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【対談】中国の文化を知ることは日本人自身を知ること

好評発売中の『亀甲獣骨 蒼天有眼――雲ぞ見ゆ』(山本一力著)。
本書の舞台は中国。若き篆刻家・丁仁(ていじん)が神秘的な文字のようなものが刻まれた「竜骨」を手に入れたことをきっかけに、中国文明の謎に迫っていく時代小説です。
著者の山本一力氏が、本書の執筆にあたり教えを受けた角道亮介氏と、本書や中国の歴史をめぐって特別対談を実施しました。その模様を特別公開いたします。
(本対談は『潮』2023年8月号に掲載されたものです)

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政治史の背景に人々の暮らしあり

山本 月刊『潮』で連載している「蒼天有眼――雲ぞ見ゆ」シリーズの第1巻『亀甲獣骨』が75日に刊行されます。そこで今回は、私がこの連載を始めるにあたって教えを受けた、古代中国の専門家であり考古学者である角道先生と一緒に、拙著や中国の歴史をめぐってお話しできたらと思います。

角道 『亀甲獣骨』は大変面白く、最初から最後まで一気に読みました。研究者の立場だとどうしても怖じ気づいて言えないようなこともスパッとお書きになっていて、「よくぞ!」という思いでした。

主人公の丁仁が清代から中国古代の殷代へタイムスリップして、さまざまな職人たちと出会う中に、竹に文字を記す竹簡(ちくかん)をつくる職人も出てきます。

大学で授業をしていると、学生から「殷代から竹簡に文字を書いていたんですか?」と聞かれることがありますが、私は「そうかもしれないね」と歯切れの悪い言い方しかできないんですね。個人的にはあの時代に竹簡があったと思う一方で、殷代の遺跡から竹簡の実物が出てきていない。

こういうジレンマがいつもあったので、山本先生の小説を読んで、これくらいはっきりと言い切ってくださったほうが、歴史のイメージは明瞭に伝わると感じました。

山本 それは嬉しいな。

角道 考古学者や歴史学者はどちらかというと政治史ばかりに関心が向きがちで、背景にある人の暮らしを見過ごす節があります。そこを山本先生はしっかり拾って描いてくださっていたので、私自身にとっても勉強になりました。


歴史の後ろには必ず職人がいる

山本 この「蒼天有眼―雲ぞ見ゆ」シリーズの生みの親は、実は角道先生なんです。潮出版社から連載の話があったときに、具体的なイメージはまだ頭にありませんでした。ただ、一つだけ条件を付けたのは、私は歴史の中で武家より職人の話が好きでしたので、その時代を生きた庶民の視点でテーマを考えたいということでした。

そこで、編集部が中国の歴史を学ぶ勉強会を開いてくれることになった。講師として来られた角道先生が教えてくださったのが、殷・周の時代における青銅器とそれに関わる人々の営みでした。

角道 よく覚えております。

山本 角道先生のお話を聞いて、青銅器が当時の最先端技術で製作されていることを初めて知りました。「では、どんな人が作っていたんですか?」とお聞きすると、先生は「こういう技は一朝一夕になるものではなく、一子相伝のような形で、秘密が外部に漏れないように徐々に発展していった」とお答えになった。その瞬間に、私は「これでいける」と思ったんです。

角道 恐縮しています。

山本 王や武将については小説でも散々書かれてきたけれども、では報奨として贈られたり、権威を示すために配られたりしたものは何だったのか──。その中に青銅の透かし彫りがあったと角道先生から聞いて、私は驚きました。

実は私にとって透かし彫りは特別な意味を持っています。1966年に18歳で旅行会社に就職し、それから2年間、台湾旅行の添乗員をやりました。初めて台湾へ行ったとき、現地のガイドさんに連れられてお土産店に立ち寄った。すると、精巧な透かし彫りの品物がいっぱい並んでいて驚きました。

そのあと国立故宮博物院へ行き、お土産物をはるかに凌駕がする素晴らしい作品を見て、さらに驚いた。「こんなすごい技術を持つ人たちがいるんだ」と。

角道先生の勉強会で青銅器の話が出てきたときに、台湾で見た風景が一気に蘇ってきました。ガチッと頭の中で大きな音が鳴って、「歴史的な出来事の後ろには、必ず職人たちがいる。その姿を描こう」と確信が持てたんです。

技術によって争いを避ける知恵

角道 『亀甲獣骨』を読んでいて、職人による物づくりの描写がとても精緻だと感心しました。職人たちの技術が国や時代を動かすという視点は、非常に興味深いと思っています。

私の専門である殷や周では、王朝の中心に技術者集団がいて、彼らの作り出すものこそが、王室を統率する力を持っていたようなのです。最近の研究でも、中国の古代王朝における権力の根幹に技術があったと議論されています。当時の社会を活写した山本先生の小説を読みながら、新しい中国史を拓く先端の研究とリンクしていると感じました。

山本 角道先生に教えてもらったことが基礎になっています。

角道 目に見えて、手で触れるものこそが思想を形づくり、そこに人々が偉大さを感じるというところに、中国における権力の特徴があるのかもしれませんね。

もう一つ気になるのは、殷・周を通じて、戦争をしていた様子があまり見えてこないことです。武力で制圧して従わせるというようなことを、もしかしたら意図的に避ける社会を築いていたのではないかと。もちろん、王朝の内部で奴隷や生け贄として犠牲になる人たちはいたのですが、外部との積極的な戦争はあまり見受けられません。つまり、武力ではなく技術によって威光を示すことで、争いを避ける知恵があったのではないかと考えています。

山本 政治であれ宗教であれ、精神の支えとなる〝証〟がないと人はついて行かないですよね。たとえば『旧約聖書』に出てくるモーセは、古代のイスラエル民族を率いてエジプトを脱出する過程で、海を割って道をつくるなど、さまざまな奇跡を示しています。

中国古代の青銅器は、手に取ることができるという意味で、非常に分かりやすい〝証〟だった。それを見た人は誰だって、「こんなすごい物をつくれる王は偉大だ」と思ったに違いありません。生きていくうえで支えとなる〝証〟が明確であれば人々はついて行きますし、それに対して恐れを抱けば服従します。逆に、人々が〝証〟の力を見限れば、反抗のきっかけにもなるでしょう。歴史というのは、いわばその連続ですね。

角道 そう思います。古代中国において権力がどう機能していたかを考えると、山本先生がおっしゃるように、目に見える〝証〟とそれに接したときの驚きが、かなりの部分を占めていると、最近ますます感じるようになりました。見て、触れて、感じ取ることができるという実体験が、歴史を動かしているのだなと。私が携わってきた考古学も、まさに実物に重きを置く学問だと言えます。


中国の発掘調査では
麺ばかり食べていた

山本 角道先生はたびたび中国の発掘調査に参加されていますね。以前、現地での食事について伺うと、「麺ばかりを食べていた」とお答えになったのが印象的でした。

角道 あれは私がいまより若い頃の話ですが、半年ほど朝はマントウ(饅頭)、昼と夜は麺ばかり食べる生活を続けました。

山本 半年間も麺ばかりとは、大変でしたね。(笑)

角道 現場で一緒に作業をする地元の方々がそういう生活をなさっていたので、同じものを食べて、同じ場所で寝ようと心がけました。地元の人たちと同じものを食べ、同じ水を飲むというのが、その土地の歴史を理解するのに最善の方法だと思っています。

山本 素晴らしい原点ですね。文字通り、同じ釜の飯を食ったわけですから。私も連載を進める中で、職人たちがどんなところで何を食べるかは大事に考えています。何を食べるかのその先で、何をつくるかが決まってきますので。

角道 『亀甲獣骨』で何より感服したのは、当時の人々の暮らしがリアリティを持って生き生きと描かれていることでした。過去の人々の暮らしを想像できるかどうかは、実は考古学や歴史学でも重要な能力になってきます。

ここ数年、私は沖縄県の石垣島で、江戸から明治の頃の邸宅の発掘に参加しています。あるとき母屋を掘っていると、端のほうに石造りの小屋のようなものが出てきた。初めは祭祀などに使用する拝所(うがんじゅ)かなと思ったのですが、それにしてはずいぶんと造りが粗末なんですね。

ある日、琉球の歴史に詳しい専門家が視察にいらした際に聞いてみると、ヤギ小屋だということが分かったんです。自分の思い込みに縛られる危うさを改めて思い知ると同時に、出てきた道具や住居がどう使われていたかをイメージする力は歴史研究に欠かせないと痛感しました。

学生が見つけた釉薬のかかった磁器

山本 また近々、中国へ発掘に行かれる予定はあるのですか?

角道 コロナ禍の影響で中国での発掘調査に参加できなかったのですが、今年の秋に、数年ぶりに参加する予定です。私の勤務先である駒澤大学の学生たちにも参加を呼びかけたところ、二十数名の希望者がいたので、一緒に連れて行こうと思っています。

山本 発掘に行きたいという人がそんなにたくさんいるんだな。次代を担う若者たちが中国へ遺跡を掘りに行く。その志に胸を打たれますし、うらやましくも思います。

角道 発掘では、掘っている現場やそこに暮らしていた人たちをイメージできるかどうかで、学びの質も変わってきます。当時の人々の暮らしを生き生きと描いた『亀甲獣骨』は、イメージを育むのに最適の教材になりますので、学生たちにも勧めたいと思っています。

山本 ありがたいことです。ぜひ学生たちには、「この小説の基になったのは俺の話だ」と伝えてください。(笑)
さて、発掘をしていて、一番興奮するのはどんな瞬間ですか?

角道 やはり出土品が出てきたときです。青銅器にしても土器にしても、出てきた瞬間が一番ワクワクします。遺跡を覆う土を掘っている最中は、そこが何に使われていたか分からないのですけれども、たとえば動物の骨ばかり出てきたら「食べかすを捨てていた穴なのかな?」とか、日常生活で使わない土器が出てきたら「祭りで使った道具を埋める場所なのかな?」とか、遺跡の解釈ができるようになります。この〝推理〟するプロセスが、また面白いんです。

山本 文字だと角道先生の嬉しそうな声の弾はずみが伝わらないのが残念だな(笑)。角道先生が発掘現場に連れて行っている学生たちも、何かを発見したときにはいい顔をするんじゃないですか。

角道 そうですね。周代の遺跡調査で、ある学生が釉薬(ゆうやく)のかかった磁器を見つけたことがありました。王室か、あるいはそれに深く関わる人でないと所有できないような質のもので、とんでもない発見だったんですね。

発掘へ行くと学生たちには日誌を書いてもらうのですが、普段は適当だった彼の日誌が、その日だけきれいに出土品の図面を写していて、嬉しかった心情が伝わってきました。


考古学と小説は「車の両輪」

山本 角道先生のお話を伺っていて思うのは、過去を辿って物事を見つけ出すという点で、考古学者と時代小説家は同じ営みに参画しているということです。考古学者である角道先生は遺跡を掘り当て、実物から歴史を研究される。小説家である私は筆の力を借りて、歴史に形を与える。両者の仕事において、探究心が原動力になる点も共通しています。

私の書く小説や角道先生の発見する出土品は、現代の生活に直接関係ないかもしれません。しかし私たちの知的探求は、作家や学者自身にとっても、またその成果を読む読者にとっても大きな喜びになると信じます。

角道 おっしゃるとおりです。私も学生に教えるにあたって、「遺跡から何でこんなものが出るのか?」「当時の人々はどんな暮らしをしていたのか?」と疑問を持ち続けてほしいと思って授業をしてきましたし、また好奇心のままに発掘をして、過去に思いを馳せるところに考古学の本質があると感じます。

その意味で、イメージを喚起しながら筆の力によって過去を再現する小説の方法と、実際の出土品を通じて歴史を復元する考古学の方法は、車の両輪のような関係にあると私は考えています。

山本 先ほど角道先生は今秋に中国へ行かれるとお話しされましたが、現在の日中関係は決して良好とは言えない状況にあります。両国が政治的にうまくいっていない中で、歴史や考古学を探究する意義はどこにあると思いますか?

角道 大きく二つあります。一つは、遺跡から出てくる出土品などの考古資料は嘘をつかない、つまり誰かをだまそうとして意図的に埋められたものではないので、それらを基準とする限り、現在の政治と少し離れたところで自由に議論ができます。

もう一つは、同じ発掘現場に入ったらもう仲間ですので、国籍がどこであろうと、何があってもお互いに絶対に裏切らないという安心感があるんです。私が半年間にわたって参加した先述の発掘調査でも、農家のおばさんが毎日ご飯を作ってくれて、いまでも現地へ行くたびにご自宅へ呼ばれて、麺を振る舞ってくださっています。

山本 いい話だなあ。実を言うと、私はこの連載がなかったら、中国のことを知ろうなんて考えなかったと思います。政治体制もあまり好きではなかった。でも、角道先生の授業を受けたり、執筆の準備のために現地へ足を運んだりした過程で、日本は中国からいろんなものを学んでいることを深く実感しました。

「ああ、これも中国から教えてもらったのか」と思うと、驚きと同時に敬いの気持ちが出てくるんですね。古代に大陸の文物を日本へ運んでくるのは、命がけじゃないですか。故郷に帰れるかどうかも分からない中、日本へ渡ってきた人たちがいたというのは、揺るぎない事実ですよね。

角道 中国の文化を知ることは、私たち日本人自身を知ることにも結びつきます。考古学や時代小説を通して、それに気づくきっかけが増えるといいなと思います。

 
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駒澤大学文学部歴史学科准教授
角道亮介(かくどう・りょうすけ)
1982年生まれ。千葉県出身。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専攻は中国考古学。著書に『西周王朝とその青銅器』、最新刊『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』(共著)など。

作家
山本一力(やまもと・いちりき)
1948年高知県生まれ。97年オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2002年『あかね空』で直木賞受賞。「損料屋喜八郎」シリーズ、「ジョン・マン」シリーズなど、時代小説を中心に著書多数。