読書で広がる世界 ~文芸評論家・三宅香帆~
2025/07/02反響を呼んでいる新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の著者で文芸評論家の三宅香帆さんに、忙しい日々の中で読書を楽しむコツや本を読むことで得られるものについて伺いました。
(月刊『パンプキン』2025年6月号より抜粋、写真=水野真澄、取材・文=田北みずほ)
読み聞かせがきっかけで
好きな本を手に取る楽しさに目覚める
全身全霊で働くことを求める社会が、本を読む気力を奪っているのでは?との考えから、読書のような文化的な活動に時間や労力を使える「働きながら本を読める社会をつくろう」と著書で提案する三宅香帆さん。そう考えたのは、子どものころから本に親しみ、読書の楽しさを味わってきたからだ。
「私が読書好きになったのは、本も漫画もよく読んでいた親の影響が大きいと思います。小さいころは読み聞かせをすごくしてもらった記憶があります。そのうち自然と、親が読んだものを私も読むといった感じになっていきましたね」
本と漫画、両方に接してきたことは、その後の読書に役立ったと考えている。
「文字で書かれたストーリーを頭の中で絵にするのが得意な子は、読書が好きになるという説を聞いたことがあります。だから、漫画で"読む"ことに慣れていくと本に進みやすいのかも。最近は漫画化された文学作品もあって、子どもも大人も楽しめると思います」
幼少時、親子でよく図書館に足を運んだことも、思い出に残っているという。
「親から『これを読みなさい』と言われることもありましたけど、そういう本は全然読まなかった(笑)。好みが違うんですよね。だから、図書館に連れて行ってもらえたのは、ありがたかった。好きな本が選べますから。図書館を利用することを覚えれば、そのときは本に興味がなくても、ちょっと興味がわいたときに行きやすくなると思います」
ただ、子どもが好んで読むものに、親が口出しをするのはあまりよくないと考えているそうだ。
「たとえば、ホラーや下ネタの要素があると『そんなのじゃなくてこっちを読みなよ』と言ってしまいがち。でも子どもにとっては好奇心の入り口で、その後に一般文芸作品を読み始めるケースも多いと思うんです。好きなものを否定されるのはつらい。子どもが選ぶ本に、大人が是非をつけないというのは大事だと思います」
生活の中に読書時間を組み込むと
読めるようになる
仕事や家事、育児など何かと忙しい日々の中で本を読む時間をもつのが難しいと感じている人も多いのではないだろうか。まとまった時間がとれない場合は、ちょっとした工夫が効果的だと三宅さんは言う。
「小学校などで、朝の10分読書を行っているところがありますよね。わずかな時間でも、けっこう読めるものです。ある友人は、子どもの習い事の送り迎えをする待ち時間に本を読むと決めているそうです。またカバンの中に本を1冊入れて、電車の中や一人で食事をするときに開く、という友人も。私の場合は、お風呂に入っているときやカフェで読むのが好きですね。自分の生活の中に読書時間を組み込む習慣をつけるとよいと思います」
ちょっとした時間ができると、ついスマホを手に取ってしまうという悩みをもつ人も多いはず。
「私もです! はっきりとした目的はなく、なんとなくスマホでSNSを見ていた……なんてことはよくあります。私が試してみてよかったのは、電子書籍のアプリをスマホの目立つところに入れる、という方法。スマホを手に取ったら、SNSではなく電子書籍のアプリを開く。友だちにも好評だったので、めっちゃおすすめです」
目が疲れやすいという人は、音声化した書籍を耳で聴くことができるオーディオブックを活用するのもよい。
「1日1回は本を開く習慣ができると、けっこう読み進められます。仕事の休憩時間に、帰宅途中にカフェに寄って、寝る前に、など生活の中でこの時間なら読めるというタイミングが人それぞれにあると思うんです。いろいろと試しながら、自分に合った読書時間を見つけてほしいですね」
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いつまでも色あせず話のネタにできる
本って実はタイパがよい!
とはいえ、本を1冊読むにはある程度の時間が必要。余暇を過ごす趣味という点では、YouTubeなどの動画、ドラマや映画の配信サービスに比べると「タイパ(タイムパフォーマンス、費やした時間に対する満足度)が悪い」と思ってしまう面もある。
「私はむしろ、本は実はタイパがよい!と思ってるんです。なぜかというと、本の内容は賞味期限が長いんです。たとえば流行のドラマはサイクルが速くて、人との会話で話題にできる期間はわりと短い。でも本は、年数が経っても『あの本、おもしろかったよ』と、いろいろな場で人に話してコミュニケーションがとれます。話のネタとしてとても長持ちするんです」
特に名作は、世代を超えて語り合えるよさがあるという。
「私は司馬遼太郎さんの作品が大好きなんですが、世代を問わず多くのファンがいらっしゃるので、会話が盛り上がります。漫画なら『ガラスの仮面』や『ベルサイユのばら』。長く愛されている作品なので、いろんな人と語り合えるのが楽しい。名作は何回読んでも、新しい発見があるのもおもしろいですよね」
多様な本が出回っている今、限りある時間に何を読んだらよいのか。本の選び方にコツはあるのだろうか。
「自分が知りたいこと、気になるテーマのものが読みやすいと思います。本=小説、と考える方が多いようですが、大人になると、専門家が一般向けに書いた新書がおすすめですね。『子育て』とか『環境』とか、気になるテーマで探してみるとよいと思います」
InstagramやYouTubeなどで、本を紹介するアカウントを探してフォローするのもおすすめだという。「この人は好みが合うな」「考え方が似ているな」という人を見つけると、自分に合った本に出会える確率が高まるそうだ。
作者の価値観にふれて自分の世界の広がりを
体験できるのが読書の魅力
働いて疲れていると読書に含まれる予想外の展開や結末といった、自分がコントロールできないものがストレスになる。だから本が読めなくなる――『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で示された考察だ。忙しく働かなければならない生活の中で、あえて本を読むメリットとは何だろうか。
「純粋に、おもしろい本を見つけて読むことに没頭できる楽しさがあると思います。さらにいうと、本を読むと、書き手の思考や価値観が伝わってきますよね。作者が著す価値観は自分にさまざまな影響を与えてくれます。意識していなかった自分の考えや価値観に気づいたり、なんとなく考えていたことが言語化されていて共感したり。そんな体験によって自分の世界が広がる、それが読書の魅力だと思います」
多忙なときでも一人の世界に入り込めて、じっくりと物事を考えられる。読書は自分で自分をケアするために必要な時間。三宅さんはそのようにとらえている。
「もちろん、1冊すべてを読む必要はないと思っています。私もページをめくりたくならない本ってあります。読みづらい本に出会ったら、なんでこんなに難しく書くんだろう? なんて思いながら読むことも。おもしろくなかったとしても、何かしらの発見があればうれしいものです。最初から最後まで通して読むことにこだわらず、拾い読みするだけでもよいと思います」
三宅さんは平均すると月に30冊ほどの本を読んでいるという。読むスピードをアップさせる秘訣を教えてくれた。
「だいたい仕事サボって読んでるんですよ(笑)。だから全然言えないんですけど、読み慣れるとスピードは上がります。読んだ量と速さは比例する、というのが私の実感。読書って筋トレみたいなものだなと思うんです。最初から、めっちゃ長くて難しい本を読める人は少なくて、読書を続けるうちに少しずつスピードアップしていく気がします」
書き手との会話を楽しむように
本の中の言葉を聴く
三宅さんが「働きながら本が読める社会にしたい」と提案するのは、読書が自身の人生にとって必要不可欠な文化であり、本を読む余裕のある社会であってこそ、人間らしい生き方ができると確信しているからだ。
「私にとって本は友だちみたいな存在です。作家と会話を楽しむような感じで本の中の言葉を聴いている、といった感覚ですね。友だちのように、悩みを一緒に考えて解決のヒントをくれたり、癒してくれる。本はそんな身近な存在だと思っています」
読書は一人でも楽しめる、とてもよい趣味だと三宅さんは実感している。1日の中で読書に費やす時間は短くても、ゆったりと長期スパンで楽しめばよい。
「忙しいときにいったん離れても、読もうと思ったときに、すぐ本を開くことができる。だから『最近、本読んでないな』と思う方がいらっしゃったら、ぜひ一度、書店に足を運んでみてはいかがでしょうか」
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三宅香帆(みやけ・かほ)
文芸評論家。1994年、高知県生まれ。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『ずっと幸せなら本なんて読まなかった人生の悩み・苦しみに効く名作33』『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』など。大人が「本を読みたいのに読めなくなる」悩みについて考察した新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大きな反響を呼んでいる。