公明党の勝利こそ「大衆のための政治」を実現する最善の道だ(佐藤優)
2024/09/05作家の佐藤優さんは、2024年における公明党のここまでの実績を振り返るとともに、「行き過ぎた政教分離」からの脱却も訴えている。
「中道主義の価値観をもつ公明党だからこそ、人間の心と文化を変えられる。」と語られる真意とは。
(月刊『潮』2024年10月号より転載)
政界浄化は公明党の存立基盤
公明党は1964年11月17日の結党から、間もなく60周年を迎える。創立当時から「政界浄化」「清潔な政治」を掲げて政界の腐敗と戦ってきたのが公明党だ。その真骨頂が、自民党の裏ガネ問題をめぐる政治資金規正法改正で発揮された。
裏ガネ問題が明るみに出るまで、パーティー券購入者の氏名や住所は「20万円超」のみを公開すれば良かった。この問題をきっかけに公開基準額の引き下げが議論され、自民党は「10万円超」への引き下げで決着しようとした。
ここで粘ったのが公明党だ。公明党は自民党案よりも厳しい「5万円超」までの公開基準額引き下げを主張し、2024年6月19日に改正政治資金規正法が国会で成立した。
最終的に自民党は自分たちの案を却下し、公明党案を丸呑みする結果に終わった。
しかも公明党は、政策活動費の使い道を厳しくチェックする第三者機関設置案も自民党に呑ませた(26年1月設置予定)。政界浄化のために60年間戦い続けてきた公明党の大勝利だ。
公明党は、「ここぞ」という大事な局面で安易な妥協をしない。消費税を8%から10%に増税するとき、財務省と自民党は加工食品を軽減税率の範囲から外そうとした。「加工食品にも8%の軽減税率を適用しなければ大衆に苦しい生活を強いる」と考えた公明党は、財務省と自民党案を押し返して加工食品を軽減税率の対象に加えさせた。
新型コロナウイルスのパンデミック(感染爆発)が起きたとき、自民党は所得制限を設けて一世帯あたり30万円の給付金を支給しようとした。これでは給付金を受け取れる人とそうでない人の間に分断を生んでしまう。あのとき山口那津男代表は安倍晋三首相のもとへ直談判に乗りこみ「所得制限を設けず全国民一人につき10万円を支給せよ」という公明党案を丸呑みさせ、自民党案を翻意させたものだ。
今回の連立与党内の攻防戦でも、公明党は安易には妥協しなかった。「とりあえず15万円から話を始めましょう」「12万5000円からスタートしましょう」「公明党さんは5万円の線ですね。お互いの間を取って10万円でどうですか」と自民党が言ってきたとしても、公明党は決して妥協しない。
たとえ連立与党のパートナーとぶつかり合ったとしても、大衆の思いを形にする誠実さが公明党にはあるのだ。
人間の心と向きあう公明党の制度設計
政治資金規正法は〝規制法〟ではない。活動資金を得るやり方に過ちがあれば「正す」のが政治資金規正法であって、政治家がお金を得ることを「規制」するのがこの法律の趣旨ではない。政治家が活動するためにはお金が必要なのだ。さらに言うと、自分が応援する政治家のために政治資金を拠出するのは国民の権利だ。
「政治資金の出所をガラス張りにするために、1円をカンパした人を含めて全員の氏名を公開するべきだ」という極端な意見もあるなか、公明党が「5万円超」にとどめたのはなぜか。「12カ月で割り算して1カ月で一人あたり約4000円、夫婦合わせて年間10万円のポケットマネーを、自分と価値観を共にする政治家への陣中見舞いにするのは常識の範囲内だ」という庶民感覚を公明党議員がもっているからだ。
選挙においては秘密投票が守られ、有権者がどの候補に投票したか表明する必要はない。思想信条は、内心の自由として保護されなければならないからだ。
「AさんはX万円をカンパした〇〇党支持者だ」と公に名前が出ると不利益を被る人がいる。「『特定の政治家を匿名で応援したい』と願う人々の内心の自由を保障するべきだ」という公明党の考え方には得心が行く。
裏ガネ問題に厳しい人の中には「政治資金パーティーは一切禁止すべきだ」という意見の持ち主もいる。パーティーを禁止しても、強い支持基盤をもつ公明党と共産党は困らない。それでも公明党はパーティーを全面禁止にしなかった。
パーティーを禁止すれば、自民党はもちろんのこと、立憲民主党や国民民主党など野党の議員もたちまち行き詰まる。多額の政治資金を提供してくれる有力企業や労働組合のバックアップがある人間か、恒産(資産)をもつ富裕層以外は政治家になれなくなってしまう。
パーティー券という収入源をいきなりゼロにしてしまったら、カネ持ちか組織力がある人間しか政治ができなくなってしまうのが現実だ。そうした状況は健全ではないと考える公明党に私は賛同する。
60年前と比べればだいぶ規模は小さくなったものの、政治家が後援者や支持者に飲み食いさせて見返りに支援してもらう宴会政治は、今も日本の政治文化の中で根強く存在する。「飲食をおごってもらえるかどうかで政治家を応援するのはそろそろやめませんか」と公明党は考えつつも、現状の政治文化を完全に否定することはしない。急進主義ではなく漸進主義で、人間の心の問題と真摯に向き合って戦っているのだ。
議員一人ひとりが根っこのところで中道主義の価値観をもつ公明党だからこそ、宴会政治を打破する道が大きく開けた。中道主義の政党である公明党が戦ったおかげで、民衆による民衆のための政治が守られたのだ。
「大衆福祉の党」公明党の児童手当
公明党は「大衆福祉の党」という政治目標を掲げて戦ってきた。1964年の結党当時、政治の世界で福祉政策にスポットライトが当たることはほとんどなかった。そんななか、公明党は草創期から誰も手をつけてこなかった福祉政策に果敢に切りこんできた。
今では小中学校の教科書は無償配布が当たり前だと思われているが、かつて教科書は保護者が身銭を切って購入していた。「中学3年生までの教科書を無償配布するべきだ」と63年に国会で初めて訴えたのは、公明政治連盟(公明党の前身)の女性議員だ。
その叫びは時の池田勇人首相を動かし、63年度から教科書無償配布が段階的にスタートする。そして69年度には、小中学生への無償配布完全実施が実現した。
児童手当を生み出した立役者も公明党だ。68年、千葉県市川市と新潟県三条市で公明党の地方議員が初めて児童手当をスタートさせ、69年からは東京都で児童育成手当が始まった。さらに72年には、国の制度としての児童手当が実現した。
公明党の戦いは終わらない。結党60年の歴史を通じて、今日に至るまで児童手当は次々と拡充されてきた。99年に公明党が初めて自公連立政権に参画するまで、児童手当は0~2歳児に月額3000円が支給されるにとどまっていた。それが今や0~2歳児に月額1万5000円、3歳から中学3年生までは月額1万円、第3子以降は3歳から小学校修了まで1万5000円が支給され、総額で最大209万円支給されるところまで児童手当は拡充した。
2023年12月には「こども未来戦略」が閣議決定され、公明党が訴えた児童手当のさらなる拡充が決まった。24年10月から、児童手当の支給対象は高校生の年代まで3年間延長され、第3子以降は、従来の月額1万円、ないし1万5000円から月3万円に加増する。しかも所得制限は撤廃される。
親の経済状態や家庭環境のせいで、子どもが学習塾や予備校に通いたくても通えず、大学へ進学する可能性が狭められるようではいけない。生まれてくる子どもは親を選ぶことができないのだ。年金・医療・介護に目配りすると同時に、子育てへの後押しを次々に進める公明党の路線は正しい。
教育目的限定のクーポン券
お金には色がついていない。
「児童手当を子どものために使ってくださいね」とお願いしても、子どもの教育費に回されないケースも多いと思う。お金が入ってくるとパチンコに使ってしまったり連日お酒を飲みに行ってしまう親もいるだろう。これは生活習慣の問題だから、一朝一夕には解決しない。
そこで公明党には「教育バウチャー」制度の導入を真剣に検討してほしい。教育目的に限定して使用できるクーポン券だ。
進学校の中高一貫校や難関大学に進むためには、学習塾や予備校に通わざるをえない。親によっては、子どもの教育のために年間何百万円も使う人もいるくらいだ。
「教育バウチャーなんて創設したら、クーポン券の印刷費や配布コストに経費がかかりすぎる」という反対意見もあるだろう。そこは電子マネーの技術でクリアすればいい。スマートフォンでバーコードや二次元コードを電子端末にかざして使える設計にすればいいのだ。そうすれば、経済的に塾や予備校に通えなかった家庭の子どもの教育環境を改善できる。
2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・J・ヘックマンの著書『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)によると、0歳から5歳までの未就学児童への投資が、後に安定した人生を送るために合理的なのだそうだ。早期から教育格差を是正することによって子どもが自分の才能を伸ばし、大人になってから給与水準を上げて納税額も増える。
ただし、こうした考え方を応用して「子どもは最大の投資物件です。今後は株よりも子どもへの投資が儲かります」といういびつな発想に偏るのは危険だ。中道政党の公明党には、子どもをカネ儲けのための投資対象と見なす発想にブレーキをかけつつ、教育バウチャー制度の実現に尽力してほしい。
公明党支援は功徳を積む戦いだ
創価学会の本部幹部会(2024年6月29日)で、原田稔会長が極めて重要な指針を発表した。創価学会が取り組む公明党支援の政治運動について、戸田城聖第2代会長の指導を援用しつつ、原田会長は次のように指導する。
〈創価学会として文化部による政治進出に挑んでいた当時、戸田先生は支援活動の意義を、3点にわたり論じられました。
1点目に、それは仏縁を結ぶ下種活動であり、功徳を積みゆく、自分自身のための宿命転換の戦いである。
2点目に、組織の最先端まで見えるようになる、個人指導・訪問激励の戦いである。
3点目に、決して〝数〟で功徳が差別されるのではなく、一人一人が自身の持てる力を悔いなく発揮し、すがすがしい気持ちでやりきれるかどうかの戦いである。〉
(「聖教新聞」7月6日付)
原田会長はさらにこう述べる。
〈支援活動は決して〝普段と一線を画す活動〟ではなく、同一線上にあるものであり、「信心即生活」という私たちの信条が、政治という一分野において実践されるものにすぎないことが分かります。すなわち、どこまでも学会は「折伏の団体」であり、ゆえに、あらゆる活動もまた、一切が下種の拡大に通じていくのであります。〉
(同)
創価学会が取り組む公明党の支援活動は、他の政党が進める政治運動とは位相が異なる。創価学会員にとって、公明党の支援は信仰と切り離された政治運動ではなく、朝晩の勤行・唱題や学会活動、友好対話運動と完全に地続きなのだ。
そこから敷衍(ふえん)すると「選挙には功徳がある」と明確に言い切れる。創価学会員が友人知人に公明党支援を呼びかけ、選挙で公明党が大勝利する。その結果、宴会政治打破と政界浄化が進み、福祉が増進され、平和安全法制の整備によって日本の平和が強化された。公明党を支援したことを誇らしく思い、大衆のための政策が跳ね返ってきて友人知人もうれしく思う。これは功徳以外の何ものでもない。
支部や地区の責任者として活動する創価学会の中心メンバーは、もう一度原田会長の指導を読み直して地域のメンバーに伝えてほしい。この指導を熟読し、学会員は臆することなく堂々と公明党の支援活動に邁進すればいいのだ。
小説『人間革命』と『新・人間革命』
結党50年に至るまで、公明党は「行き過ぎた政教分離」に脅えてきた側面がある。山口代表をはじめとする公明党執行部の決断によって、結党50年のタイミングで局面が大きく変化した。党史『大衆とともに 公明党50年の歩み』(2014年10月発売)の巻頭に池田大作先生(創価学会第3代会長)の写真が掲載され、池田先生が公明党創立者である事実が掲げられたのだ。
公明党が結党60年を迎えようとしている今、支持母体の創価学会会長が先ほどの指導を発表した意義は大きい。これから数年かけて「公明党支援は学会員にとっての信心の戦いだ」という理解を会員の隅々にまで浸透させ、新たなる公明党の政教分離観を構築していくべきだと思う。「行き過ぎた政教分離」を是正し、学会員が堂々と支援活動に取り組むべきときだ。
池田先生が執筆された小説『人間革命』(全12巻)と『新・人間革命』(全30巻)は創価学会の「精神の正史」であり「信心の教科書」だ。キリスト教徒が『旧約聖書』や『新約聖書』の中に人生や社会の問題に対する答えが一つ残らず書かれていると考えるように、『人間革命』と『新・人間革命』にも全ての問題に対する答えが一つ残らず書かれている。強調したいのは一つ残らずということだ。世界宗教の正典とはそういうものだ。
私は現在『人間革命』の5回目の通読、『新・人間革命』の2回目の通読に挑戦している。創価学会が大切にしてきた「七つの鐘」という広宣流布の目標になぞらえて、それぞれ7回通読するつもりだ。
通読を進めながら、戸田先生が創価学会の政治活動を「政治部」ではなく「文化部」という名称で始めた先見の明には驚いた。つまり政界を浄化して大衆のための政治を実現するには、人間の心を変え、人間社会の文化を変えなければいけないということだ。
結党60年の還暦を迎える公明党の使命は、いや増して重い。創価学会員でもある公明党議員の信心が揺らいだ瞬間、増上慢に陥り、権力の魔性によって自身のはらわたを食いちぎられてしまう。
権力の魔性と永遠に戦い続け、大衆とともに歩み、人間の心と文化を変えていく。その公明党のこれからの戦いを、私は心から期待しながら応援している。
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作家・元外務省主任分析官
佐藤 優(さとう・まさる)
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、専門職員として外務省に入省。2002年、背任容疑で逮捕。05年、『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞)で作家デビュー。対談集『対決! 日本史』(1~5巻)など著書多数。