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公明党が提案した「第三者機関」設置で政治とカネを監視せよ

潮6月号の特別企画では、【日本の「長い夜」はいつ明けるのか】をテーマに、目前に立ちはだかる日本の重要課題について論じています。
なかでも国民の関心が高い自民党の「裏ガネ問題」について、東京大学先端科学技術研究センターの牧原出教授にお話を伺った。
(『潮』2024年6月号より転載)

 

記事のポイント
●過去5年間の未記載総額が500万円を超える39人のみが処分の対象となったが、おざなりな党内処分では誰も納得しない。岸田首相の判断は粗雑だ。
●いち早い公明党の「政治改革ビジョン」の発表は注目に値する。特に「政治資金を監督する第三者機関設置」は、今後の政党間協議の軸になるだろう。
●今国会で新たな政治資金規正法改正の方向性をしっかり示せ。国民が納得しない限り、解散総選挙どころではない。公明党が自民党にモノ申すべきだ。

  

自民党「裏ガネ」疑惑 党内処分の大失敗

 昨年来、自民党がパーティ券収入の未記載(政治資金の事実上の裏ガネ化)問題で揺れている。

 4月4日、自民党は39人の国会議員の処分を決めた。もっとも処分が重かったのは安倍派(清和政策研究会)座長の塩谷立・衆議院議員、世耕弘成・参議院議員(参議院安倍派会長)への離党勧告だ。下村博文・元政務調査会長と西村康稔・前経済産業大臣には党員資格停止(1年間)が告げられた。

 離党勧告という手厳しい処分をするなら、ギリギリ2人だけにとどめたい。だから衆議院から塩谷議員を、参議院から世耕議員を選別したのだろうが、内向きの発想で2人を選んだにすぎないことが透けて見える。この程度の処分で国民が納得すると思っているとすれば、岸田文雄首相の見立ては甘すぎる。

 世耕議員は離党に応じたものの、塩谷議員は自分がスケープゴート(身代わり)にされたことにまったく納得せず「再審査」を申請したが、自民党はこれを却下した。塩谷議員が徹底抗戦して、離党処分を受け入れないようならば、国民はますます冷めていくだろう。

 党役職停止(1年間)を告げられたのは萩生田光一・前政務調査会長や松野博一・前官房長官、山谷えり子・元国家公安委員長ら9人だ。萩生田議員には2728万円、松野議員には1051万円、山谷議員には2403万円の未記載政治資金がある。丸川珠代・元東京五輪担当大臣に至っては、未記載の822万円をよりによって自分の銀行口座に振りこんでしまったようだ。

 当局に脱税が発覚した国民は、あとで懲罰的な利率の加算税を乗せて追徴課税される。「自分が使ったお金の使途を、領収書を添付してちゃんと説明しろ」「脱税した分は借金してでも国庫に納めろ」と国民は怒っている。議員特権にあぐらをかいたかのような、おざなりな党内処分では誰も納得しない。

「2728万円」「1051万円」「2403万円」といった数字はスティグマ(烙印)として人々に記憶され、「ドリル優子」(東京地検特捜部が家宅捜索に乗りこむ寸前にドリルでハードディスクを破壊した小渕優子議員)のように延々と語り継がれるだろう。

 

お咎めなしに終わった「500万円」未満

 政治資金収支報告書への未記載が発覚した自民党議員は、合計85人にのぼる。このうち過去5年間の未記載総額が500万円を超える39人のみが、今回処分の対象となった。残り46人は党内処分ではお咎めなしだ。なぜ「500万円」を線引きと決めたのか、粗雑だとしか言いようがない。

 国民に向けてしっかりとけじめをつけるならば、問題を起こした派閥幹部は一律離党勧告にするべきだったと私は思う。幹部以外の議員については、裏ガネの総額が500万円以上かどうかに関係なく、戒告なら戒告で一律の処分を科すべきだった。そのうえで確定申告を修正し、追徴課税分を納税し終わった段階で党員資格を戻すなり復党を許せばいい。不正をした議員に懲罰と贖罪の機会を与えればみんな納得する。

「500万円」という額は、政治資金規正法の時効が5年であるため、5年間の総額として積算されたものだが、割り算して1年平均100万円だとしても、庶民にとって100万円は大金だ。これを大金と思っていないのだとすれば、この感覚のズレは深刻すぎる。

 パンデミックの時期にエネルギー価格が高騰し、政府は2023年1月から電気代とガス代の控除(国庫による一部負担)を開始した。その控除も24年5月で打ち切られる。真夏になれば電気代は急激に値上がりして、6月以降の定額減税による所得増分は電気代の高騰によってあっという間に相殺されてしまうだろう。

 切実な懐事情に苦しむ国民の目線から見ると、「500万円」という基準で処分の有無を決めた岸田首相の判断は悪手にすぎる。

 自民党の薗浦健太郎議員が、パーティ券収入約4900万円分を過少記載した事件をご記憶だろうか。22年12月に薗浦氏は議員辞職し、政治資金規正法違反によって有罪判決が確定した。

 今回発覚した事件は、薗浦氏の一件とは位相がまったく異なる。薗浦氏の裏ガネ作りは個人の問題だ。今回は安倍派の幹部が派閥所属議員に指示を出し、派閥ぐるみで裏ガネを作った。どう考えても「単なる事務処理上のミスだ」とは言い切れない組織的な動きだ。

 不透明な裏ガネが作られ、誰かのポケットの中に納まった。あるいはそのカネは使ってしまい、手元に残っていない。「ならば使途を明らかに示したうえで納税せよ」というのは至極まっとうな要求だ。「脱税したお金は使ってしまいました。使途はわかりません」という言い分がまかり通るはずがない。

 

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公明党が提案した政治改革ビジョン

 自民党裏ガネ疑惑は、大学教授らの刑事告発があり、「朝日新聞」(2023年12月8日付)の報道で火がついた。この報道をきっかけに、松野官房長官をはじめとする安倍派幹部5人は閣僚や党の役職を辞任している。

 それから約1カ月後の1月18日、連立与党の一員である公明党が「公明党政治改革ビジョン」をいち早く発表したのは、注目に値する。この「ビジョン」では政治資金パーティ券購入者の氏名公表について、現行の「20万円以上」から「5万円以上」に引き下げるよう要求している。さらに「政治資金を監督する第三者機関設置」を公明党が提言したことは、今後の政党間協議の軸になるだろう。

 議員同士の話し合いによって処分を決めると、今回の自民党のように国民の感覚からズレた裁定をして反感を買いかねない。弁護士など専門家を招聘し、第三者機関によって公平な視点で裁定を進めるべきではないか。

 第三者機関の利点は、今回のような事件が発覚したときにさまざまなサンクション(制裁、処罰)を選べることだ。確定申告を修正申告することで良しとするのか。派閥ぐるみの問題であれば、政党交付金を何年間か減額する措置があってもいいと思う。

 第三者機関によって自浄作用を促さず、検察に裁定を委ねるのは問題がある。生殺与奪権を一手に握っている検察に「政治とカネ」問題の自浄作用を委ねれば、「有罪→公民権停止、政界追放」の議員が次々と続出する場合もあるが、検察が萎縮して捜査に踏み出さない可能性もある。

 イギリスでは政治家が広い意味での政治資金を使う際、クレジットカードによる決済の記録を細かく残す。議員がどんな内訳でいくら政治資金を使っているかは、第三者機関が細かくチェックをかける。第三者機関から「この経費は認められない」と言われれば、議員が自費で出さなければならない。だから議員もそうそう無理なことはできない。

 第三者機関は、経費の内訳をすべて把握するが、ウェブサイトに掲載して国民に公開する情報は、一部制限をかけることもあり得る。国民から公開の声が強く出れば、順次公開範囲を拡げればよい。現状から徐々に政治浄化を果たすには、検察よりも第三者機関が判断したほうが、適切である。ちょうど原子力規制委員会が、原発再稼働を判断するのに近い。

 悪意がまったくない、単純な事務処理上のミスも当然ありうる。連座制をとると、「信号無視した人間は全員問答無用で罰金刑」という厳罰主義に近づくが、それが腐敗防止に効果的だとは言えない。それほど深刻なミスとは言えないケースであれば、一発アウトではなく「次からは気をつけてくださいね」と第三者機関が勧告する。注意を受けても同じことを繰り返したときには、制裁金を科すなど厳しい処分を出せばいい。

 第三者機関は、こうした柔軟な運用ができる。国民の意見に配慮しながら、議員が適切に政治資金を処理できるよう促すことができるだろう。「公明党政治改革ビジョン」に提唱された第三者機関設置について、公明党はさらに詰めた案を出し、それを自民党・野党は前向きに受け入れてほしい。

 

ポスト田中角栄のクリーン三木武夫

 政治資金の使途を監視する第三者機関を、どういう制度設計にするか。どういう基準で罰則を科すか。第三者機関の制度設計案は、霞が関の官僚が出すわけにはいかない。ならば議員自らが叩き台を作るしかない。自民党から「もっとクリーンな形で再生しよう」と声を挙げる議員が出てこないのが残念だ。

 金権政治とロッキード事件で田中角栄が失脚したとき、後継の自民党総裁に指名された三木武夫は(総裁内定を事前に知っていたにもかかわらず)「青天の霹靂です」とうそぶいてみせた。そして「クリーン三木」と銘打ち、政治資金規正法改正に取り組んだのだ。

 三木武夫くらいのしたたかさをもち、自民党内の有志が「クリーン××」と名乗るくらいの意気込みで政治改革に挑戦してほしい。

 やはり、政治資金は政治家にとって必要経費の財源であり、何といっても活動の源だ。政治資金集めをいたずらに敵視し、何でもかんでも一律に厳しく取り締まればいいというわけではない。収支を明朗会計で報告し、納税するべき金額を国庫に納めるという当然のルールを守れるかどうかが問われている。

 

このままでは消費増税で国民の反感を招く

 私が懸念するのは、来るべき消費増税など国民への負担増を求めざるを得ないときに、沸騰するであろう国民の咆哮だ。岸田首相は2023~27年度の5年間で、防衛費を総額43兆円(1.6倍)まで増額する計画を進めている。多子世帯の高等教育を無償化するなど、子育て予算も大幅に拡充していく。首都直下地震や南海トラフ地震を想定した防災対策も急務だ。

 これらの重点政策を同時に進めるとなると、どう考えても消費税率が10%では成り立たない。「水平的公平」(広く公平に集める)であり、安定的な財源となる消費税でなければ、少子高齢化のなか必要な行政サービスを提供するのは難しい。

 たとえば、近未来に消費税率を12%に上げると表明したとして、国民はどう思うだろう。「議員たちは適当な会計処理で裏ガネ作りをやっているのに、なぜ自分たちの負担を増やさなければならないのだ」と強く反発することは疑いようがない。国民は、軽減税率が適用される飲食料品や新聞以外の買い物をするたびに、「今しがた消費税が10%課税されたな」という痛税感を抱いているのだ。

 今回の自民党議員の裏ガネ問題をおざなりな対応で済ませれば、近未来に消費増税しようとなったときに必ずツケが回ってくる。「あのとき自民党はウヤムヤに事を収めようとしたではないか」と後ろ指をさされてはならない。

 アメリカ独立戦争当時「代表なくして課税なし」(植民地の住民に選挙権がなく、自分たちの代表者を選べないのに、税金を徴収するのは不当だ)というスローガンが叫ばれた。それになぞらえて言えば、パーティ券の売り上げを申告せず納めるべき税金を納めていない議員は「課税なくして代表なし」なのだ。

 

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派閥解散で増した岸田首相の発言力

 世論調査では、岸田政権の支持率は20%前後の低い数字を推移している。「支持率が上がったタイミングで解散だ」と息巻く向きも一部にあるようだが、現状の自民党のままで、何を根拠に支持率が上がるというのだろう。39人の処分決定によって、岸田政権の支持率は上向くどころか下がるだろう。

「裏ガネ問題」を受けて、今年1月に安倍派、岸田派(宏池会)、二階派(志帥会)、森山派(近未来政治研究会)が相次いで解散した。その後、茂木派(平成研究会)も解散を決めたため、自民党6派閥のうち現存するのは麻生派(志公会)しかなく、今や自民党総裁を抑える派閥勢力の力は極めて弱い。つまり相対的に岸田首相の力が強くなった。党は弱体化したのに、岸田首相だけは目立っている。故に岸田首相は、どこまで政治資金規制法改正に前向きになれるかが問われている。内閣支持率の上昇も、そこにかかっていると言えるだろう。

 立憲民主党が独自に実施した世論調査で、同党が次期衆議院選で大勝するという予測結果が出たとも言われている。そのためか岡田克也幹事長と立憲民主党は「解散しろ」「解散しろ」と声高に騒ぎ立てている。

「裏ガネ」問題が大騒ぎになっている今だからこそ、解散の是非より、政治資金規正法改革でしっかりとした案を作るべきである。特に第三者機関の制度設計には時間がかかる。単に「作りました」というだけではいくらでも骨抜きになる可能性もある。そうだとすると岸田首相は、解散で事態をうやむやにするよりは、3年間の総裁任期を全うして、きちんとした制度を発足させるのを見届けるべきである。

レームダック自民党は「茹でガエル」になりかねない

 とはいえ今年9月の自民党総裁選挙の直後も、衆議院の解散総選挙は難しいだろう。それまでに自民党の支持率が浮揚するとはとても思えないからだ。衆議院議員の任期満了(2025年10月30日)まで解散がないことすらありうると思う。自民党の体たらくに、国民は完全に呆れている。この呆れモード、しらけモードを挽回して有権者の支持が自民党に再び戻ってくるまでには、今しばらく時間がかかる。

 政治資金収支報告書への未記載が発覚した85人の自民党議員全員が襟を正して出直し、第三者機関によって政治資金の使途を監視する体制を構築する。「政治とカネの問題に自民党が真摯に向き合うようになった」と多くの有権者が思えるようにならない限り、自民党は解散総選挙に打って出られないのではないか。

「時間が解決するはずだ。まだなんとかなる」「いったん派閥は解散したが、ほとぼりが冷めるまでみんなと仲良くうまくやろう」くらいに甘く考えていたら「茹でガエル」になり、自民党全体が泥舟のように沈没することになる。

 裏ガネ作りの再発を断固として防ぐための第三者機関設置のモデルを示し、新たな政治資金規正法改正の方向性を今国会でしっかり示す。「これだけ作りこんだ案ならば自民党の再生は可能だ」と国民を納得させない限り、解散総選挙どころではない。

 パーティ券収入の裏ガネ化とは無縁な公明党には、どう自民党を正せるかが問われている。連立政権のパートナーとしては今がもっとも厳しい局面だろう。政治腐敗を正してほしいという支持者の声を背景に、しっかりと自民党にモノ申してほしい。(4月17日現在)

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東京大学先端科学技術研究センター教授
牧原 出(まきはら・いづる)
1967年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員、東北大学大学院法学研究科教授を経て、現職。専門は、史料の分析とオーラル・ヒストリーに基づいた政治学・行政学研究。著書に『内閣政治と「大蔵省支配」』(サントリー学芸賞)、『田中耕太郎』(読売・吉野作造賞)など多数。

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