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参院選で可視化された現役世代の本音

なぜ与党の政策は有権者に響かず、国民民主党、参政党の政策が響いたのか――。
(月刊『潮』2025年10月号より転載)

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国民民主党と参政党 大躍進の理由とは

 7月20日の参議院選挙で与党は大敗した。(改選前→今回当選)
▼自民党 52→39
▼公明党 14→8
▼立憲民主党 22→22
▼日本維新の会 6→7
▼国民民主党 4→17
▼共産党 7→3
▼れいわ新選組 2→3
▼参政党 1→14
 参議院議員は3年に一度半分ずつ議席が改選される。非改選の議席と合計すると、自民・公明の与党は計122議席と過半数(125)を割りこんだ。立憲と維新が横ばいのなか、なぜ国民民主党と参政党が大躍進したのだろう。

 前回の衆議院選挙(昨年10月)から一貫して、国民民主党は「積極財政を進めて現役世代を守る」というメッセージを打ち出している。ただし減税と投資を進めるための財源をどう確保するか、国民民主党は明確には示さない。

 参政党は「国民負担率(所得に占める税金と社会保険料などの割合)を45%から35%まで10ポイント下げる」「子ども一人当たり10万円を給付する」と、国民民主党よりも大胆に大風呂敷の積極財政を打(ぶ)ち上げた。ただし財源は「赤字国債を発行する」と非現実的な物言いだ。

 れいわ新選組なども積極財政を掲げてきた。ただし彼らは「富裕層から徴集して貧困層に再分配せよ」という理屈。昨今こうした理屈は大衆に受けない。今日本で苦しい生活を送っているのは最下層の貧困層だけではない。中間層も生活が苦しい。国民民主党や参政党がターゲットに据える「現役世代」や「日本人」とは、まさしくこの中間層を指す。

 2023年の日本の世帯所得は、全世帯の平均が年間536万円だ。

 しかしながら中央値は410万円にとどまり、平均所得以下の世帯が61.9%を占める。100~200万円未満及および200~300万円未満は14.4%、300~400万円未満は13.1%だ。(24年、厚生労働省「国民生活基礎調査」)

 世帯所得の平均値は1994年を、中央値は95年をピークとして、この30年間でいずれも100万円以上も下がっている。
〈今の水準は40年前とほぼ同じで「豊かになった」との実感は抱けない。/多数決を原理とする民主主義を考えるうえで重要なのは「日本では平均よりも所得の高い層ではなく、低い層が多数派を形成している」という事実だ。平均所得以下の世帯数は61.9%%に達している。民主主義を支えるべき「中間層」が満たされていないのだ〉
(7月26日付「日本経済新聞」)

 根強い不満を抱かかえる中間層に、国民民主党と参政党の訴えは見事なまでに刺さったのだ。

外国人は3%なのに「日本人ファースト」

 日本維新の会は、国民民主党や参政党よりも早くから「現役世代を支える」と主張してきた。野党の中で、現役世代への手当をいちばん熱心に訴えてきたのは維新だ。

 ただし維新は積極財政路線ではない。高齢者への社会保障の支出を圧縮し、現役世代の負担を軽くする。高齢者への再分配を削減する緊縮財政路線だ。

「小さな政府路線で緊縮財政を進め、現役世代を守っていく」という維新の主張は意外と受けなかった。今苦しい生活を送っている現役世代は、大きな政府路線で大盤振る舞いをしてもらいたい。一方で緊縮財政に舵を切られ、社会保障費が削られたら、自分たちの老後が苦しくなると考えているのだ。

 先ほど私は「苦しい生活を送る中間層の支持が国民民主党と参政党へ向かった」と指摘した。国民民主党が躍進した理由として、若手のビジネスパーソンの支持が集まったことも大きいのではないか。

 減税を進め、なおかつ社会保障を際限なく拡大せず圧縮する。同時に先端技術への投資を進め、自分たちがビジネスをやりやすい環境を整えてもらう。ミドルクラスの中でやや上にいる人たちが、ビジネス感覚で「支持するとしたら国民民主党だ」と判断した。

 一方で自営業者や非正規雇用の労働者にとっては、国民民主党が掲げる積極財政で日本経済がどれだけ活性化しようが、投資拡大で先端技術がどれだけ発展しようが、自分の取り分は増えない。そういう人たちが、自分たちの受け皿を求めて(消去法で)参政党に流れた。

「日本人ファースト」と叫び、在留外国人に対して排外主義的な言説を振りまいたのも参政党の特徴だ。ただし現状、日本で暮らす在留外国人は人口全体の3%(約376.9万人)しかいない。人口の97%は日本人なのだから、冷静に考えてみれば「日本人ファースト」は当然のことだ。

 参政党は在留外国人を仮想敵に見立ててシンボリックな印象操作を展開し、財源の根拠が非現実的なまま選挙戦を展開したのだ。

響かない与党の政策 響いた参政党の政策

 ここで自民・公明が衰退した理由について考えてみよう。

 自民党は自動車産業をはじめとする大企業のモノ作り産業を支えると同時に、自営業者にも細かく目配りしてきた。さまざまな規制を設けて既得権益を守る。公共事業への支出によって、土建業者を中心とする地方の自営業者の雇用を守ってきた。さらに家族経営の農業を守り、専業主婦は第三号被保険者制度によって守ってきたわけだ。

 今は労働組合が力を失ってしまったが、かつて大企業で働くサラリーマンは、労組が強烈な運動によって守ってきた。一方で自営業者や農家は労組が守ってくれない。そこで「旧中間層」と言われる自営業者や農家を、専業主婦も含めて自民党が守ってきたのだ。

 今回の参院選で、自民党は「今後5年間で賃金を100万円増やす」と宣言した。公明党は「平均年収を5年で200万円増やす」と公約に掲げた。そして与党は「企業は賃上げをせよ」と求めた。

 日本の全企業の99.7%は中小企業であり、雇用(従業員)の7割は中小企業が占める。最低賃金が時給1500円に上がれば労働者は喜ぶが、飲食業など中小企業の経営者にとってはたまったものではない。全国一律で賃上げを要求された日には、ただでさえ資金繰りが厳しい中小企業はたちまち行き詰まってしまう。

 参政党を支持した旧中間層や20~40代は、語弊を恐れず言えば、あまり政策を細かく吟味しない。各政党の訴えはボヤッとしたイメージでとらえる。だから自民党や公明党から「企業は賃上げ」「年収×××万円アップ」「物価高から生活者を守る」と言われても、「その政策で本当に自分たちの生活が守られるのか」と疑問符がついてしまう。端的に言って、自公の政策は彼らに響かない。

 それよりも在留外国人を排斥する「日本人ファースト」という物言いや「中小企業や自営業者を追い詰めるインボイス制度を廃止せよ」というキャッチフレーズのほうがしっくり来るのだ。

福祉排外主義と投資排外主義

「日本人ファースト」と連呼して在留外国人排斥を煽る参政党の主張について考えてみよう。

 ヨーロッパ諸国でも外国人(あるいは外国にルーツをもつ人)への排外主義が吹き荒れている。

「外国人労働者が増えすぎたせいで、自分たちが払っている税金や社会保険料が食い潰されてきた。あいつらは福祉にタダ乗りしている」という「福祉排外主義」だ。

 ドイツは国民の3人に1人が外国人や移民の国であり、国民負担率は日本(45%)より10ポイント以上も高い。移民大国フランスの国民負担率はさらに高く、65%以上だ。外国人が3人に1人おり、高福祉高負担の国家で福祉排外主義が吹き荒れるのは、まだうなずける。

 日本はどうか。前述のように、日本は全人口の3%しか外国人がいない。しかも日本の社会保障は高福祉高負担型のモデルではなく、中福祉(もしくは低福祉)だ。こうした状況下で「日本人が払った税金と社会保険料が外国人に収奪されている」という排外主義は、本来ならば国民的な議論にはおよそなりえない。「一部の人が変なことを言っているな」で終わるべき話だ。

 今の日本には「福祉排外主義」とは別の「投資排外主義」が吹き荒れているのではないか。「中国人が北海道や東北の景観地や水源地を買い漁っている」「中国人が東京のタワーマンションを爆買いしているせいで地価が異常に上がり、日本人がタワマンに住めなくなってしまった」という言説だ。

 資金力がある「強い外国人」に対する反発が、「弱い外国人」をターゲットにしてすり替えられた。外国人投資家(強い外国人)は顔が見えないが、たとえば川口のクルド人(弱い外国人)は顔が見える。「不法外国人が日本の治安を悪化させている」という言い方で、排外主義者は彼らを攻撃した。

「タワマンを買い漁る中国人」なる虚構

 日本で吹き荒れる「投資排外主義」には根本的な問題がある。「中国人の富裕層がタワマンを買い漁っている」という言説が真実とは言えないからだ。

 不動産投資サイト「楽待」(本年3月5日)が「『外国人のタワマン買い漁り』は真実か?」という興味深い記事を配信した。「楽待」編集部は、都内の湾岸エリアに立つ45階建てのタワマン「パークタワー勝どきミッド」の登記簿を一棟丸ごと(全1121戸)取得して調べた。

 するとタワマン所有者のうち、外国人と思われるものは112件(法人はこのうち16件)だった。判別不明のものを含めても、多く見積もって全体のおよそ1割だ。

 さらに外国人所有者の登記上の住所を見ると、タワマンの住所と一致する人は39%、日本国内の別の場所が現住所であるケースが25%、海外に現住所があるケースが36%だった。

 タワマンを買った外国人が全体の1割であり、そのうち36%が国外に居住している。つまりタワマン購入者のうち、仮に「投資目的で買い漁っている外国人」がいたとしても、それは全体の3.6%程度という計算になる。

 中国共産党の一党独裁体制である中国では、個人であろうが法人であろうが自由に土地を購入して所有できない。住宅地(70年)、工業地(50年)、商業地(40年)いずれも使用権に限度を設けたうえで有償で借りる。だから中国人には、自分の土地と不動産をもつことに対するあこがれがあるのだ。もちろん日本で地に足をつけ、腰を据えてビジネスに取り組みたい健全な投資家はいくらでもいる。

 以上のデータとファクト(事実)を顧みるに、「中国人に日本が乗っ取られる」という参政党のファナティック(熱狂的)な「投資排外主義」は的外れなのだ。

「三丁目の夕日」回帰 参政党のあこがれ

 1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本経済は「失われた30年」と呼ばれる長期低迷の時代を歩んできた。参院選で躍進した参政党は、どうやって日本を再び元気にしていくつもりなのだろう。

 参政党の憲法草案に「八百万の神」「國體(こくたい)」「教育勅語」「修身」というキーワードが並ぶため、「彼らは戦前の日本に回帰したがっている」と見る向きもある。

 私はそうは思わない。参政党が目指す道には戦前への回帰ではなく昭和回帰、それも1960年代の高度経済成長への憧憬が透けて見える。彼らが戻りたいのは往年の大ヒット映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界観だ。

 彼らはジェンダーフリーにもLGBT(性的少数者)の権利保護にも反発し、家庭における男性と女性の役割分担を明確にしようとしている。お父さんは会社で働き、お母さんは専業主婦として家庭で子どもを育てる昭和の家庭像だ。

 これから強くしたい日本の産業として、参政党は自動車産業を重視する。昭和時代の重工業中心の社会を復活させ、中間層の家族生活を安定させる。同時に、マンガとアニメのソフトを世界に売り出していこうというビジョンだ。

 さらに彼らは「おかしな異物を体の中に入れるな」と訴え、オーガニック(有機農業)とエコロジー、反ワクチンを推奨する。日本では以前から、子宮頸がんワクチンの副反応に対する反発が根強くあった。新型コロナウイルスのワクチンへの懐疑論と相まって、参政党の政策は子育て世代の女性にフワッとフィットしていったのだ。

 さらに参政党は、偏差値教育と高学歴エリートに対する反発を抱いている。こうした一連の尖った方向性が、有権者の支持を幅広く包摂していった。

 くどいようだが、参政党が主張する積極財政論は財源の根拠が非現実的で、無責任な言説だ。参政党の言説とは対照的に、自民党や公明党は中小企業支援策や物価高への手当の検討を矢継ぎ早に打ち、与党の中で真剣に仕事をしている。

 問題は、自民党や公明党の政策を含め、財源論とは常に「複雑」で「地味」であることだ。労働者全体の7割を占める中小企業が苦しんでいる。この人たちを底上げしなければ日本は大変なことになる。その処方箋は複雑であり地味だ。さらに言うならば、事実とは常に複雑で地味なのである。

 手っ取り早く解答を手に入れたい有権者は「複雑で地味な事実」を嫌う。誰だれにでもわかりやすくおもしろいネタ(たとえそれがフェイクであろうが)に飛びつく。

 参政党は「複雑で地味な事実」を「日本人ファースト」という魔法で覆い隠して躍進した。このやり方が有権者に受け入れられたが、今後も永続するとは思えない。東京都知事選挙(昨年7月)における石丸伸二現象は、先の東京都議会議員選挙と今回の参院選であっという間にしぼんだという例もある。

 昨年の都知事選や2021年の衆院選では立花孝志党首のNHK党がおおいに話題をさらったわけだが、今やマスメディアでもSNSでも参政党の話題一色であって、NHK党の存在感は見る影もない。その意味では、次の国政選挙までに参政党への関心が薄れる可能性はある。

「複雑で地味な事実」を、耳当たりの良い魔法で思いどおりに転換できるわけがない。有権者は今一度冷静さを取り戻すべきだ。


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成蹊大学文学部教授/社会学者
伊藤 昌亮(いとう・まさあき)
1961年栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。専門はメディア研究、デジタルメディア論、社会運動論、集合行動論。著書に『ネット右派の歴史社会学』『デモのメディア論』『炎上社会を考える』など多数。