「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　アグネス・チャン氏

池田ＳＧＩ会長と作った平和の歌 私が池田大作SGI（創価学会インタナショナル）会長と初めてお会いしたのは、歌手として日本デビューした翌年の1973年です。まだ日本語をあまり話せない18歳の私に、池田先生はとても優しく接してくださいました。私の父と顔も髪型も似ていて、本当のお父さんに出会ったかのような親近感を抱いたことをいまでもよく覚えています。 それから33年後の2006年、私は縁あって池田先生に詩をいただくことになりました。創価学会女性平和委員会が主催した「平和の文化と子ども展」を訪れたところ、先生が海外の子どもたちと一緒に写った写真が展示してありました。 その写真を見て感激した私は、反射的に「池田先生から歌詞をいただくことはできませんか」とお願いしてしまったのです。この話を耳にされた池田先生は、なんと「平和を！ 平和を！ そこに幸福が生まれる」と題する長編詩を書いてくださいました。 この詩をもとに「そこには 幸せが もう生まれているから」「ピースフル ワールド」「朗らかに」という3曲の平和の歌が誕生したのです。 2007年12月6日、東京牧口記念会館で開かれた本部幹部会に出席した私は、池田先生の前で「そこには 幸せが もう生まれているから」「ピースフル ワールド」を披露しました。34年ぶりにお会いした池田先生は、18歳のときにお会いした当時と全くお変わりなく、優しい笑顔にあふれていたものです。 先生の詩から生まれた3曲の歌詞に触れると、落ちこんだときでもたちまち元気になります。ぜひ皆さんも歌ってみてください。（※「そこには 幸せが もう生まれているから」と「ピースフル ワールド」は聖教新聞のユーチューブチャンネルで公開中） 池田先生と創価学会員の歩みを描いた本誌連載「民衆こそ王者」を興味深く拝読しています。とくに子どもと向き合う姿勢、子育ての考え方などは、私自身の経験とも響き合う部分が多く、印象に残りました。たとえば池田先生と対談されたアメリカの教育者デイビッド・ノートン氏の、次のような言葉が紹介されていました。〈すべての人間には本来、「成長したい」「学びたい」という熱望があるのです。牧口氏（牧口常三郎、創価学会初代会長）は、この深い真理を探究していました。子どもたちは伸びたいのです。学びたいのです。いろんなことができるようになりたいのです〉（2023年4月号） 3人の息子を育てた私は、この言葉にとても共感します。「ウチの子は学びたくないんだよ。勉強したくないんだよね」と卑下する大人がいますが、学びたくない子ども、成長したくない子どもなんていません。「もっと伸びたい」と願う心は、人間が生きるための本能なのです。 成長しようと願う子どもの意欲を削ぐことなく、どうやって大人が応援していくのか。勉強をしたがらない子どもがいるのなら、大人のほうこそ我が身の来し方を振り返って反省するべきです。 同じ号で、池田先生の教育哲学の一端も紹介されていました。〈本当の教育は、だれとでもつきあえる強い人間、何が起きても乗り越えられる人間をつくる〉〈子どもが転んだり、つまずきそうになった時、手を差しのべたいのが親心かもしれませんが、それは「小善」の子育てです。「大善」の子育てというのは、自分で生きぬく力をつけてあげることなのです〉（『池田大作全集』第62巻） 「小善」と「大善」という言葉で表現された子育ての哲学は現代にこそ、より大事な意味をもってくるように思います。親は子どもが失敗しないようにとあれこれ考えがちですが、本当はその失敗さえも「人間らしさ」なのです。 失敗しないことが重要なのであれば、ビッグデータを駆使するAI（人工知能）のほうが人間よりもずっと優れています。教育者が忘れてはならない点は、失敗しない機械のような人間に育てることは、教育の目的ではないということです。 「人間らしい人間」を育むこと では機械にはない人間らしさとは何か。それは、何度失敗しても再び立ち上がり、負けることなく挑戦をつづけること。矛盾を抱えながらやっていけること。言葉にもできない、表現もできない、いろんな感情を抱えていること。繊細、微細な感情や思想を無限にもっていること……。そうした「人間らしい人間」を育むことこそ、教育の原点ではないでしょうか。池田先生の教育哲学は、AI全盛時代において大切な指針と言えます。 子どもを大切に育てることと甘やかすことは違います。恐らく一番ふさわしい子どもへの接し方は固有の人格をもった一人の人間として見ることだと思うのです。 連載のなかで、かつて創価学会全国少年部長を務めた方が次のように証言しています。「少年部長時代、先生が子どもを子ども扱いするような態度は一度も見たことがありませんでした。『子どもも一個の人格者だ』ということを、徹底的に厳しく教わりました」 そして少年部長に対して、池田先生は「私は真剣だよ。次の学会は、この子たちに託す以外にない。だから最大の礼を尽くしているんだよ」「子どもは、あっという間に大人になるんだ」と語ります。 子どもが自分の所有物や財産であるかのように振る舞う大人がいますが、そういう考え方は傲慢です。また「子どもは何もわからない」と言って、劣った人間であるかのように見下すのも良くありません。池田先生のように、子どもに最大の礼を尽くして教育に徹することが大切です。 私はよく「子どもはみんな哲学者になろう。わからないものがあったら、深く考えてみよう」と言っています。世の中には答えの出ない問題がたくさんあります。人はなぜ死ぬのか、どうせ死ぬのならどうして生まれるのか……。どんなに小さな子どもでも、こうした哲学的な事柄に疑問をもったり、何かを考えようとしたりするものです。 もちろん、明確な答えを出せるとは限りません。「生き死に」の問題などは、古今東西の宗教者や哲学者さえもずっと考えつづけていることですから。しかし、そうした問題について考え、議論するのを楽しむことはできます。「そういうことがあるからこそ人生はおもしろいんだ。ずっと答えを探しつづけられる人間に育てることが大切だ。みんな哲学者になろう」と。それを推奨しているんです。 子育てをしていたとき、私は子どもが質問してきたら「ちょっと待ってて」とは絶対言わないように心がけてきました。どんなに忙しいときでも、子どもが疑問を発する瞬間を無下にあしらうべきではないと思うからです。 料理を作っている最中、子どもが突拍子もない質問をしてきたことがありました。「ここで中断してしまったらこの一品は台無しになるな」とは内心思いながら、鍋の火を消して息子に向き合ったことを覚えています。 子どもが疑問を抱いて質問すれば、その瞬間から新しいことを学ぶチャンスが一つ増えます。逆にまったく疑問をもたない人は、新しい発見をして感動することがありません。世界で生まれたすべての発明は、何気ない素朴な疑問から始まっているのです。だから、子どもが質問をしてきたときはいつも「よく訊いてくれた」とうれしくなるのです。 一番賢い人とは、どういう人を指すのでしょう。「私は何でも知っている」と思い上がっている人は、実のところ一番愚かです。「私はまだ何も知らない。教えてください」と教えを請い、「誰もが私の先生だ」という姿勢で謙虚に学べる人こそ最も賢明な人なのです。「民衆こそ王者」（『潮』2023年7月号）では、池田先生が中学生向けに語られた著書『希望対話』の一節が紹介されていました。〈みんなが言う「頭のいい人」って、何だろう？ 昔、こんなことを聞いた。「頭のいい人というのは、いっぱい『疑問』をもっている人だ」と〉 池田先生がおっしゃるとおりだと私も思います。 大切なものは「夢の指定席」に 10代のころ、私は「将来子どもとかかわる仕事をしたい」とずっと思ってきました。ただ、17歳のときに「ひなげしの花」で日本での歌手デビューをすると、子どもや教育とは関係ない仕事で毎日がとても忙しくなったものです。 そんななかでも、私は頭の中で「子どもにかかわる仕事をしたい」という〝夢の指定席〟をいつも確保してきました。日常のいろいろな出来事で頭がいっぱいになっても、その〝指定席〟にだけは念願の夢が座っていてくれる。そうすれば、とうてい実現が難しい夢であっても、無意識のうちに自分の行動が夢に向かっていくものです。 歌手デビューから4年後の1976年、私は芸能活動をお休みしてカナダのトロント大学へ留学しました。専攻は社会児童心理学です。89年にはアメリカのスタンフォード大学に留学し、5年がかりで教育学博士号を取得しました。すると日本ユニセフ協会大使に、との声がかかり（98年）、2016年にはユニセフ・アジア親善大使にも就任し、子どもにかかわる国際的な活動に携われるようになったのです。 世界平和のために歌いつづける いま、ウクライナで戦争が起こり、ほかの地域でも戦禍の火種がくすぶっています。私の生まれた香港は歴史的に微妙な立場にあり、長く「戦争のきっかけになるかもしれない」といわれてきました。私にとって、戦争は決してひと事ではないのです。だからこそ私は、世界平和という夢のための指定席も、頭のなかに作っています。 私個人には戦争を止める力はありません。しかし、「ユネスコ憲章」には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という理念が掲げられています。そして池田先生とSGI、創価学会員の皆さんは一人ひとりの人間がもつ善性を信じ、世界平和へ向けて行動をつづけてこられました。 私も同じ思いです。多くの人々が、世界平和という夢の指定席を作っていくことを、世界平和が実現することを願って、私はこれからも歌い、行動をつづけていきます。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊歌手・エッセイストアグネス・チャン1955年香港生まれ。72年「ひなげしの花」で日本歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学（社会児童心理学）を卒業。米国スタンフォード大学大学院博士課程修了。Ph.D（教育学）。98年日本ユニセフ協会大使、2016年ユニセフ・アジア親善大使に就任。18年旭日小綬章受賞。

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇 アグネス・チャン氏

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　アグネス・チャン氏