プレビューモード

【連載開始記念対談】今日から〝負けない人生〟を始めましょう

いよいよ10月から、コミック版『きっと幸せの朝がくる』がスタート。
連載開始を記念して、原作者の古川智映子さんと作画のくさか里樹さんの対談をお届けします。
26歳の年の差を越えた、お二人の〝負けない人生〟が、ここに――
(『パンプキン』2023年9月号より転載。撮影=雨宮薫/取材・文=鳥飼新市/イラスト=くさか里樹)



古川 今回のお話をいただいたとき、すぐにお請(う)けしましたが、あとで考えてコミックになるって大変なことだと少し後悔したんです。でも、くさかさんが描いてくださるというので安心しました。ありがとうございます。

くさか いえいえ。私こそ、お礼を言わなければならないと思っているんです。

古川 えっ、お礼って、どうしてです?

 

今再びの火がつきました

くさか 『ヘルプマン!』シリーズの連載が一昨年に終わったんです。18年間エンジンを切らないで走ってきて、走るのをやめた瞬間、引退してもいいかという気持ちが大きくなりました。その一方で描き続けなければという気持ちもあって、せめぎ合っていたんです。

古川 そんなときにこの話があったわけね。

くさか そうです。それで古川さんの著作を読み直して、古川さんが緑内障を患われたときの池田先生※ の激励にハッとしたんです。

※池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長 編集部注

古川 「祈って、祈って、祈り抜きなさい。病気に負けないだけではなく、あなたの境涯をすっかり変えることができる」という……。


くさか はい。私も〝負けない人生〟を始めなきゃと思って、迷いが消えました。命ある限り描き続けようって、古川さんに今再びの火をつけてもらいました。

古川 辞めちゃダメよ。あなたは才能があるんだもの。絵もすごくお上手だし、ね。

くさか いや、もう本当に絵は下手で……。

古川 向上心があるのね。そういう気持ちがおありだから成長を続けられるんですね。

くさか いえいえ。私、50代になって、なんとかうまくなりたいと初めてデッサン教室に通ったんです。それがすごくいい経験になって、もっと早く通えばよかったって(笑)。


古川 小説ではなく、エッセーをコミックにしていくのは、大変なのではないですか?

くさか それはないですが、「祈り」をどう表現するか。これは難しいと思っています。

古川 ご苦労をおかけしますね。さっきの緑内障もそうですけど子宮筋腫、自律神経失調症、変形性股関節症、悪性リンパ種など、私の人生は病魔との闘いの連続でした。

くさか 古川さんの人生を切り開いてこられた祈りの強さ、深さをコマ割りやアングルを工夫して表現していこうと思っています。

古川 私は田河水泡(たがわすいほう)さんの『のらくろ』や長谷川町子さんの『サザエさん』世代で、コミックのコマは均等でした。今はすごく迫力があるのね。それに私たちはコミックといえば安らいだり、ホッと息抜きをするものだったけど、今はすごくリアルで驚きました。

くさか 昔のものとはまったく違いますね。

古川 『ヘルプマン!』の主人公・百太郎がこんな趣旨のことを言うでしょう。「人間は抜け殻のように見えても、心のどこかで幸せになりたいと叫んでいる」って。くさかさんの描きたいものは人間の尊厳なんですね。

くさか よく読んでいただいて、感謝です。

古川 実は私も小説をコマ割りで書いているんです。人の一生を1コマ1コマ割って、ここはこういう設定にしよう、ここはああしようとコマの題を決めてシーンを書いているの。

くさか えっ、そうなんですね。驚きました。

 

心を動かすものはアートである

くさか 古川さんの作品を読んで感じるのは、言い切り力や言葉選びの強さです。

古川 私の小説は文学じゃないの。作品も少なく、作家と名乗るのも恥ずかしいくらい。文学ではなく、人を励ます文章なんです。だから、そういう印象をおもちになるのよ。

くさか 私は、人を励ますものこそ文学なんだと思います。私自身も、自分は絵描きさんたちと違ってアーティストじゃない、いち職人だと思っていたんです。ところが「人の心を動かすものはみんなアートだ」と言われたことがありました。だから、人を元気づけたり、励ましたり、感動を与えたりするものはみんな文学であり、芸術だと思います。

古川 そのとおりかもしれませんね。

くさか 古川さんも書くうえで行き詰まったりされることは、あるんですか?

古川 人物を書くときは、ほとんどないんですよ。でも、書くことより、書く前の下調べの取材のほうがすごく楽しいわね。その人物の足跡を追っていろんな場所に行く。この道をどんな気持ちで歩いたのかとか、どこに立ったんだろうなどと考えるとワクワクするの。

くさか それは私も同じです。その現場に行くと本当にいろいろなことを教えられます。

 

「他人と比べる人生は惨めである」

古川 『ヘルプマン!』では、なぜ介護をテーマに選ばれたの?

くさか 私は中学2年のときに漫画家になりたいと思ったんです。デビューして2年目でした。漫画家になることがゴールだと思っていたら、実はスタートだったということに気づいたんです。コミックって常に読者の評価にさらされるわけです。毎回、死刑台にいる気持ちで読者投票の結果を待つんです。

古川 気持ちが休まることがないわね。

くさか こんな実力のない自分がやっていけるわけがない。いつか才能がないのがバレるかもしれないと心が折れそうになって。そのときある言葉に出会うんです。

古川 よくわかります。本当に困ったときに心から励まされる言葉ってあるのよね。

くさか 「他人と自分を比べる人生は惨めである」という言葉です。この「惨め」という言葉が他人の評価ばかり気にしているだけの自分に刺さりました。〝未熟なら未熟でもいい。ありのままでいいんだ〟と思ったんです。それを読者に伝えたいって。ダメならダメで、また素人からやり直そうと開き直りました。

古川 また初めから挑戦すればいい。そう思えることが、すごいわね。

くさか そんな思いでコミックをずっと描いてきたんですが、あるとき介護の現場って自分を追いつめている人が多いんじゃないか。利用者は自分はみんなのお荷物になっていると思い、介護者はもっとてできることがあるはずだと自分を責めているのでは、と思いました。それで介護の現場にいる一人ひとりの素晴らしさを伝えたい、と思ったのです。

古川 だから作品から明るさやユーモアの大切さ、人間の美しさが伝わってくるのね。

くさか それも現場で教えてもらったことです。たとえば暴れたり、徘徊する認知症の方がおられます。こうした周辺症状には、そうする理由があるんです。それをきちんと聞き、対応してあげると収まるんです。介護って、すごくレベルの高い仕事なんです。


古川 くさかさんが「介護はアートだ」とおっしゃっていた理由がよくわかります。ところで、私はこれからも逆境に負けずに生きた、聡明な女性を主人公にした小説を書いていきたいと構想しているんですが、くさかさんはこれからお描きになりたいものは何ですか?

くさか 農業を描きたいんです。ウクライナ紛争を見ても、日本はもっと食料自給率を上げないと大変なことになると思います。

古川 社会的な意識が高いんですね。

くさか でも、描けるかどうか……。

古川 描けますよ。私は今91歳です。あなたは60代でしょう。まだ30年あります。

くさか 確かにまだまだ私は〝はな垂れ小僧〟です(笑)。10月号から連載スタートの『きっと幸せの朝がくる』も、大切な作品となるよう、自分に負けないでがんばります。

 



▶コミック版『きっと幸せの朝がくる』掲載のパンプキン10月号のご購入は定期購読が便利!
お申し込みはコチラ

お届け開始の月号は、購入ページでご確認ください。

 



******
作家
古川智映子(ふるかわ・ちえこ)
1932年、青森県生まれ。東京女子大学文学部卒業。著書に『小説 土佐堀川』『きっと幸せの朝がくる 幸福とは負けないこと』『家康の養女 満天姫の戦い』『負けない人生』『赤き心を おんな勤王志士・松尾多勢子』など多数。日本文藝家協会会員。
ヴィクトル・ユゴー文化賞、潮出版社文化賞受賞。

漫画家
くさか里樹(くさか・りき)
1958年、高知県生まれ。80年に「別冊少女コミック」(小学館)にて『ひとつちがいのさしすせそ』でデビュー。作品に『ケイリン野郎』『クマーラジーヴァ』『永遠の都』『すぐ死ぬんだから』(原作 内館牧子)など多数。
2011年『ヘルプマン!』で第40回日本漫画家協会賞大賞受賞。

 

こちらの記事も読まれています