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料理も仕事もひと手間が大切!働き者「阿波女」の秘密

いつも溌溂と、明るい笑顔の人気料理研究家・浜内千波さん。その元気の源は、徳島県で生まれ育った幼少期にありました。
食を通して、全国の家庭に元気を届ける浜内さんに、日常で大切にされている習慣や心がけを伺いました。
(『潮』202311月号より転載。撮影=水島洋子)
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料理が好きになった幼少期の原体験

 私は、徳島県の南部、高知県との県境にある海陽町(旧海南町)で生まれ育ちました。家業は製糸工場で、両親からは男女問わず働くことを教わりました。毎朝、両親と5人の兄弟姉妹で並び、太陽に向かって「働かざる者食うべからず!」と家訓を暗唱するような家庭だったんです。

 その家訓を忠実に守っていた母親は、本当に働き者でしたね。父が営む製糸工場を手伝い、食事やおやつの準備のために家に戻ってきては、また工場に出かけて行く。母親が一生懸命に働く姿が、とにかく私の脳裏に焼き付いています。私を含めた三人の娘は母と同じくとても働き者になりました。

 父親は、子供に何をさせるにしてもゲーム感覚を持たせる人でした。走って一番にあれを取ってきたらお小遣いをあげようとか、いつもそんな感じだったんです。そのためか、兄弟姉妹には常にライバル意識があったのですが、両親が仕事に出ている時には協力して、料理や掃除などの家のことを分担していました。

 私は末っ子でしたから、幼稚園の頃は学校に通う兄姉よりも早く帰宅していました。その分、母親を独占できる時間が長く、台所で料理をする母のそばにいつもくっついていたんです。料理が好きになったのは、その原体験があったからだと思いますね。 

 高校卒業後は大阪成蹊女子短期大学の栄養科に進学し、そこで栄養士の資格を取得しました。短大を出たあとは大阪で証券会社に就職します。なんでも競わせる父親の教育を受けた身ですから、同期のなかで一等賞になろうと決め、周囲の人たちにはできないことをやり続けようと決心していました。

 その一つは、始業時間前の掃除とお茶汲みです。一番に出社し、同じ部署の人たちのデスクをきれいに拭き掃除して、お茶を入れておくんです。入社してから3年後にその会社を辞めるまで、一日も欠かさずにそれをやり抜きました。

 退職したのは〝ガラスの天井〟にぶち当たったからです。営業成績では一位だったものの、当時の証券会社は完全な男社会ですから、同期入社の男性と比べて昇進の兆しが見えないんです。しだいに、「何年やっても昇進しないのであれば、別の道で挑戦してみようかな。 何かを始めるとしたら自分には栄養士の資格があるな……」と考えるようになりました。

 しばらくのあいだは姉が大阪で営んでいたタバコ屋の店番をしました。姉はカレンダー会社を経営する傍らで、サイドビジネスとしてタバコ屋も営んでいたんです。店には自動販売機が10台以上あり、対面の帳場でもタバコや雑誌などを販売していました。

 ある時に売り物の女性週刊誌を読んでいると、ひとつの記事が目に留まりました。のちに私の師匠となる料理研究家の岡松喜与子先生による世界の料理の連載記事です。素敵だなと思って記事を読んでいると「募集」の文字が目に飛び込んできました。先生の料理研究所がスタッフを募集していたんです。

 これを見た私は大阪での生活をすべて置き去りにし、1978年に単身で上京。すぐに岡松先生に電話をするも、なかなか応答がありません。結局、100回以上電話をして、ようやくつながることができました。初めこそ給料はありませんでしたが、なんとか住み込みで働かせてもらえることになったんです。

 先生のもとで学び、1980年に東京・中野に料理教室「ファミリークッキングスクール」を開校しました。以来、かれこれ40年以上にわたって料理教室を営み、現在に至ります。

女性社長率日本一の徳島

 私が生まれ育った徳島県は、昨年女性社長率が日本一になりました。徳島女性に関してよく言われるのは、「讃岐男に阿波女」という言葉です。性格が穏やかな香川の男性と働き者の徳島の女性は相性が良いという意味です。我が家もそうですが、どうして徳島の女性は働き者なのでしょうか。

 バラエティ番組「秘密のケンミンSHOW」に徳島県の代表として出演した際に、こんな話を聞きました。徳島には平家落人伝説があります。戦に敗れた落人は、皆でまとまってではなく、それぞれが散り散りに逃げたそうです。徳島の観光スポットである「祖谷(いや)のかずら橋」は、平家落人が追手から逃げ延びるため、いつでも橋を切り落とせるように葛が使われている、との言い伝えもあります。

 そして散り散りに逃げた結果、少人数集落での生活が始まったとすると、自分たちの身は自分たちで守らなければなりません。そんな状況下では、男も女も関係なくなりますよね。だから、女性もよく働くようになったと思うんです。個人的には、そうした歴史も徳島県の女性社長率日本一という実績につながっている気がしています。

目の前の相手を大切にする

 徳島に限らず、女性は細やかなことに気付くアンテナが敏感だと思います。相手の表情を見ながら、気遣うことに長けている。子供の顔色が悪い時など、女性はすぐに気付いて、「どうしたの?」と声をかけてあげられます。

 私も料理教室の生徒さんには、全員に必ずひとこと声をかけるようにしているんです。それは母親から受け継いだ思いやりかもしれません。教室に通ってこられる方々は、生活や仕事など多くのことを抱えておられると思います。教室のドアが開くと、いろいろな表情の生徒さんが入ってこられます。一人一人に声をかけていると、元気がない人もニコッとなるんです。言葉を発していない人には積極的に声をかけてみる。そうしたコミュニケーションを日頃から大切にしています。

 私は、女性がコミュニティの〝MC(司会者)〟を務められれば、その場の人々はキューッとうまくまとまると思っているんですね。女性がMCをすれば、周囲が明るく救われますし、自分も元気になります。

 女性が社会で活躍する時代だからこそ、「あなたがいるから救われる」、周囲からそんな風に思われる存在になれたら、家庭をはじめ社会が安心感に包まれる、豊かな居場所になると信じています。

脈々と続いてきた家庭の味を守る

 料理教室で私が最も大切にしているのは、家庭料理をきちんとお伝えすることです。時代の変化とともに、料理に対する人々の価値観が変わってきています。そのなかには理に適ったものもあれば、利便性だけが追求され、心配になるものもあります。

 例えば、昔の人たちに比べれば千切りなどの料理の技量は落ち、他方でどんどん新しい調味料が生まれています。この背景には、最近の人たちが優先する「時短」「簡単」「節約」という価値観が表れているように感じています。

 近年、砂糖・塩・酢・醤油・味噌などの単体の基礎調味料の消費量は年々減っているようです。その代わり、白だしなどの合成調味料を使う方が増えています。「時短」「簡単」「節約」や、合成の調味料をすべて否定するつもりは全くありません。しかし、それだけでは脈々と受け継がれてきた家庭料理の味が途絶えてしまうと感じているんです。親から子へ、子から孫へと我が家の味を守る。そのために、私の料理教室では、素材の味を引き出す方法をお伝えしています。

 舌にある味蕾(みらい)という味を感じる器官は幼少期が最も多く、加齢とともに段々と減っていくといいます。したがって、子供のうちに素材の味を覚えることが、その人の健やかな心身を育んでくれるんです。

 最近は、データをもとに料理をする時代になりました。うちの教室では、血液中の塩分濃度を基準に塩分計算をするようにしています。そして、料理の途中で数回の味見をしてもらい、〝入口の味〟と‶出口の味〟を知ってもらうんですね。そうすると、料理の分量が分かるようになるんです。「時短」「簡単」「節約」も大切ですが、たまには料理に時間や手間をかけてみる。長期的に見れば、そのひと手間が子供のための最大の投資になると私は考えています。

 和食がユネスコ無形文化遺産に登録された影響もあり、近頃は外国の方々のあいだで日本の家庭料理への関心が高まっています。外国の方が求めているのは、お米の炊き方や味噌汁の作り方、干物の上手な焼き方、美味しいサラダの作り方など、家庭料理の基本中の基本になります。私も関心を持ってくださる方々の応援ができればと思い、さまざまな取り組みをしています。

 日本の若い方々には、私どもが外国の方に発信する情報を上手に活用しながら、家庭料理の基礎を学んでいただけるととても嬉しく思います。

料理の正解は相手の笑顔

 20世紀最高の料理人といわれたジョエル・ロブションは、生前に〝ママの料理には勝てない〟と言われていました。家庭料理に重きを置く私は、この言葉にとても励まされました。手の込んだ料理や新しい料理は、専門店で食べるのが最も美味しいし、家庭で作ってみたとしても、なかなか生活のなかには定着しにくい。やはり、飽きの来ないシンプルな料理が家庭料理の基本だとつくづく思います。

 家庭料理では毎日違うメニューを作る必要はありません。20品もレパートリーがあれば十分です。煮込んでいるあいだにサラダを作るなど、「焼く・煮る・炒める・蒸す・茹でる・生で食べる」の技法を組み合わせて、調理器具が被らないようにメニューを考える。上手に組み合わせを工夫さえすれば、料理と向き合うハードルをぐっと下げることができると思います。

 おしながきを出すわけではありませんので、きちんとした「麻婆豆腐」でなくても、「豆腐と豚肉の炒め物」でいいんです。家庭料理に正解はありません。正解があるとするならば、食べている相手の「美味しい」という言葉や笑顔だと思いますね。

 大切な家庭料理の文化を次の世代につなげる活動に、これからも力をいれて取り組んでいきたいと思います。

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料理研究家・食プロデューサー
浜内千波(はまうち・ちなみ)
徳島県生まれ。大阪成蹊女子短期大学栄養学科卒業。証券会社勤務を経て、岡松料理研究所へ入所。1980年、ファミリークッキングスクールを開校。著書『伝えたい日本の和食、日本のこころ いただきます ごちそうさま』など多数。

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