【潮7月号の読みどころ】民衆こそ王者――池田大作とその時代

亡くなった母が一番喜ぶこと 宮古島に着いた池田が最初に向かったのは、会員との記念撮影会だった。池村冴子は平良市民会館の2階にいた。女子部の運営役員だった。「控室のドアを開けて廊下に出た時に、ちょうど池田先生が通られました」。 緊張して何を話したのかあまり覚えていない。「宮古の人は素直だなあ」「絶対に世界から注目されるよ」という言葉と、池田の笑顔が印象に残っている。池田が石垣島から宮古島まで乗った飛行機は南西航空だった。池田はさっき使ったばかりの航空券の半券を池村に手渡した。今も宮古文化会館に大切に保管されている。「私は東京の二松学舎大学に通いました。学生時代、何度も先生から激励されました。その多くが私の父に対してでした。『お父さんによろしくお伝えください』『この記念の品をお父さんに』と。 不思議でした。信心したのは母であり、父は未入会で批判的でしたから。でも何度目かの父への伝言を預かった時、気づきました。当時、女性が島を出て大学に行くのは珍しいことでした。父の決断と応援があったからこその、この学生生活なのだ、と。一人の人を励ます時に、先生はどこまでご覧になっているのか、その心の大きさを痛感しました」（池村冴子）立津元鋭（たてつ・げんえい）は日本獣医畜産大学に通っていた。大学3年の時、母が病で急逝した。長男として、島に戻るか、このまま大学を卒業するか悩んだ。母の遺言は「しっかり池田先生についていきなさい」というものだった。 年が明けた2月、学会本部の勤行会に参加した。池田と懇談する機会があった。島の家族の状況も、将来の夢も話した。池田がかけてくれた言葉が、その後の人生を支えた。「どんなに悲しいこと、つらいことがあっても、初志を貫くんですよ。それが亡くなったお母さんの一番喜ぶことだよ」 元鋭は獣医として宮古島に戻った。まだ島に24時間体制の獣医のいない時代である。来間島（くりまじま）で牛が死にかけていると聞けば、時化の海にサバニを漕ぎ出し、治療に向かった。牛が助かると島の人々は泣いて喜んでくれた。獣医のいなかった伊良部島でも働いた。妻の佳子は「夫が口癖のように言っていたのは〈月々日々につより給え。すこしもたゆむ心あらば、魔たよりをうべし〉の一節でした」と述懐する（聖人御難事、御書1190ページ、新1620ページ）。 元鋭は平良市民会館で池田と再会した。約1000人、6回に分けての記念撮影の合間に、池田は「君のことはよく知っています。よくここまで成長したね。本当にうれしい」と声をかけた。やがて元鋭は独立して開業。宮古男子部長などを歴任し、地元では〝元ちゃん先生″として親しまれていく。（P.162-164） 「踊り｣は「祈り」 日蓮仏法が島に渡って20年。血の滲むような歩みの結晶が、平良市民会館での伝統文化祭だった。なかでも最も盛り上がったのは「漲水（はりみず）のクイチャー」である。「クイチャーは"声を合わせる"という意味で、雨乞いや豊作を祝う踊りです」と神里真栄（かみざと・しんえい）が語る。「たくさんのクイチャーがありますが、『漲水のクイチャー』は、悪名高い人頭税を廃止した象徴の踊りです。それを先生の前で、みんなで踊ったんですよ」。「漲水のクイチャー」には"漲水の港の砂が、粟や米になるだろう。男たちは鍬も使わなくても豊かになるだろう""寄せる白波が、糸になるだろう。女たちは麻を割かなくても豊かになるだろう"という歌詞がある。 1609年、薩摩藩が琉球を制圧。琉球王府は先島（宮古・八重山）に「頭懸」（ずかかり）と呼ばれる過酷な仕組みをつくる。いわゆる人頭税の一種である。男は粟を、女は麻の織物を納めねばならない。しかも、災害で人数が減っても、干ばつで凶作になっても、納める量は変わらない。さらに役人、士族の不正、横暴は後を絶たなかった。明治維新の後も、人頭税は続いた。 宮古島で池田は「宮古上布」を織り上げる実演を見学している。熟練の下地ハツや砂川カマドたちが披露した。苧麻（ちょま）と呼ばれる麻を、機械を使わず手作業で撚りつないだ糸だけを使う。この、世界に誇る宮古上布も、人頭税で上納させられていた。 何世代にもわたって、数えきれない抗議と嘆願、弾圧が続いた。ついに島の代表が東京へ行き、帝国議会に訴えることになった。平良真牛（たいら・もうし）、西里蒲（にしざと・かま）、城間正安（ぐすくま・せいあん）、中村十作（なかむら・じっさく）の4人である。邪魔をする士族の目を避け、場所を変え、時間を変え、打ち合わせを重ねた。「東京に行けば処刑される。家族にも累が及ぶ」「宮古の恥だ」とデマや中傷が飛んだ。どんな妨害や拷問にも屈せず、人々は4人を送り出す。東京でも協力者を得て、11の新聞社に訴えかけ、数々の有力者と対話を重ねた。3度の請願を経て、人頭税は廃止される。この快挙は、史書に記され、小説になり、戯曲になり、絵本になった。〈人頭税廃止を帝国議会に請願して帰島した農民代表たちを、人々は漲水の船着き場で村々のクイチャーを躍って迎えた。島ぐるみの祝賀会が鏡原馬場（かがみはらばば）で催され、そこでもみんなの喜びを表して村々のクイチャーが躍られたという〉（『宮古島市史』第1巻通史編） 池田と妻の香峯子が見つめる舞台。――これまで対話に徹し、偏見を解いてきた。沖縄が本土復帰を果たし、今、宿命を使命に変える道を教えてくれた人を、宮古島に迎えた。壇上では慣れ親しんだクイチャーを踊っている――観客席の前方右手、熱心に見ていた着物姿の婦人が、静かに立ち上がった。満面の笑みを浮かべ、両手を優雅に動かし始める。それを見た壮年も立ち上がった。「最初に踊り始めたのは、伊良部島の島尻カマドさんでした。場内のいたるところで次々に踊り始めました」（翁長靖夫）踊りは、歓びであり、祈りだった。 島尻カマドは娘の悦子から仏法の話を聞き、信心を始めた。悦子は1960年、池田が初めて沖縄を訪れ、沖縄支部が誕生した会合に参加した一人である。カマドの孫である仲地幸男は、伊良部島で地区部長を務める。「あのおばあなら、踊り出すだろうなあ」と笑顔で語った。「信心ひとすじで、臨終の際も、勤行をしながら息を引き取りました」。（P.169-172) 不屈の信仰 日本を代表する宗教学者だった安齋伸（あんざい・しん）。篤信のカトリック教徒でもあった彼が、創価学会観を改めたのは、沖縄本島、八重山諸島、そして宮古諸島に足を運び、草創の人々の話を聞いたことがきっかけだった（2024年4月号で詳述）。 安齋は著書に、沖縄の創価学会について〈不屈の信仰〉という一言を記している。また、調査の中で聞いた「毛虫が蝶に変わるように」多くの人々が人間革命を実現した、という証言も載せた。 さらに、学会のリーダーに〈例外なく窺われた〉のは〈厳しい人生苦〉、体験に裏打ちされた〈生命力と信仰〉、〈教学研究への熱意〉、そして人々への〈説得力〉だったという。 そうした評価を、池田は沖縄の人々に紹介した。「（安齋先生は）沖縄の学会のリーダーについて、こうつづっておられる。『それぞれ人生の辛酸をなめ、信心による功徳の体験から、苦難を克服し、その喜びを人々に伝えるため、その昔、カトリックの宣教師たちが、道なき道や草むらを、ハブの脅威をものともせず、踏み分け、小舟を漕いで村々に渡り宣教したように、否、それ以上の苦労に耐えて、沖縄の学会員は、南島全域に会員数を増やし、宮古と石垣に正宗の寺院を創設し、また、ユタの俗信で、経済的負担も重かった人々の重荷を取り除き、人々の生活の合理化に尽くしたことは、キリスト教の宣教師も、高く評価したのだった』（『南島におけるキリスト教の受容』第一書房。参照）と。 キリスト教が世界宗教となったのも、幾百年にもわたり、数えきれない殉教者が、命を捨てて布教してきたからである。その歴史を、だれよりも知悉しておられる安斎先生が、沖縄創価学会の足跡を、これほどまでにたたえてくださったのである。私は重大な歴史的証言として、後世にとどめさせていただきたい」「安斎先生は、こうも明言されている。『沖縄ひとつを考えてみても、かの地で道を踏み分けて、広布にあたった宗門の僧侶が、どれほどあったであろうか。筆者は、南島で、このような僧侶に会ったことはまったくなく、南島の正宗寺院を建てたのも会員、大石寺の大伽藍を寄進したのも、学会と会員の熱心な信心によるものではなかったか』それゆえに、安斎先生は、宗門が学会員を裏切り、抑圧したことは『前代未聞の暴挙であり、宗教史に汚点を残すもの』と厳しく断じておられたのである」「また、安斎先生は、学会の真実を日本の識者やジャーナリストらが理解していないのは、宗門と同じく、一種の嫉妬 心があるからであろうとも指摘されていた」（1998年2月のスピーチ、全集第88巻） 安齋が学会員の「カトリックの宣教師たち以上の苦労」を知っていったのは、昭和40年代後半から50年代にかけて。まさに八重山、宮古の人々が池田を迎えた1974年を挟んだ時期だった。 平良市民会館――場内を巻き込んだクイチャーが続いている。指笛が鳴り響き、来賓まで踊り出した。まったく式次第にない展開だった。その賑やかな記録映像が残っている。「池田先生はすべての演目が終わった後、マイクを手にして"長年の間、哀歓を乗り越え、苦渋の人生を乗り越えた、庶民の勝利と歓びの歌であり、踊りであることが、わかりました"と。うれしかったです。そのとおりだと思いました」（翁長靖夫） 池田は翌日の追善法要の際、2つの句を宮古島の友に贈った。そこにも「哀歓」の二文字が刻まれている。 哀歓を 乗り越え宮古の 碧き海 今に見よ 胸に炎の 都島 （P.172-174）

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