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「大シルクロード展」の開催は歴史的快挙――多摩美術大学理事長がその魅力を語り尽くす

東京富士美術館を皮切りに、全国を巡回している「世界遺産 大シルクロード展」。
世界遺産認定後に初めて実現した大規模な展覧会、その魅力を多摩美術大学理事長の青柳正規さんにお伺いしました。
(『潮』2024年3月号から転載。)

 

 

世界遺産認定後初の大規模展覧会

 日中平和友好条約45周年を記念した「世界遺産 大シルクロード展」は、洛陽、西安、蘭州、敦煌、新疆地域など、中国27カ所の博物館や研究所が所蔵する名宝や資料約200点を展示するものです。そのなかには金銀器、青銅器、ガラス、陶磁器、壁画、絵画、染織、経典、仏像など国宝に相当する一級文物約45点も含まれています。

 シルクロードは2014年に、長安から天山回廊までが世界遺産に認定されました。この展覧会はその後初となる、大規模な展覧会です。日本初公開のもの、日本ではまず目にする機会がないものも多く、西洋の文化や美術を専門としてきた私にとっても、大変興味深いものでした。
 
 現在、国内の文化財保護に力を入れている中国では、海外への文化財の貸出に消極的になっています。とくに今は、政治の分野における日中関係が良くありません。このような状況のなか、これだけ重要で貴重な中国の文物を日本に集め、展示できたことは歴史的な快挙でしょう。

 このようなことができた背景には、東京富士美術館がこれまで「中国敦煌展」「北京・故宮博物院名宝展」「大三国志展」「漢字三千年展」など様々な企画を通し、中国の諸機関と強い信頼関係を築きあげてきたこと、さらにこの美術館の創立者である故・池田大作氏のリーダーシップのもと、創価学会が長年、中国との文化交流を重視し、地道な取り組みを続けてきたことが大きく影響しているのだと思います。

 

交易が富をもたらし文化を発展させた

 シルクロードはいうまでもなく、東洋と西洋を結ぶ、古代からの重要な交流・通商ルートです。紀元前2世紀から15世紀中頃までの経済・文化・政治・宗教の東西交流に、大きく貢献しました。

 この名称は19世紀末に、ドイツの地理学者であるリヒトホーフェンが、初めて著書のなかで使いました。この道を通じて、中国産の絹が西方へもたらされていたからです。ちなみにシルクロードでは、仏典を中心とした知識の交流も活発に行われました。そのためシルクロードを、「ブックロード」と呼ぶ人もいます。

 古代のシルクロードは、東の漢と西のローマをつなぐ道でした。漢とローマの間には、パルティアという強国や、クシャーナ朝という1〜3世紀に中央アジアから北インドを支配した王朝が存在しました。さらに突厥(とっけつ)人、ソグド人、ペルシア人など様々な民族によって構成された国もありました。

 漢とローマの交易は、このような多様な国や民族の仲介によって行われました。交易品を運ぶ隊商は、盗賊による襲撃や盗難といった危険と、常に隣り合わせでした。旅の途中で命を失った者も、数えきれないほどいたことでしょう。もちろん現在のような交通機関はありません。それにもかかわらず、これだけ多くの人や物資の交流が、長い年月にわたって続けられてきたことは驚きです。

 逆を言えば、東西の交易にはそれだけ大きなメリットがあったのです。シルクロードを通じた通商は、関わる者たちに莫大な富をもたらし、漢やローマだけでなく、中継地点となる地域の繁栄にもつながりました。それだけでなく、異なる文化が交流することで新たなエネルギー、新しい価値や文化を生み出しました。そのようなかたちでシルクロードが、人類の文化全体に果たした功績は、とてつもなく大きなものがあります。

 

日本の文化にも大きく寄与

 一般的にシルクロードといった場合、中国の西安からローマに至るユーラシア大陸の陸路を指します。ただ近年では、その概念が広がっています。人によっては、中国から日本までの海路を含めてシルクロードと呼ぶこともあります。

 日本の文化の発展においても、シルクロードは大きな役割を果たしました。奈良時代には遣唐使が、シルクロードによる交易で繁栄していた唐から、最先端の文化を持ち帰りました。当時、多様な国の人々が行き交う国際都市だった平城京は、「シルクロードの最終地点」とも言われます。そのことを如実に表しているのが、東大寺正倉院の宝物です。ここには中国をはじめインド、イラン、ギリシャ、ローマ、さらにエジプトにまでおよぶ、各地の要素を含んだ文物が収蔵されています。

 シルクロードの美術や文化には、ギリシャ・ローマ的なものもあれば、イラン高原南部を本拠としたイラン系王朝であるササン朝ペルシア的なものもあります。インドや中国からの影響を大きく受けたものもあります。様々な文化がどう影響しあい、新しいものを生み出していったのか。東なら中国文化、西ならギリシャ・ローマ文化という固有の文化がどのように変容し、影響を与えあっていったのか。そのことを何よりよく示してくれているのが、シルクロードの美術や文化です。

 

金杯や俑、壁画など注目したい展示品

 ここからは、「大シルクロード展」で注目していただきたい、私なりのおすすめを紹介します。まずは唐時代ならではの豪華な「六花形脚付杯(ろっかけいあしつきはい)」です。金を打ち出し、上から見た形が六花形となるよう造形された脚付きの杯で、当時の技術の高さがわかります。外側面には、貴族が馬に乗って狩猟に出かけている様子が、線刻で描かれています。シルクロードを伝わってきた脚付きの器型と、中国風の狩猟図が見事に調和しています。

 もう一つ、誰もが惹きつけられそうなのが、後漢時代の墓から出土した青銅製の「車馬儀仗隊(しゃばぎじょうたい)」です。出土した39頭の馬と14両の車、17騎の騎士俑(よう)、28体の奴婢(ぬひ)俑からなるミニチュアの隊列のうち、9体が展示されており、今にもこちらに向かって駆け出してきそうな迫力です。小さいながらも精巧で、細部まで克明に表現されています。当時の馬車がどのようなものだったのか。車輪の軸受けや座るところの形、手綱がどうなっているのかまでわかります。造形が綺麗で、均整も取れているため、いつまで見ていても飽きません。

 全492窟からなる大規模な石窟寺院、敦煌莫高窟(ばっこうくつ)の壁画を模写したものも、いくつか展示されており、見応えがあります。例えば「鹿王本生図(しかおうほんじょうず)および須摩提女請仏因縁図 (すまていにょしょうぶついんねんず)」は、釈尊が前世で鹿王だった時の仏教説話を描いたもの。建築物は中国風なのに、登場する女性は漢民族とは異なる西域風の服を着ているのが印象的です。

 同じく莫高窟の壁画のなかでも人気が高い「阿弥陀仏説法図 」の模写も必見です。唐で流行していた阿弥陀仏を中心に、その弟子や菩薩らを描いたものです。実は法隆寺の金堂壁画にも、似たような絵があります。両者を見比べることで、同じ図像が敦煌と日本でどのように違うかの発見があり、興味深いです。

 その他にも中国四神の一つ、玄武を描いた「玄武文塼(もんせん)」が展示されています。玄武は日本の高松塚古墳の壁画にも描かれており、その原点を見ることができます。「菩薩坐像」も注目したい作品です。7、8世紀頃の作品とされており、日本では飛鳥・奈良時代に相当します。当時の日本でもシルクロードを通じて伝わってきた仏教美術が普及しており、奈良の法隆寺には、本展で展示されている仏像や壁画に似たものが残されています。

 

見応えある文字資料や貨幣

 この展覧会では、第一級の文字資料も多数出展されています。例えば、新疆ウイグル自治区トルファン市にあるベゼクリク石窟から出土した「観世音菩薩普門品断簡(かんぜおんぼさつふもんぼんだんかん)」、莫高窟から出土した「妙法蓮華経巻第一断簡」などです。これらは専門家にとっては、垂涎の的ともいえる貴重なものでしょう。一つひとつの文字が素晴らしいうえ、それが膨大な数で整然と連なるさまは、圧巻です。シルクロードの国際共通語ともいえるソグド文字による手紙の展示なども、大変興味深いものでした。

 この展覧会では、シルクロードを通じて中国に入ってきた、様々な国の貨幣も展示されています。クシャーナ朝の金貨や銀貨、ササン朝ペルシアの銀貨などは、シルクロードの途中で換金されたことによって、中国にもたらされたものなのでしょう。

 絹の対価として、ローマ帝国から受け取ったであろう金貨や、その倣製品も展示されています。ちなみに当時、中国産の絹を得るために、ローマ帝国は一億セステルティウスもの金貨を流出させたといわれています。ローマの歴代皇帝は絹を熱望しながら、それを買うために自国から金がどんどん流出していくことを、嘆いていたようです。中国で出土する東ローマ帝国の金貨は穴が開いているものも多く、装飾品としても用いられていたのでしょう。

 

文化交流による相互理解を今こそ

 このようなシルクロードを通じた異民族との文化交流による富の蓄積、文化の発展によって後に大繁栄したのが唐です。唐王朝の時代は何百年と平和が続いたこともあり、この展覧会での展示品にも唐時代のものが多いです。

 唐時代の美人画などを見ると、日本の正倉院の「鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)」とよく似ています。女性のふくよかさや着ている衣装など、ほとんど同じです。このような絵を見ていると、当時の日本と中国の人々や文化の違いは、今ほど大きくなかったのではないかと感じます。玄宗皇帝の時代の唐は国際都市で、中国人も日本人もウイグル人も区別せず、能力のあるものは登用されていたようです。玄宗皇帝の高官として活躍した日本人の阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)は、まさにそんな一人です。

 いずれにしろシルクロードについて知れば知るほど、文化交流がいかに重要で、国や地域の発展につながるかがわかります。そして文化の発展には多様性が大事であり、かつては異なる文化の交流が活発に行われていたことを再認識できます。

 現在、残念ながら世界に紛争や分断が広がっています。かつてシルクロードで行われていたような物資や人、文化の活発な交流は、平和でなくてはできません。今こそ人類は、民間レベルでの文化交流をさらに進め、互いを理解していくべきです。それが世界の平和にも必ずつながります。

 この展覧会が、そのようなことを考えるきっかけになることを期待しています。

 

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【大シルクロード展 巡回予定】 ※東京富士美術館ホームページより

東京富士美術館に開催しました「世界遺産 大シルクロード展」は、国内5会場を巡回します。
九州会場:福岡アジア美術館
2024年1月2日(水)〜3月24日(日)

東北会場:東北歴史博物館
2024年4月9日(火)〜6月9日(日)

四国会場:愛媛県美術館
2024年6月22日(土)〜9月1日(日)

中国会場:岡山県立美術館
2024年9月16日(月祝)〜11月10日(日)

関西会場:京都文化博物館
2024年11月23日(土祝)〜2025年2月2日(日)
※詳細は、各美術館のHPをご覧ください。

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多摩美術大学理事長
青柳正規(あおやぎ・まさのり)
1944年生まれ。美術史学者、東京大学名誉教授。国立西洋美術館館長、独立行政法人国立美術館理事長、文部科学省文化庁長官を歴任。17年から山梨県立美術館館長。19年から現職、橿原考古学研究所所長。20年から石川県立美術館館長、他。日本学士院会員。文化功労者。

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