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なぜ僕は「京都呑み」に惹かれたのか。(俳優・角野卓造さん)

 世界の憧れの都「京都」。
BS11、KBS京都で放送中のグルメエンターテインメント番組「おやじ京都呑み」で近藤芳正さんとともに吞み歩く俳優の角野卓造さんに、京都の魅力を語っていただきました。
(『潮』2024年5月号より転載。公開は24年7月までとなります)

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市電と鉄道模型の原風景

 僕は東京・信濃町の慶應大学病院で生まれた東京者ですが、幼稚園2年間と小学校6年間は大阪で暮らしました。物心つく年頃ですから、料理は関西の味つけのほうが口になじんでいます。新幹線で関ヶ原あたりを過ぎると、今でもスイッチが切り替わって関西弁が出てきちゃう。東京で暮らしている今も、体の半分は関西人です。

 小学校高学年のころ、毎週日曜日に市電に乗って京都を移動し、寺町の今出川を上がったところにある「マツモト模型」さんに出かけました。ここは自社製品まで出している有名な模型屋で、80分の1サイズの「レイアウト」(線路や街並みを模したジオラマ)がある夢の空間だったのです。

 鉄道模型が大好きだった僕が毎週出かけていたところ、ご主人の松本正二さんが「ボク、こっちへおあがり」と作業場へ招き入れてくれて、日が暮れるまで鉄道模型を走らせて遊んでいました。それが子どものころの原風景です。

 大人になってから劇団文学座に入ると、旅公演で全国を回る日々が始まりました。当時はビジネスホテルなんてなかったため、京都会館第二ホール(現・ロームシアター京都)で芝居があるときには、五条坂の旅館で34人の団員と一緒に雑魚寝したものです。

 僕はジャズが好きなので、京都・左京区の老舗ジャズ喫茶「YAMATOYA」さん(1970年創業)によく出かけました。昼間、楽屋入りする前にここでコーヒーを飲み、芝居が終わったら出直して夜はお酒をいただく。

 マスターの熊代忠文さんと話をしているうちに親しくなり「角野さん、一緒にご飯を食べましょう」と料理屋さんに連れて行ってくれたり、京都のお店をあちこち案内してくださいました。熊代さんとの出会いが、京都の街にどっぷりハマりこむきっかけとなったのです。

 なおマツモト模型さんとYAMATOYAさんは今も京都で営業が続いています。読者の皆さんもぜひ一度訪ねてみてください。


京都が誇る手作り帆布のカバン

 京都市営地下鉄・東西線の東山駅前にある「ユニバーサル模型社」さんにもよく出かけました。この模型屋さんのすぐ近くに「一澤帆布」さん(1905年創業、現・一澤信三郎帆布)のカバン工房と販売店があります。

 ここは昔から職人さんがミシンで生地を縫い、金槌でベルトを叩く完全手作りです。大量生産はしておらず、どこでも買えるわけではありません。すっかりファンになった僕は、京都で仕入れたカバンを今も愛用しています。

 ひょんな御縁で知り合いになった一澤信三郎社長が、僕の芝居を観に来てくださるようになりました。信三郎社長が「一緒にどこか行きましょか」と連れて行ってくださったお店の一つが、祇園のお茶屋さん通りにある「祇園サンボア」さん(1972年創業)というバーです。近所の鮨割烹「なか一」の陽ちゃん(故・須原陽一店主)や大徳寺真珠庵の山田和尚など、このバーで大勢の知り合いができました。

 信三郎社長には、花街のたしなみも教えていただいたものです。花街は、一見さんやよそ者が自分から入れるところではなく、どなたかのご紹介で連れて行っていただく場所です。「都をどり」や「鴨川をどり」をはじめ、五花街(祇園甲部 、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東)の踊りを毎シーズン楽しめます。舞台が終わったあと、芸妓さんや舞妓さんと一緒に、お茶屋さんや置屋さんでおいしいお酒をいただく。人が人を呼び、人が人とつながる。東京住まいのよそ者の僕が、こうして京都の仲間に加えていただきました。

 京都に足を運びながら『MeetsRegional』という月刊誌で毎月1軒お店を紹介する連載をもつようになり、『予約1名、角野卓造でございます。【京都編】』という本を続篇含め2冊出版できました。

 お仲間を通して広がりが生まれるうちに、ますます京都の魅力に惹きこまれていったのです。


洋食屋さんの絶品アジフライ

 京都は洋食文化もとても豊かな街です。花街の芸妓さんや舞妓さんは普段お客さんと一緒に和食を食べることが多く、洋食も食べたくなるのでしょう。ですからあまり1人前が大きくなく、一口でいけるミニサイズです。

 地元の人は、あまり豚肉は食べません。京都は牛肉文化です。昔は京都でカツといったらビーフカツでした。京都で豚カツを食べられるようになったのは、この20年ぐらいではないでしょうか。東京ではうどんでもそばでも肉と言えば豚肉を使いますが、京都では牛が主流です。

 京都で洋食を食べたくなったときには、「洋食おがた」さんに足を運びます。ここの特製ハンバーグやビーフカツもムチャクチャおいしいですが、僕のイチ推しはアジフライです。静岡・焼津の魚屋さんから取り寄せた新鮮なアジを15秒だけ揚げ、レア(生焼け)状態のアジを口の中に含んだ瞬間フワッととろけます。老舗割烹の仕事かと思うほど絶品です。

 アジフライを堪能したあと「やっぱりここに来たらハンバーグを食べなアカンな」と考え、「100グラムでもいいですか」とお願いして小さいハンバーグをいただく。ビーフカレーも食べたくなって「マカロニサラダとポテトサラダをちょっとずつ乗せてちょうだい」とお願いして締めのカレーまでいただく。思い返しているうちに、また訪ねたくなります。


老舗喫茶店のスペシャルモーニング

 早朝にウォーキングしたあと、烏丸御池の「前田珈琲」室町本店に朝7時の開店と同時に入店して「スペシャルモーニング」を食べるのも僕の楽しみです。オムレツやカリカリベーコンや山盛りサラダのプレートに、老舗ベーカリー「進々堂」のイギリスパン(バタートースト)もついています。オレンジジュース以外に、カフェオレやコーヒーなど別の飲み物つきです。

 これだけでは終われません。あえてパンを半分にして、追加でナポリタンスパゲティの「小」を頼むのです。「これが小なのか」と驚く量で、お腹いっぱいの朝ごはんで元気になります。お昼の時間帯に出かけると、カレーライスやナポリタン、サンドイッチ、ローストビーフ丼などから2品選べてさらにボリューミーです。

 日中の時間帯には、行きつけの老舗喫茶店へ足を運びます。喫茶店のマスターの中には映画や芝居に詳しい文化人がおりまして、「最近の映画はどう?」と訊ねると「今は××がいいですよ」とタイトルを教えてくれるのです。

 ですから僕は東京ではほとんど映画を観ません。昼間にホテルのお掃除のために部屋を空ける時間帯を利用して、マスターから教えてもらった映画を京都で観ます。京都シネマや出町座などミニシアターもありますから、メジャーではないけれど骨太な映画も漏らさず楽しめます。こうして日中の時間を有意義に過ごしながら、夜の出陣に向けて英気を養うのです。



カウンターで1人酒の楽しみ

「先斗町 ますだ」さんは、僕が京都の中で大好きな店の1つです。L字型のカウンターには、おいしそうなおばんざいがズラーッと並んでいます。この情景に一番乗りするため、口開け(開店)5分前までに店の前に着きますが、暖簾が出るまでは気が付かれないように待ちます。外で待っていることがわかると、お店の人に要らぬ気を遣わせてしまいます。店の人が出てきて暖簾がかかったのを見届けてから、さも今来たばかりのような顔をしてサッと入店するのです。

 きずし(鯖の酢締め)や、にしん茄子、オカラ、てっぱい(ヌタ)といった普通のものが普通においしいのが素晴らしい。まったく飽きません。「お刺身をちょっと盛り合わせてくれます?」と頼むと、夏場なら季節の鱧を軽く湯引きして出してくれます。もちろんお椀もお出汁がきちんとしていておいしい。

 何人かで繰り出してワイワイ騒ぎながら飲むというより、1人で出かけてじっくりゆっくり落ち着いて飲む。ここのお酒は賀茂鶴1種類しか置いておらず、地酒がどうこうという蘊蓄(うんちく)は一切ありません。長居と酔いすぎは無用ということで、以前は「お酒は3本まで」と注意書きが貼ってありました。

 口開けと同時に飲み始めて「混んできたかな」と思ったころにお勘定を済ませて引き揚げる。あるいは忙しいピークの時間帯を越えたころに「今から1人入れますか」と電話で確認してから出かける。僕のように時間が自由に使える者ならではの楽しみです。

 ここに挙げたお店はほんの一部ですが、何度も通いたくなるお店には「いい人、いい酒、いい肴」がそろっているものです。


知ったかぶりや自慢をしない

 最近は「おやじ京都呑み」(BS11、KBS京都で放送)の仕事もあり、京都に足を運ぶ機会が増えました。取材や撮影は半日から1日で終わり、前後3日ずつ延泊して事前調査と「先日はありがとうございました」という御礼参りです。仕事にかこつけて、前後合わせて6日間は自由時間として使います。おかげで京都に年間60泊以上するようになりました。

 これだけ京都の魅力に取り憑かれながら、僕はいつも「自分はよそ者だ。お邪魔します」という謙虚さを忘れないよう自戒しています。「こっちは客だから偉いんだ」と尊大に振る舞い、「この間あの店に行った」と自慢げに食べ歩きの様子を吹聴するようではいけません。京都に限らず、そういう客は嫌われます。

 3歩下がった気持ちで行儀よく振る舞い、知ったかぶりや自慢をしない。図に乗ったらアカンちゅうことです。そこから徐々に店主や地元のお客さんとの心の交流が始まり、よそ者が受け入れられていくのです。

「京都はよそ者に冷たい街だ」と言う人もいますが、僕はそうは思いません。京都はまるでイソギンチャクのように、いつでも口を開き「ウェルカム」と待ち構えていて、ひとたび客が足を踏み入れたらパクッと食いつき、なかなか放してくれない。そんな独特の包容力がある京都の街に、僕はこれからも足を運び続けるでしょう。

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俳優
角野卓造(かどの・たくぞう)
1948年東京都生まれ。大阪府育ち。70年に文学座附属演劇研究所に入所して以降、舞台、テレビ、映画など幅広く活躍。全国酒場巡り、オーディオ、鉄道模型、ジャズなど多趣味でも知られる。

 

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