ジェンダー平等こそ社会の停滞を打破するカギ。(下)
2023/06/30少子化の背景には職場と家庭の男女格差がある。仕事も出産も諦めずに済む組織の作り方を考える。
(『潮』2023年7月号より転載、全2回の2回目。)
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兵庫県豊岡市のジェンダー改革
田原 地方で暮らす女性が「ここで暮らしている限り出産は無理だ」と思う状況では都市部への人口流出は止まりません。
白河 その通りです。さらに言えば、多くの地域は「子育てしやすい町にしよう」と考えていますが、それではうまくいきません。というのも、女性が地元を離れるのは「子育てができないから」ではなく「ここにいたら自分の人生が狭まってしまう」と考えるからです。
田原 子育てがしやすいに越したことはないけれど「女性は子育てが仕事だ」という考えは間違っているんですね。
白河 地方には「育児は女性/稼ぎは男性」という無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が未だに残っています。そもそも少子化対策というのは、子育て支援だけではないんです。結婚する前、子どもをもつ前の段階にいる人のための政策が必要で、それこそがジェンダーギャップの解消なのです。
田原 地方で男女平等がうまくいった事例はありますか。
白河 兵庫県豊岡市は注目すべき自治体です。豊岡市のまず素晴らしいのは「ワークイノベーション推進室」(現・ジェンダーギャップ対策室)を設置したことです。
田原 ジェンダーギャップ解消の専門部署をつくったんですね。
白河 推進したのは前市長の中貝宗治氏ですが、市長が代わった後も継続されています。中貝氏は市長就任後、足元の市役所で女性の仕事をすべて調べました。すると、市は女性職員を差別しているつもりはまったくなかったのですが、実際は女性が事務的な仕事や受付業務ばかりを担っていることがわかったのです。中貝氏は女性職員に謝罪し、ジェンダーギャップ解消の旗を掲げて動き始めました。
田原 なぜ中貝さんは全国に先駆けてジェンダーギャップ解消に力を入れ始めたんですか。
白河 直接会って伺ったところ、最初は少子化対策がきっかけだったそうです。豊岡市には城崎温泉もあり、地方創生に成功している地域であるにもかかわらず、高校卒業後に多くの若者が外に出ていってしまいます。20代の豊岡市出身者がどのぐらい地元にUターンしているか調べたところ、男性は50%前後、女性は25%程度でした。女性が4人に1人も地元に帰ってきていない事実に、中貝氏は衝撃を受けたそうです。
田原 豊岡市では具体的にどんな取り組みがされているんですか。
白河 女性のキャリアアップ支援、経営者に対するジェンダーギャップ解消への働きかけ、男性職員の育休取得の奨励などを行ってきました。育休を取った市の職員の男性は市の広報紙の表紙に登場してもらうなど、あの手この手でアピールしています。子育て中の女性も対象として、ITスキルを習得できるセミナーも市の予算で開講してきました。
田原 ITスキルを身につければ、会社に出向かなくとも自宅でテレワーク(在宅勤務)ができる。
白河 テレワークで遠方の会社の仕事が取れれば、賃金の単価が上がる可能性もあるということです。地方都市の賃金ではなく、東京の賃金で働けます。
田原 そうか。東京や大阪の会社は、地方よりも賃金が高い。地方で暮らしながら、都会で働くのと同じ賃金が得られるわけですね。
白河 賃金は本当に重要です。女性が稼げるようになれば、少子化対策とジェンダーギャップ解消は大きく前進するでしょう。こうした豊岡市の取り組みは市長が交代してからもつづいています。
田原 メディアや政府の有識者会議で豊岡市の取り組みが話題になる。すると内外で評価が高まり、いっそう市が盛り上がっていきますね。
平等を定着させたリーダーの推進力
白河 首長が宣言して動き始めれば、ジェンダーギャップ解消は豊岡市に限らずどこでも実現できます。
たとえば、都道府県版ジェンダーギャップ指数(行政分野)では鳥取県が最も平等が進んでいます。その立役者となったのが県知事を1999年から2007年まで務めた片山善博氏です。
田原 彼はどんな風にジェンダー平等を進めていったんですか。
白河 片山氏が自治省(現・総務省)から鳥取県に出向した当時、県庁の受付に女性しかおらず、管理職に女性が全然いない様子を見て「これはおかしい」と気づきました。県知事に就任すると、県内で開かれる有識者会議の委員について女性比率を4割以上にするよう決めました。
田原 女性の委員が4割を下回らないように、あらかじめルールを決めてしまった。「クオータ制」(男女の割り振りを一定数に定める制度)の先駆けですね。
白河 初めは「委員になる女性がいません」という声もあったそうです。すると片山氏は「いないんだったら自分で探してくる」と言って推し進めたそうですよ。反対する人には「あなたの娘さんが社会に出たとき『君は女だからこの仕事に就けない』なんて言われたらどんな気がしますか」などと語って、諄々と説得していったそうです。
ほかにも、県庁の職員が知事に面会したり具申するとき、あいだを取り次ぐ秘書室の職員を女性に交代させました。
田原 どんなに職位の高い男性でも、まずは女性に問い合わせないと知事に話を通せなくなった。
白河 強制的に女性職員に仕事の話をして、取り次ぎをお願いすることになります。すると、最初は男尊女卑の感覚が強かった人でも、女性職員が男性となんら変わらず仕事ができることに気づいていきます。こうしたリーダーの決断と工夫によって組織にジェンダー平等が定着して、それは片山氏の退任から16年が経った現在もつづいています。トップの推進力は想像以上に大きいんです。
婚外子支援と家族のあり方
田原 日本では長らく、父親の認知を受けない婚外子への差別的政策が続いてきました。2020年度からひとり親控除が始まり、婚外子への手当がようやく始まっています。
白河 超党派の女性議員が一丸となって頑張ってくださったおかげで、最初から一人で子どもを育てることを決めたシングルマザーにも控除が認められるようになりました。ここからさらに一歩進み、フランスのような子育て政策を日本でも導入するべきです。フランスにはPACS(連帯市民協約)という制度があります。非婚のカップルであっても、結婚届を出した夫婦と同じ権利を認めているのです。子どもがいるカップルの50%以上がPACSを届け出ています。
田原 法律的に結婚していなくても、同性愛者だろうが事実婚だろうが、誰でも子どもを生んで育てられるわけだ。
白河 フランスの友人と話していたら「お父さんとお母さんが法律婚しているかどうかなんて誰も気にしていない」と言われて驚きました。フランスでは、未婚であろうが既婚であろうが子育ての保障はかなり手厚いのです。法律的に夫婦ではない二人が子どもをもつ比率は日本では1ケタで、フランスは50%以上です。しかし、フランスはシングルマザーだらけの国というわけではありません。多くの女性は結婚していないだけでパートナーと一緒にちゃんと子育てをしているのです。
女性が暮らしやすい国では「たとえパートナーが家庭からいなくなっても仕事がなくなっても、あなたの子育ては政府が保障します」というメッセージをリーダーが常に発信しています。すると女性は「この国で暮らしている限り、子どもを生んでもなんとかなる」と安心できるのです。
田原 つまり、フランスの女性はキャリアプランや家計を理由に出産を諦めたり、控えたりすることがないんだ。一方、日本では「子育て罰」が強く、子どもを生めば生むほど損になってしまいかねない。この現状を思いきって変革しなければいけませんね。
白河 リーダーが変われば世の中はガラッと変わります。政界にも官界にも思いきってクオータ制を導入し、女性の政治家、そして女性の意思決定者を一気に増やすことが重要です。
田原 その通りです。僕もクオータ制導入に向けた国会議員の勉強会をつづけています。白河さんもぜひ頑張ってください。
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相模女子大学大学院特任教授
白河桃子(しらかわ・とうこ)
慶應義塾大学卒業。中央大学ビジネススクールMBA修得。住友商事、外資系金融等を経て著述業に転身。相模女子大学客員教授を経て20年より現職。内閣府「男女共同参画会議重点方針専門調査会」、内閣官房「働き方改革実現会議」等で委員を歴任。
ジャーナリスト
田原総一朗(たはら・そういちろう)
1934年滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て独立。「朝まで生テレビ!」「激論! クロスファイア」に出演中。『日本を変える! 若手論客20の提言』(小社刊)ほか、著書多数。