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月刊『潮』が見た60年 2006-2010

師弟とは背筋の通った垂直の人間関係
羽生善治(棋士) 山折哲雄(国際日本文化研究センター名誉教授)

羽生 師弟というのは弟子の側のあり方によって決まる。師匠がどんなにすばらしくても、弟子が受動的では絶対にだめだと思うんです。強くなりたい、成長したいからこの人のもとで学びたいという姿勢がないと。
山折 それから尊敬の気持ちがないとね。人間、だれしも欠点があるのだから、その人のすべてを尊敬するというのはむずかしいけれども、たとえば自分より技術が優れているということだけでも尊敬できるわけで、そういう意味ではある種の謙虚さが必要だと思いますね。(『潮』2006年1月号より抜粋)

 

歳をとっても〝脳力〟は衰えない
池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科講師)

「歳をとれば脳の細胞は減る」「特に20歳を過ぎたら1日10万個、1秒間に1個の脳の神経細胞が死滅する」……。いまも広く流布しているこれらの〝通説〟は、必ずしも正しくはありません。多くの人が記憶力の低下を加齢、ひいては脳にその理由を都合よく押しつけてきましたが、その手はこれからは通用しません。/人間の脳がほかの動物と大きく異なる点は、内省する能力、他者をモニターする能力が突出していることです。相手の行動を真似することができるからこそ、発見を後の世代にも伝えられます。人間が文化を作ることができたのは、抜群のモニター能力にあります。その能力は、こうしたら辛いだろうな、悲しいだろうなと相手の心にまで思いをはせることができます。/この世はこんなにも不思議に満ちあふれている。そのことを改めて解く鍵が脳にあると痛感する毎日です。(『潮』2007年2月号より抜粋)

 

「日中関係」の未来に望むもの
梅原 猛(哲学者)

私は、田中角栄や竹下登という、日中友好に尽くした自民党の政治家を高く評価したい。たしかに利権政治という面はあるが、日中の親善関係を樹立したという点では彼らの功績は評価すべきであろう。同時に日中友好という点から言って、創価学会、なかんずく池田大作名誉会長の功績は大きい。私自身も日中親善に尽くしたということで北京大学から名誉教授の称号を与えられたが、それより随分前に池田名誉会長も名誉教授の称号を受けられていた。それは当然のことであり、日中友好に尽力した創価学会、また公明党の路線というものはこれからも維持していってほしいと願う。先日、温家宝首相が来日された際にも、池田名誉会長と会われたと聞いている。温家宝首相の心情としては、せっかく長年かけて築いてきた日中の友好関係が、小泉前首相の靖国神社参拝などによってとぎれてしまうことを非常に心配していたのだと思う。(『潮』2007年9月号より抜粋)

 

「秋葉原事件」が突きつけたこと
東 浩紀(哲学者・批評家) 鈴木謙介(社会学者)

 いまの社会は、いきなりキレて10人、20人殺す若者が現れても、「ではそういう前提でリスク管理をしていきましょう」ということで粛々と進んでいく社会になっている。異常者への共感から社会全体について考える、という包摂の回路が働かない。たとえば1989年の宮﨑勤事件なんていうのは、普通に考えればまったく社会性がない。宮﨑勤事件と秋葉原事件とどっちが「社会的」かは難しいけれど、秋葉原事件のほうが語りやすいことは確かです。でも秋葉原事件については冷淡です。ある事件が起きたときに、それを社会的文脈のなかにきちんと意味づけることができなくなっている。
鈴木 97年の酒鬼薔薇事件を境にして、社会問題ではなくて治安問題になっちゃったんですよね、この種の事件は。(『潮』2008年10月号より抜粋)

 

信教の自由を侵害する政治家の「不見識」
佐藤 優(起訴休職外務事務官)

日本の近代宗教史において、創価学会は大きな存在意義を持っている。創価学会以前の日本の宗教と創価学会を画している点は、創価学会以前の大多数の宗教団体が信徒を社会的に「受動的な存在」に留めておこうとした一方で、創価学会は信徒に「能動的な姿勢」を求めた点である。具体的に言えば、創価学会以前の大多数の宗教団体の信徒は、お布施を出していればそれで良かった。だが、創価学会は信徒に信仰活動への参加を要求した。現代的に洗練された信仰活動に信徒を参加させることで、信徒自身の力を引き出そうとしたのである。これによって、創価学会は「現代に生きている宗教」として成功したのである。(『潮』2008年11月号より抜粋)

 

オバマを誕生させた「アメリカという国」
久保文明(東京大学大学院教授)

金融危機で自分の生活が大事だから、オバマを支持したブルーカラーの人々がいる一方で、自らの信念として熱烈に支持した人がいた。後者の支持者にとっては、今回の選挙は「アメリカが良い国なのか、そうじゃないのか」を賭けた選挙という側面があった。彼らはオバマに賭けると同時に、「アメリカの夢」が実現することに賭けたのです。アメリカは悪い国ではないと自分も思いたいし、他のアメリカ人たちにも世界にも知らせたい。このような支持層が今回の選挙戦を動かす大きなエンジンになったのではないかと思います。(『潮』2009年1月号より抜粋)
※評論家・山崎正和氏との対談のなかで。

 

「多様性のある社会」が生きる強さを育む
鷲田清一(大阪大学総長)

日本の家族関係はいま、かつてないほど壊れやすくなっている。離婚率も高まっているし、さまざまな意味で崩壊し、機能不全に陥っている家庭も多い。親が子に注ぐまなざしが強まれば強まるほど、家族関係が壊れやすくなるという、一見不可解な反比例現象が起きているのだ。その理由を私が考えるに、親が子に向けるまなざしがどんなに濃密でも、それが「一つのまなざし」でしかないなら決定的に脆い、ということだ。/そのように家庭の中に「一つのまなざし」しかないと、親子が対立した場合、子どもにはどこにも逃げ場がなくなる。「親の言うことを聞くか、それとも親と衝突するか」のオール・オア・ナッシングで、ほかの選択肢はない状態に追いつめられてしまうのだ。(『潮』2009年6月号より抜粋)

 

無数の「光と影」が織りなす15年の歳月
後藤正治(ノンフィクション作家) 鎌田 實(諏訪中央病院名誉院長)

後藤 われわれの世代は何かと構えてしまうところがある。ボランティアとはなんぞやと理屈を求めがちだけれど、今の若い世代は自然体でさっさと足が向く。それを見ているといい意味の社会の変容を感じます。
鎌田 はい、若者がボランティアで汗をかくのが当たり前になったり、汗をかけない忙しい人たちが「じゃあ、少しだけお金を出そう」とか。そういう空気がこの国にもやっと定着しだしているのかなという感じはしますね。これからだって大震災は再び日本のどこかで起きる可能性は十分あるわけで、そのときに救急隊員を何十倍も用意できる国力がないとすれば、自分たちの力で地域や家庭を守るしかないし、そうした訓練をしておく以外ないわけですね。その訓練とは結局、普段から困っている人を「ちょっとだけ助ける」というのが、1番いいウォーミングアップなんじゃないかなと思っているんですけどね。
後藤 おっしゃる通りですね。震災の傷跡は今も癒え切ることはないけれども、その体験の中で芽生えたものは今も育まれている。そう考えたいですね。(『潮』2010年2月号より抜粋)

 

 

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