プレビューモード

宗教間対話と女性のエンパワーメント

去る3月17日、創価学会女性平和委員会主催の「平和の文化講演会」が、東京・信濃町の創価世界女性会館で開かれました。
インドネシアのワヒド元大統領の二女でワヒド財団議長のイェニー・ワヒド氏が登壇。
平和な社会を築くための女性の使命などについて語ったのです。講演の抄録をお届けします。

******

イスラム教は女性の役割を重視する宗教

 今日は、世界平和のために献身する女性の皆様の前で講演させていただき、大変光栄です。

 私はイスラム教の家庭で育ちました。イスラム教は、非イスラム社会における一般的イメージとは裏腹に、社会における女性の役割を非常に重視している宗教です。

 そのことを象徴する一節が、『クルアーン(コーラン)』の中にあります。預言者ムハンマドが「最も尊敬すべき人はだれか?」と問われたとき、そこにいる人たちに向かって、「あなたのお母様です、あなたのお母様です、あなたのお母様です」と、3回繰り返したというのです。つまり、母親こそ最も尊敬すべき存在であると強調されたわけです。そして、最後の4回目にようやく、「あなたのお父様です」と言われました(笑)。そのように、イスラム教は女性を大切にする宗教なのです。

 私は本日、平和運動家として、社会正義のために戦う一人の女性として、そして、平和と人間を深く愛した指導者であった故アブドゥルラフマン・ワヒドの娘として、皆様にお話しさせていただきます。

 池田大作先生と父は、2002年の初会見以来、深い友情を結びました。2人は、「宗教は人びとを分断する壁ではなく、人びとをつなぐ架け橋であるべきだ」という考えを共有していました。「宗教に対する理解が深まれば、宗教は分断の原因ではなく、むしろ知恵と平和の源になる」と考えていたのです。

 また、2人は、「多様性は脅威ではなく、育むべき『強み』である」とも信じていました。イスラム教指導者である父と仏教指導者である池田先生は、異なる宗教的基盤をもちながらも、「人間主義」という共通の価値観で深く共鳴していたのです。

 2人は、対談集『平和の哲学 寛容の智慧』(潮出版社/2010年)を編みました。同書でも宗教間対話は大きなテーマとなり、宗教を土台とした価値観によって、包摂的な共生社会を育むことができると語られていました。そうした思想を継承する思いで、「ワヒド財団」は活動を続けています。私どもは、宗教間対話を単なる話し合いで終わらせるのではなく、具体的な行動に移すことを心がけています。

平和の哲学 寛容の智慧』 現在は電子版のみ販売


 財団の活動には、宗教間交流の推進や、平和建設のあらゆる局面に女性の参画を促すことなどが含まれます。世の中には宗教の違いに起因するように見えるさまざまな衝突がありますが、実はその大半は、宗教的差異によるのではなく、単なる誤解やコミュニケーション不足に起因していると、私は確信しています。

 だからこそ、宗教間対話は、平和な社会を築くための重要な鍵となるのです。また、女性が家庭と社会の中で調和を育む中心的な存在であるという信念の下、私どもは活動しています。

見落とされてきた、女性たちの貢献

 多くの国で、女性は家庭や地域の平和の担い手と見られている一方で、その貢献が正当に評価されることはほとんどありません。ここに大きな矛盾があります。

 つまり、女性が背負ってきた責任や負担は、常に「当然の役割」と思われてきたため、支援や評価の対象とはされていないのです。また、世界的に見ても、女性は外で働くことが求められる一方、家庭では家事労働も求められており、「二重の負担」が重くのしかかっています。

 女性たちの多くは、小さな個人商店を経営していたり、農業や工場労働などに従事したりする一方で、家事・子育て・親の介護など、家庭生活を支える重要な責任も担っています。そして、家庭での働きのほとんどは「アンペイドワーク」( 無償労働)であり、給与が発生しないのはもちろんのこと、社会保障や十分な支援すら受けられていません。

 無償の家事労働の約4分の3を女性が行っているという、世界的な統計データ(※NGOオックスファムによるレポート 2020年)があります。そうした貢献を経済的価値に換算すると、実に年間で数兆ドルにも達するのです。にもかかわらず、「女性は無償で家事労働をするのが当然」との考えが根強く、政策面での支援の対象にはなっていないのです。

無償労働を評価することから変革が始まる

 家事や育児、介護が女性だけの責任ではなく、男女共同の責任であるという認識を浸透させなければなりません。そして、それらの多くが正式な労働として認められていないという現実を、変えなければなりません。

 それを後押しするためには、さまざまな法整備も必要となるでしょう。一例を挙げれば、すべての女性が産休制度を利用できるようにする法整備です。
 
 多くの女性が、子育てのため、家庭を支えるために、職場を離れなければならないという現状が、まだあります。女性だけに限らず男性も含めて、子育てを担う親が働きやすい勤務形態を確保することが重要なのです。
 
 また、女性の負担を軽減する支援制度をつくるため、まずは社会全体として、女性たちのアンペイドワークに正当な評価を与えなければなりません。
 
 そうしなければ、女性は今後も家庭と仕事の間で揺れ続け、経済面でもキャリア面でも後れをとることになるでしょう。
 
 想像してみてください。皆さん一人ひとりが家庭で行ってきたアンペイドワークにもし対価が支払われるとしたら、どれだけ大きな金額になるか?
 
 そこに目を向けることが改革の第一歩です。

女性をエンパワーメントすれば社会は変わる

 幸いなことに、女性のエンパワーメントと社会平和の促進のためにできることは、たくさんあります。

 その1つ目は、女性の自立の重要な鍵となる教育機会の拡充を進めることです。そのためには、創価大学のような教育機関が、女性と平和に焦点を当てた奨学金プログラムや研究を、さらに強化していくことが大切です。

 2つ目は、官・民の両セクターで、女性のリーダーシップの向上を図ることです。企業や政府機関、地方自治体においても、ジェンダー平等を後押しする政策を実現しなければなりません。

 女性のエンパワーメントに投資をすると、社会全体が潤うという統計データがあります。たとえば、企業の社長などの役員ポストに女性を据えている企業ほど株価等の業績の伸び率が高いという調査結果(※McKinsey & Companyによるレポート 2007年)があるのです。

 同様に、若い女性が高等教育を受ける機会を拡充すると、国のGDP(国内総生産)が4%も上がるといわれています。さらに、平和建設への女性の参画を促進できれば、平和の取り組みへのコミットメントが約30%強化され、実現に至るともいわれています。

 3つ目は、すでに述べたとおり、無償労働への認識を広め、正しく評価することです。政府や国際機関で、家事労働を経済活動のひとつとして認め、育児手当や専業主婦手当、家事を公平に分担する家庭へのインセンティブ(報奨金)を設けるなどの具体的な政策を通じて、支援するのです。

 そして4つ目は、女性たちの国際的な連帯を強化することです。

 日本には、平和外交の長い歴史があります。だからこそ、日本の皆様が、女性の権利を守り、異文化間の対話を促進するグローバルな取り組みをリードしてほしいと願っています。私たちが力を合わせて戦えば、より平和で公正な世界を必ず実現できるのです。

自分自身の力を認めることから始めよう

 宗教間対話と女性のエンパワーメントは、別々の取り組みではありません。2つは、「調和と共生の社会」を築くために、密接に関わり合っているのです。私たち一人ひとりがあらゆる不平等に勇敢に立ち向かい、多様性を受け入れ、人間の尊厳を守る存在となっていかなければなりません。

 そして、いちばん大事なことは、「社会が女性の力に頼り続けるのであれば、女性に平等な権利を与えなければいけない」と示すことです。なぜなら、女性なしではどの社会も、公平公正な進歩を成しえないからです。

 ただし、他の女性をエンパワーするといっても、まずは自分自身のエンパワーメントから始めなければいけません。というのも、女性にはとかく、家族や友人たちのことが最優先となり、自分のことは後回しにし、なおざりにしてしまう傾向があるからです。

 そのためにはまず、自分がこれまで行ってきたこと、家庭のため、社会のために尽くしてきたことを思い起こし、それを認めて称賛してあげてください。自分を認め、自分を強くしてこそ、自分の周りにいる人たちにも力を与えることができるんだという思いに立ち返っていただきたいのです。

 ここで、今日集い合った皆様と共に互いの奮闘を讃えて、拍手を送り合いたいと思いますが、いかがでしょうか。

 皆様の中でお母様がまだご存命の方々は、今日家に帰られてから、電話で「お母さん、大好きだよ」と言ってあげてください。母親というものは、我が子に対して見返りなど求めません。ですから、私たちが唯一できることは、優しい言葉や感謝の言葉を伝えることなのです。

 この社会の女性すべてをエンパワーできるように、尊敬する創価学会女性部の皆様と手を取り合って、これからも一緒にがんばっていければと思います。


******

「ワヒド財団」議長、「ワヒド研究所」所長
イェニー・ザンヌバ・ワヒド
インドネシア元大統領であるアブドゥルラフマン・ワヒド氏の二女。1997年トリサクティ大学卒業。2003年ハーバード大学ケネディ行政大学院修士号課程修了。ジャーナリストとして活躍後、ワヒド元大統領の特別コミュニケーション・アドバイザーとして職務を補佐。その後、設立者の一人として、寛容と平和のメッセージを広めることを目的とした「ワヒド財団」と「ワヒド研究所」の設立に尽力。09年には世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダー」に選出されている。