【潮10月号の読みどころ】民衆こそ王者――池田大作とその時代

この地球は「妙法の星」 文化祭に携わるスタッフたちは、池田が示してきた「世界広宣流布」というビジョンと、実際の行動に触れ、その人格の大きさを痛感していった。総合演出を担った今城裕治もその一人である。創価大学を卒業し、映画会社で助監督として修業を重ねた。その後、テレビのディレクター、演出家として活躍の舞台を広げていく。 ある文化祭の準備で、とりわけ忘れがたい経験をした。1987年10月、北九州で行われた第8回「世界青年平和文化祭」である。どういうテーマなら「創価の世界」「池田先生の世界」を表現できるか。決めあぐねていた。「海外のSGI（創価学会インタナショナル）メンバーの声を聞きたいという思いもあって、ヨーロッパや北アフリカをめぐる旅に出ました」（今城裕治）。 最初に訪れたのはフランスのパリ。たまたま宿泊したホテルの隣の部屋から、勤行の声が聞こえてきて驚いた。ドイツでは座談会に参加。イギリス、ベルギー、オランダ、オーストリア、スペインでも学会員と語り合った。東西冷戦下、社会主義国だったハンガリーやユーゴスラビアなどにも赴いた。最後に向かったのは北アフリカのモロッコだった。国民のほとんどがイスラム教徒の国である。まだ、テーマの輪郭が見えない。焦りを抱えたまま、バスに乗った。 隣に座ったモロッコ人の若い男性から「あなたは日本人か」と声をかけられた。「私の妻は日本人なんだ」という。話が弾んだ。「今日はぜひとも私の家に泊まってくれ」と誘われた。 セウタという町に着いた。ジブラルタル海峡に面するスペインの飛び地である。その男性は、妻がブッディスト（仏教徒）だと言う。今城は、自分もブッディストで「南無妙法蓮華経」を唱えている、と答えた。すると彼は「それ、私もやっているよ」と胸を張る。鞄から数珠と経本を取り出すと「私も持っている」。今城は信じられない思いで、自分が持っていた池田の写真を見せ、「イケダセンセイを知っているか」と尋ねた。彼は顔をくしゃくしゃにして「イエス！ イエス！ イエス！」と喜んだ。打ちのめされるような衝撃だった。 彼と一緒に勤行し、題目を唱え、夜が更けるまで語り込んだ。今まで持っていた“常識”が壊れていった。「それまでは“信心している人がいる国と、いない国”を線引きして考えていました。モロッコでの出会いで考え方がまったく変わりました。“この地球という星が信心をしているんだ。私たちは妙法の星に住んでいるんだ”と、心の底から感じたのです」（今城裕治） 「宇宙船地球号」という言葉が浮かんだ。アメリカの経済学者ボールディングらが使った言葉である。池田もスピーチや対談集で言及してきた。「宇宙船地球号が、人類を乗せて平和に向かって進む」――その姿が、はっきりとイメージできた。 テーマは「きらめく地球人時代へ──SAIL ON FOR PEACE（平和への船出）」に決まった。豪華客船の甲板をイメージした舞台で、51カ国・地域の代表が来日し、歌い、舞った。池田はすべての演技を見届け、〈人類の／地球家族を／謳いあげ／哲学おどりぬ／文化は舞いたり〉と詠み、参加者たちを讃えた。 7年後──「5万人の第九」では、福岡ドーム全体を宇宙に、舞台を地球に見立てた。第一楽章「私達のアジア」、第二楽章「世界のアジア」、第三楽章「宇宙のアジア」、第四楽章「歓喜のアジア」という4部構成である。アジアを中心に8カ国・地域からSGIメンバーらが参加する。中国の厦門（アモイ）大学学長、中華全国青年連合会（全青連）の一行など、相次いで来賓が決まっていった。（P.145-148） 一人も残らずおなかいっぱいに 練習が佳境に入るにつれて、青年部への励ましにも熱が入っていった。岩宗ヨシ子は福岡市の南区に住んでいた。「うちの近くにはたくさん学生さんがいたので、『第九』に限らずおにぎりをふるまっていました。とにかく1人も残らず、おなかいっぱいになって帰っていただくんです」。「簡単ですよ。ご飯を炊いて、握ればいいんだから。お盆に並べて、ラップをかけて、ずいぶん運びました」。 夫の義信は和菓子の職人だった。池田が福岡を訪れた1987年、記念に手作りの観賞用の工芸菓子を届けた。「九州文化会館から帰る途中、筑紫通りの百年橋で、車のクラクションが鳴ったんですよ。見たら池田先生と奥様が、車の窓を開けて手を振っておられました。返礼にお菓子をいただきました」。 一人も取り残さない思いで──その姿勢を池田から学んだ。「先生が会長を辞任されてから、初めて九州に来られた昭和55年5月のことです。記念撮影になったのですが、たくさんの人で、私は写れなかったんです。でも、撮影が終わると先生が『今、撮り損なった人だけ、おいで』と。私は心臓病で、生きるか死ぬかの経験をした後でした。あの心遣いは一生涯、忘れません」。 筑紫野の井口千津子。支部婦人部長だった。「たしかお米1合で2個のおにぎりだったと思います。当日参加できない人たちにも声をかけて、青年部の練習に合わせて楽しく炊き出しをしました」。「当日が雨の天気予報だったのですが、未来部だった娘も『雨を降らさないんだ』とずっと唱題を続けて、当日、実際にドームの屋根が開いて、光が差した瞬間には感動しました」。 群馬に住む香月恵子は当時、福岡市の和白（わじろ）で婦人部本部長をしていた。「どうしても仕事で合唱の練習に遅れてしまう男子部員さんがいたんです。おなかがすいたまま練習に行っても仕方ないので、駆け込みで、少しでも練習に行けたらと、自宅にお弁当を届けていました」。 おにぎりに添えられた、数えきれないメッセージカードが行き交う中、11月23日を迎えた。 音楽祭の前半は、第一楽章「私達のアジア」と第二楽章「世界のアジア」。陰の主役は外野席の「人文字」だった。当時の記録には「8008人」の配置図が残っている。自作のパネルボードを次々とめくり、全25景の絵巻物を織り上げた。 香川陽子は福岡で女子部の部長をしていた。9月に、がんで長く闘病中だった父を見送った。「大きな人文字のパネルボードを抱えて練習に通いました。母は婦人部の皆さんとご飯を炊いて、おかずをつくって、メッセージを添えて出演者に届けていました。私も婦人部の方々からいただいたお手紙は忘れられません。今も大事にとっている人がいます。御書の一節とか、健康を祈っています、とか、毎回、内容が違うんですよ。コピーでなく、ぜんぶ手書きでした」 武藤愛は佐賀で女子部の部長だった。「友人2人を誘って、合唱で参加しました。私自身は人文字で参加しました。友人を誘ったのは、折伏したいと強く思っていたわけではなくて、若いし、ノリですよね。『今度、すごいイベントがあるんだよ』という感じで」。「当日は、インドの学会員さんを目の前で見て、ああ、聖教新聞に書かれているのは本当なんだ、世界に広がっているんだ、と実感しました」「合唱で参加した友人は、婦人部からの差し入れのお弁当に、毎回手書きで、違う言葉でメッセージが入っているのに感動していました。『第九』から1年ほど経って、彼女が当時つきあっていた彼氏のほうが先に学会に入りました。彼女が練習に参加できない時に私が書き送った手紙を、彼氏も読んでいたようです。それから1年後に友人も信心を始めました」 人文字の絵巻に合わせて、テーマ曲「シルクロードを越えて」の歌声が流れる。「戸惑いながら 争いの熱い風に耐えた民衆 苦しみながら 対立の幾年を越えた民衆」……日蓮が「諫暁八幡抄」で唱えた「仏法西還」を表す、海と古の船、砂漠、チョモランマ、ブッダガヤが、現れては消えていく。 池田の恩師である戸田城聖（創価学会第二代会長）が詠んだ一首、「雲の井に／月こそ見んと／願いてし／アジアの民に／日(ひかり)をぞ送らん」。そして、2年前に池田が九州の青年リーダーに贈った一首、「諫暁抄／色読せむと／勇者らは／東洋広布を／ついに飾らむ」を中心に据えた人文字の絵巻も、第三楽章「宇宙のアジア」も、無事に終えた。 指揮者の塩田が入場し、池田に一礼した。創大、九大などの混合オーケストラのほうへ振り向いた。第一バイオリンのキャサリン・キャッシュと目を合わせる。左右には数万の若者たちが静かに立っている。「第九」――第四楽章が始まった。（P.152-155） 「民衆こそ偉大」「民衆こそ神聖」 「第九」の〈最終楽章の旋律〉を決めるために、ベートーヴェンは何度も試行錯誤を繰り返した。その果てに――〈最後にたどり着いた形は、単純明快のお手本のような旋律だった〉（ルイス・ロックウッド「《第九》の過去と現在」、金本眞美訳）。 池田は綴っている。〈ベートーベンは、このラストに、まったく庶民的な音楽を用いている。それは「民衆こそ偉大」「民衆こそ神聖」という洞察ではなかったか。また、それは、主役となった民衆が、重苦しい地上の束縛を断ち切り、精神の大空へ飛翔する、“民衆の境涯の革命”を象徴しているのかもしれない〉（『新・人間革命』第5巻「歓喜」の章） 指揮をしていた塩田は「『フロイデ、シェーネル』の瞬間、吹き飛ばされそうになりました」と語る。「声で地鳴りがしましたからね。3カ月前から現在まで、あの会館で練習した、あそこにも行った、みんなの顔が走馬灯のように思い浮かんで、自分で（指揮棒を）振っていて感動しました。初めて『音楽っていいなあ』って思いました」。 新名浩司は総合運営委員長として、池田のすぐ後ろに座っていた。「まるで“音の滝”を浴びているようだった」と振り返る。「人間の声がこんなに神々しいものだったとは、と鳥肌が立ちました」。5万の声の奔流は、彼らを支え、励ましてきた幾十万の人々のドラマを乗せて、一点に向かった。 福岡・大野城の基田信江も5万人の1人だった。夫と小学生だった娘と親子3人で合唱に参加した。「当日は本当に緊張しました。ドイツ語を合唱団の1人でも間違えたら変わってしまうので」。女子部時代、東京の聖教新聞社で経済学者のガルブレイスを青年部の代表とともに出迎えたことがあった。「ガルブレイスさんの到着が一時間ほど遅れたんですが、池田先生は私たちに『人生の並木路』を歌おうよ、と。一緒に歌った後、『絶対に退転するんじゃないよ』と言われました」 浜田康子は福岡市の東区婦人部長を務めていた。ブロックで1世帯の折伏を達成して当日を迎えた。23歳で女子部の部隊長になった。「部隊旗を池田先生から託された際、『明るく頑張りなさい』と言われたのが原点です。いろんな困難があるたびに、『そうだ』と思い起こしました」。大分県の女子中等部長時代は、1人ひとりにハガキを出し、会いに行って励ました。 ──参加者にも、参加者を支えた人々にも、それまでに受けた池田の励ましを羅針盤にして生きてきた人が多かった。いっぽう、空前の“音の滝”を創りだした合唱団には、学会員ではない人もたくさんいた。 香野淳は福岡大学の教授で、同大学院の理学研究科長を務めている。「今の家内と知り合った当時、私は彼女を創価学会からやめさせようと頑張っていたのですが、逆に彼女は私を折伏しようとしていました」と笑う。「座談会に出て創価学会の印象が一変しました。当時、福岡では渇水が社会問題になっていました。ちょうど福岡市議選の時でしたが、座談会に行くと、渇水の問題や世界平和について、ふつうの人たちが話しているわけです。そんな光景を見たことがなかった。老若男女が真剣に話し合っているのを見て、これは噂と実態は違うぞ、と。衛星中継の行事で池田先生のスピーチを聞いて、さらに見方が変わりました。学問上の師匠はいたけれど、人生をどう生きるべきか、人としてどうあるべきかを教えてくれる人はいなかった」 それでも入会はしなかった。修士課程を経て、会社で働き、再び研究の道を選んだ時、「第九」に誘われた。それが人生の転機になった。「ドイツ語で歌うというからドイツ語を勉強した人ばかりかと思ったら、そんなことはなくて、学生もいれば、作業着で駆けつけてくる人もいて、いろんな人が懸命に練習している。何かを変えたい、変わりたいという思いをみんな持っている。それを懸けて練習している。目からウロコでした。見方がまったく変わった。練習しながら、自分も信心したいと思い始めました。音楽祭当日、池田先生の前で第九を歌い上げた時、先生の弟子となる、と心に決めました」（香野淳） その後、香野は入会し、現在は創価学会の九州学術部長として、各県を回る日々を送っている。 藤育子も会友として合唱団に参加していた。「学会のことは、親切だな、としか思っていませんでした」と振り返る。「遊び仲間から誘われました。折伏されたこともなかったし、『第九をドームで歌うのよ』と軽いノリで」。「池田先生に会ったのはあの1回きりで、何もわからなかった」という。3年後、結婚を機に信心を始めた。任用試験で教学を学び、座談会に出るたびに、池田の存在の大きさを知っていった。現在は地区女性部長として活躍している。（P.158-161）

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