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インテリジェンスで読み解く防衛装備品第三国移転

安全保障政策の大きな転換点となる第三国への「防衛装備品移転」。
平和国家の歩みを継続するために公明党が果たした成果とは――。
作家で外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と佐藤優氏による対談。
(『潮』2024年5月号より転載。サムネイル画像=vecstock/Freepik)

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記事のポイント
●公明党がすんでの所で自民党に歯止めをかけなければ、「何でもあり」状態で防衛装備輸出が認められていたところだった。

●平和安全法制に公明党は重要な役割を果たした。今回も戦闘機の輸出に強いブレーキをかけたことは、自信をもって国民に説明していい。

●今こそ公明党は小説『人間革命』の主題に立ち返るべき。民衆の立場から、戦争を平和に転換できる構造をつくり出すことが同党の使命。

 

「歯止め」をかけた公明党の大勝利

佐藤 昨年来、防衛装備移転三原則の見直しをめぐる議論が自民・公明両党の間でかまびすしく繰り広げられています。

手嶋 自衛隊の戦闘機F2が2035年に退役するため、次期戦闘機をイギリス、イタリアと共同開発する方針が22年末に決まりました。さて、完成した戦闘機を第三国に輸出できるのかを巡って連立与党内で論争が持ち上がりました。公明党は慎重な立場でした。

佐藤 自民党は「安全保障の国際環境は様変わりした。ウクライナ戦争は続き、台湾海峡の危機も目前にある。防衛に支障をきたさないためにも、日本は殺傷能力をもつ武器も輸出できるようにしよう。要件は全面解禁、『何でもあり』だ」と極めて前のめりでした。

 政府が「2月末までに結論を」と催促するなか、公明党は明確な歯止めが必要と主張し、輸出解禁を戦闘機に限定し、日本と協定を結んだ国に限ることになりました。そして「防衛装備移転の三原則」の運用見直しは閣議決定を経て決めることになりました。さらに、将来、戦闘機を輸出する場合も、輸出先について閣議で決めることになりました。

「二重の閣議決定」を課すことで、戦闘機の輸出をより厳格なプロセスに置いて監視することになったのです。自民党、防衛当局、それに日本の防衛企業が、英国などの強い意向を受けて、何でもありとしていたのに対して、公明党が待ったをかけたのでした。これは「平和の政党」公明党の大勝利です。

手嶋 武器のなかでも最も殺傷力が際立つ戦闘機に絞って、輸出先を明確にし、移転先は防衛装備品・技術移転の協定を締結した国に限り、戦闘中の国には売却しないという「三つの限定」を設けたのでした。公明党は、危うく野放図(のほうず)な戦闘機輸出の片棒を担がされるところでしたが、からくも首の皮一枚で待ったをかけました。

佐藤 公明党がすんでの所で自民党に歯止めをかけなければ、「何でもあり」状態で防衛装備輸出が認められていたところでした。

 

2035年の世界は誰にも分からない

手嶋 そもそも、これほど重大な案件をなぜそんなに急いで決めなければならないのか。2035年が配備のデッドラインとされていますが、佐藤さん、35年の段階で国際情勢、特に中東情勢がどうなっていると予測できますか。

佐藤 現時点で35年の中東情勢を予測できる人は二通りしかいません。ウソつきか、中東情勢について何も知らない人です。(笑)

手嶋 10数年先の情勢を先取りしていますべてを決めてしまえば大きなリスクを日本が背負い込むことになってしまいます。

 その意味で、今回の与党合意によって、日本は次期戦闘機の共同開発を進めながらも、どの国に将来的に輸出するのか、多くの選択肢を残していますから、日本の交渉カードとしてさまざまに使えますね。

佐藤 そう思います。今慌てて「将来的にも次期戦闘機を輸出しない」というカードを切る必要もない。外交交渉を進めるときには、カードはできるだけ多くもっていたほうがいいに決まっています。

 35年に第三次欧州大戦のような状態になっていたら、日本は絶対に次期戦闘機なんて輸出してはいけません。ましてやイギリスとイタリアが戦争当事国になれば、共同開発は全てやり直しです。

手嶋 今年11月5日は、アメリカ大統領を選ぶ本選挙が控えています。これまで各州で行われた予備選挙・党員集会でトランプは圧勝し、バイデン VS トランプの一騎討ちの構図が固まっています。

 もしトランプが当選すればと、いま「もしトラ」という言葉がメディアを賑わしていますが、トランプが有力候補となり、トランプ旋風が吹き荒れていますから、「今トラ」と言ったほうがよさそうですね。

 ペナントレースの覇者となり、強力な4番打者として打席に立っているトランプは、高齢の不安が囁かれる現職のバイデン大統領の前に立ちはだかっています。マルクスの『共産党宣言』になぞらえれば、トランプという名の妖怪がいま世界中を徘徊しています。

 ©chandlervid85/Freepik

トランプ当選を想定した対策を

佐藤 トランプが2期目の大統領に当選したら、日英伊三国が共同開発を進めている戦闘機について「オレは聞いてない」と言うかもしれません。トランプがいちばん大切にするものは何でしょうか。それはアメリカの雇用です。

「その戦闘機によって、何人の雇用がアメリカに生まれるんだ?技術はアメリカから日本に伝わったものだろう。にもかかわらずアメリカに雇用が生まれないのは見過ごせない。バイデンは許してもオレは納得しないぞ」

 トランプだったらこう言って話を全部ひっくり返しかねません。

手嶋 トランプは大統領在任中に、数千億ドル相当の中国製品に関税を課しました。しかし、トランプは貿易の赤字に関心があるわけではないのです。彼の主張は非常に明快です。ジョブ、ジョブ、ジョブなのです。アジア製品に席巻され、五大湖周辺のラストベルト地帯、錆びついた工業州から雇用がいかに失われたのかを問題にしているのです。

 雇用の危機にさらされているプア・ホワイト(白人の低所得者層)を味方につけるため、トランプは一貫して中国に厳しい態度をとりつづけてきました。

佐藤 1月25日、バイデンは岸田首相に「4月10日に国賓待遇でアメリカに来てほしい」と打診しました。日本側から根回しした経緯もあるため、「今トラ」が現実味を帯びてきたからといってトランプに直接会いに行くわけにもいきません。大統領がトランプになったときに前政権がやってきたことがすべて変わることを想定して、今から保険をかけておかないといけないのですが。

 外交ではダブル・スタンダード(二重基準)やトリプル・スタンダード(三重基準)、あるいはダブルバインド(矛盾する二種類のメッセージを受けて身動きがとれない状態)なんて当たり前です。

「清く正しく美しく」なんて行儀の良いことを言っていたら、トランプのような政治家にいいように国益を毀損されてしまいます。

 

元国家安全保障局長による驚くべき発言

手嶋 佐藤さんから防衛装備の移転三原則に関する「日経新聞」(2月29日付)の記事を読みましたかと言われ、読んでみました。初代の国家安全保障局長を務めた谷内正太郎(やちしょうたろう)氏へのインタビュー記事で、日頃親しくしているため気が進まないのですが、なぜこんな発言をと驚きを禁じ得ませんでした。私も外交記者ですので、記事はジャーナリズムの原則から外れています。厳しい質問を何一つしていないのですから。

 なぜなら戦闘機の輸出をめぐる与党協議が期限を迎えているにもかかわらず、戦闘機という語がどこにも登場しないのです。谷内さんは「防衛装備の輸出を原則、全面解禁にすべきだ」と述べていますが、記者はその中に戦闘機も含まれるのかと尋ねてもいません。

 そして「平和に貢献するのが平和国家のあり方だ」と述べ、防衛装備品の輸出を原則、全面解禁すべしと主張しています。さらにつぎの一節が問題です。

〈現行の三原則は対象とする国や製品を厳しく制限する。谷内氏は何を禁じるかを示す「ネガティブリスト型」を基本とする必要性を強調した。問題のあり得る対象は国家安全保障会議(NSC)のもとで検討し判断するのが適当だとの考えを示した〉

 佐藤さん、これは戦前・戦時中の統帥権の独立の議論に瓜二つとは思いませんか。

佐藤 同感です。統帥権は天皇に属するため、閣議は口出しできません。防衛省や自衛隊の方針を内閣でも議会でも予算でもコントロールできず、防衛装備輸出についてNSCが統帥権を行使する。異義を唱える者は「統帥権干犯だ」と言って排除する。非常に危険な発想です。

手嶋 日本の軍隊が相手国の国境を侵して干戈(かんか)を交える。国家が戦争に踏み切るか否か。これは天皇の大権の最たるものでしたから、前線の司令官が独断でやっていいわけがない。昭和の陸軍こそ天皇陛下の大権をないがしろにし、国家の行方を誤りました。いまの日本においても、安全保障の司令塔と言われるNSCに全ての判断を委ねていいことにはなりません。

佐藤 谷内さんのことは私もとても尊敬しているので残念です。谷内さんが防衛産業に連なるシンクタンクである「富士通フューチャースタディーズ・センター理事長」の肩書きでこれを言うのだったら、まだわかります。

手嶋 しかし谷内さんは〈国家安全保障局の初代局長〉〈元外務次官〉という肩書きで登場しています。

佐藤 つまり実際には防衛装備輸出によって利益を得る当事者ですから、筋が良くない話です。大学の先生であるとか、外務省の外郭団体であるとか、谷内さんが防衛産業とまったく関係ないところで仕事をしている人なら話は別です。兆単位の巨額のカネが動く業界の利害関係者なのであれば、国民に背景事情がよくわかるように「私は防衛産業に関係している研究所の所長です」と表明するべきでしょう。

 いずれにせよ「殺傷能力のある兵器を何でも輸出して平和に貢献しろ」なんて発想は、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の「平和は戦いと戦争である」という物言いのように、極めて欺瞞的です。

 ©wirestock/Freepik

アイゼンハワーの軍産複合体への警鐘

佐藤 憶測ですが、三菱重工業や川崎重工業をはじめとする日本の軍産複合体は、最初から輸出する前提で次期戦闘機の図面を引いていたのではないでしょうか。輸出によってどこまで第三国に戦闘機を売れるか。どれだけ契約を取れるか。それによって軍産複合体の力関係は大きく変わってきます。

手嶋 しかし、与党協議の開始に際して、戦闘機の輸出は想定していないとしていました。公明党の実務協議の責任者は、ここでおかしいと気づくべきだったのです。公明党の山口那津男代表は、日英伊で次期戦闘機を共同開発する方針を決めた2022年末の議論についてこう言っています。

〈完成品の第三国輸出はしないという前提で決めた。これは政府自身も認めている。それがその後、輸出する方向にどう変わっていったのか、政府の説明が十分になされておらず、公明党は国民の理解を求める必要があると伝えてきた〉

 イギリスやイタリアが「輸出しない」という前提で戦闘機の共同開発を了承するはずなどありません。第三国への輸出の可能性があるのなら、きちっとした合意文書を作っておくべきでした。

 先述の通り、山口代表がすんでのところで危機に気づき、首の皮一枚で防衛装備移転見直しに歯止めをかけた。じつに危うかった。

佐藤 まさにアイゼンハワーの世界ですよね。大統領を退任するとき、アイゼンハワーはアメリカは軍産複合体によって乗っ取られるのではないかという警鐘を鳴らしました。

手嶋 1961年1月、アイゼンハワーはこう言いました。
「我々は、軍産複合体が不当な影響力を獲得することを排除しなければなりません」
「軍産複合体の影響力が、我々の自由と民主主義的プロセスを絶対に危険にさらすことがないようにしなければなりません」

 アメリカ政治の意思決定が、軍産複合体という得体の知れないものによって歪められることがあってはならない。軍産複合体のド真ん中を歩いて大統領になったアイゼンハワーが、最後に良心に従ってホワイトハウスを去るにあたっての遺言としたのです。

「平和の党」を標榜する公明党、そして公明党の支持母体である創価学会の理念を、63年前にアイゼンハワーが代弁してくれています。これは戦後のアメリカ大統領の発言の中で、もっとも重要な一節だと考えます。

 

平和安全法制への公明党の貢献

手嶋 安全保障政策に果たしてきた役割について、公明党はもっと自信をもつべきだと思います。佐藤さんがこれまで何度も指摘してきたように、2015年9月に成立した平和安全法制に、公明党は重要な貢献を果たしました。
 
 平和安全法制によって集団的自衛権は本当に広がったのか。安全保障の現場を歩いてきた立場からいえば、実質的にはむしろさまざまな制限が課されてさして広がっていないのです。

 しかし与党の一員であるため、遠慮しているのか、公明党は平和安全法制に果たした役割をあまり積極的に説明していないように思います。

 今回も同じです。戦闘機の手放しの輸出に強いブレーキをかけたのですから、もっと自信をもって国民に説明してもいいはずです。

佐藤 防衛装備移転で公明党が言いたいことを一言でまとめると、「死の商人にはなりません」ということです。

手嶋 公明党のスポークスマンは、与党の立場から、政権党の暴走にどのように歯止めをかけた――ということを明確に説明したほうがいいと思います。

佐藤 それにしても、このところ日本全体がなんでこんなに勇ましくなってしまったのでしょうか。頻繁にメディアに出てくる国際政治、安全保障、ロシア軍事の専門家は「今までの日本の枠を超えて、ウクライナに殺傷能力がある兵器を送るべきだ」と喧伝しています。そんなことをすればどうなるのか。日本はロシアとの交戦国と見なされてしまいます。

手嶋 私は台湾海峡の危機に20年以上も前から警鐘を鳴らしてきましたが、だからと言っていたずらに中国の脅威を叫んで、すぐにも銃を持って立ちあがれと極論を振り回す時代の空気は危険です。

佐藤 ウクライナ戦争について一言だけ付言すれば、粘り腰で中国との戦略的互恵関係を見出していくのは悪くないと思います。

手嶋 中国が単独でウクライナ和平を仲介するのは困ります。習近平主席がノーベル平和賞を貰って、台湾の無血開城を唱えられては困りますから。しかし日中が共同でウクライナの和平交渉を進める道は十分ありえます。

 ©starline/Freepik

ローマ教皇による停戦の呼びかけ

手嶋 3月9日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇がウクライナに停戦を呼びかけるインタビューが伝えられました。停戦へ向けて、広い意味での舞台を用意しつつあるのでしょう。バチカンは、各地に強力な外交・情報のチームを抱えています。日本も停戦へ向けて積極的に動いてほしいと思います。

佐藤 そこで重要なのが、ウクライナ侵攻に関して池田大作先生が発表した2本の提言です(2022年7月26日、2023年1月11日)。創価学会のウェブサイトに全文掲載されている二つの提言を読み返してみると、早期停戦に向けての気運が高まりつつある現下のウクライナ情勢は池田先生の提言に近づいてきていることがわかります。

 創価学会の価値観によって裏づけられている公明党は、自信をもって停戦に舵を切るべきではないでしょうか。「池田提言を政治の舞台に移すタイミングが訪れた」と判断し、これ以上人を殺傷させないよう国際社会に働きかけるのです。

手嶋 日本はロシアにもウクライナにも、人の血を流させる兵器は一つも供与していません。日本は、平和のための調停にイニシアティブ(主導権)を発揮する潜在的な力を秘めています。

 

小説『人間革命』と『新・人間革命』

佐藤 今こそ公明党は〈戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、つづいていた〉という小説『人間革命』冒頭の主題に立ち返るべきです。池田先生はまるで返歌のように、小説『新・人間革命』を〈平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない〉と書き始めました。民衆の立場から、戦争を平和に転換できる構造をつくり出す。これが公明党の使命です。

 創価学会の「精神の正史」であり「信心の教科書」である小説『人間革命』『新・人間革命』の鏡に常に照らしながら「同盟関係とはどうあるべきなのか」「戦闘機を造るとはどういうことなのか」と自身の心に問いかければ、おのずと戦争を阻止する方向の仕事を実現できるはずです。

手嶋 自公両党が今議論している防衛装備輸出の是非は「戦争か平和か」に直結する最重要なテーマです。その重要性は政治資金問題とは比較になりません。

佐藤 位相が全く違います。「戦争か平和か」と世界の首脳に呼びかけるイニシアティブを、日本がアジア太平洋地域で先頭に立って執っていく。公明党はこういう発想で歩むべきです。


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外交ジャーナリスト・作家
手嶋龍一(てしま・りゅういち)
1949年北海道生まれ。NHKワシントン特派員として冷戦の終焉に立ち会い、ワシントン支局長として9.11テロ事件に際し11日間連続の昼夜放送を担う。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経てNHKから独立。ベストセラーとなった小説『ウルトラ・ダラー』をはじめ著書多数。最新刊は佐藤優氏との対談『イスラエル戦争の嘘』。


作家・元外務省主任分析官
佐藤 優(さとう・まさる)
1960年東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、専門職員として外務省に入省。在ロシア日本国大使館に勤務、帰国後は外務省国際情報局で主任分析官として活躍。著書に『国家の罠』『池田大作研究 世界宗教への道を追う』『公明党 その真価を問う』など多数。

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