ち主だと思います」


長じてから、Microさんはお母さんのその言葉が、『法華経』「五百弟子受記品」に説かれる「衣裏珠の譬え」(えりじゅのたとえ/貧しい男の衣の裏に、友人が宝珠を縫い付けておいたが、男はそのことに気づかなかったというたとえ話)と、日蓮の御書の一節をアレンジしたものであることに気づいた。


「その言葉が、小さいころ僕が何かをおねだりしたとき、諦めさせるために使われることもありました。『あなたの中には何よりも尊い宝石があるんだから、いらないよね?』と(笑)」


心に刻みつけられた「あなたの中には宇宙がある」という母の言葉をもとにして、のちにMicroさんは2つの歌を作った。


Def Techの「Golden Age」(ゴールデンエイジ)と「All That's In The Universe」(オールザッツインザユニバース)――2011年10月に発売されたアルバム『UP』(アップ)に収められた曲だ。


「母の言葉がそのまま詞に生かされているので、この2曲の作詞印税は母に渡さないといけないくらいです(笑)。その代わりに、母にはバーキンのバッグをプレゼントしました」


このエピソードが示すとおり、Microさんの音楽には、お母さんから教わったことが有形無形の影響を与えている。


「僕のライブに両親を招待することもよくありますが、母から褒められたことがあまりないんですよね。むしろ、いちばんシビアな批評をしてくる観客です。『今日のライブは、まあ80点くらいの出来だったかな』とかね。僕は『ママ、採点までしてくれなくてもいいから』と言うんですが、『だって、私が言わなかったら、ほかに言ってくれる人はいないでしょ?』って……。


僕のソロ活動のライブではほかのアーティストの曲をカバーすることも多いんですが、『あの曲はあまりよく歌えてなかったから、もうライブで歌わないほうがいいよ』とか言われます。いまだに、百点満点は一度ももらえていないんですよ(笑)。でも、母の厳しい言葉が、僕の創作のエネルギーになっている面もあります」


「心得違い」を、母に厳しく叱られた日


子どものころではなく、もう成人してから、Microさんはお母さんに厳しく叱られたことがある。


「大学生として就職活動をしていたころ、母に向かって、『俺は絶対、サラリーマンになんかなりたくないよ』って、ちょっと小馬鹿にした口調で言ったことがあるんです。就活がうまくいかなくてイライラしていたせいもあるんですけど。


『サラリーマンなんて、月曜から金曜まで同じようなことをして、退屈な生活で、みんな疲れきった顔してさぁ。やってらんないよ。俺はアーティストになるから』


そう言ったら、母の顔色がサッと変わって、すごく怒られたんですよ。『あんたがアーティストを目指すのはいい。でも、サラリーマンを馬鹿にするのは間違ってる』って……」


次の日の朝、Microさんはお母さんから早めに起こされ、「一緒に来なさい」と言われた。実家のある蒲田から京浜東北線に乗り、行った先は"サラリーマンのメッカ"ともいうべきJR新橋駅前だった。たくさんのサラリーマンが、電車を降りてそれぞれの会社に向かっていく。


「あの人たちをよく見ていなさい。疲れきった顔をしているかもしれないけど、サッと表情が変わって"闘う男の顔"になるから」


そう言われて人の流れを見ていると、確かに、駅から離れて会社に向かうとき、スイッチが切り替わるようにサラリーマンたちの表情が変わる瞬間があった。その変化に気づいたMicroさんに、お母さんは重ねて言ったという。


「あんたはまだ社会に出てもいないのに、サラリーマンを馬鹿にできる立場じゃない。社会では、みんながそれぞれの立場で一生懸命闘っているの。アーティストだからサラリーマンより偉いなんて、とんでもない勘違いよ」


その一言で、Microさんは自分の中にあった偏見と傲慢さに気づかされた。人は皆「桜梅桃李」(おうばいとうり)で、それぞれの役割を精いっぱい果たしている。立場や職業による上下など、一切ない……そうしたお母さんの価値観が、Microさんの命に刻みつけられたのだ。


「そのエピソードが象徴的ですけど、母は僕に、知識を教えるというより、大切な生き方とか価値観を教えてくれたんですね。僕の生き方、考え方、美意識、立ち居振る舞い……そういうものにいちばん大きな影響を与えたのは母だと思います。父の影響ももちろんありますけど、母のほうが大きいですね。人として正しい生き方を教えてくれた母に、僕は深く感謝しています」

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