終活って自分の人生にケリをつけることではないか、と思っています
2025/01/27内館牧子さんの最新刊『迷惑な終活』が話題になっています。
『終わった人』から続く、シニアを主人公にした小説の第5弾。
昨今の終活ブームに一石を投じています。
(月刊『パンプキン』2025年2月号より転載。撮影=富本真之 取材・文=石井美佐)
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他人軸ではなく自分軸の終活が必要では?
(内館)「家族のため、残された者が困らないように迷惑をかけないように、というイマドキの終活は人のためという他人軸で、もちろんその気持ちはすごくよくわかるの。だけど終活ってそれだけではないのでは?と思います。
今の終活ブームはあおりすぎですよね。やらないと他人に迷惑をかけるんだと焦りも出てくる。これは同調圧力だと私は思います。人生の終盤だからこそ、まずは自分がやり残したことをやる自分軸の終活も考えていいんじゃないかしら。
今回の『迷惑な終活』でいちばん伝えたかったのは、子どもは高齢の親が元気に笑って、周りの人と楽しそうに生きていることがいちばんうれしいんだ、ということなんです。お金を残すことよりも洋服1枚、口紅1本、自分のために買って楽しく過ごす。自分に気を配って人生を楽しんでいる姿。子どもだって保護者会にママが普段着で来るより、きれいにして来てくれたらうれしいでしょ。
高齢になろうと"自分のために"何かを買ったり、友だちと集ったり、生き生きしている。その姿こそが爪に火をともしてお金を残すよりずっと子どもはうれしいはず。親が子を想う気持ちと子が親を想う気持ちはかなり違っていると思うの」
自分の人生を最後までデザインする
日本は世界に類を見ない超高齢社会を迎え、終活・断捨離は今やブームにとどまらず、シニアになったらやって当たり前の風潮で異を唱える人はほとんどいない。が、そんな社会の空気に内館牧子さんならではの鋭い視点で切り込む小説が『迷惑な終活』だ。よしとされる終活が迷惑とは!? 一体どういうこと?と思われる方も多いかもしれない。
主人公の原英太(はらえいた)は75歳、不動産会社を定年まで勤め上げ、息子と娘はすでにひとり立ちして今は妻の礼子と穏やかに年金生活を送っている。92歳の母キヨを引き取って暮らし始めた矢先、元気だったキヨは熱中症であっけないくらい突然に亡くなってしまう。
妻からは終活を勧められていたものの、一切する気がなかった英太が母の死をきっかけに「俺も"シャレコウベ"になる日は必ず来る」ということが我が身に迫ってくる。そしてとうとう「終活をする!」と決意する。
(内館)「雑誌を買うと付録にエンディングノートが付いてくるでしょう。こと細かにあのノートを書いていたら気がめいってこないかなぁ。もちろん残された側は、エンディングノートがあればとても助かるし、書く側も安心して死ねますものね。ただ、親は自分を犠牲にしても、節約に節約を重ねても、子どもたちに少しでも何かを残そうと思うが、子どもはそんなことしないで自分のお金は自分のために使い切ってくれと、親に思う。そのギャップが書いてみようという、きっかけでした。
死ぬ準備も大切ですが、それだけではなく自分の人生の終盤を自分でデザインする。そんな終活を子どものためにももっと考えていいと思いました」
子ども孝行は親が楽しく生きること
内館さんご自身、数年前にお母様を亡くされたとき、銀行や役所の事務手続きはしっかりメモされていて、それはとても助かった経験があるそう。
(内館)「母は父を亡くしてから、私と弟に強く言われ続けていたんです。"何よりの子孝行は自分のやりたいように、楽しく生きること。お金も何もかも全部自分のために使って、子に残そうと思うな"って。
父亡き後も、母もそのように生きていたのはうれしかったです。ただ、それでも亡くなってみるとやっぱりわからない事後処理などはたくさんあって。残された者はいろいろ迷うことや困ることがあるものね。そのとき弟が"だけど、これが何年も続くわけじゃないから"と。そりゃあそうね、一時のものね、と思ったの。
亡くなった知人は公証人を立てて正式な遺言書を書いていました。ところが、結局は親族が分配に不満で、お互いに縁を切った例も身近にあります。多額の財産や不動産、会社の譲渡があれば、確かに終活やエンディングノートは大事だと思います。でも、あれだけ考え抜いても遺言書を書いても、もめるんだなぁと思いました」
英太はさっそく、終活を始める。それは、エンディングノートやなけなしの財産整理ではなく、かつて恋心を抱いていた高校時代の同級生あかねに会いに行くこと――。そして、自分が傷つけたことで彼女の人生が変わってしまった。その思いを、生きているうちに謝罪したい。墓場にもっていきたくないと。娘と妻からは"ばかばかしいほど美しい終活"と涙を流して大笑いされる。
(内館)「私自身、40、50代のころのことはリアルに感じられるのに、高校時代のことは夢だったのではないかしら?と、自分の身に起きたようには思えないことがあるの。学生服の男子とフォークダンスを踊って、祖父母も両親も若くて元気で。あんなこと本当にあったのかなぁと。
それと読者からのお便りとか公募エッセーを読んでいると、もう一度あの人に会いたいというのは圧倒的に男性。女性は孫の話や趣味の話よ。女性のほうが現在軸なのね」

好きだった人にもう一度会いたい?
英太はかつての同級生に連絡をとって、あかねの消息を辿り、とうとう会うことが叶う。ところが、あかねは会うことが面倒臭い。現在軸のあかねはひとり息子一家との同居で、嫁との確執といった現実が頭を占めている。
内館さんは5人の友人とご飯を食べた際に「もし、かつての片思い相手が会いたいと言ってきたらどうする?」と話したところ、5人とも「迷惑!」と口をそろえたのには驚いたそうだ。「5人ともよ!高齢女性の多くは大昔に好きだった人のことなんて終わった話なの。昭和と共に去ってしまったのよ」と内館さんは笑う。
(内館)「人生をデザインするというと、かっこいいけれど、人生にケリをつける。行きたかった場所や会いたかった人、謝りたいこと、やり残したことをやって最後のケリをつける。それが本来の終活じゃないかという物語です。自分軸の終活ですよね。苦労をかけた妻に謝罪を込めてタワーホテルで夜景を見ながらディナーとか、友だちの誤解を解いておくとか、なんでもいいんです。やり残したことを墓場までもっていかないための終活です」
英太の娘と息子も、父親と母親のそれぞれの終活の背中を押してくれる。内館さんは今の時代の子どもの立場に立って、二人を書いたそうだ。
物語では英太の終活をきっかけに妻の礼子や同級生たちが、寝た子が起こされたように終活を始める。そこには10人いたら10の終活がある。それぞれにやり残したことを実現していく姿は、応援したくなる。たぶんそれは、いつか自分も自分軸の終活をやってみたい、という読む側の気持ちとつながっているように思う。
創作の秘訣は? じつは……
これまでの『終わった人』『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』『老害の人』と、シニアを主人公にした小説はシリーズ累計120万部の人気を集め、ドラマや映画にもなった。
そして『迷惑な終活』を含め、登場する人たちは、自分と重なったり隣の友人だったり、「あ~、いるいる」と思う人ばかり。一体内館さんはどうやって時代の空気や人のありようをキャッチするのだろう。今回は前作4冊に比べるとファンタジーの要素が多い小説で書くのが楽しかったそう。ただ反面、読者の反応はどうかな?と心配もしていたのだそうだ。ところが意外にも主人公たちと同じ想いの読者のお便りが多かったという。
(内館)「よくたくさん取材したんでしょう、と言われますが、いつも職場のことや金銭のこと、専門的なことは取材しますが、それ以外はほとんどしませんね。今回はご飯の際に5人の友人が期せずして『迷惑!』と言ってハッとしたことと、タウン誌のこと、骨董品のこと、現在の新潟市については取材しました。
ただ、ワイドショーが好きでよくテレビを見ます。そこで思いがけない出来事や本音に気づかされることは多いですね。あとは雑誌や新聞を読むのが好きで、新聞はすみずみまで丁寧に目を通します。
特に"人生相談"は必ず読みます。これは橋田壽賀子先生の教えなんです。人生相談には人びとの本音のドラマがあるって」
生きる意欲を失わないために
(内館)「男の人はわりと無口な人が多くて女の人はよくおしゃべりするでしょう。高齢になっても女性は友だちがいて、コミュニティもあって、ランチしたりね。あれが老けさせないんだと思いますね。
私の高校時代に、すごく勉強ができて仕事もエリートの道を歩んだ男の同級生から"デイサービスでしかしゃべっていません" と、ある年の年賀状に書いてあって、考えさせられました。もしかしたら、奥さんにも相手にされないのかもって。若いうちに、自分軸の生き方に手を打っておくのは、シャレコウベが近づいての終活よりも大事かもしれないわね」
友だちと楽しく、わいわいおしゃべりするのは決して無駄ではないのだ。そうしたことが人の魅力を結果としてつくっていく。
性に合わないので、終活は一切していないという内館さん。やり残したことを実行して、自分の人生のケリをきっちりつける――そんな自分軸の終活は"シャレコウベ"になる日の準備より、ワクワクして確かに生きる元気がわいてくる。
『迷惑な終活』
内館牧子/講談社/1870円(税込)
原英太が自分の人生にケリをつけるための終活から始まる、周囲の人たちを巻き込んだそれぞれの終活の物語。「謝罪したいことや、思い残すことなどを、死ぬ前にスッキリさせる」。それが本当の終活。イマドキの終活ではなく、自分らしい終活とは何かを考えるための一冊。内館さんの人気シニア小説第5弾。

脚本家・作家
内館牧子(うちだて・まきこ)
1948年秋田県生まれ、東京育ち。武蔵野美術大学卒業後、13年間のOL生活を経て、1988年に脚本家としてデビュー。「ひらり」をはじめ、大河ドラマなど人気ドラマを手がける。近年は『すぐ死ぬんだから』『老害の人』など、小説が大ヒット。