女人禁制は差別なのか――内館牧子が、嵐山光三郎、南伸坊と語る大相撲の未来。

てい談前編はコチラから 左から南伸坊さん・内館牧子さん・嵐山光三郎さん 最近の四股名は乱れている!? 内館 私が横綱審議委員の時代から、四股名が乱れてると委員会ではよく問題になっていました。協会が何か言うべきではないかと。キラキラネームみたいな四股名も出てきたり、師匠がハンで押したように自分の現役時代の四股名から一字を与える。ですからみんな似ていて、見分けがつかない。嵐山 協会は何て？内館 師匠が愛情を持って命名したのだから、協会が出るべきではありませんって。愛情にもほどがある。（笑）嵐山 私が以前に対談した北の富士勝昭（第52代横綱）さんは、遠藤の四股名を清水川にすればいいじゃないか、と。昔、清水川っていたでしょう。内館 初代は名大関といわれましたよね。遠藤にはよく似合います。でも、「川」は流れるから最近はつけないようですよ。南 確かに最近「川」がついた四股名を見かけないですね。内館 一時期は「山」も激減しましたよね。山は聖域であり、力士の動じなさの象徴でしたのに。今、幕では朝乃山と豪ノ山、金峰山くらいですか？（2023年10月現在）南 今後、もし遠藤も四股名を変えるとなると、師匠の大翔山の「翔」の字がついちゃいそうですね。嵐山 その遠藤は学生のころから大人気でしたけど、実は努力の力士ですよ。学生のときから地べたに這いつくばって稽古に稽古を重ねてますからね。内館 あの上手さ、美しさは並じゃありませんよね。力士は異界から遣わされた客人（マレビト）であり、並の人間とは違うとして、強そうな四股名をつけたそうです。ですから、江戸時代の資料によると、最古の四股名は「大嵐」や「辻風」だったとか。でもほどを超えた愛情よりは、本名のほうがいいです。（笑）嵐山 本名の横綱輪島。南 今なら元大関正代、元大関高安、宇良。内館 蔵間も出島もいました。本名のほうがいいと言われないよう、師匠は何でも自分の一字を与えてご満悦は違うと思います。南 代々、部屋に伝わる四股名もあります。内館 寺尾が十両時代、一場所だけ井筒（部屋）に伝わる「源氏山」をつけて、私は喜んだのを覚えています。美しい寺尾によく似合った。嵐山 二所ノ関親方（第72代横綱 稀勢の里）は、新弟子に「大の里」とつけた。これは昭和初期に「相撲の神様」とされた「大ノ里」と同じ読み。師匠の期待を感じる。内館 本人もますますやる気になりますよね。嵐山 師匠の名前といえば貴景勝だ。師匠（元貴乃花親方）が尊敬する戦国武将の上杉謙信の後継者・景勝にちなんでつけられたそうだけど、別の見方をすれば、師匠の別れた景子夫人の景と、断絶がいわれる兄貴・勝の名前が一字ずつ入ってるわけだ。（笑） 小兵力士の魅力と外国人力士の日本語 内館 今、世代交代や二世、三世力士の出世も楽しみですが、お二人の注目の力士をぜひ。嵐山 隆の勝が好きなんですよ。最近は下がってきちゃってね。彼は中卒で入門してるんですよ。南 僕は玉鷲ですかね。2024年で40歳の最年長です。関脇までいきましたし、優勝2回してます。内館 お二人とも全然、世代交代の話じゃないですね。（笑）嵐山 最初の外国人は誰だっけ？内館 ハワイから来た高見山ですね。ジェシー。あのころはハワイ勢がいて、その後にモンゴルとか、把瑠都のエストニアとかから来るようになりましたね。嵐山 ブラジルからも来てる。南 トンガからも来ましたね。内館 私、修士論文を書くときに当時の北の湖理事長にお願いして、新弟子と一緒に相撲教習所に半年通ったんです。そこにまだざん切り頭の把瑠都がいました。もう一人エストニアから来た新弟子がいたんですが、彼はすぐいなくなった。把瑠都は一人になっても、書道も相撲甚句も必死に勉強して、健気でした。授業も実技もすべて日本語で、通訳は一切つきませんのに。南 それはすごい話ですね。嵐山 外国人力士はみんな日本語をしっかりと話しますよね。あれはすばらしい。サッカー日本代表の外国人監督なんて、覚える気すらないですもんね。（笑）内館 小兵力士はいかがですか。炎鵬とか、宇良とか翔猿とか。嵐山 炎鵬が心配ですけれど……。柔道やボクシングは体重別だけど、相撲は小さい力士が自分の体の倍以上ある力士を投げたりしますからね。南 全部が横綱相撲じゃないところが面白いですよね。嵐山 白鵬は小兵力士を育てるのが上手いんだ。内館 宇良は小結にまで上がりました。小兵なうえに大怪我をしたのに。嵐山 小兵に加え、琴ノ若、王鵬らの各横綱三世、それに大の里、伯桜鵬のような強豪の大型力士のおかげもあってか、女性ファンが増えた。力士からすれば女性のお客さんが多いのは嬉しいですよ。観客が全部男だったら、奮い立たないでしょう。いまでも半分くらいは女性のファンですよね。相撲にとって女性ファンが増えるのはすごく大事ですよ。内館 私、会社勤め中は有休を取って地方場所に行き、週末は朝早くから国技館で観てたんです。嵐山 朝からってことは序二段あたりから見るわけだ。内館 もっと前です。前相撲から。嵐山 うるさいわけだなァ。（笑）内館 忘れられないんですが、朝早く、桝席に和服の綺麗な女性がいたんです。まだ観客はほとんどおらず、薄暗い館内に白い花みたいに浮かんでいました。序二段だかの力士が花道を下がっていくときに、彼女が、汗に濡れたその肩をそっと叩いたんです。見たら紙幣が一枚貼りついていた。嵐山 本当の花道だ。（笑）内館 何て粋なことをと思いました。女性はすぐに姿を消しました。それでここからは私の脚本家としての想像ですけど、女性はその力士の親方とわけありじゃないかって（笑）。わけあり美女は若い力士に「頑張るのよ。このお小遣いで大判焼きでも食べなさい」って言いたくて（笑）。ここは絶対に大判焼きじゃないと、ドラマが成立しません。（笑）南 大相撲らしい応援ですねえ。肩組んで歌ったり、ウェーブ立てたりとかとはちょっと違う。 把瑠都を応援するようになったわけ 嵐山 僕は友が溜会（日本相撲協会を後援する会員組織）で1年分の席を買ってあって、もう20年くらい初日はその席で見ているんです。やっぱり客席だとぶつかるときの音や、土俵を蹴る音なんかに臨場感がありますね。テレビでは伝わらない。内館 最前列ですか。嵐山 そう。東の1の1だから中継には映らないんだけど、一度だけ映ったことがあってね。朝青龍に押し出された把瑠都が落下寸前になったんですよ。だけど、ぎりぎりのところで把瑠都は土俵ぎわを蹴って、くるっと僕を避けて花道方向に突進した。あのまま突っ込んできてたら、僕は骨折してたでしょうね。それがテレビ中継に映ったもんだから、みんなから「大丈夫だった？」って言われましたよ。客を怪我させちゃいけないと思って避けたんだろうけど、それから把瑠都を応援するようになりました。内館 私は横綱審議委員4年目くらいのとき、正面1の4が空いたと言われて。最前列が空くなんて奇跡ですから通しで買って、毎日通いました。そしたらあるときに、千代大海と魁皇がドーンと私の上に落ちてきまして。あのころ、二人合わせて320キロを超えていますよ。最前列って逃げられませんから、肋骨を折っちゃったんです。嵐山 すぐに病院に運ばれた？内館 まさか折れてるとは思いませんから、その日は帰ったんです。でも、翌日はもっと痛くなって。自宅の隣が病院なのに、行かずに国技館に行きました。南 どうして？内館 相撲診療所に行きたくて（笑）。北の湖理事長（当時）が「すぐに診療所に。若い衆をつけます」って。私は若い衆二人に守られて、初めて相撲診療所に行ったんです。夢のようでした……。嵐山 客席の前には控えの力士や審判もいますけど、危ないですよね。あれは考えないといけない。内館 翌日のスポーツ紙には、「千代大海と魁皇が横審直撃で横綱昇進をアピール」なんて書かれて、写真が大きく掲載されたんです。 1年に六場所は多すぎる？ 南 安全面で言えば、土俵の広さや高さは検討する余地がありますよね。サイズの話をすると、桝席はもう少し広くしてもらいたい。あれは完全に昔の日本人の体型に合わせていますよね。4人席ですけど、4人座ったら大変ですよ。嵐山 だからみんな2階席を取るんだ。酒も飲んで騒げるし。南 イス席だしね。内館 私は検討すべきこととして、場所数を少なくできないかと。1年に六場所は多すぎます。 横綱審議委員会の委員のときに「理想は四場所ですが、五場所になりませんか」と質問したら、「減らせない」と即答でした。本場所を実施するには、各地域の破格の努力と団結がいる。大阪、名古屋、九州は大変な努力で手にしていると。ならば、年に三場所ある東京を減らせないかと思いもしますが、東京は客入りがいいですし。嵐山 東京は懸賞金の数が多いし、観客数も多い。減らせないでしょう。南 九州場所は、空席が目立ってることが多かったですよね。嵐山 力士は九州場所が一番好きなんですよ。料理が美味しいし、女性はきれいだし、九州場所後の沖縄での花相撲も楽しみにしています。内館 だけど、六場所だと力士が怪我を治す時間がないですよね。場所数を減らせないなら、2003年に廃止された公傷制度を復活させてはどうかと提案しました。南 力士救済措置ですね。横綱は休場しても番付が落ちないけど、それ以外の力士が本場所で怪我による休場をすると、番付が下がる。だけど公傷制度で、休場扱いにしないっていう。あれは、どうして廃止されたんですか？内館 2カ月以上の怪我しか公傷扱いにならないんですね。それで、そこまでひどくない怪我でも力士がメンテナンスのために、医師から2カ月以上の診断書を書いてもらう。そういうケースがいわれていたようです。嵐山 力士は忙しいよね。本場所のほかに巡業もありますからね。内館 公益財団法人ですから、それは必須ですよね。 相撲界の格差をどう考えるべきか 嵐山 内館さんのご本（潮新書『大相撲の不思議』）で知ったんですが、十両以上は自分たちで電車で移動できるけれど、幕下から下は団体で移動しなければならないんですね。内館 はい。相撲界のはっきりとした格差ですよね。女人禁制などの考え方も含めて、格差を「差別だ。人権無視だ」といった声がありますが、私は大相撲に現代の価値観をそのまま当てはめるべきとは思いません。嵐山 たしかに、ジェンダー論やLGBTQ論では語り切れないものがありますね。内館 現代と違う時間の流れ方をしているので、大相撲は今まで残っているんだと思います。 かつて女性を土俵に上げろと女性たちが叫んだとき、反対派の男性文化人が「それなら女も裸になって相撲を取れ」と言ったんです。私も土俵の女人解放には反対ですが、このレベルの考え方に任せておけないと思いました。それもあって、大学院で大相撲を勉強することにしたんです。嵐山 徳俵（土俵の円の外側四方に置かれた俵）って要は結界ですよね。内館 はい。山岳宗教の影響もいわれています。俵で囲んだ土俵の中は聖域、外は俗域とされています。女性は魔性で、土俵や道場に入ってしまうと男が乱れてしまう。だから聖域に入れてはいけないと。野外興行の時代には、徳俵を外して土俵の雨水を外に流したとか。そういう排水の目的もあったようです。 相撲をつきつめると本当に面白い 嵐山 あの『大相撲の不思議』は面白かった。内館さん、よく勉強してる。内館 小さいときから相撲の勉強だけは苦にならないんです。今や、老後の趣味。（笑）南 趣味ってつきつめると、本当に面白い。相撲を趣味にするっていいですよね。内館 観戦するだけにしないで、「今日は青森出身の力士がすごいから、田酒飲もう」とか「新潟の力士、引退か。じゃ、八海山あけてねぎらおう」とか、全国の日本酒が楽しめる。（笑）南 僕が通ってるスポーツジムに、まだ「西川クン」だった豪ノ山が来てたんです。知り合いになったおばあちゃんが豪ノ山を応援するようになって、みるみる相撲にはまっちゃって。新聞を読んだり、パンフレットを熟読したりして、どんどん知識もついてくる。いまはうちの妻と一緒に「オヤカタ」と呼んでます。相撲の話で盛り上がって二人とも僕より断然詳しい。内館 『大相撲の不思議』は、月刊『潮』で連載していて、毎回、南さんにイラストを描いていただいていました。読者から「絵が楽しみ」という反響が多くて、私も一目見るとゾクッとするんです。どんなに相撲にお詳しいかが迫ってくる絵ばかりでした。南 ありがとうございます。内館 最後に、2024年の大相撲に何を期待されますか。嵐山 僕はやっぱり席を広くしてほしいですね。年寄りには辛い。南 僕は千代大海の解説が好きなんですよ。キャラクターは違うけど、北の富士さんみたいな名物解説者になるんじゃないですか。内館 私は、若い力士に自分たちが恵まれた環境にいると知ってもらいたい。BSで13時からテレビ中継ですよ。そんなプロスポーツ、ありませんよ。他は選手が自分でチケットを手売りすることも珍しくない。国技大相撲は全然違う。嵐山 NHKの功績は大きいね。内館 今度、お酒の飲める2階席で、3人でぜひご一緒に。（笑）（本てい談は2023年10月31日に収録しました。本文の記載事項はてい談収録時のものに準じています。） ＊＊＊＊＊＊ 続きが気になった方はこちらもご覧ください。 待望の第３弾発売！！摩訶不思議な“相撲の世界”に「横審の魔女」が、今作も愛を込めて浴びせ倒し！！伝統と品格に裏打ちされた相撲界独自の美意識に、横綱級 スー女 牧子が真っ向からむき合う。”力士が纏うカリスマ性の招待”から”なぜ土俵は聖域なのか”に至るまで読めば読むほど、目からウロコの角界の深遠な魅力が満載！ 『大相撲の不思議３』 内館牧子著、定価：935円、発行年月：2024年5月、判型/造本：新書判/224ページ商品詳細はコチラ ＊＊＊＊＊＊＊脚本家内館牧子（うちだて・まきこ）1948年秋田県生まれ。三菱重工業勤務を経て、88年脚本家デビュー。テレビドラマの脚本に「ひらり」「私の青空」など多数。2000年から10年間、女性初の横綱審議委員を務める。『終わった人』、『大相撲の不思議１・２』（小社刊）など著書多数。作家嵐山光三郎（あらしやま・こうざぶろう）1942年静岡県生まれ。雑誌編集者を経て、作家に。『素人包丁記』（講談社エッセイ賞受賞）、『芭蕉の誘惑』（のち『芭蕉紀行』と改題、JTB紀行文学大賞受賞）など著書多数。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト南伸坊（みなみ・しんぼう）1947年東京都生まれ。漫画雑誌「ガロ」の編集長を経て、フリーに。『装丁／南伸坊』、『私のイラストレーション史 1960-1980』、『いい絵だな』（伊野孝行氏との共著）、『あっという間』など著書多数。