「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　井手英策氏

「師弟」を徹底して大事にしている 私は財政学者として、政策研究の仕事のなかで公明党の議員さんとかかわる機会をいただいています。みなさんがどんな哲学をもって職務に準じていらっしゃるのか知っておくのは礼儀ですから、これまで池田大作SGI（創価学会インタナショナル）会長の書籍を折に触れ読んできました。 そして今回も、本誌連載「民衆こそ王者――池田大作とその時代」の「希望をつなぐ人篇」を、（１）から（22）まで（2021年3月号～23年4月号）まで通読させていただきました。読むだけでも数多くの学びがあり、生き方が変わってくるような思いがしました。 まず印象に残ったことは、創価学会が「師弟」をとにかく大事にされていることです。弟子が師を信じる。そして池田会長が一人ひとりの人間を大切にする。このことがくり返し描写されています。目の前の一人に寄り添う、一人ひとりを大切にするという姿勢が創価学会の隅々にまで行き届いているのは、「師弟」を徹底して大事にしているからだと思います。 寄り添う――創価学会員のみなさんの言葉で言えば「同苦」でしょうか――はとても大切で、同時に大変なことです。個人的体験で恐縮ですが、私の人生には大きな困難が3度ありました。2011年に脳出血で倒れたとき、17年に学者生命を失う覚悟で政治に深くかかわり、挫折したとき、そして19年、実家で暮らす母と叔母が火事で亡くなったとき。いずれも精神的に追い詰められました。 それでも今、私が生きていられるのはどうしてか。振り返ってみると、深夜の1時、2時までずっと連れ合いと話していたんです。彼女はただ黙ってうなずきながら私の話を聞いてくれていた。自分が何をしゃべったかは記憶に残っていないし、連れ合いが何を言ってくれたかもまったく覚えていません。しかし、寄り添ってくれることの意味――そばにいて、ただ話をずっと聞いてうなずいてくれる、そのことの意味、大切さが今は骨身にしみてわかります。 誰かが自分を気にかけてくれている安心感が、いかにすごいのかを私は自分の体験で知りました。だからこそ、強い師弟関係のもとに、一人ひとりの人間に寄り添うことを組織として実践している創価学会に感銘を受けるのです。 自分と他者の幸福が調和した信仰 連載には池田会長の言動だけでなく、会員の体験もつぶさに描かれています。そのなかで私がとりわけ感動したのは、2022年3月号に紹介されていた遠藤政一さんの生き方でした。 遠藤さんは20歳のとき、仕事中に高温の油を浴びて失明してしまいます。遠藤さんは妻や娘、創価学会の先輩の助けを受けながら、聖教新聞や御書（日蓮の遺文集）の勉強を重ねていきました。〈一対一で講義をしてもらい、その録音を繰り返し聴き、頭の中でまとめる方法をとった。／まず、10行前後の御書本文を読む。そのうえで、短く区切って少しずつ読み進め、解説を加えていく。毎月、一対一の真剣勝負だった。（略）座談会で講義した御書はすべて暗記した〉（連載より抜粋、以下同） こうして勉強を重ねながら、遠藤さんは人生の困難を使命に変え、生きていかれます。記事の最後には、〈71歳で亡くなった。「今度は、創価大学に入れるように生まれてくる。バイバイ」 典子（編集部注・妻）にそう言って、息を引き取った。御書を一度も目にすることなく、御書を読み抜いた人生だった〉と記されていました。「御書を一度も目にすることなく、御書を読み抜いた」とはまさしく達人の境地です。人生にまったく悔いのない、見事な生きっぷりです。 登場する方々に共通しているのは、自分の幸せや成長と、信仰の実践、すなわち「折伏」とを結びつけている点です。折伏とは要するに布教活動ですよね。でも、世の中にはさまざまな布教の形があって、なかには霊感商法のように口先で人をだまして数だけ増やせばいいという非人間的なやり方もあります。そうした「他人を不幸にして自分だけ幸せになればいい」という布教では長続きしません。あるいは、「他人を幸せにすること」だけを説くのでは限界があるし嘘くさい。 しかし、創価学会の折伏はそのどちらとも一線を画しています。つまり、「他人を幸せにすること」と「自分が幸せになること」とが調和した信仰を持っている。自分を愛することは他人を愛することであるという「自他共の幸福」を根っこに置いているからこそ、その活動のあり方に説得力を感じずにはいられないのです。 運命に対する態度を決める 私には14歳、11歳、7歳、3歳と4人の子どもがいまして、まさに今が子育ての真っ最中です。だからこそ、池田会長の子どもたちに対する姿勢や言葉は勉強になりました。とくに2023年4月号の回は、家に置いていて連れ合いにも勧めたくらいです。 この回で触れていた「子どもは大人の父である」というワーズワースの言葉は、未来の世代に財政のツケを払わせようとしがちな日本社会が肝に銘じておかなければなりません。 非常に印象的な言葉が22年12月号で紹介されていました。〈いじめられ、いじめられ、それでも「私は負けない！」と生きぬいた人が、最後は勝つ。勝たねばならない。勝たなければ、正義の火が消えてしまう〉 昔は特撮モノの映画やテレビ番組を見ると、「正義は勝つ」というキーワードが決めゼリフとして必ず出てきたものです。しかし、冷笑主義がまかり通る現代社会では、真面目に正義を語ると鼻で笑われ、バカにされます。このままでは世の中から正義の居場所がなくなってしまう。だからこそ、正義を叫び、正義を貫いていく勇気、信念が重要なのです。 話は少し変わりますが、私にも師がいます。神野直彦先生という方で、恩師でもあり、同時に人間として何があっても信じられる人、まさに「師弟」ですね。 いまでも大切にしている先生の教えの一つに、「徹底して論理的に物事を考えなさい。考えて考えて考えぬいて、どうしてもわからないときには、困っているほうの味方をしなさい」というものがあります。これは学者としての教えであり、かつ人間としての生き方をも示している。いわば学問と宗教の接点を表現したものです。 「宗教とは何か」と考えたとき、「運命に対する態度を決めること」なのだと思います。学者の場合は本質的に運命を認めません。あらゆる可能性を考慮し、理論をバージョンアップさせながら延々と探究しつづけるのが学問だからです。 しかし、宗教はまず運命を受け入れ、そのうえで運命に対する態度を決める。たとえば、創価学会の「宿命転換」という話を聞いたとき、私はハッとしました。創価学会員の運命に対する態度というのは、「必ず良いほうへ転換できる」というものなのです。 神野先生の「どうしてもわからないときには、困っているほうの味方をしなさい」というのは、論理的な思考だけでは判断のつかないとき――絶対的な価値観を問われる場面でどんな態度をとるべきかを示しています。 池田会長は「民衆こそ王者」のなかで“平和”に絶対的な価値を置かれます。「国家悪」に立ち向かうことに絶対的な価値を置かれます。「いじめた側が100％悪い」と断言します。こうした言葉で会長は、まさに運命に対する態度を決定しています。 学者の立場からすると、いじめ一つとっても、誰の味方になるのか言い切ることはできません。たとえば子どもが親に虐待されているといったときに、親には親の背景があって心ならずも暴力をふるってしまったのかもしれないと、あらゆる可能性を探究します。 しかし、池田会長は、子どもの側に立つ、子どもを守ると自ら態度を決めている。その態度を貫かれている。論理的に正しいか、正しくないかの問題ではなく、自分はこうだ、と態度を決めて、そこから論理を組み立て、信念を貫いていく。これこそが正義であり、哲学であり、信仰なのではないでしょうか。 弱者を生まない社会をつくる 私には「弱者を生まない社会をつくる」という哲学があります。「弱者を助ける」のではありません。救済する人と救済される人がいて、不幸な人は施しを受けなければならない、という世界は根本的に誤っています。なぜなら、弱者と認定されて救済を受けることは、当人からすれば屈辱ともなりうるからです。 極貧の家庭で育った私には、筆舌に尽くしがたい苦しい原体験があります。幼いころ「母子家庭のわが家は生活保護をもらっているのではないか」と思い、母に訊ねたことがあります。すると「そんな恥ずかしいカネは一銭ももらっていない」と母は激怒しました。 生活保護を使うことは日本国憲法で定められている生存権ですから、本来は堂々と利用すればいいのです。にもかかわらず、わが家がそうだったように、日本では生活保護を使うべき人のうちわずか15％しか受給していない。つまり、多くの人にとって他人に救済されることは、困難に耐え忍ぶよりもずっと苦痛なのです。 だから私は、誰も救う必要のない社会、皆が受益者となる社会、弱者を生まない社会を目指しています。その社会の柱となるのが「ベーシックサービス」です。これは教育・医療・介護・障害者福祉をすべての人に無償で提供する政策です。 幼保無償化は当然として、給食費も学用品費も修学旅行のお金も一円もかからない。大学では無料で学べる。障がいが残る重い病気にかかろうが、要介護になろうがお金がかからない。もしこういう社会が実現すれば、弱者に対する施しではなく、誰もが「権利」として生活の基盤となるサービスを堂々と利用できるようになります。 創価学会は人間のための宗教 私の政策構想が公明党の議員さんたちに納得していただけることが多いのは、こうした私の哲学がみなさんの信仰と響き合うからではないかと感じています。 池田会長の書籍『法華経の智慧』を読み直してみました。すると冒頭の「法華経はだれのための経典か」というくだりにこう書かれていたのです。〈法華経はだれのために説かれたのかと言えば、「すべての人間のため」であり、その「自立」のためです。そこには当然、僧俗、男女、貧富、貴賎、老若等、いかなる差別もありません。ひとえに「人間のため」「民衆のため」です〉 創価学会の信仰の根底にあるのは「人間のため」「民衆のため」という裾野が広い思想であって、「弱者のため」という狭いものではないのだと深く納得しました。 もちろん困っている人を放っておけないという素朴な感覚は間違っていません。しかし、みなさんの信仰のために弱者を必要とするならばそれは本末転倒です。誰もが当たり前の権利として幸せな人生を享受する。そういう世の中を構築しようと目指し活動しているから、私も共感するのです。 「民衆こそ王者」には「大阪の戦い」という公明党への選挙支援のエピソードが掲載されています。この戦いがあって、公明党は60年近くの歴史を歩んでいきます。いまくり返し公明党と協議をしながら私が思うのは、公明党の議員さんには自らの哲学を、誇りをもって貫いてほしいということです。 現実社会は確かに白黒つけられないことばかりです。また、政治の世界がどれほどドロドロとしているのかもわかります。政局や世の流れに飲み込まれて態度を翻してしまう政治家もいます。 しかし、公明党は信仰をもった人たちの政党です。政教分離の原則から言って、自分の信仰を根底において政治活動をすることはまったく問題ありません。戦前の国家が国家神道化するという話とは違います。国家が創価学会を信仰するわけではないのです。仮に公明党の単独政権が成立してもなお、何の問題もないわけです。だからこそ自ら決めた態度、掲げた理想を貫くべきなのです。みなさんの「師」がそうだったように。 大衆に寄り添い戦っていくこと 先ほど申し上げた通り、私は自身の哲学を貫き、ベーシックサービスを提言しつづけています。公明党には「安心と希望の『絆社会』2040ビジョン」の検討委員会で、ベーシックサービスについて非常に熱心に議論していただき、感謝に堪えません。 その一方で、国家レベルでサービスを保障してもどうにもならない問題があります。たとえば不登校。少なくとも中高生までは学費の実質無償化が進み、ベーシックサービスの一部が実現しているにもかかわらず、全国で約30万人が不登校になっています。あるいは、独居している高齢者。自分で掃除ができなくて、家中がゴミであふれてしまう。もっと小さい家に引っ越したいのに保証人がいなくて引っ越せない……。 つまり、一人ひとりの人間の抱えている生きづらさはどんどん多様になり、しかも所得とは関係がないのです。国家レベルの政策では、この生きづらさに寄り添うことは困難です。とするならば国家と個人の中間的なレベルでネットワークをつくり、一人ひとりの生きづらさに寄り添っていく人たちが出てこないことには、この社会は立ちゆきません。そこで彼らに寄り添い、社会を変革していくのが、創価学会の役割であり公明党の使命だと思います。 通常、生きづらさを目の当たりにした一市民が行政の窓口に乗り込んだところで、事態は何も動きません。ここで活躍するのが地方議員です。地方議員が現場の声をつぶさに聞いて回り、役所で直接交渉する。そうして初めて行政は動き始めます。 公明党では市区町村議会議員と都道府県議会議員がネットワークを結び、さらに地方議員と国会議員が縦の線で結ばれている。そのつながりを生かしながら、大衆の声を政策に反映して国の制度設計そのものを変えていく。こういう仕事ができるのは公明党だけです。 池田会長と創価学会、そして池田会長が創立した公明党には「誰ひとり取り残さない」という理念が脈打っています。国家のレベル、政府のレベルでは解決できない難問に取り組み、苦しむ大衆に寄り添って戦っていく。この仕事こそ、創価学会と公明党の独壇場ではないでしょうか。 アリストテレスは「野蛮と臆病の中庸は何か。それは勇気である」と叫びました。野蛮と臆病を足して二で割っても、何も生まれはしません。野蛮でも臆病でもなく、勇気をもってなすべき仕事をやり、すべての人々が幸福に生きられる社会をつくっていく。中庸の道をゆく創価学会と公明党のみなさんに、私は期待しています。 ☆大好評連載「民衆こそ王者――池田大作とその時代」に寄せられた〈識者の声〉を一部無料公開中。記事はコチラから。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊慶應義塾大学教授井手英策（いで・えいさく）1972年福岡県生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。日本銀行金融研究所に勤務後、東北学院大学、横浜国立大学等を経て、2009年慶應義塾大学准教授。13年より現職。

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇 井手英策氏

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　井手英策氏