八潮道路陥没事故――日本の地下に潜む昭和の"ツケ"
2025/04/18埼玉・八潮市で起きた道路陥没事故は、老朽インフラと人材不足という日本社会の深層課題を浮き彫りにした。地下に眠る「昭和のツケ」に、いま私たちはどう向き合うべきなのかを問う。
(月刊『潮』2025年5月号より転載)
******
道路陥没事故が起きた要因とは
本年1月に発生した埼玉・八潮市の道路陥没事故。転落したトラックドライバーはいまなお行方不明で、下水道管や道路の復旧までには約3年かかると言われています。
事故は地下10mの位置に敷設された下水道管が損傷したことで起きました。まずはその要因について説明します。損傷自体の要因は老朽化と腐食が挙げられます。事故が起きた管は42年前に敷設されたもので、耐用年数の50年に至っていませんでした。ではなぜ損傷したかというと、管内で硫化水素が発生して、それが酸素と混ざり合うことで硫酸になり、コンクリートや金属部品を溶かしてしまっていたのです。
さらに事故が拡大した要因として軟弱地盤の影響があります。
「埼玉県地質地盤資料集」によると、事故現場付近の地盤は、シルト層と砂層で形成されています。地盤の硬軟を示す指標である「N値」は、ほとんどが「10以下」です。
「N値」は、標準貫入試験(SPT)によって求められる地盤の硬さを示す指標です。63.5kgのハンマーを75cmの高さから自由落下させ、直径50.8mmのサンプラーを地盤に打ち込み、30cm貫入するまでに必要な打撃回数を測定します。
一般的にN値が0~4の数値で、なおかつ粘性土の場合は柔らかい地盤と判断されます。N値が4~10の数値の場合は、安定した地盤と判断されますが、地震の際などには建築物の重さによって地盤沈下の現象が発生したり、液状化現象が発生したりする可能性があります。N値30以上は比較的硬い地盤とされています。
事故現場は、こうした柔らかい地盤であったために下水管のなかに大量の土砂が流れ込んだり、穴が拡大したりしたのでしょう。また、軟弱地盤では地盤沈下や不均一な支持力の影響により、下水道管が歪んだり損傷しやすくなります。他には下水道管の点検・調査が適切に行われていたかどうかや、気候変動の影響なども、要因として考えられます。
事故が起きた管は法律で義務付けられている5年に一度の点検・調査を行っていました。それでも事故が起きたということは、点検・調査方法や頻度についての議論が必要になるでしょう。
今後、5月くらいまでにバイパス管をつくり、その後、トラックのキャビンを引き上げる予定です。そして、下水道管や道路の完全な復旧までには約3年の時間を要するようです。
現在、現場近くの店舗は営業できておらず、道路も封鎖されたままですし、周辺に住む人々は下水の匂いに悩まされています。工事が本格化すれば騒音や振動の問題も発生するでしょう。

水道事業に山積するさまざまな課題
実は現下の日本の上下水道事業は、持続が危ぶまれています。ここではおもに「財政」と「人材」の二つの課題をみてみましょう。
最近は水道料金の値上げが話題になっていますが、今後値上げは全国に広がっていくことが予想されます。理由は単純で、人口減少により水道利用者の数は減る一方で、老朽化の対応で費用が膨らんでいくからです。
EY Japanと一般社団法人「水の安全保障戦略機構」が発表した2024年版の報告書によると、2046年までに全国1243の水道事業体のうち、1199の事業体(96%)が料金の値上げを必要とするとされています。
また、1カ月あたりの水道料金の全国平均は、2021年度の3317円から、2046年には4895円に上昇するとも推計されています。ただしあくまで平均値であり、水道料金は自治体ごとに異なるので、これ以上の値上げが行われるところも出てきます。
水道事業は各自治体が独立採算制で営み、料金収入(下水道は使用料)で賄うことが原則とされていますが、実際には赤字の事業が多く、一般財源で補われています。下水道は上水道よりもコスト高であるため、赤字部分を税金で補填するという事態が慢性的に続いています。
2006年に夕張市が「財政破綻」した際、「早期健全化団体」(自治体財政健全化法の基準で財政悪化の兆しがあると判断され、自主的な財政再建の取り組みが求められる地方公共団体)に共通していたのは、下水道事業経営の厳しさでした。下水道事業を含む複数の公営企業が赤字に陥り、自治体の財政に深刻な影響を与えていました。今後は全国の下水道事業が経営危機に陥る可能性があり、それが自治体の財政に与えるインパクトは計り知れません。
人口が多い都市部は料金収入がそこまで落ち込んでいないので、今後も水道料金が大幅に上がることはないはずです。ですが老朽管の問題は残っています。八潮市のような太い管渠(かんきょ・水路の総称)は、地方部よりも都市部に集中しています。
下水道には「流域下水道」と「公共下水道」があります。前者は効率や経済面が考慮されて、二つ以上の市町村の区域にわたって敷設された下水道であり、原則として設置・管理は都道府県が行います。他方、後者は原則として市町村が設置・管理するものです。
八潮市の下水道はこのうち「流域下水道」でした。そのため事故直後、9市3町の約120万人という多くの住民に影響が出ました。巨大な仕組みのなかで起きたというのが、八潮市の事故の特徴なのです。
この流域下水道は全国各地に敷設されており、八潮市の事故のあとに緊急点検を行った場所には東京や大阪も含まれています。点検が行われた場所は事故が懸念されるわけですが、なかでも大阪には腐食の恐れがある管が119kmあります。(国土交通省調べ)
人口が多く、料金収入がまだそこまで落ち込んでいないからといって、都市部が安全というわけではありません。都市部には都市部の課題があるのです。
優秀な人材を確保できるか
もう一つの大きな課題は水道事業における人材不足です。特に深刻なのは、自治体で水道事業に従事するコア人材が圧倒的に不足している点です。
そもそも役所にはジョブローテーションがあるため、数年すると職員が異動になってしまうケースがままあります。もはや行政の人材だけではカバーしきれないために、官民で連携をしようとしても、役所に水道事業に精通したコア人材がいなければ、適切な連携は難しいでしょう。
小さな自治体では、担当の職員が一人しかいないところもあります。例えば、水道管が壊れたときにその職員が何をするかというと、地元の業者に連絡をして修理を依頼しますが、それだけで手一杯です。国は自治体に対して持続可能な上下水道の計画を立てるように繰り返し求めていますが、一人しかいなければとてもその業務を担うことはできません。
かつて水道管が敷設された頃には、多くの優秀な人材が結集しました。それが維持・管理のフェーズになると技術者の存在は軽んじられるようになります。しかし今後、老朽化した下水道管があちこちにあるなかで、事故を起こさないためには、敷設された頃同様に優秀な人材を確保しなければなりません。それは決して簡単なことではないのです。
私たちの社会は、いつ事故が発生するかわからない脆弱な地下空間と共存しながら、それを修復していかなければならないのです。もしも放置してしまえば、八潮市のような道路の陥没事故がいつ起きてもおかしくない状況に陥ってしまうのです。

下水道機能の喪失で引き起こされる影響
仮に下水道の機能を喪失してしまったとしたら、その地域にはどんなことが起きてしまうのでしょうか。おもに三つのことが想定されます。
まずは市街地の浸水リスクが大幅に高まります。下水道には豪雨から市街地を守る機能があります。近年は気候変動によって短時間で非常に強い雨が降ることが増えているので、下水道がなければ市街地が水没する可能性が大きくなります。東京都下で言えば、江東5区には海抜零㍍地帯が広がっていますので、大水害に見舞われかねません。
二つ目は、生活排水が行き場を失います。言うまでもなく、下水道には生活排水を処理する機能があり、この機能が失われると、公衆衛生に大きな影響が出てきます。そして、人々の健康を害してしまう可能性があるのです。
三つ目は、同じく生活排水についてです。生活排水が処理されないままに河川に流れ込んでしまうと環境汚染につながります。例えば、1960年代までは工場排水や生活排水が未処理のまま河川に流れ込んでいました。その結果、河川が非常に汚れてしまい、公害などの社会問題になったのです。
老朽化や腐食を放置すれば、先述したように道路の陥没事故のリスクが高まります。八潮市の交差点は都心などに比べるとまだ交通量が多いわけではありませんでしたが、同程度の事故が東京都下や大阪府下で起きれば、甚大な被害を及ぼしかねません。
道路の陥没が頻発すれば、人々はしだいに事故に慣れてしまいます。事故に慣れることは良くないことですが、さらに恐ろしいのは、人々の感覚が"起きたら直せばいい"というものになることです。対症療法では費用もかかりますし、人命が奪われれば取り返しがつきません。費用的にミニマム(最小限)で済む予防的措置を施さなければならないのです。
具体的な対策として、私が最も重要だと考えるのは"地下情報の一元化"です。八潮市の事故では、下水道管ばかりに注目が集まっていますが、地下には通信ケーブルや農業用水、工業用水、ガス管などが敷設されています。多くの場所でそれらは整理整頓されておらず、いわばパッチワーク的に設置されてきました。全体の設計図があって配置されているのではなく、その都度空きがあるところに設置されてきたのです。
そんな地下での事故となると、ひとたび下水道管にトラブルが起きれば他の設備にも影響が出ます。しかも、同じ地下といえども国や自治体はそれらを一元的に管理しているわけではないのです。国で言えば、内閣府に水循環政策本部があるものの、通信ケーブルは経済産業省や総務省、農業用水は農林水産省、工業用水は経産省、水道管は国土交通省といった形で縦割りとなっているのです。
将来的に地下情報の一元化が必要だということは以前から言われてきましたが、地方自治体では人手不足なども相まって、水道管の配管図が数少ないベテラン職員の頭のなかでしか情報が集約できていないケースがままあります。一元化をデジタルで行うとなれば、さらにデジタル庁がかかわる話なのですが、じつは、現時点ではすべての基礎データがそろっているわけではありません。
基礎データを準備するためには、やはり自治体のコア人材を確保しなければなりません。AIなどの先端技術を活用できるのはそのあとの話でしょう。
地方創生と密接にかかわる水道事業
もっとも、水道事業について根本的に見直すことも必要ではないかと私は考えています。
国はいま、上水道・工業用水道・下水道に関して、官民連携の「ウォーターPPP」というプロジェクトを進めています。行政と民間が連携して公共サービスを行うことで、行政の効率化やコスト削減を目指しているのです。
国は、2022年度からの10年間で水道100件、下水道100件、工業用水道25件、合計225件のウォーターPPPを実施するという数値目標を掲げていますが、国が掲げた数値目標をただ達成することばかりに集中してしまい、結果として民間のリソース(資源)が搾取されるだけで終わってしまうことを私は危惧しています。
また、民間側に対応できるリソースが十分にあるわけでもありません。民間のリソースが中・大規模自治体に集中し、より深刻な課題を抱える小規模自治体が取り残される事態が発生する可能性もあります。これでは何の解決にもなりません。
いま求められるのは、未来の理想像を描き、そこから逆算していま必要な取り組みを進めていくことです。まず、どんな町にしていきたいかビジョンを描く。そのうえで、必要なインフラを選択し、誰が担うのか決める。こうした流れが重要なのです。
これはまさに政治の使命です。政治家には、将来的にどのような地域や社会を目指すのかというビジョンを指し示す責務を果たしていただきたい。そうしたビジョンなしに行政が民間を活用すれば、単にリソースを搾り取るだけになり、誰も楽しく働けなくなってしまいます。公も民も共倒れになるでしょう。
人口減少の時代にあっては、大規模な下水処理はもはや必要ない地域もあるはずです。比較的、コストがかからない小規模分散型のインフラを選択したり、場合によっては井戸や合併浄化槽を選択したりといったこともあり得ます。
単に既存の上下水道インフラを維持することが目的なのではなく、その地域の将来を見据えた構想に沿う形が理想です。構想があって初めて必要なインフラの選択があり、官民の連携があるわけです。
その意味では、水道事業は国が掲げる地方創生と密接にかかわっています。対症療法に終始してばかりで、未来へのビジョンがない社会では、人々は希望をもって、楽しく豊かに生きることなどできません。

昭和の"ツケ"にいかに挑むか
前述した流域下水道ができたのは、日本の人口が増加傾向にあった時代です。具体的なことを言えば、戦後から1970年代までの高度経済成長期と重なり、その間には二度のベビーブームがありました。人口が増加し、公害も発生していた時代で、下水を集中的に処理することができれば、空いた用地を他の事業に転用できる。そうした狙いがあったのです。
ところが、下水道施設が新たに敷設されると知った地域の人々はどうでしょうか。当時、下水道処理場は迷惑施設と考えられていました。そのため、地域住民らが反対運動を起こし、その結果として軟弱地盤などの住家(じゅうか)として使いようのない土地に敷設することになったケースがあるのです。つまり、八潮市の事故を含めて、現代の我々が直面している水道インフラに関する課題というのは、昭和30年代から40年代にかけての"ツケ"とも言えるわけです。
私自身、八潮市の事故を受けて、水道インフラに関しては歴史的に振り返ることの重要性をひしひしと感じています。繰り返しになりますが、重要なのは過去を振り返りつつ、未来の理想像から逆算して目の前の課題に取り組むことです。
下水道の三つの機能について先述しました。①浸水リスクを回避し、②公衆衛生を保ち、③環境を守る――です。これらの機能を維持していくためにはどうすればいいのかということを、私たちはそろそろ真剣に考えなければなりません。下水道はあくまで手段ですので、三つの機能を代替できる技術が生まれるのであれば、必ずしも現状の仕組みにこだわる必要はないと思います。
人口増の時代のソリューション(解決策)と、人口減少の時代のそれは必ずしも同じではないはずです。過去に囚われると手詰まりになってしまう可能性もあるので、オルタナティブ(代替)を探るのも一つの手と言えるでしょう。
******
水ジャーナリスト
橋本淳司(はしもと・じゅんじ)
1967年生まれ。学習院大学卒業後、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。93年、アクアスフィア・水教育研究所を設立。現在は武蔵野大学客員教授などを兼務。著書に『水辺のワンダー』『日本の地下水が危ない』『水道民営化で水はどうなるのか』など多数。