鼓笛隊物語 ためし読み
2024/10/17大ベストセラー『九十歳。何がめでたい』の著者、佐藤愛子さんが半世紀以上前に執筆し、単行本化された小説『鼓笛隊物語』が、潮ワイド文庫として復刊!
いまもなお、輝きを放つ青春小説の一部をご紹介します。
******
鼓笛隊物語 佐藤愛子
著者のことば
創価学会には鼓笛隊があって、ちょうど今年で十年目にあたる。それを記念して『鼓笛隊物語』というようなものを書いてもらえないだろうか――『希望の友』編集部からそんな話を持ちこまれたのは、今から三年前(一九六六年)のことである。そのとき正直いって、私はためらった。私は学会員ではない。それに鼓笛隊についての知識は何もなく、取材に出かける暇がありそうにない――それが私がためらった理由である。
ところが私がためらっているうちに、当時編集長であった渡部通子(わたなべみちこ)さんはどんどんことを運んで、ある日、迎えの車が来てこれから赤坂公会堂で合同練習があるので見てくださいという。ためらったままの私は、何とはなしに車に乗り、赤坂公会堂へ運ばれてしまった。赤坂公会堂の階段を上るときも、私はまだためらったままの気持ちだった。ところが渡部さんに連れられて会場へ入ったときから、私は変わってしまったのだ。会場を埋めたドラムやファイフやアコーディオン、その少女たちの間から湧き立つような演奏がはじまったときから、私は変わってしまったのである。
まったくそれはものすごい音だった。公会堂の建物が今にも割れてしまうのではないかと思うほどの音響だった。もともと私は感激屋で、感激するとオッチョコチョイになる傾向がある。演奏の後、渡部さんの紹介で挨拶に立ったとき、私はいつかすっかり『鼓笛隊物語』を書く気になって挨拶をしていたのだった。
取材がはじまった。しかし時期が悪くてパート練習など実際に見ることができない。しかたなく鼓笛隊の人たちに集まってもらって話を聞いた。だからこの小説の筋は私が作ったものだが、細かい部分はその人たちのおかげでできたといえる。小説を書きながら、当時、鼓笛部長や副部長に何度、電話をかけたかしれない。その他、わざわざ私の家まで出向いて質問に答えてくださった人、電話で熱心に話してくださった方々に、ここで御礼をいわせていただく。ありがとうございました。皆さんのおかげでやっと一冊の本にまとまりました。それから赤坂公会堂で私を感激させてくださった皆さん、この小説ができあがったのは皆さんの情熱、信念、若さ、そして力のおかげでもあります。
十五回の連載が終わった後、単行本にするという話を受けて、私はもう一度小説を書き直した。鼓笛隊の皆さんの協力と期待に、もっと強く応えねばならないと思ったからだ。今年の元旦から十日までかかって、三百枚だった小説を四百枚にふやした。はたして皆さんの期待にそえただろうか? 心配である。
一九六九年六月十五日
佐 藤 愛 子
第一章 鼓笛隊に入りたい
朝の笛の音
笛の音が聞こえる。
朝だ。五時だ。
夢うつつに和子(かずこ)は思う。早見(はやみ)和子の眠っている部屋に、古びた雨戸の節穴から射しこんでくる朝の光と一緒に、コロ、コロとつまずきながら笛の音がころがり入ってくる。