プレビューモード

しんどくなったら「カウンセリングにおいで」。

自身も心の問題を抱えた経験を持つ中元日芽香さん(心理カウンセラー)とNPO法人「あなたのいばしょ」理事長 大空幸星さんに、心の悩みをどう聞くかについて語っていただきました。

(『潮』2023年10月号より転載)

 

心の問題に携わったきっかけ

大空 中元さんは2017年までアイドルグループ「乃木坂46」で活動されていたんですね。実はこの2週間で乃木坂46元メンバーにお会いするのは中元さんで3人目です(笑)。グループ卒業後にキャリアチェンジされる方のなかでも、中元さんは異色ですよね。

中元 そうかもしれません。心理カウンセラーはいないはずです。

大空 カウンセラーを目指されたのは、アイドル時代のご自身の体験がきっかけだったと。

中元 はい。15歳から活動を始めて20歳のときに休業しました。もともと誰かに相談することが苦手で、その必要性も感じていなかったのですが、お仕事に行けなくなったり、行っても自分の心身を制御できなくなってしまって。そんなときにマネージャーさんから「心理カウンセラーと話してみる?」と紹介していただいたことがきっかけでした。カウンセラーという職業に魅力を感じて、私も悩んでいる人の力になりたいと思いました。
 大空さんが孤独・孤立対策としてチャット相談を行うNPO法人「あなたのいばしょ」を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。

大空 実はきっかけと言えるものは特にないんです。学生起業にありがちな〝勢い〟でしたね。

中元 大空さんのご著書を拝読したのですが、誰にも悩みを相談できず自死すら考えていた10代、高校の先生との出会いが転機になったそうですね。このことはNPO立ち上げと何か関係はあったのでしょうか。

大空 担任の先生との出会いは大きかったんですが、先生が当時の僕が抱えていたさまざまな問題を解決してくれたわけではないんです。単純に頼れる人がいるという安心感を得たことで、人生が好転した気がしますね。ただ、辛い経験をした当事者性がそのまま現在のモチベーションになっているわけではありません。その体験をしていなくても、同じ事業をやっていたかもしれない。むしろ、特別な背景の有無にかかわらず、多くの人に非営利のセクターや社会福祉の業界に参入してほしいです。

 

顔のわかることが安心につながる


大空 僕も中元さんのご著作を読みました。アイドル時代に悩まれたことやカウンセラーに相談したときのことが率直に書かれていて、「カウンセラーに相談するのも一つの手なんだ」と感じる読者も多いはずです。

中元 カウンセラーの仕事を始めるときに、元アイドルという肩書を公表するべきか悩みました。公表したのは、相談者さんからすれば顔の見える相手のほうが相談しやすいだろうと考えたからです。カウンセラーがどんな人物かわからないと、人によっては緊張してうまく話せないかもしれません。けれど私の場合、ネット上にアイドル時代の動画があって顔がわかる。それが相談者さんの安心につながればと。

大空 カウンセリングはすべてオンラインでされているんですね。

中元 そうです。テナントを借りたり、人を雇ったりするコストがネックだったのと、20代の女性が最初から相談者と1対1になる形式で働くのは一般論として危ない面もあるので。将来的には対面でやることも視野に入れて、まずはオンラインから始めました。

大空 相談者にとっては、オンラインのほうが対面よりハードルが低いこともあるんですよね。精神疾患の方からよく聞くのは「クリニックに行く道中がきつい」という話です。感情やうつ症状にはどうしても波がありますから。

 

相談者のどこに注目するのか

中元 オンラインであれば全国の相談者さんから話を聞けるし、お勤めの方の場合は夜遅め時間でも対応ができます。小中高生だとスクールカウンセラーへ相談しに行く姿を見られたくないという人もいらっしゃるので、オンライン特有のメリットはあると思います。

大空 ただ、チャットだと、目の動きや息づかい、声のトーンなどの非言語情報が見えません。そこに難しさがあるんですが、オンラインのビデオ通話と対面とではどんな違いがありますか。

中元 カウンセリングに限れば、そんなに遜色はありません。ときどき通信の不具合で音声のみになると、途端に情報量が少なくなるので難しくなります。

大空 そうなんですね。僕らはすべてテキストのやり取りなので、相談員は相手がどんな人なのか想像しながら対応しています。慣れてくると文章でも、たとえば句読点の打ち方や絵文字の使い方とかで、感情の揺らぎや心象が変わった瞬間なんかが見てくるんです。また、オンライン相談は対面と比べて情報量が少ないものの、自己開示をしてもらいやすいというメリットもあります。伝統的な診療は対面を原則としていますが、選択肢があることは大切です。

中元 対面だと緊張してしまう人もいらっしゃますし。

大空 ただでさえ相談者には人間関係で悩んでいる人が多いのに、そういう方々が初対面の人に自分の話ができるかと言ったら、それはなかなかハードルが高い。その点、「あなたのいばしょ」は匿名なので、性別や年齢を偽ることもできます。たとえば、「友達がこういうことに悩んでる」と言いながら、自分の相談をしたりできる。皆さん上手に自分以外の存在を操りながら、本心を話そうとするんです。内容に多少噓が混じっていたとしても、その人が悩みを相談できて少しでも安心できるなら、それでいいと僕は考えています。

中元 〝偽りの自分〟と〝本当の自分〟の中間くらいで相談できるのはチャットならではですね。それだったら、相談するハードルが下がる気がします。

大空 中元さんはカウンセリングのとき、相談者さんのどんなところに注目されますか。

中元 それまで質問にすらすら答えていた方が、急に言葉が出てこなくなる瞬間があるんです。そのときの質問がカギかもしれないと思い、深掘りすることがあります。答えに詰まるときは、ご自身も気がついていなかった問題、回答を用意していなかった悩みに触れていくチャンスになると思うんです。
 あとは表情の変化をよく見るようにしています。カウンセリングは1回当たり1時間を基本にしているのですが、最初と最後で全然違う表情になっていることがあります。終わったときに晴れやかな表情をされているのを見ると、この1時間が相手にとって意味のある時間だったんだなと。相談の最初と最後で印象が違うというのはチャットでも同じだと思うのですがいかがですか。

 

マイナスからゼロへの支援

大空 その通りですね。「あなたのいばしょ」では、相談員につながるまでのあいだにチャットボット(自動会話プログラム)による質問があり、その後で、相談員とのコミュニケーションが始まります。興味深いのは、そのボットとのやり取りを通じて悩みが整理されることがままあるという点です。また、相談員とのチャットのなかで、最初は複雑な、どす黒い感情をとにかく書き連ねていた人が、最後には「ありがとう」と書いたりする場合もあります。
相談者さんとの関係性については何を心がけていますか。

中元 あえて次回の約束をしないことでしょうか。カウンセリングを継続する場合もペースは相談者さんにお任せしています。私にとってカウンセリングのゴールは家族のように継続支援することではなくて、自分の力で生き生きと社会に戻ってもらうところに置いています。だから、カウンセリングは一休みの場所。学校でケガをしたら保健室へ行くように、心が傷ついたり、しんどくなったときはカウンセリングルームにおいで、という感じで捉えています。

大空 いまのお話は僕らと非常に近いなと感じました。僕は「マイナスからゼロへの支援」という言い方をします。死にたい、辛い、しんどい、消えたい。そんなマイナスな状態にある人は基本的に複数の要因で苦しんでいる。それらをすべて解決してプラスに持っていくことは僕たちにはできないし、やるべきことでもありません。目指すのはあくまでゼロ。ひとまず死ぬのを止めて、明日も生きてみる。そこを目指しているんです。
僕が尊敬するNPO法人「抱樸(ほうぼく)」の奥田知志理事長は、こうした支援のことを〝ごまかしの支援〟と言っています。問題を解決していない以上はごまかしである。だけど、それが生きる決断につながっているのだ、と。自立支援をするためには、それぞれの人が潜在的に持っている力を信じ、それを引き出していく必要があるんです。

中元 そうですよね。あるときカウンセリングの初めに「このあと命を絶とうと思っているんです」と言われたことがありました。急なことで戸惑ったのですが、いつも通りにお話しすることにしました。すると最後には「今日はいったん止めておきます」とおっしゃった。問題は解決されていないけれど、誰かと話して気持ちを整理することでひとまず生きてみようと思ってもらえたんだと感じました。

 

自己否定をする若者たち

中元 若年層の悩みに多いのは、将来に対する漠然とした不安だと思います。具体的な実態が見えないからこそ怖くなってくる。だからせめてカウンセリングのなかでせめて輪郭だけでも見つけていただけるようにと思っています。チャットでも漠然とした悩みを相談されることはありますか。

大空 あります。自死した若者のうち、3人に1人が原因不詳だと言われています。周囲の人からは明確な理由はないように見える。おそらく本人も何に悩んでいるのかがわからないのだと思います。そうした苦しみの根底には、自己否定する気持ちがあるはずです。つまり、「悩みを抱えているのは自分が弱いからだ」といった自業自得に近いような感覚が強い。

中元 悩んでいるのは自分のせいなのだから、周りに心配や迷惑をかけたらいけないとどんどん苦しくなっていく。だから、そんなところまで自己否定しないでと引き戻すことが大切ですね。

大空 そうです。だから「あなたのいばしょ」では、相談しようと思った理由をまずはしっかりと聞きます。何か解決してほしい問題があるのは当然として、そのうえで相談者には僕たちのところに来てくれた理由がある。そのニーズを確認するということです。

中元 確かに相談者さんが何を求めて来たのかを早めに摑めると、より的確な応対ができます。

大空 その後にチャットボットを用いて相談者自身が客観的に自身を見つめる機会を提供しています。相談者にとっては、たとえ相手がロボットであっても誰かの存在を感じることが客観視のために必要なのかもしれません。

中元 一人で考えてしまうとポジティブな結論になりにくく、ネガティブな思考をぐるぐると回って絶望してしまう。だから自分の悩みを可視化する時間は大切だと思います。私もカウンセリングの前に相談者さんにメールで状況を確認するのですが、たまに「悩み事をメールに書いていたら、気持ちの整理がついた」とおっしゃる方もいます。

大空 一度誰かに伝えることができれば、それが一種の成功体験になります。そして今度は家族や友人にも自己開示ができるようになったりもします。

 

「本気の他人事」で相談に乗る

中元 大空さんは「本気の他人事」という言葉を使われていらっしゃいます。私もカウンセラーとして相談者さんとのあいだに明確な境界線が必要だと感じていました。それがないと相談に乗る側が辛くなってしまう。相談者さんも完全に共感して涙を流してもらいたいわけではないでしょうし。だから「本気の他人事」はぴったりな言葉だと思いました。

大空 「あなたのいばしょ」の相談員にも前のめりになってしんどくなってしまう人がいます。けれど、相談員は家族や友達ではない赤の他人なんです。そのまま言ってしまうと冷たく聞こえるので〝本気の他人事〟として捉えようと言っています。本気でかかわるけれど、あくまで他人なんだと。自己犠牲によって成り立つ支援ではないし、自分を保ったまま相手に手を差し伸べることはできるはずです。何も相手の感情のサンドバッグになる必要はないんです。

 

メンタルの相談は気軽でいい

中元 うつ病やメンタル休職などの事例が増えて、最近は徐々にカウンセリングの知名度が上がってきています。その一方で、まだまだアクセスする人は少ない。この対談を読んで、心理カウンセラーの存在を多くの方に知っていただき、アクセスしていただけると嬉しく思います。一度でも他者に悩み相談することを経験すれば、生きづらさを解消していくきっかけになるはずです。あと、今日の対談で、チャット相談はカウンセリングよりもハードルが低く、最初の一歩としては踏み出しやすいということを知りました。「あなたのいばしょ」のようなチャット相談があるということも、今後は発信していこうと思います。

大空 ありがとうございます。今年の5月に「孤独・孤立対策推進法」が成立し、来年の4月に施行されます。「孤立・孤独サポーター」という仕組みも検討しています。約1400万人が登録している「認知症サポーター」の孤立・孤独対策版のような仕組みで、研修を受けた上で登録するという制度です。今後はこの取り組みも広げていきたいと思っています。

中元 相談者さんのなかには「自分も悩んでいる人の力になりたい」と考えている人が多いので、チャット相談の相談員やサポーターを勧めてみようと思います!

******

心理カウンセラー
中元日芽香(なかもと・ひめか)
1996年広島県出身。早稲田大学卒業。2011年からアイドルグループ「乃木坂46」のメンバーとして活動。17年にグループ卒業後、18年から現職。著書に『ありがとう、わたし――乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』がある。

 

NPO法人「あなたのいばしょ」理事長
大空幸星(おおぞら・こうき)
1998年愛媛県出身。慶應義塾大学卒業。大学在学中の2020年NPO法人「あなたのいばしょ」を設立。孤独対策、自殺対策をテーマに活動。著書に『望まない孤独』『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由』がある。

こちらの記事も読まれています