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風船爆弾という愚かな兵器が戦争の残酷さをあらためて教えてくれました

ドラマやバラエティで活躍中の柴田理恵さんが、このたび映画『ぼくは風船爆弾』に出演。
大きな風船に爆弾を付け、アメリカ本土に飛ばして攻撃するという滑稽とも思える作戦を描いた本作は、戦争の狂気ともいえる一面を多角的に描き出している。
(月刊『パンプキン』2025年8月号より転載。取材・文=石井美佐 撮影=雨宮薫)

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 第二次世界大戦末期に日本が造った"秘密兵器"にまつわる、作家・高橋光子氏が実体験を交えてつづった小説『ぼくは風船爆弾』(潮ジュニア文庫)をもとに同名映画が制作された。柴田理恵さんは、学徒動員で風船爆弾を造る少女たちを叱咤激励する挺身隊員・深作トキを演じている。

「風船爆弾という言葉だけは聞いたことがあったんですが、和紙でできていて少女たちが手でこんにゃくのりを貼って造っていたとは、初めて知りました。最初はこれがアメリカ本土に偏西風に乗って飛ぶの? 噓でしょ!?って驚きでしたよ。

 これが兵器なんてばかばかしい、愚かしいことと思ったんですが、実際にいくつかは飛んでいき一般市民を殺りくしたわけで、結末では別の意味の愚かしさにガラリと変わりました。戦争自体の愚かさをまざまざと感じました」


『ぼくは風船爆弾』小社刊


 柴田さんは撮影中に再現された風船爆弾を目にして何より驚いたそうだ。すでに風船を造るゴムもなく、貼りつけるのりはこんにゃくでできたのり。そんな末期状態の中で生み出された風船爆弾は、だれが聞いても「そんなばかなこと!」なのだが、兵器として実用された。

「風船爆弾に少女たちは "ほくと"という名前をつけて物語は進んでいきますが、自分たちの作業がどういうものか、本質的にはわからずにやっていると思うんです。人の心の純粋さというか乙女の清らかさというか、それが救いでした。

 ああいう過酷な中でも、名前をつけて希望や夢をもとうとしたし、人はどんな状況でも、ほんの少しの希望やささやかな喜びに近づけようとして、そうしないと生きてはいられないのではないでしょうか。だからそれを利用し、少女たちの純粋な気持ちを踏みにじって殺りく兵器を造らせるのが余計に腹立たしいですよね」

まじめな人だからこそ戦争に向かうという狂気

 柴田さん演じる深作トキは、厳しく怖い鬼教官。もし、身近にいたら「相当怖いだろうなぁ」と思わせる。まじめな人だからこそ、とキャラクターを描いて演じたそうだ。

「誠実でまじめな人ほど、この戦争は正義でみんなを幸せにするために戦っているんだ。これは正義なんだ、と思っていたはずで、それが戦争の恐ろしいところだと思います」
 
 まじめな人間が狂気に駆られていく戦争の一面を体現している。もし、それを止めることができるとしたら、それは過去を振り返って先人たちのしたこと、歴史を知ることと教育しかないのではないか、とも。

「いろいろな視点から戦争を描くというのは、すごく大事なことで、映画を見て多くの人が知らない風船爆弾が、何かだれかの心に刺さっていただけたら。たとえば東京大空襲は語られますが、地方都市でもたくさん空襲はあったわけで、今まであまり知られてこなかった事実が少しずつ語られ始めているじゃないですか。それはとても大事だと思いますね」
 
 多くの人が知っている歴史だけではなく、風船爆弾のようにまだ知らない人も多い先人たちの戦争体験を今知ることは、世界中で戦争・紛争状態が起きているからこそ、むしろ罪深い衝撃をあらためて示してくれ、むごさを際立たせる。

人と同じでなくてもいい 思ったことは言葉にする

「うちのおばあちゃんは、長男が軍医としてフィリピンに発つとき"バンザイ"と送り出す場には行かなかったんです。"どうしてあんちゃんが出征するのにバンザイをしなきゃならない。自分の息子が戦争に行くのに何がうれしいもんか"と出向かなかったと母から聞きました。

 叔父は戦死し、戦後あるとき、軍の幹部だった人(後に国会議員)がうちに訪ねてきたそうで、そのとき、おばあちゃんは "なんでお前さんだけが生き残って帰ってきたんだ。うちの大事な息子を殺したくせに、なんであんたは生きてるんだ"と怒って土下座させたそうです。

 庶民はみんな息子や夫、兄弟が亡くなってもお国のためと我慢して口をつぐんでいたでしょうけれど、やっぱり声に出して言葉にすることも大事なことではないでしょうか」

 原作者の高橋光子さんのお兄様は出征後に無事帰還したものの、周囲では戦死した人も多く、逆にずっと後ろめたさを感じていたそうだ。戦争は想像する以上に多くの人に傷を残す。

「平和を発信するとしたら?」と伺うと、「難しいですね」と前置きをしてから、頼りになるのは自分の小さな小さな感覚なのではないかという。正義とか、正しいとかではなく、嫌だなとか、美しいとか、かわいいとか、悲しいといった肌感覚なのではないかと感じるそうだ。現代はSNSといった発信方法もあり、情報も多い。自分の感覚を保つのは、むしろ大変になっている側面もある時代。

「でも戦争は絶対にしてはいけないです。小さいころから教えられたことは自分の中にずっと残っていくはずです。ひとりでも多くの方に愚かな兵器が実際に人の命を奪い、それを造ることに加担させられた人たちの事実を、このような映画を通して知ってもらいたいです」

 演じた深作トキもまじめで純粋な人ゆえに鬼教官にならざるを得なかったのでは、もしかしたら優しい人だったのかもしれない――と、柴田さんは思いを馳せる。


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俳優
柴田理恵(しばた・りえ)
1959年生まれ、富山県出身。劇団東京ボードヴィルショーを経て、84年、WAHAHA本舗を旗揚げ。劇団公演、ドラマや映画、バラエティ番組などに多数出演。『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』でハリウッドデビュー。著書『桜梅桃李』、『晴太郎―3本足の天使』『台風かあちゃん』『遠距離介護の幸せなカタチ―要介護の母を持つ私が専門家とたどり着いたみんなが笑顔になる方法』など。