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古川智映子さんに聞く〝負けない人生〟の秘訣

『小説 土佐堀川』の作者、作家の古川智映子さんは今年91歳になる。
しかし、年齢を感じさせない。パワフルで明るくチャーミング。
「自分に負けない心が人生を大きく開くんです。」と語るその元気の源とは――。
(『パンプキン』2023年1月号より転載。取材・文=鳥飼新市 写真=後藤さくら)
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勇気が湧き
心がきれいになった

 毎年新年の三が日、一日は創価学会の勤行会に出席、二日は箱根駅伝などのテレビを観る。
三日も駅伝、正月特別番組のドラマも観たりする。三が日とも、祈りは欠かさない。
 近年は、ひときわ箱根駅伝の中継に熱が入る。ひいきの創価大学のチームが出場するようになったからだ。
 もうひとつ、恒例がある。
「さらなる宿命転換を祈る年」
「健康増進を祈る年」……
と、その年の自分自身のテーマを決めることだという。
「私の場合、毎年、必ず〝祈り〟という行為がつくのが特徴なの……」と、古川さんは微笑む。
「一にも祈り、二にも三にも祈り。祈ることこそが、私の負けない人生の秘訣なんです」

 古川さんが仏法と巡り合ったのは、絶望の真っただ中でのこと。
結婚して9年、最愛の夫が貯金一切を持って愛人の元に走ったのだ。
残ったのはまだローンがある家だけだった。
 青森は弘前の旧家の一人娘で、他人を疑うことなど知らずに育った。
泣き虫で、弱虫で臆病だった。
雨戸を閉めたまま家の中で息を潜め、ただただ「私がいたらなかったからだ」と自分を責め続けた。

「自殺を考えるほど、苦しんだこともありました」
 お金もない。近所の野原の雑草を摘んで食べたこともあった。
そんなとき知り合いの母娘(おやこ)から仏法の話を聞いたのだ。
 言われたとおり、祈りを重ねてみた。
不思議なことに沈んでいた気持ちが明るくなるように思えた。
こうして古川さんは創価学会に入会する。19652月のことである。

 それからというもの、畳が正座の形にへこむくらい、祈り続けた。
「祈ると本当に力が湧いてくる。勇気が湧き生きようという気になりました。
祈りには力があると思いました。さらに実感したのは心がきれいになったことです」
 やがて高校教諭の職を得て自立した。
いつの間にか夫を許している自分に気づいた、と話す。


祈り続けると
境涯がすっかり変わる

 古川さんが、この信仰の力を心から確信したのは、眼科医から緑内障と診断されたときだそうだ。
すでに教員を辞め、作家の道を歩んでいた。
 幸運にも、人生の師・池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に指導を受けることができた。

「池田先生は、ただひたすらに祈り続けていくことで、病気に負けないだけでなく、自身の境涯をもすっかり変えていくことができるという趣旨の激励をしてくださいました」
 師の指導どおり、古川さんはひたすら祈り続けた。
「〝帯解かず〟の日々。あっ、若い人たちはわからないわね。仏壇の前で仮眠するだけ、寝間着にも着替えないで祈ることに明け暮れました」
 思いがけず緑内障は日本一の名医といわれる医師が主治医になり、薬が変わった。
それが自分に合ったのか、高かった眼圧が手術もせずに下がっていったのだ。
治らないといわれている病気である。この体験が崩れぬ確信になった。

 入会してまだ日が浅いころ、古川さんは学会の座談会に出席していて、ふっと一生かかってもいいから、もうこれ以上ないというくらいの祈りを重ねてみたいと思ったという。
「本当になんとなくそう思ったの」
 そうして掲げた目標を達成するのには、普通ならば50年はかかる。
以来、祈りの記録をつけ続けてきた。

 「ちょうど目標が達成できるころ、私の書いた『小説 土佐堀川』がNHKの朝の連続テレビ小説の原案に選ばれたんです。私みたいな無名の作家の、しかもずいぶん前に書いた小説ですよ。奇跡が起きたとしか思えません」

 信じられないような偶然がいくつも積み重なって、『小説 土佐堀川』がNHKのプロデューサーの目に留まったのだった。
幕末から明治を生きた女性実業家・広岡浅子を主人公のモデルにしたドラマ『あさが来た』は、2015年秋から放映され、高視聴率をキープした。
小説の方も55万部を超える超ベストセラーになった。
「池田先生の言われたとおり、境涯がすっかり変わりました。仏法には不求自得(ふぐじとく/求めずして得る)という言葉があるけど、本当ね」

 望んだわけではないのに、70歳を超えたときに豪華客船『飛鳥Ⅱ』で世界一周旅行をすることもできた。100日間の船旅である。
その話があったとき、それを自弁できるだけの経済力もついていたのだった。
「お金がなくて雑草を食べていた私が……、祈った結果としかいえないですよ」



自分に負けない心が
人生を大きく開く

 幸福とはぬるま湯に浸かったような平穏な日々を積み重ねることではない――と、古川さんはエッセーに書いている。
では、幸福とは?
「困難や不幸に負けない気持ちの強さこそが、幸福につながっていくのだと思います」
 自分の体験からも不幸は克服でき宿命は必ず転換できる、と断言する。自身を「病気の問屋」と笑う古川さんは、子宮筋腫、自律神経失調症、緑内障、変形性股関節症……。病気をすべて克服してきた。

 80代半ばになったころ、悪性リンパ腫、しかもステージ4との宣告を受けた。
「池田先生の奥様からのお見舞いを、長年お世話になっている女性部の中心者が届けてくださいました。そのとき『人生総決算の祈りを、一生成仏の祈りを』とのご指導がありました。奮起してさらに祈りを重ねました」
 抗がん剤の重い副作用もなく、8週間の化学療法が成功し、がん細胞が消えた。がんを克服したのだ。

 それから5年。90歳を超えた今も元気に自転車で買い物に行く。両脚が人工股関節になっているにもかかわらず、である。
買い物の際にレジでは、いつも自分も暗算をしながら、もらったレシートで答え合わせをしているという。
「負けない人生とは他人と争って負けないことではありません。弱い自分の心、諦めそうになる自分、怠けそうになる自分、そんな自分と闘って負けないことです。自分に負けない心が人生を大きく開くんです」
 古川さんも、弱い自分に負けそうになったときは、「負けない、負けない、頑張れ」と、自分に言い聞かせてきたという。
「信仰を保つことも努力なんですよ」
そう、力を込めた。
たゆまぬ日々の精進が幸福につながっていくのに違いない。

『負けない人生』など、古川智映子さんの書籍の詳細はコチラから。

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作家
古川智映子(ふるかわ・ちえこ)
1932年、青森県弘前市に生まれる。東京女子大学文学部卒業。著書に『小説 土佐堀川』のほか、『きっと幸せの朝がくる 幸福とは負けないこと』『家康の養女 満天姫の戦い』『負けない人生』など多数。日本文藝家協会会員。ヴィクトル・ユゴー文化賞、潮出版社文化賞受賞。