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潮文庫『倭寇 わが天地は外海にあり』冒頭ためし読み

その名は、少年勇者 ――!
故郷を追われ、「海賊」と蔑まれた男たちの起死回生の物語。
時代の変革期を懸命に足掻いた者たちを迫力の筆致で描く渾身の書き下ろし。

潮文庫『倭寇 わが天地は外海にあり』の冒頭部分を無料公開いたします。

 

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第一章 熊野の残滓

 アギ・バートルの実名は分からない。異国人が付けた渾名だけが、今に残されている。彼と命懸けで戦った敵国の異人たちは、彼をアギ・バートル(少年勇者)と戦いの舞台となった異国の言葉で呼んだ。

 一三八〇年。庚申(こうしん)の年――日本は南北朝時代である。南朝ならば天授(てんじゅ)六年、北朝ならば康暦(こうりゃく)二年。また大明国では洪武(こうぶ)十三年、この進攻の場となった朝鮮半島(高麗)ならば辛禑(しんぐ)六年だ。

 定まらぬ時代だった。

 アギ・バートルに率いられた熊野衆の大船団が、高麗国全羅道の鎮浦に姿を現したのは、その一三八〇年の初秋のことである。

 鎮浦に入る錦江は河口で群山湾となるが、その広々とした湾内で沸騰するような引潮が渦巻いている。轟音に満ちた異様な光景だったが、錦江河口を見慣れた者にとっては、根こそぎ沖合へ押し流す水の勢いまで含めて、いつものことだった。

 河口を守る高麗軍の兵士たちが、奔流のような引潮の光景を眺め、小さく欠伸をする。アギ・バートルに率いられた大船団が姿を現したのは、そんなときだった。

 引潮に渦巻く錦江河口で、腹に響く大太鼓が鳴り渡る。

 攻め太鼓だ。

 河口を守る高麗軍の兵士たちが、いぶかしげに沖合の大船団を望む。

 侵攻を繰り返す倭寇たちも、この引潮は知っているはずだ。此処に倭寇が侵攻してきたのも、一度や二度ではない。

 何をするつもりだ、と見る間に、大船団から一艘の小舟が現れ、その激しい引潮に逆らって高麗軍の待ち構える河口の方に船首を向けた。

 眼をこすって啞然とした高麗兵たちが、やがてその小舟を指さして嗤い始める。

 ――この錦江河口の引潮を知らんのか、此処の引潮に逆らったって沖合へ押し戻されるだけだぞ、ちゃんと引潮の刻限を調べてから攻めるアタマもないのか、倭奴(わど)め。

 高麗軍の指揮官が、段々に備えた配下の軍船群に合図する。第一段の高麗軍船群が弧を描くように、その無謀な小舟を包囲しようとした。引潮に乗った高麗方は、引潮に逆らう小舟を簡単に捕捉できるはずだ。

 遊弋(ゆうよく)する高麗軍船群が包囲の輪を縮めようとする。無謀に見えた先頭の小舟に照準を定めた。

 小舟で「八幡大菩薩」の旗がひるがえっている。小舟の先頭に毅然と立っているのは、のちに高麗人たちが畏怖の念を籠めてアギ・バートルと渾名した少年武者だ。櫓は色の黒い日本人が操っている。

「倭奴め」

 小舟を包囲して矢を浴びせようとした高麗兵たちの表情が、面食らったように変わる。引潮に逆らった小舟が、押し流されるどころか、包囲の輪を縮めようとした高麗船の脇を、疾風のように擦り抜けていったのだ。

 呆気に取られて船端にたたずんだ高麗兵たちだったが、すぐに何が起きたか悟って蒼ざめる。包囲の輪が破られたのだ。

 慌てふためいた高麗兵たちが、第二段の軍船群に向かって注意の叫びを上げる。だが、引潮に逆らっているはずなのに、八幡大菩薩の小舟は、ますます船脚を速めると、第二段の軍船群の包囲をも容易く破っていった。

 第三段も第四段も、包囲が間に合わない。

 八幡大菩薩の小舟の漕ぎ手だ。黒い顔の日本人の全身が躍動して櫓が漕がれるたびに、小舟は群山湾の海面を、矢が切るように飛び去っていく。

 高麗兵たちが、信じられぬ、と首を振る。

 ――この引潮に逆らって錦江河口を遡上できるとは。

 だが高麗兵たちには、その黒い顔の日本人の神業に感心している暇はなかった。群山湾の沖合から、倭寇の第二船団が迫ってきていたのである。八幡大菩薩の小舟が開いた突破口から、次々と進入してきた。

 倭寇船団の突破を防げなかった高麗軍の兵船が、これを追いかけるように、あたふたと退却していく。途中、沖合に碇泊するジャンク船らしき大船から、一度に小舟の群れが吐き出されるのを見た。雲霞のように群山湾いっぱいに広がった倭寇の小舟は、浅い群山湾に打った杭に、一艘も船底を引っ掛けることなく、ミズスマシのように水面を自在に動き回る。

 その様子を見て、退却の高麗兵たちは、残念そうに舌打ちしたが、やがて倭寇たちの小舟の動きが一様ではないのに気づいた。

 八幡大菩薩の小舟に従った倭寇船団が、二手に分かれる。一手はそのまま錦江を遡っていき、いま一手は舟先を揃えて群山湾から上陸してくる。上陸してきた一隊が汀(なぎさ)で水飛沫を上げるや、騎馬隊に早変わりした。予想をはるかに上回る軍馬の数だ。小舟なのに一艘あたり二、三頭の軍馬を搭載していたらしい。

 包囲に失敗した高麗兵たちが、沖合に碇泊した大型ジャンク船を睨む。多数の上陸艇に多数の軍馬を搭載していたのは、この大型ジャンクだ。標準装備なら数艘の上陸艇に十頭の搭載がいいところだが、いま見える大型ジャンクは、全体を改造して、上陸艇と軍馬の積載量を飛躍的に増やしたらしい。

 錦江の守備に就いた高麗兵たちが何もできずに見守るなかで、湾内を遊弋する第三の小舟群は上陸してこず、待ち構える高麗兵に肩透かしを食わせるように、大型ジャンクの周りに集まり始めた。小舟群の各々がロープを投げ合って、互いに互いの舟を固定する。あれよあれよという間に、大型ジャンクを中心とした倭寇方の城が湾内に浮かんだ。

 錦江の河口では、高麗軍の司令官が、頭を抱えている。倭寇たちの錦江突破を許したうえに、群山湾には倭寇の基地を築かれてしまった。この群山湾に浮かぶ城は、前進していった倭寇軍の後方支援(補給を含めた)に当たるだけでなく、付近の制海権をも得たことになる。

 鎮浦(錦江河口)を守備する高麗軍の司令官が、頭を抱えるのも無理はない。鎮浦を突破していった主力部隊が、本格的な侵攻であるのは間違いなかった。倭寇たちの狙いは分からぬが、水陸両面から凄い数の舟と軍馬で乗り込んでいったのである。おまけにその倭寇軍を支援し、付近の海域を制する海上要塞まで築かれてしまった。開京(高麗国の首都)への年貢運送は、穀倉地帯である、この全羅道からの官漕に頼っているのだ。

 倭寇軍の突破を許した高麗軍司令官は、責任を問われ死罪になっても不思議はない。高麗軍司令官が絶望の眼ざしを群山湾に出現した倭寇方の城に送っている頃、先頭を切った八幡大菩薩の小舟で、奔流のような引潮に逆らって櫓を漕いでみせた日本人が、陽に灼けた顔で八幡大菩薩の軍旗を握ったアギ・バートルをうかがう。

「御曹司」と呼びかけた。

 その御曹司は、潮風にはためく八幡大菩薩の軍旗を見上げていた。軍旗に螺鈿の箱が結びつけてあり、これは源頼朝の治承(じしょう)の旗揚げの佳例に倣った形だ。軍旗に結びつけられた箱に納められているのは、伝来の家宝である。その御曹司の家に伝わるのは、熊野の出身らしく真正の真珠である。熊野に近い英虞(あご)湾は真珠で知られていたが、養殖技術がなかった当時、真正の真珠は奇跡的であり、源氏の血統を崇められるその御曹司の家宝にふさわしかった。

「御曹司」

 いま一度、呼びかけた黒い顔の日本人が、櫓を漕ぐ手を休める。此処まで遡上すれば、奔流のような引潮は、緩やかな流れに変わる。御曹司と呼ばれたアギ・バートル――まだその渾名はない――が、軍旗に結び付けてあった箱を手元に下ろす。厳かな手つきで、その螺鈿の箱を開けば、中から真正の真珠が現れた。真珠から眼を上げたアギ・バートルが見据えたのは、行く手の虚空だった。

「カラス」と、アギ・バートルが、櫓を握った黒い顔に返す。

 櫓を漕ぐ日本人も、やはり渾名しかない。アギ・バートルが本名を尋ねたところ、「忘れました」と答えてきた。カラスという渾名は、顔が陽に灼けているところからきているのだろうが、熊野らしく八咫烏(やたがらす)にかけているのかもしれない。そのあたりを尋ねてみたところ、やはり「分かりません」と答えてきた。

 そのカラスが、アギ・バートルに倣って行く手を望む。同じ虚空を望んでいても、二人の眼に何が映るかは、全然ちがうはずだ。

 それでいい――と、カラスは思っている。そっと、アギ・バートルの横顔を仰ぐ。カラスと違って、アギ・バートルの横顔は白かった。

 白い顔は高貴の証、という。アギ・バートルほど、白い顔が似合っている人を、カラスは見たことがなかった。
 
――おれとは違う。

 顔色が黒いことからカラスと渾名された彼は、そう思っている。こうしてアギ・バートルに従って行く手を望んでいても、彼の脳裏に去来するのは、熊野の海で見た水平線だけだ。その先に何があるのか、カラスにはまるで分からなかった。

「行くぞ、カラス」

 不意にアギ・バートルの声が聞こえ、カラスは背筋を正す。「はい」と返事したが、アギ・バートルはカラスに応える代わりに、螺鈿の箱から真珠を取り出し、これを手のひらで握り締めた。



ためし読みここまで

 

続きは書籍でお楽しみください。

南北朝の戦いに敗れた熊野衆は、源氏の末裔・千鶴(のちのアギ・バートル)を旗頭にいまだ南朝方が優勢な九州での再起を図る。
熊野で舟指(船頭)をしていたカラスは、類まれな船捌きを買われ、次第に千鶴の片腕となっていく。
しかし、足利幕府方の九州探題・今川了俊によって南朝方は大宰府を奪取される。
もはや日本に安住の地はないのか。外洋航海術、大型船の建造、琉球との交渉などの困難を乗り越え、ついに彼らは外海へ――。

 

潮文庫『倭寇 わが天地は外海にあり』髙橋直樹著、定価:1045円(税込)、発行年月:2024年1月、判型/造本:文庫判/296ページ

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作家
髙橋直樹(たかはし・なおき)
1960年東京生まれ。92年「尼子悲話」で第72回オール讀物新人賞を受賞。95年「異形の寵児」で第114回直木賞候補。97年『鎌倉擾乱』で中山義秀文学賞受賞。『軍師 黒田官兵衛』『五代友厚 蒼海を越えた異端児』『直虎 乱世に咲いた紅き花』『駿風の人』『北条義時 我、鎌倉にて天運を待つ』(いずれも小社刊)など著書多数。