「小さな声」に応える闘いに徹することが反転攻勢への道
2025/01/10結党60周年の節目に公明党代表に就任した斉藤鉄夫氏。
勝つこと以外に党の再生はない。"公明党らしい"政策を今まで以上に推し進めていくと力強く決意を語られました。
(月刊『潮』2025年2月号より転載)
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党の再生をかけた反転攻勢の闘い
公明党は2024年11月に結党60年の節目を迎え、私は時を同じくして公明党代表という大任を拝しました。先の衆議院選挙での結果を踏まえた、公明党にとって大変に厳しい状況下での新出発となります。党の再生をかけた大事なこのときに重責を担う使命を深く自覚し、先頭に立って反転攻勢の闘いに全力を尽くしてまいります。
今このとき、自らに問い続けるなかで思い返すのは、2021年10月、私が現在議席を頂いている衆議院広島3区に初挑戦したときのことです。当時の広島3区は自民党の河井克行、案里夫妻による選挙違反事件を受け、政治への信頼が大きく揺らいでおりました。
当時の私は比例中国ブロック選出の衆議院議員ではありましたが、この地に政治への信頼を取り戻すためには、公明党が議席を勝ち取るしかないとの思いで小選挙区に挑戦をいたしました。
当時の公明党は、中国・四国・九州では一つも小選挙区の議席を持っておらず、また選挙違反事件の後の与党候補ということもあり、大変に厳しい戦いではありました。しかし、西日本、なかでも広島に新たに公明党の旗を打ち立てる――そうした党員、支持者、創価学会の皆様の情熱と血のにじむような大応援を受けて、なんとか当選を果たすことができました。
すべての公明党議員の議席は、このような庶民の思いに支えられたものです。だからこそ公明党は皆様のご期待に応えるべく、いかなる時代状況にあっても党創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長から頂いた「大衆とともに」の立党精神を貫き、日本政治を前に進めてまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けて
言うまでもなく、広島は原爆投下という人類史上例のない惨禍に見舞われ、平和を願い続けた地です。先日、公明党の新代表として初めて広島を訪れた際には、原爆慰霊碑に献花し、犠牲者に核廃絶への誓いを新たにいたしました。
私はこれまでも、原爆ドームの世界遺産登録やそれまで認められていなかった在外被爆者への被爆者援護法適用などの実現に尽力してまいりました。この地で選出された国会議員として、そして「平和の党」公明党の代表として、「核兵器のない世界」の実現に向けた取り組みを一層推し進めていく決意です。
その第一歩として、私は11月27日、竹谷とし子代表代行らとともに首相官邸を訪れ、石破茂首相に2025年3月にニューヨークの国連本部で開かれる核兵器禁止条約の締約国会議に、日本がオブザーバーとして参加するよう要請しました。
混迷を深める現在の国際社会において、核兵器使用のリスクが高まっていることに強い危機感を抱いております。核兵器が使用されてしまえば、核抑止論そのものが根拠を失ってしまいます。核保有国と非保有国の橋渡しとなるのは唯一の被爆国である日本の重要な役割です。オブザーバーとして参加することは、その大きな手段の一つとなるのです。
併せて石破首相には、2024年のノーベル平和賞を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の皆様が授賞式に臨むにあたり、現地でのサポートと日本政府としてしかるべき形で被団協の皆様を顕彰していくことを要請しました。
被団協の皆様の核廃絶に向けた長年の取り組みに対しては改めて感謝申し上げるとともに、ノーベル平和賞の受賞を心よりお祝い申し上げます。同時に、国際社会は現下の世界にあって被団協がノーベル平和賞を受賞したことの意味を、深く考えていかなければならないと思います。
2025年は戦後80年、被爆80年、国連創設80年という節目の年です。公明党はこの大きな節目を迎えるにあたり、現在核廃絶や気候変動などを柱とした「平和創出ビジョン」の策定を進めております。生存・生活・尊厳に対する脅威から人々を守る「人間の安全保障」を確立することの重要性を、今一度わが党から世界に向けて大きく発信していきます。
衆院選の総括と今後の取り組み
冒頭にも述べた通り、公明党は先の衆院選で大変厳しい結果となりました。捲土重来を期すためにも党として選挙結果を厳粛に受け止め、総括していかなければなりません。
その総括については、様々なご意見やご要望を踏まえ多角的に検証してまいりますが、ここではいくつかの点について言及をさせていただきます。
一つ目は、やはり政治とカネの問題です。自民党派閥による政治資金問題を受け、政権与党に対して大変厳しい審判が下されました。もちろん、政治資金問題自体はあくまで自民党の問題です。
"清潔な政治"が結党以来の党是(とうぜ)である公明党としては、政治への信頼回復を最重要課題と位置づけ、政策活動費の廃止や第三者機関の設置、パーティー券購入者の公開基準引き下げなど、問題の当事者である自民党に強く迫りながら政治改革を先頭に立って進めてきました。
しかし、政権与党に対するそうした逆風を押し返すだけの党の独自性や公明党らしさを十分に発揮することができなかったことは大きかったと思います。
同時に、収支報告書の不記載で自民党から公認を得られなかった候補者らに対して、公明党として推薦を出したことに厳しい声が全国から多数寄せられました。それによって、公明党が推し進めた政治改革がほとんど顧みられず、むしろ"自民党と同じ"との印象を抱かせてしまった。この判断が有権者の理解を得られなかったのではないかとの指摘は、真摯に受け止めなければなりません。
二つ目は、政策の訴え方についてです。一例として、公明党がかねて推し進めてきた全世代型社会保障があります。これは文字どおり、高齢者のみならず現役世代や子育て世代、子ども・若者のすべての世代の社会保障を充実させる政策です。もちろん、この政策自体はわが党として自信をもってこれからも推進してまいります。
ただし、以前からの"福祉の党"という公明党のイメージが先行し、高齢者と低所得者層に向けた政策として受け止められてしまいました。他党の"手取りを増やす"という分かりやすい発信もあって、ことに現役世代の支持を得られませんでした。
当然ながら、公明党はこれまでも若者、現役世代の手取りを増やすための取り組みを進めてきました。例えば、衆院選以降に関心を集めている「年収の壁」については、公明党は2023年10月に「支援強化パッケージ」を実現しています。同パッケージでは、次のような具体策を用意しています。「一〇三万円の壁」については、配偶者手当の見直しを企業に働きかける。「一〇六万円の壁」については、労働者の収入増に取り組む企業に対し、一人最大五〇万円の助成金を出す。「一三〇万円の壁」については、連続2年までは扶養内にとどまれるようにする――。
「年収の壁」に関してはこれまで議論をリードしてきた自負はあります。しかし、それがほとんど国民に伝わっていない。この問題に限らず、これは私が国会議員になった30年以上前からずっと支持者の皆様から言われ続けてきた課題です。先般の衆院選では、これまで以上にSNSでの発信にも努めましたが、なかなか票に結び付きませんでした。投稿の表示回数や動画の閲覧回数は決して少なくはないのですが、党員、支持者以外の方々に広く見ていただくためにはまだまだ改善の余地があると思います。
こうした現状を踏まえ、2025年7月の東京都議会議員選挙と参議院選挙に向け、以下の取り組みを行ってまいります。
①党幹部が最前線の各地域に出向き、様々な課題を率直に語り合うキャラバンの実施、②青年・現役世代などにアピールできる政策立案をよりダイナミックに行っていく、③ユーチューブやTikTokなどのSNSをはじめとしたデジタル技術を活用した発信力強化――などです。
公明党が考える本来の中道とは
選挙結果を受け、衆議院では少数与党という議席構成となりました。「与野党でよく議論をして決めなさい」との世論の声だと受け止めています。政治課題の解決には与野党がともに責任をもち、幅広い声を受け止めた政策を遂行していくことが重要です。
国内外において分断と対立が進む時代にあって、多様な意見を包摂する公明党の"中道政治"がいや増して力を発揮するべきときだと感じています。与党協議はもちろん、野党各党ともよく議論し、国民の皆様の納得と共感を生む丁寧な合意形成にこれからも努めていきたいと思います。
公明党の中道政治について、メディアからも他党が掲げる中道政治とどこが違うのかと質問を受けることがあります。わが党の中道路線は、昨日今日始まったものではありません。中道は「道に中(あた)る」と読みます。
政治課題に直面するたびに、立ち止まり、人々が幸福に生活を営んでいくためにはどの道を取るべきなのかを熟慮する。そして、生命・生活・生存を最大に尊重するという軸で、答えを出す。それが本来の中道だと私は考えています。単に左右の真ん中という意味だけではありません。
公明党のロゴマークには太陽が描かれています。太陽はすべての人に等しく光を注ぎます。公明党は誰か特定の層の人々の声を代弁する政党では決してありません。すべての人々に政治の光を届けていく。そうした思想・理念に基づく政治活動が60年という歳月をかけて定着しています。
そうした長きに亘る活動の結実が、公明党の"全国3000人の議員ネットワーク"です。国政と地方議会を合わせると、公明党には約3000人の議員がいます。日本のほぼすべての自治体で公明党議員が活躍しています。全国津々浦々、市区町村議会から国会まで双方向につながったネットワークをもつ政党は他にありません。
また、公明党は国政と多くの地方議会で与党の立場であるからこそ、現実の上で政策を実現できます。つまり、こうした中道の政治理念を現実社会に実装する力をもっているのは公明党だけです。その点が我々の強みであり、これからもさらに磨きをかけてまいります。
いま進めなければならない政策
少子高齢化をはじめ日本社会には待ったなしの政治課題が山積しています。
過日、私と竹谷代表代行は衆参それぞれで代表質問に立ち、石破首相と今後の重要課題について議論をいたしました。
第一は政治改革をやり抜くこと、そしてその目玉は、24年の通常国会で改正した政治資金規正法の再改正です。これは今国会(同年臨時国会)で結論を出さなければなりません。
焦点は「政策活動費の全面廃止」「実効性のある第三者機関の早期設置」「調査研究広報滞在費(旧文通費)の使途公開」の三つです。先の代表質問で、私がこれらを取り上げたところ、石破首相は「党派を超えて議論し年内に結論を示す必要がある」と答弁されました。
現在、野党との議論の俎上に上がっているのは企業・団体献金です。この問題については政局に利用するのではなく実効性のある議論が重要だと思います。企業・団体献金は自民党だけでなく、多くの野党も受け取っています。自民党はどうせ廃止にできないとタカをくくり、政争の具にしているのであれば、実のある法案として着地させることができません。この問題は野党にとっても本気の度合いが試されていると思います。
公明党は企業・団体献金に頼っていませんが、私どもが現時点で廃止を主張していない背景には、最高裁の判決があります。野党のなかには、選挙権のない企業・団体には発言権も献金をする権利もないと主張する政党があります。
しかし、最高裁は次のような趣旨の判決を出しているのです。企業・団体には選挙権こそないが、納税はしているし、社会的存在でもある。そうした企業・団体の意見表明の方法として、献金はあってしかるべきだ――と。
政治には一定のお金がかかること自体は、是非はともあれ偽らざる現実です。もちろん、将来的にはその点も議論が必要であると思いますが、現時点では国民の皆様にご理解いただく以外にないと思います。だからこそ、政治の側はできる限りの透明性を高めることが国民の皆様からの信頼につながっていくのだと思います。
公明党は政局に左右されることなく、実効性のある議論を通して政治改革をリードし、政治とカネの問題に決着をつけてまいります。
国民の暮らしを守るための経済対策も喫緊の課題です。中心となるのは「中小企業の賃上げ」と「家計の所得向上」です。中小企業の賃上げについては、生産性や稼ぐ力の向上が不可欠です。多様な中小企業のニーズに寄り添いながら、総合経済対策に盛り込まれた支援策を十分に活用できるように努力していきたいと思います。
家計の所得向上については、先にも触れたように「年収の壁」が当面の課題となります。103万円、106万円、130万円など、いくつかの壁があるとされていますが、何より大事なことはパート・アルバイトの人々が壁を意識せずに働ける制度設計を行うことだと思います。
物価高に対しては、実質賃金が継続的にプラスになっていくことが解決に向けた一番の近道です。そうした状況が整うまでは、政府としてできうる限りの幅広い支援策を打つことが重要です。
加えて、平和や福祉、そして多様な生き方が可能となる社会の実現に向けた、"公明党らしい"政策を今まで以上に推し進めてまいります。
新しい時代の「大衆」とは
公明党は近年も携帯料金の引き下げや幼児教育・保育の無償化、私立高校授業料の実質無償化、軽減税率の導入、コロナ禍での一律10万円給付など、生活者の目線に立った政策を主導してきました。「大衆とともに」という立党精神は、一分(いちぶ)の揺らぎもなく、今も公明党のすべての議員に脈打っております。
その上で、時代や社会が変化するなかで「大衆」そのものを改めて捉え直す必要が出ていることも感じます。そうした新しい時代にあって公明党が代弁すべき「大衆」とは誰なのかを、より深く見定めていきたいと考えております。
2025年は、1月に行われる福岡の政令指定都市・北九州市議選に始まり、先述した7月の都議選と参院選などいくつもの重要な選挙が予定されております。これらの選挙に勝つこと以外に党の再生はありません。
逆風が吹き荒れた先の衆院選でも、「公明党の政治改革に期待する」というお声が数多く寄せられました。今一度、公明党の持ち味である「小さな声を聴く力」を発揮し、その声に応える闘いに徹することが反転攻勢への道だと確信しております。
(2024年12月6日取材)
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公明党代表
斉藤鉄夫(さいとう・てつお)
1952年島根県生まれ。東京工業大学(現・東京科学大学)大学院理工学研究科応用物理学専攻修士課程修了。工学博士。清水建設勤務を経て93年7月、旧広島1区より衆議院議員に初当選。当選11回。環境大臣、国土交通大臣、党幹事長などを経て現職。