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新しい自分と世界を拓くのは、勇気の一歩から

今年、デビュー50周年を迎えた島田歌穂さん。
キャリアの折々で出会った作品や人……
その一つひとつの出会いが“宝物”であり、今があるという島田さんに、新作映画や人生のパートナーのこと、今後の目標などを伺った。
(『パンプキン』2024年2月号より転載。撮影=富本真之 取材・文=増沢京子 スタイリング=鈴木美夏〈Balata〉 ヘアメイク=天野広子)

 

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クルクルと変わる表情に伸びやかな声、はつらつとした姿に、こちらも元気をもらえる島田歌穂さん。どこからあの迫力ある歌声が生まれるのか不思議なほどスリムで、優しさの中にも凛とした芯を感じる。

ユーカラの伝承者という難役に挑戦

※ユーカラの「ラ」は小書き仮名。以下同じ。


日本のミュージカル界をけん引する俳優である彼女が「最初は尻込みした」というほどの難役に挑んだのが映画「カムイのうた」だ。文字をもたず、ユーカラという叙事詩で民族の歴史を歌い継いできたアイヌ民族。

そのアイヌ語を初めて美しい日本語に訳し19歳でその短い生涯を閉じた知里幸惠(ちりゆきえ)さんをモデルに、虐げられてきたアイヌ民族の文化の素晴らしさを伝え、差別のない世界を目指す物語だ。島田さんは、ヒロイン北里テルを慈愛深く見守る叔母で、ユーカラの伝承者でもあるイヌイェマツを演じている。

「監督から"ぜひ歌穂さんに(ユーカラを)歌ってほしい"とお話をいただいたとき、私に勤まるかとすごく不安でした。 父が北海道出身なのでアイヌ民族のことを少しは知っていましたが、あまりに悲惨な歴史や大切な思いが込められている作品で、ましてアイヌの方々にとって、とても大切なユーカラを私が歌うなんて恐れ多いという気持ちでした」

ユーカラは、歌い手やその地方によって節回しやメロディもさまざま。 歌い手の気持ち次第で2~3分で終わるときもあれば、一日中歌い続けることもあり、そこには人生の教訓など大事なことがたくさん詰まっている。すべて口伝えで、命から命への伝承ともいえる。

練習のため初めてユーカラを聴いたとき、あまりの難しさにがくぜんとした。

「譜面がないので、知里幸惠さんがローマ字で書き起こした歌詞にカタカナをふった資料をもとに、自分なりに記号などを書いて自分にしかわからない譜面を作り、音源を何度も聴きながら寝ても覚めても練習してました」

リズムやメロディも独特で、いつまで経っても自分のものにならず、苦しんだ。 ユーカラ指導の先生の"形にこだわらず、自由に歌えばいいんだよ"という一言をきっかけに自分なりの声とこぶしで練習し、やっと"それでいいんだよ"と言ってもらえた。

アイヌ民族の豊かな文化に驚嘆

イヌイェマツの家のセットは北海道の東川町にある家に作られたが、そこに足を踏み入れたとき「あ~、質素な暮らしなのに、なんて豊かなんだろう」と心が震えたという。

「今は物があふれていて豊かなようだけど、じつはいちばん大事なものを忘れてしまっているんじゃないかと。 ここは質素だけど、この中でちゃんと豊かに生きていけるんだと感じ、あの空間にすごく力をいただきました」

ユーカラを歌っていて、胸が沸き立つような感動を覚えたシーンがある。 家の囲炉裏を囲み、イヌイェマツがユーカラを歌うとみんなが合いの手を入れ、心がひとつになっていく。

「つらい日々の中でも、こうやってお互いを励まし、いたわり合い、鼓舞し合いながら暮らしていたんだと熱いものが込み上げてきた、忘れられないシーンです」

この作品に描かれている差別や迫害は決して過去のものではない。今この瞬間にも「差別」「紛争」といった問題は世界中で発生している。お互いの文化を認め合い、差異を乗り越えて共和共生の社会を実現するにはどうすればいいのだろうと映画は訴える。

「世界中に問いかけたい難題ですね。 ウクライナやイスラエルの状況を見るにつけ、平和は当たり前のことではないと感じます。人類が栄えたと思ったら戦争や疫病などで、積み重ねた努力が一瞬で崩れてしまうことがあります。こうした地球が破滅に向かう事態が繰り返されています。でも人間を諦めてはいけないと思います。戦争を起こすのも人間なら、それを止められるのも人間だから。目の前の一人としっかり向き合って、みんな同じ人間として対話を重ね、少しでも友情や信頼や励ましを広げていくことではないでしょうか」

映画に登場する小道具の数々。右下のノートは島田さん自らがユーカラをローマ字に書き起こしたもの。右上の美しいアイヌ文様が刻まれた小刀は、ヒロイン北里テルの宝物となる。

デビュー50周年を迎え、これまでの出会いに感謝

音楽家の父とジャズ歌手として活躍した母の間に生まれ、常に音楽が家の中にあふれる環境で育った島田さん。 物心ついたときから歌ったり踊ったりすることが大好きな少女は、1974年に「がんばれ!!ロボコン」のロビンちゃん役で子役としてデビューし、今年デビュー50周年を迎えた。その間、どれひとつ欠けても今の自分はないというほど"出会い"に恵まれてきた。

「人生を拓くきっかけとなった大きな出会いというと『レ・ミゼラブル』です。それもたまたま子役になり、ミュージカルと出会い、さらに井上ひさしさんのお芝居に出演して、しっかり勉強をさせていただいたことが導いてくれたものだと思います」

ミュージカル「レ・ミゼラブル」ではとても重要なことを学んだ。

「"歌わなければいけない"けど"歌ってはいけない"ということです。 『レ・ミゼラブル』はすべてのセリフが歌になっていますが歌として表現するのではなく会話をするように歌を紡いでいかなくてはならない。 よく"歌は語るように、セリフは歌うように"といいますが、それを学ばせてもらいました」

芝居で難しいセリフと向き合い、言葉一つひとつの解釈が大事だと学んだことが、歌の中に反映された。「レ・ミゼラブル」が新たな作品につながり、コンサートやアルバムなど歌手としての活動にも広がっていった。

「目には見えないけれど、そういうものすべてが"歌穂さんに歌ってほしい"とおっしゃっていただいた今回の出会いにもつながったのだと感じています」

じつは「カムイのうた」 出演には、不思議な"縁"が重なっている。

「先日祖母の遺品を整理していたら、アイヌの装束をまとった母が写っている古いネガが見つかったんです。 母が俳優として舞台に立っていた時期だと思います。父は北海道出身、母はその父と結婚する前にアイヌ民族の役を演じていたなんて、びっくり! そして私が50周年を迎える年にこの作品が全国で公開されるなんて。 両親も祖母も他界していますが、みんなでこの作品を見守っていてくれるような気がします」

 

その年齢にしかできない表現を目指して

そんな島田さんにとって、かけがえのない人生のパートナーが島健(しまけん)さん。サザンオールスターズや森山良子さんら多くのアーティストと仕事をする名ピアニストで名アレンジャーだ。仕事もプライベートも一緒。結婚30周年を迎える島田さんに、夫婦円満の秘訣を聞いてみた。

「結婚後は、音楽活動をほとんど一緒にやらせていただいていることでしょうか。 お互いが一番の応援者であり、批評家でもあります。一緒に力を合わせて作品を生み出していく大変さを乗り越えたときの喜びは、何ものにも代え難い幸せです。日常の具体的なことでいえば"ありがとう"と"ごめんなさい"がちゃんと伝え合えるということかな。これは基本のようだけど、ついおっくうになったり、変に意地を張ったりして……。でもそれをお互いにちゃんと素直に伝え合えてきたのは大きいかもしれません(笑)」

それにしても家事と仕事、大学で教壇に立つなど、多忙な中でいつでもはつらつと前向きな島田さんの元気の源はなんなのだろう。

「落ち込むこともあるし、今日は人と会いたくないという日もあります。でも、どんなときも最後は自分自身の“勇気の一歩〟だと思うんです。

今までも"これは私には無理"と思っても、一方で"これは大事な出会いだ。いただいたお話は自分が殻を破るためのチャンスなんだ"と受け止め、一歩踏み出してきました。その挑戦の先には必ず新たな世界が広がり、そこにはまた新たな挑戦が待っています。

ありがたいのは、苦しいときも力をくれる人が必ず周りにいてくれること。本当に人に恵まれていると感じます。でも自分自身が誠実に前向きに生きていないとよい出会いもありません。だから常に"すべて自分次第だ!"と言い聞かせ、悔いなく一日一日を過ごせるように歩いてきました。これからも日々、自分自身の発見を続けながら、その年齢にしかできない表現を目指していきます」

芸磨きにも人間磨きにも、終わりはない。あるのは昨日の自分を乗り越える果てしなき挑戦。ゴールのない世界で、 島田さんは新たな"勇気の一歩"を踏み出そうとしている。

 

©シネボイス

カムイのうた
1月26日 (金) ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
配給…トリプルアップ
出演… 吉田美月喜、望月歩、島田歌穂、清水美砂、加藤雅也ほか
監督・脚本…菅原浩志
プロデューサー… 作間清子
主題歌…島田歌穂
製作… シネボイス
製作協力… 写真文化首都 「写真の町」 北海道東川町
上映時間… 125分
公式サイト…kamuinouta.jp

 

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歌手・俳優
島田歌穂(しまだ・かほ)
1974年、子役デビュー。87年、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役で注目され、出演回数は1000回を超える。
同作の世界ベストキャストに選ばれ、英国王室主催のコンサートに出演。現在はミュージカルから舞台演劇まで幅広く活躍。
芸術選奨文部大臣新人賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀女優賞など受賞多数。大阪芸術大学教授。