愛の種を蒔く者たち 麻薬犯罪と内戦を乗り越こえて
2025/06/10「愛の種を蒔く者たちツアー財団」を設立したマルジィ(後列右から3人目)とレイディ(後列左端)は、今、子どもたちと共に夢を抱ける地域社会を築くために活動する。
壁画は、かつて暴力に巻き込まれ、命を落とした実在の子どもたちの現実と夢を伝えている。
(月刊『パンプキン』2025年6月号より転載。取材・文=工藤律子 撮影=篠田有史)

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南米コロンビア第2の都市、メデジンにあるスラム「コムーナ13」。そこは、1970年代から90年代初めまで、麻薬王パブロ・エスコバル率いる麻薬犯罪組織メデジン・カルテルの支配下にあった。
93年にエスコバルが治安部隊に射殺されると、今度は複数の反政府ゲリラの拠点となり、コロンビア内戦中のゲリラVS政府軍の戦闘の舞台となる。住民たちは、まともな仕事で生活するのが難しくなり、貧乏を強いられるか、実入りがよい犯罪組織やゲリラに入るように。
「12歳で殺し屋になる少年もいました。選択肢がなかったからです」
「愛の種を蒔く者たちツアー財団」代表のマルジィ(41)は、当時を思い出して、そう語る。

「危険なスラム」は今、「アート巡りの観光地」に生まれ変わっている
激しい暴力と貧困 その中での誓いを形に
「私は10代でシングルマザーになって、足りないものばかりで苦しみました。それで神様に、"もしほかの人を飢えから救える立場になったら、必ずそうします"と誓ったんです。私自身、だれかがドアをノックして食べ物をくれたらいいな、と思っていたので」
マルジィの家は、両親共にアルコール依存症で、12人きょうだいは祖母を頼ったり、年上が下のきょうだいを支えたりして、生き延びるしかなかった。マルジィにとって、一番の頼りは2つ上の兄だったが、その兄が2000年、反ゲリラの民兵に殺害される。絶望の中、01年と02年には、地域で政府軍による大規模なゲリラ掃討作戦が行われ、暴力の渦に巻き込まれる。
「 兵士が戦車と共にやってきて、ゲリラを追いつめるために銃撃を続けました。そして人びとは、自宅の中で死んでいったのです。ゲリラのぬれぎぬを着せられ失踪した、あるいは刑務所へ送られた人も。そんな状況が07年ごろまで続きました」

マルジィは、親友レイディに背中を押され、共同で財団を設立した
過酷な環境の下、マルジィは必死で子育てを続ける。縫製の仕事をしたり、惣菜の販売をしたり、できることは何でもした。そのうち、市役所から給料のよい家庭調査員の仕事をもらい、地域の家庭訪問を担当することに。その仕事を通じて、地域の貧困家庭の実情を知ることになる。そこで、かつての誓いを果たそうと、自宅前の小さな広場で、貧しい子ども25人のために昼食を提供し始めた。
「毎日、買ってきた食材で料理を作り、ひもじい思いをしている子どもたちに振る舞いました。13歳から15歳のグループをつくって、さまざまなレクリエーション活動も企画しました。すると、"何か手伝えない?"と聞いてくる隣人が現れ、壁画観光ツアーの運営を通じて、貧困家庭の子どもたちを支援するプロジェクトが生まれたんです」

スラム コムーナ13からメデジンの中心街を望む

メデジン西部の山の斜面に広がるコムーナ13は、坂が多い町。坂道の両側には、壁画と土産物店が並ぶ

政府軍によるゲリラ掃討作戦の最中に行方不明になった人びとの写真が並ぶ壁。その上には教会がある
真に幸せを感じることのできる人生を実現する
コムーナ13では04年から、暴力に支配されてきた地域をアートの力で変えようと、若者たちがヒップホップコンサートを開き、いたるところにカラフルな壁画を描き始めた。そこへ12年、行政がスラム内の移動手段として、斜面にエスカレーター12基を設置すると、「危険なスラム」は、やがて「アート巡りの観光地」に生まれ変わる。
現在、この地域には、600人を超えるツアーガイドがいるといわれ、たくさんの土産物店や飲食店が立ち並ぶ。だが、その大半は、あくまでも自分が豊かになるための商売だ。一方、マルジィと7人のツアーガイドは、「愛の種を蒔く者たちツアー財団」を設立し、地域の暗い歴史を伝え、平和な未来への変革を応援するよう呼びかける壁画観光ツアーを実施。その収益の一部を使って、コミュニティセンターを運営している。そこでは毎日、子ども65人が食事をし、遊び、英語教室や手工芸などを楽しむ。

コミュニティセンターでは、月曜から金曜まで毎日、子どもたちに昼食を提供する
「ここにいると、たくさん友だちができるし、助けてくれる人もいるのがうれしい」、「みんなと過ごすのが、好き」と子どもたち。
コムーナ13は、一見観光で豊かになったように思えるが、その恩恵を受けているのは、住民の3割ほど。真の平和と豊かさをもたらすには、もっと大勢の人の愛と連帯が必要だと、マルジィは思う。
「私は子どもたちに、かつての私たちのように"やる羽目になったこと"をするのではなく、自分が真に幸せを感じることのできる人生を歩んでほしい。そのために、愛の種を蒔き続けたいのです」

ミサンガ作りに夢中の子どもたち。できたミサンガは観光客に買ってもらい、収益は子どもたちの小遣いになる

多国籍なツアー客にレイディ(右端)は写真を見せながら、コムーナ13の歴史を語る

ツアーでは、壁画の前で地元の若者たちのブレイクダンスショーも鑑賞

子どもたちとマルジィ&レイディ。コミュニティセンター前の階段にて