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善悪二元論を超えて、「曖昧さ」に耐える力を(上)

連日、報道される「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻」。
私たちは戦争報道にどのように向き合うべきなのか。
メディア史、大衆文化論が専門の佐藤卓己氏に綴っていただいた。
(『潮』2022年6月号より転載、全2回の1回目。著者近影=富本真之)

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重なる侵略者と
被侵略者の構図

 ロシアによるウクライナヘの軍事侵攻に関して、情報戦ではプーチン大統領よりもゼレンスキー大統領の方が優れているとの見方がある。テレビや新聞といった従来のメディアを使って情報を発信するプーチン氏に対して、ゼレンスキー氏はSNSを巧みに駆使して情報発信を行っているからだ。

 しかし、情報戦というのは、武力戦が始まるまでが主戦場で、それ以後は優劣を論じてもほとんど意味がない。今回のケースでいえば、「侵略者のロシア」と「被侵略者のウクライナ」という構図ができあがった時点で、情報戦の攻守が決しているからだ。

 ロシアは軍事侵攻の「大義」を固辞しなければならないため、何を発信したところで守勢からの逆転は見込めない。一方のウクライナは被侵略者と認定された時点で、情報発信の巧拙にかかわらず攻勢に出られる。

 冒頭で、「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻」と述べたが、今般の有事の呼称についてはまだ合意形成がなされていない。米ニューヨーク・タイムズ紙は「Russia-Ukraine War」と書いていたが、日本のメディアで「ロシア・ウクライナ戦争」や「露宇戦争」といった呼称は使われていない。

 日本の歴史教育における事例を挙げれば、外国同士の戦争は「普仏戦争」や「米西戦争」など、勝者を頭文字に据えているが、自国が戦った戦争は勝敗にかかわらず「日露戦争」「日中戦争」との呼称が定着している。

 ちなみにロシアは今回の有事を一貫して「特別軍事作戦」と呼んでいる。これを日本で暮らす人々に馴染みのある言葉に置き換えるならば「事変」になるだろう。「満州事変」や「支那事変」は、それぞれ「満州で起きた軍事紛争」「中国で起きた武力衝突」との意味だ。

 つまり「正式な『戦争』ではない」という論理である。宣戦布告のない今回の有事に対してロシアも納得する呼称をつけるなら、「ウクライナ事変」と呼ぶのが現時点では相応しいのかもしれない。


 
  今回のウクライナとロシアの「情報戦」の意味を日本人が考えるうえでは、満州事変を振り返るとわかりやすい。満州事変での日本側の主張は、日露戦争で得た既得権益を守っただけであって、邦人保護のための武力行使はやむを得ない――というものだった。しかし、国際社会では相手にされず、結果的に国際連盟を脱退することになった。

 当時、日本国内でどんな議論が起きていたか。中国側は宣伝が巧みだが、日本人は沈黙を美徳と考えるため、戦場では勝っても宣伝戦で敗れた。「情報宣伝」の必要性が繰り返し訴えられた。

 そのため、国策通信社設立が計画され、政府内に情報委員会が設置されたが、国際社会での孤立が解消されることはなかった。日中戦争の勃発後は、新たに内閣情報部が組織され、本格的に「宣伝」研究も始まった。

 しかし、国際社会に対して、事変の大義名分を発信したところで、すでに「侵略者」日本帝国と「被侵略者」中華民国という構図ができあがっており、日本側の言い分がまともに相手にされることはなかった。むしろ、情報を発信すればするほど日本軍の残虐性や日本政府の不誠実さを諸外国に印象づけてしまった。

 そのため情報の発信より統制に力点が置かれた。「ウクライナ事変」でも、ロシアはSNSなどから情報を得る若い人々の反戦運動を警戒して、情報統制を強めた。反戦報道を禁止する法律を制定し、“偽情報”を発信した者には最大15年の禁錮・懲役が科せられる。もちろん、真偽を判定するのは当局だ。

 これと同じような情報統制は事変下の日本でも行われていた。戦時下の言論統制で何が行われ、人々がどう反応するのか、いま歴史が再演されているのであり、そこに新しさはない。

ロシアの存在意義と
軍事侵攻の大義名分

 軍事侵攻の大義名分として、プーチン氏はウクライナの“非ナチ化”を掲げている。これも国際的には理解されない。たしかにウクライナでも一部の右翼組織がネオナチ的な活動を行っていたが、それは同国に限った話ではない。ロシアでも見られる光景だ。

 ロシアの言い分にとってさらに不都合なのはゼレンスキー氏がユダヤ系であることだ。厳密にいえば、ユダヤ人のなかにもナチ協力者は存在した。しかしゼレンスキー氏の場合は親族にホロコースト犠牲者もおり、ロシアから“ナチ”呼ばわりされてもイメージは悪化しない。むしろ、プーチン氏の方が無理な言いがかりをつける「ならず者」としてイメージされている。

 ただし、この“非ナチ化”という大義名分には、ロシア人の歴史意識が強く反映していることを私たちは理解すべきだろう。

 ロシア国内には大祖国戦争(独ソ戦)の戦勝記念碑が数多く建てられている。もっとも有名なのは1967年に建造されたヴォルゴグラード(旧スターリングラード)の「母なる祖国像」だが、2000年に最初のプーチン政権が誕生してからは、さらに多くの戦勝記念碑が建てられた。

 大祖国戦争において、ロシア(旧ソヴィエト連邦)は首尾一貫してナチズムと戦い、勝利を収めた――。これが現在のロシア国家の存在意義であり、建国神話だ。その意味で、“非ナチ化”という大義名分はロシア国内では十分有効なプロパガンダなのである。

 現代の日本人の多くにそれは理解できないかもない。だが、これも戦前に日本帝国が唱えた「東亜新秩序」や「八紘一宇」と重ねて考えてみればよい。

 アジアを欧米の植民地支配から解放する「義戦」として、「大東亜戦争」と命名されたが、その大義名分は国外でほとんど理解されなかった。それでも、白人勢力をアジアから追い出すという大義名分は、当時の日本国民の多くが感激をもって受け入れていた。

 歴史家として私は「非ナチ化」を掲げる戦争を支持するロシア国民の心情を理解することはできる。むろん、理解はできるが共感などできない。ロシアの軍事侵攻を批判する一方で、日本に暮らす私たちが同時に思いをいたすべきなのは、かつて日本も現在のロシアと同じような過ちを犯してしまったという負の歴史だ。

 ロシア国内でプーチン氏の支持率が高まったことを理解できないとする人々がいるが、同じような現象は戦時体制下の日本でも起きていた。あるいは、経済制裁を受けているロシアで愛国主義が強まっているのも、我が国の歴史を振り返れば決して不思議なことではない。

 「支那事変」に対するABCD包囲網(対日経済制裁をおもとした封鎖網)によって、日本でも愛国熱は過熱していた。そうした歴史を忘れてしまったかのように、「ウクライナ事変」をエモーショナルに報じるメディアに、歴史に学ぶことの難しさが示されている。

 むろん、そうした報道はロシア軍があまりにも残虐だからだ――との反論もあるだろう。しかし、ロシア軍の残虐性はいまに始まったことだろうか。これまでシリア内戦でロシア軍がしたことを思えば、今回もそれが繰り返されることは十分に想像できたはずだ。

 そもそも、日本のメディアはシリア内戦のニュースでロシア軍の残虐性をどれほど扱ってきただろうか。欧米メディアに追随するだけで、日本人独自の想像力を欠いた戦争報道にも、私は危機感を抱いている。

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京都大学大学院教授
佐藤卓己(さとう・たくみ)
1960年広島市生まれ。京都大学卒業。同大学院博士課程単位取得退学。東京大学新聞研究所助手、国際日本文化研究センター助教授、京都大学大学院准教授などを経て、2015年より現職。専門はメディア史、大衆文化論。著書『「キング」の時代』『言論統制』『ファシスト的公共性』『流言のメディア史』『メディア論の名著』など多数。2020年、紫綬褒章を受章。

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