変わる選挙の風景――ネット時代に問われるメディアの覚悟
2025/03/17SNSと動画の影響力が政治、選挙にも及んでいる。
変わる手法と不変の本質、そして信頼を高める方法とは。現代ビジネス、スマートニュースで長くネットの世界に携わってきた瀬尾傑さんに伺った。
(月刊『潮』2025年3月号より転載)
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ネット選挙が成果をあげた2024年
2024年は、SNSや動画サイトを通じた選挙運動によって、大きな成果をあげた政党、政治家が出現した年でした。対面・リアルの動きが重要とされてきた政治の世界で、ネットのメディアで飛び交う情報が大きな影響力をもつようになっています。転換点に立ついま、改めてネットと政治の関係性について考えたいと思います。
ネットの運動が選挙結果に影響を及ぼした例は、日本よりも先に海外で出てきました。今回再選されたアメリカのトランプ大統領は、初当選の16年の選挙の時点からソーシャルメディアを効果的に活用してきました。
アジアではフィリピンのボンボン・マルコス大統領が22年の選挙で勝利したとき、ネットを中心に選挙運動を行っていました。彼は、既存メディアが開く候補者討論会や地域の討論会にも基本的には参加することなく、SNS上だけでアピールをする戦略をとって圧勝したのです。従来、彼には独裁政権をつづけた父マルコスの否定的なイメージがありましたが、独裁の記憶が薄い若い人にアプローチすることで成功したのです。
日本において同様の現象が顕著に表れたのが昨年の三つの選挙でした。
一つは7月に行われた東京都知事選挙。前安芸高田市長の石丸伸二氏が下馬評を覆し、元国会議員の蓮舫氏を抜いて得票数第2位になりました。まったく地盤のなかった石丸氏が、長年東京選挙区で当選していた蓮舫氏を上回ったことは、ネットを中心にした政治運動の成果だと注目されました。
次に10月に行われた衆議院議員選挙。国民民主党が11議席から28議席へと躍進しました。国民民主党に投票した層は、主に動画サイトを利用して政治に関する情報を集めていた人が多く、支持を伸ばした要因の一つにネット選挙があったと言えます。
そして11月に行われた兵庫県知事選挙。県議会で不信任決議案が全会一致で可決されて失職したという経緯を考えると、斎藤元彦氏の再選は従来であれば困難に見えました。しかし、結果は再選。現在、斎藤知事の選挙運動をめぐって公職選挙法違反の疑惑がありますが、いずれにせよ再選に至った背景にネット戦略があったことは間違いないでしょう。
注意しておきたいのは、ネットでの政治・選挙活動自体は、この2、3年のうちに解禁されたわけではないことです。政治家が公式にSNSアカウントを設置し始めたのは10年以上前にさかのぼり、LINEでの投票依頼などネットを通じた選挙活動が可能になったのは2013年からです。
動画の発信と「切り抜き動画」では、昨年の選挙で成果が顕著に表れたのはどうしてだったのか。それは、動画の活用です。いま若い世代を中心にネット動画を閲覧することが日々の習慣のように定着しています。単に目当ての動画を見るだけでなく、動画サイトの検索が情報収集の手段になっているのです。新聞やテレビにはあまり触れず、ユーチューブやティックトックで知りたい話題を検索し、動画で調べるようになっています。

このように有権者の生活スタイル、情報収集の仕方が大きく変わった。それに合わせて、動画を最大限活用しようとする政治家が増え、実際に成功する人が出てきた、というわけです。
政治家の中には、政党ではなく個人として動画を用いた発信をつづけてきた議員がいます。たとえば、国民民主党の玉木雄一郎氏は2018年からユーチューブで個人のチャンネルを設置し、広報ツールとして継続的に活用してきました。
さまざまなテーマ、企画の動画を投稿しつづけ、リアルタイムで映像を流すライブ配信や1分程度の長さのショート動画も数多く発信しています。先の衆院選では、それまで投稿したコンテンツの蓄積や視聴者に訴えるノウハウが効果をあげたのだと言えます。
もう一つ、「切り抜き動画」も、認知度の向上や支持の拡大に大きな役割を果たしました。「切り抜き動画」とは、長尺の動画やライブ配信の映像を素材にして、元動画から一部分を切り取って制作された比較的短い動画のことです。
石丸氏や玉木氏の場合、「切り抜き動画」がユーチューブのショート動画やティックトックなどで拡散されていったのです。動画の活用と一口に言っても、長尺の動画と切り抜き動画が組み合わさっているのが特徴的です。
ネット選挙も「どぶ板選挙」
動画を用いた選挙戦略についてもう少し深掘りしてみたいと思います。政治家が動画で直接発信できるということは、視聴者との間にある種のインタラクティブな(双方向の)コミュニケーションが可能になったということです。映像や音声がある分、テキストのメディアよりも濃いコミュニケーションがとれます。
メッセージで送られた質問に対して動画で返答したり、ライブ配信で流れる視聴者のコメントにリアルタイムで反応したり……。そうしたインタラクティブなコミュニケーションを通して、政治家は自分の考えや政策、人柄を視聴者に浸透させていくことができる。
これまでは「どぶ板選挙」と言われるように、選挙期間に限らず、政治家は日常的に地域を回り、住民に会い、声をかけつづけるなかで地盤をつくっていました。じつはネットの選挙戦略も「どぶ板選挙」に通じるところがあります。
すなわち、ネット選挙の内実は、普段から動画投稿やライブ配信で情報発信をつづけ、支持者でもそうでなくても、見に来てくれた人とコミュニケーションをとりながら支持を広げ、地盤を固めているのです。一挙に成果をあげたように見えますが、背景には「ネットどぶ板」とでも言うべき活動があるわけです。
「どぶ板」を現実の空間で行うのか、バーチャルな空間で行うのかでは違いますし、面と向かった相手に響く言葉や振る舞いと、画面越しの視聴者に響く言葉や振る舞いとでやり方は違います。しかし、本質的に両者は地続きなのです。
切り抜き動画についてポイントとなるのは、政治家が公式に自ら作成するよりも、草の根の自然発生的な広がりのほうが影響力があることです。「切り抜き動画」は政治家が発明したものではなく、いわゆるユーチューバーのカルチャーから生まれてきた手法だからです。
ユーチューバーが動画や配信を行い、その中で面白い箇所や見どころなどを第三者が好き勝手に切り抜いて投稿する。とりわけ面白かった箇所は、いろいろな人々が切り抜いて繰り返し投稿され、より広く拡散されるのです。
これはいわば、二次創作やファンアートの一つともみなせます。ファンや支持者が自由に二次創作をすることで、多くの人が面白がるコンテンツができあがっていきます。それをつくった人も参加意識、当事者意識が生まれます。石丸氏も玉木氏もそれを踏まえてか、切り抜きを許容、推奨しています。
既成政党にありがちですが、単に選挙期間中に公式が発表した動画や投稿をシェアするだけでは、コアな支持者に出回るだけで、非支持層にまでは広まりません。やはり、普段から発信をつづけ、一般の人が切り抜いて応援してくれるように推奨する、という流れをつくっておかなければ効果はありません。
リアルでも戦略的だった石丸氏
そのうえで注意しておかなければならないのは、昨年ネット選挙で躍進した政治家たちは、リアルの選挙活動でも戦略的だったということです。たとえば、ネット選挙で成功していると言われている石丸氏は、都知事選において街頭演説に工夫をして多くの聴衆を集めていました。
私が代表を務める「スローニュース」で都知事選を分析したところ、興味深いことがわかりました。ソフトバンクグループのAgoop社にスマートフォンの位置データから、どんな人がどの候補の街頭演説を、どう聞いたのかを解析してもらいました。
投票日前日、蓮舫氏は3カ所で党幹部などをまじえ1時間近くの演説会を行い多くの人を集めましたが、50代、60代が目立ちました。同じ日、石丸氏は10カ所以上で短時間の演説をして回りました。ネットでは若い人に支持されたという石丸氏ですが、聴衆を分析すると40代、50代が中心でした。
演説のスタイルを比較すると、応援する党幹部からはじまる蓮舫氏の会は、始まってからも人の集まりが遅いのに対し、本人がいきなり喋りだす石丸氏の会はすぐに人が集まっていました。石丸氏はネット戦略ばかりが注目されていますが、実際にはネットを使いながらリアルに人を集め、小さな集会で濃いコミュニケーションをとることで40代、50代にも支持を広げるという流れを戦略的につくっていたのです。
逆に言えば、ネットの力だけでは選挙はまだ勝ちきれません。都知事選で言えば、石丸氏と並んでネット戦略を駆使した候補に安野貴博氏がいました。安野氏は15万票を獲得しており、立候補時にまったくの無名だったことを考えると大きな成果をあげました。ただ、160万票を獲得した石丸氏とは大きな差がついています。
安野氏本人にも話を聞きましたが、「選挙期間中にテレビでまったく取り上げられなかった影響が大きい」と分析をしていました。
マスメディアへの不信感が高い理由
依然としてテレビの影響力は大きいのですが、テレビや新聞など従来的なマスメディアに対して不信感や反発を抱く人が、とくに若い世代に多くいます。実際、私が以前所長を務めていたスマートニュース メディア研究所で始めた「価値観全国調査」という調査でも、そうした結果が出ました。
18~39歳、40~59歳、60歳以上の3グループに分けてマスメディアへの信頼度を質問したところ、若い世代ほど信頼度が低くなる傾向が見られました。
新聞やテレビが信頼されない要因として、取材のプロセスの透明性が低いこと、イデオロギーや自己都合に基づいて偏向していると見なされていることが考えられます。これらの見方は、行き過ぎれば陰謀論になるのですが、悲しいことに決して間違いではない部分もあります。たとえば、ジャニー喜多川氏の性加害の問題がそうでした。
テレビ局の内部で起きた事件、疑惑に対して、ほとんど調査、報道してこなかった。現在、フジテレビで紛糾している問題も同様です。ジャーナリズムを第一とするならば、フジテレビは自分たちが矢面に立ったときこそ、追及を真摯に受け止めたり、率先して情報公開を行ったりするべきでした。
しかし現時点(1月23日)では、記者会見を開いたものの、テレビカメラも入れず、参加メディアにも制限を設けていました。テレビ局は公益やジャーナリズムよりも自己都合を優先させるのだと言っているようなものです。そうした信頼を失う振る舞いを繰り返した結果が現在のメディア不信に表れています。

私は兵庫県知事選を現地で取材しました。そのとき多くの県民から「真実がわからない」という嘆きを聞きました。たとえば、斎藤氏のパワハラ問題、あるいは彼が既得権益層の港湾利権と戦ったから陥れられたという言説。それらが本当なのかどうかわからないという声がいくつもあがっていた。
私が注目したいのは、こうした市民の興味や疑問に、マスメディアはどれだけこたえられたのだろうか、という点です。
じつは、選挙期間に入るとテレビ局も新聞社も知事の疑惑や陰謀論についてほとんど触れなくなってしまったのです。選挙運動は扱いはするものの、多くの有権者が関心のあった「パワハラはあったのか」「職員が亡くなった理由は何なのか」「港湾利権の陰謀はあったのか」といったテーマが報じられなかった。その結果、「何が本当かわからない」状況が生まれてしまった。
そうした疑問を抱えた人々が情報を探して、ユーチューブの危うい動画に辿り着いたというケースもありました。たとえ、動画が特定の立場からの意図をもったものだったとしても、自分の疑問に応じてくれたことで、「これが真実だ」と考えるわけです。
その意味で言えばマスメディアは、もっと報じるべきニュースが自分たちにはあったのではないかと自問するべきです。実際、地元のメディア関係者に話を聴くと、現場は疑問に答える記事を書かなければと思っていたが、会社としては報道できなかったという反省の声がありました。
今後は選挙期間に限らず、知事の県政をどのように評価するべきか、公約の達成状況はどうなのかなど、市民の「知りたい」という需要に応える報道を常日頃から問うべきでしょう。
ネット時代のジャーナリズム
権力の監視や民主主義の発展という観点から言って、マスメディアの影響力が落ちるなかで、ネットにおけるジャーナリズムの重要性は今後、ますます高まります。メディア不信が高まるなかで、どうすればネット上でジャーナリズムを確立することができるのでしょうか。
そこで私が注目するのが「バイ・ネーム」(by name=個人名による)の発信です。ネット上で「バイ・ネーム」で発信するということは、批判や反論を個人として引き受けなければならないリスクがあります。だからこそ、「組織」として発信する場合よりも信頼されやすく、強い訴求力を持ちます。
たとえば、政治家の記者会見では、政治家が個人として質問に応じる一方、記者は新聞やテレビ局などの組織として質問することがほとんどです。もし、政治家から「あなたはどう思っているのか」と問い返されて、記者が「自分は答える立場にない」などと応じた場合、ネットの空間ではその記者は信用されないでしょう。

インターネットでメディアが信頼されていくためには、記者の一人ひとりが自分の名前で、質の高い発信ができる状況をつくっていかなければなりません。記者自身も覚悟をもつべきですし、会社も記者がリスクを抱え過ぎたり、誹謗中傷の被害にあったりしないように支える体制が必要です。
もし自社の不祥事があれば、記者も会社も説明責任を果たしていく。そのように公共の仕事であるジャーナリズムの担い手として、各人各社が責任をもって意見を表明できる状態を目指すなかでこそ、信頼される報道機関は確立されていくと思います。
SNSや動画サイトを通じて根拠に乏しい言説やフェイクニュースが広がってしまう時代ですが、それでも時間をかけた取材によって見つけ出した独自の一次情報には依然としてニーズがあります。価値ある調査報道ができるのは、プロの取材者の強みです。
従来型のマスメディアや雑誌メディアがいまの業態のまま、今後も持続していけるとは残念ながら考えられません。会社としての報道機関ではなく、個人の優秀なジャーナリストが活躍し、持続可能な職業になっていくかもしれません。実際、インターネットを舞台にその兆しはすでに出てきています。
政治家をふくめた個人が発信力をもった時代だからこそ、一次情報を発掘、分析し、よいコンテンツを発信する力を磨いて信頼を得なければ、メディアは生き残ることができません。
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スローニュース株式会社代表取締役社長
瀬尾 傑(せお・まさる)
1965年生まれ。日経マグロウヒル社に入社後、講談社へ。『週刊現代』『月刊現代』編集部等を経て、「現代ビジネス」を設立。スマートニュースに転職し、2018年から22年までスマートニュース メディア研究所所長を務める。19年、子会社スローニュースを設立し、現職。