「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　豊﨑博光氏

原水爆禁止宣言と池田SGI会長 月刊『潮』連載「民衆こそ王者」を拝読し、創価学会とSGI（創価学会インタナショナル）が長年にわたって進めてきた核兵器廃絶運動の骨格がよくわかりました。 驚くべきことに、創価学会の戸田城聖・第二代会長は戦後12年目の1957年9月8日に原水爆禁止宣言を発表しています。戸田会長は次のように宣言しました。〈もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきである〉〈われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります〉 強烈な言葉が用いられていますが、戸田会長は人類生存の権利をここで明確に主張されたのです。 戸田会長の弟子である池田大作・第三代会長は原水爆禁止宣言の精神をもとに、具体的な提言を展開されてきました。 連載「民衆こそ王者」（『潮』2021年11月号）に、池田会長が1975年に広島を訪れたときの様子が描写されています。会長は、広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑を訪れ慰霊した翌日、広島で開かれた本部総会で80分間にわたって講演しました。 講演の中で池田会長は核兵器の「製造、実験、貯蔵、使用の禁止」「民間レベルの研究・討議の推進」「『核の平和利用』への厳重監視」を提言しています。核兵器廃絶運動に取り組む団体は数多ありますが、三つ目の「『核の平和利用』への厳重監視」に踏みこんだ主張は実はそれほど多くありません。 講演が発表された前年の74年にインドが核実験を成功させ、国連安全保障理事会の常任理事国（アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア）に次ぐ6カ国目の核保有国になりました。 インドはカナダから提供された原子炉の使用済み核燃料の中からプルトニウムを取り出し、それを材料として核実験を実施しています。原子力発電は「平和利用」のように見えますが、原発の技術はそのまま核兵器に転用可能なのです。池田会長はこうした背景を踏まえて、核兵器の拡散を防ぐべく「『核の平和利用』への厳重監視」を提言されたのでしょう。先見の明です。この提言の内容を、現在の創価学会の方々がどう受け止め、どのように展開されるのか非常に関心があります。 GHQの検閲と雑誌『少年日本』 連載「民衆こそ王者」には、終戦後のGHQ（連合国軍最高司令官総司令部）が日本で展開した検閲について綴られています。〈GHQの中にCIS（民間諜報局）という組織があり、その下にあるCCD（民間検閲局）が、大新聞から子どもの書いたプライベートな手紙まで、ありとあらゆる印刷物、郵送物を検閲した。GHQの占領政策に対する批判がないか、目を光らせ、くまなく取り締まったのである〉（『潮』2021年11月号、以下同） こうした中、少年雑誌『少年日本』の編集長だった若き日の池田大作青年は、GHQの検閲体制がある中で、原爆投下の惨状を描く小説「原子野の花」を掲載します。GHQからの弾圧を避けるため、同じ号に理論物理学者による「原子力とこれからの世の中」という読み物も掲載されました。〈GHQの検閲は、出版社の生命を左右していた。大量に刷った商品が、万が一、発行禁止や回収になれば、小さな出版社はいっぺんに吹き飛んでしまう。軍事裁判にかけられる可能性すらあった〉 原爆投下からわずか4年後の1949年、池田青年は危険を冒しながら、原爆の悲惨さを訴える言論戦に挑戦されていたのです。 当時、広島県に本社を置く中国新聞をはじめ、各新聞社は原爆投下直後にたくさん写真を撮りました。大火傷を負って包帯でグルグル巻きになっている人の写真、治療中の子どもの写真などは、GHQの占領中にほとんど封印されています。そうした写真を新聞に掲載しようとしても、検閲によって掲載不可にされてしまいました。 1952年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効すると、ようやくGHQは日本から撤退します。この年に写真誌「アサヒグラフ」（52年8月6日号）が原爆被害の大特集を組み、人々は初めて原爆投下の実相を写真で見られるようになりました。 GHQが会社にやってきて写真を没収される事態を防ぐため、カメラマンは写真のネガを自宅に隠したそうです。そのおかげで、GHQの占領が終わったときに写真をプリントし、「アサヒグラフ」で発表することができました。 本連載からは、こうした原爆をめぐる戦後の情報統制と、それをかいくぐろうとした人々の歴史が垣間見えてきます。 GHQによる検閲のみならず、核兵器が使用されたことを最初に隠ぺいしたのは、日本政府です。原爆投下後、政府は、使用された兵器が原爆であることを把握していたにもかかわらず、報道で「新型爆弾」として発表しました。 GHQの検閲が終わり、原爆についての報道が出るようになってからも、決してヒバクシャの苦しみが明らかになったわけではありません。肉体を蝕まれながら、ヒバクによる発病への精神的な不安も抱えながら生きていく。こうしたヒバクシャ自身の苦悩は今なお理解されているとは言い難いでしょう。【※本稿では「被爆」（原爆や水爆の爆発による被害）と「被曝」（放射能による被害）を敢えて分けず「ヒバク」、「ヒバク」した被害者を「ヒバクシャ」と表記します】 「目に見えるヒバク」「目に見えないヒバク」 連載「民衆こそ王者」には、ヒバクシャである創価学会員の奮闘が描かれています。広島でヒバクした父の体調が回復した矢先、娘の康子さんの体中に突然赤い斑点が出現しました。病院で診察を受けると、娘さんはこう言われたそうです。「医者からは『お父さん、お母さんの原爆の関係で、あんたはこういう病気をもろうとるんじゃないかねえ』と言われました」（『潮』2021年11月号） 強い信仰を通じて、この娘さんは紫斑病を克服したことが描かれていますが、やはりヒバクシャがどういった不安や葛藤を抱えて生きてきたのか、ここに目を向けることが非常に重要なのです。 ヒバクシャの苦しみは、原子爆弾が投下された8月6日、8月9日の一瞬で終わるわけではありません。ヒバクシャ本人の体に疾患が引き起こされるケースもあれば、「子どもや孫に健康被害が出るかもしれない」という恐怖は延々と続きます。先の医師のように心ない言葉をぶつけられることもあれば、ヒバクシャへの社会的差別もあるでしょう。「目に見えるヒバク被害」と「目に見えないヒバク被害」があるのです。 1956年8月、被団協（日本原水爆被害者団体協議会）が結成されました。来年が結成70周年です。被団協のメンバーは、肉体的、精神的に被害を受けながら70年近くにわたってずっと核兵器廃絶を叫んできました。その運動が評価され、昨年10月にノーベル平和賞受賞が決まったのです。何十年間も苦しみながら、声を上げてきた、その重みを今一度考えなくてはなりません。 今年は戦後80年の節目を迎えます。原爆投下当時ゼロ歳児だった赤ん坊が80歳ということですから、語り部として証言してくれるヒバクシャの数はますます減っていくでしょう。こうした中、私たちが「目に見えるヒバク被害」とともに「目に見えないヒバク被害」を後世に伝えていかなければなりません。 1954年3月1日から5月14日にかけて、アメリカは太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁などで「ブラボー実験」を含ふくむ6回の水爆実験を実施しました。 当時マーシャル諸島のロンゲラップ島には、放射性降下物が雪のように4センチメートルも積もったそうです。放射性降下物を浴びた住民は、丸2日間も救出されず島に留め置かれました。 マーシャル諸島には井戸水があるのですが、若干塩分を含んでいるため、洗濯や水浴びには使えても飲料水には使えません。飲料水源である雨が降らないときは、住民はヤシの実の汁を飲みます。雨には大気中に放出された放射性物質が大量に含まれますし、雨水を吸ったヤシの実の中にも放射性物質が含まれるでしょう。 ヒバクした住民には深刻な健康被害が生じ、赤ん坊の流産や死産も続出しました。それがヒバクのせいだと理解せず、怒って暴力を振るう夫もいるため、女性は流産や死産の事実を隠したそうです。 僕は1978年に初めてマーシャル諸島に取材に出かけ、2006年まで20回ほど訪れました。島には山がないため、細く平べったい道に4センチメートルも死の灰が積もろうものなら、どこが道なのかすらわかりません。実験当時、子どもたちは帰り道がわからなくなってしまったと聞きました。 その後、子どもたちの体はだんだん熱くなり、「β (ベータ)線熱傷」と呼ばれる火傷に苦しみます。突然理不尽な健康被害に襲われた3～4歳の子どもたちは何を思ったでしょう。 このような核兵器が再び地球上で使用されれば、人類は滅亡への坂道を転がり落ちてしまいます。 「89秒前」になった核戦争の「終末時計」 これまで核保有国は「ワシントン（あるいはモスクワ、北京）から遠く離れたところならば、限定的に核兵器を使ってもいい」と思いこんできました。「お互いの国が核兵器をもち、こめかみに銃口を突きつけ合えば平和が保たもたれる」という核抑止論にリアリティはまったくありません。核抑止論は、核保有国が核兵器を維持するために作り上げられた幻想です。 冷戦時代の80年代に7万発も存在していた核兵器は、今では1万2520発まで削減されました（長崎大学核兵器廃絶研究センターによる推定）。核弾頭の数が6分の1に減ったからといって、死の灰が降る脅威が解消されたわけではありません。1発の核兵器が発射された瞬間、核抑止論の幻想は崩れて核の撃ち合いになります。 また、今まで核実験は世界中で2000回以上も繰り返されてきました。実験場の周辺地域には今も放射能汚染が残り、人間が住めなくなってしまった地域もあります。放射性物質は日本を含め世界中に拡散しました。その意味では、人類全体がグローバル・ヒバクシャであると言えるでしょう。 連載「民衆こそ王者」に、池田SGI会長がハワイで開かれたSGI総会（81年8月24日）でのスピーチが紹介されています。〈核兵器をもっていれば、相手が戦争を始めようとしても報復を恐れるあまり仕かけることができない――すなわち、核が戦争への歯止めになるというまことに愚かな幻想が大手を振って通用していたのであります〉（『潮』2024年1月号） この発言は、まさに正鵠を射た新たな指摘です。 マンハッタン計画（アメリカの原爆開発プロジェクト）に参加した科学者は、核戦争の危機を示す「終末時計」を発表しました。1947年の時計は「7分前」を示しています。今年1月28日に発表された「終末時計」は「89秒前」でした。時計の針は前年（90秒前）より1秒進んでいます。 核兵器が現実に使われる可能性が高まり、非核保有国への核拡散の動きが高まった結果、時計の針は1秒先に進みました。この流れを逆回しにするため、私たちは抗議の声を上げなければなりません。 SGIのネットワーク力 1975年1月26日にSGIが結成されてから、今年でちょうど50周年の節目を迎えます。今やSGIのネットワークは世界192カ国・地域にまで広がりました。世界中にこれほど広範なネットワークをもっている反核グループは、そうそうありません。 ニューヨーク（87年）とベルリン（92年）で核被害者世界大会が開かれたことがあります。ビキニ環礁の水爆実験でヒバクしたマーシャル諸島の住民、あるいは南米やアフリカから参加者を募ろうと思ったら、時間とお金がかかりすぎて非常に大変です。 92年にオーストリアのザルツブルクで開かれた世界ウラン公聴会には、世界中の先住民が参加しました。マーシャル諸島は公聴会前年の91年に国連に加盟したばかりだったため、あのときはオーストリア渡航のためのビザ発行が難航したものです。国際的な核兵器廃絶運動は容易ではありません。 核兵器廃絶の世論を世界規模で展開していくためには、SGIのような団体の存在が不可欠です。創価学会とSGIは強い組織力をもっており、メンバーの間では戸田会長と池田会長が掲げた核兵器廃絶の理念が共有されています。 戸田会長の宣言と、池田会長の提言は、被団協などヒバクシャが続けてきた核兵器廃絶の運動への励ましであると感じます。また、その内容はさまざまな視点を私たちに提示してくれています。 両会長が宣言と提言を出されてから、国際社会の状況は変化しています。これからも変わり続けていくでしょう。だからこそ、時代の変化に応じて、会長の提言の本質を見極め、洗練させながら、運動を進めていくことが重要ではないでしょうか。 核兵器廃絶を一歩ずつ前に進めていくのは私たち全員に課せられた使命です。さらに言えば、核兵器廃絶は人類の責任であり義務なのです。 連載「民衆こそ王者」をきっかけに、多くの読者が戸田会長と池田会長の指針を受け継ぎ、核兵器廃絶のための行動を起こしてくださることを期待します。皆さんとともに、私も生涯をかけて核兵器廃絶の声を上げ続けます。（本記事は月刊『潮』2025年4月号より転載。内容は取材をもとに編集部で構成しています。）

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇 豊﨑博光氏

「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　豊﨑博光氏