【潮11月号の読みどころ】民衆こそ王者――池田大作とその時代

断じて、起こさせてはならない 記者として池田の振る舞いに接した日々。小林宏は「弟子であり、かつ師匠として生きる」姿、「師匠であり、かつ弟子として生きる」姿に何度も心を震わせた。 戸田城聖は生前、日蓮の五大部のうち、3つの講義録を仕上げた（立正安国論、開目抄、観心本尊抄）。4つめの「撰時抄」が途中だった。池田はその続きを執筆する。〈五大部はその執筆年次からすると、次が「撰時抄」で、その次が「報恩抄」でした。しかし、池田先生はこう言われたのです。「熟慮の末、第三代会長としては、やはり『報恩抄』でなければならない。まず、師匠への報恩から始めなければならない」と。先生の静かな決意は、今でも忘れることができません〉（小林宏の証言） 池田は戸田の七回忌に合わせて『報恩抄講義』を発刊した。 ある日、聖教新聞の刷り出しを池田に届けた。「生命力が弱って、惰性に流されているから、見てごらん。どのページ、どの写真を見ても、みんな迫力がないじゃないか」と諭された。「十年一日の信心であってはならない」と叱咤されたこともある。新聞に連載した「指導メモ」を担当し、単行本にするためゲラをまとめた際、池田から「3分の2は書き直したよ」と言われた時には肝を冷やした。 毎年の夏季講習会は、記事の宝庫だった。日蓮が誕生した理由は何か。池田は明快に論じた。「人間が一番大事です。（日蓮）大聖人様も人間のために出現なさった。組織のためや宗門のために出現なさったのではありません。一切衆生のためです。‶人間″が原点です。これが私の主張でありますし、創価学会の本源的原点であることを忘れないでください」 青年部との質問会で、女子部員が「人材の登用」について尋ねた。「池田先生が真っ先に言われたのが『人材は見つけるもの』でした。人材を見つけるには、見つける側の心が問われます。ある男子部員の人物評について、男子部幹部が先生にこう言ったのです。『彼はいい青年なのですが、ちょっと気が小さいところがあるんです』と。先生は微笑まれながら、おっしゃいました。『人の気が小さいのが気になるようでは、君も気が小さいね』」（小林宏の証言） 取材の端々で、「原水爆禁止宣言」を録音した日を、まざまざと思い出すことも度々だった。「キューバ危機」（1962年）の日々――。「第三次世界大戦が勃発するかもしれないという緊迫した状況の中、日本の著名な出版社が、日本の識者100人を選んで、緊急アンケートを行いました。『第三次世界大戦について』という項目があり、戦争が、①起きると思う、②起きないと思う、③分からない、という趣旨の選択事項に答えるものでした。皆、3つのうちのどれかに、○印を記入したのですが、一人だけ、印をつけない人がいました。それが池田先生でした。先生は、三項目の隣の空欄に、自ら、『断じて、起こさせてはならない』と書かれたそうです。アンケートを行った編集担当者も、これには驚き、先生の見識に深く感銘したと聞きました」（小林宏の証言）（P.162-165） 「地球民族主義」と「原水爆禁止宣言」 戸田の七回忌を迎える前年――池田は初の世界一周指導に臨んだ。経由地を含めると、アメリカの三都市、フランス、スイス、イタリア、レバノン、インド、タイ、香港、台湾（経由地の台北松山空港）である。 日本に戻った直後、男子部幹部会で「しみじみ痛感することは、あまりにも地球が狭くなっているという現実です」と切り出した（1963年2月1日、早稲田大学記念会堂〈当時〉）。そして、これからの指導者に必要なのは、日蓮仏法を根本にした「地球民族主義」と「原水爆禁止宣言」の精神である、と訴えた。この前後の心境を、次のように綴っている。〈アメリカから開始して東回りにヨーロッパの3カ国を訪れ、そしてインドへ、香港へ。1963年の1月、20日間の旅であった。「地球は狭いな」「完全にもう地球一体化の時代だ」 それが全身の実感であった。「時代はすっかり新しくなっている。それなのに人類の境涯の成長が追いついていない！ 意識が狭く、時代遅れになっている」 実は、帰国後すぐ再びアメリカに行き、ケネディ大統領と会見する予定になっていた。前年の秋、世界を「米ソ核戦争」の恐怖におとしいれたキューバ危機が起こっていた。その直後に、大統領から会いたいと連絡があったのである。 世界を回りながらも私は、大統領と語り合うべき内容に、しばしば思いをめぐらした〉〈指導者よ！ 子どもたちを殺すな！ いかなる大義名分を掲げようと、子どもを殺すような正義は絶対にない。 私はケネディ大統領に、恩師・戸田先生の「原水爆禁止宣言」と「地球民族主義」の哲学を語る決心であった。さらに「米ソ首脳会談」「世界首脳会議」の定期的開催を提案するつもりであった。その気になれば、すぐに集まれる時代ではないか！ 1月末に帰国し、私は会見の準備を続けていた。しかし日本の政治家から横槍が入り、私はやむなく会見の中止を決断した。純粋なる平和行動を、断じて政治に利用されたくなかったからだ。10カ月後の11月――大統領は暗殺された。地球が一瞬、暗くなった〉（2004年11月14日付「聖教新聞」） こうした行動を支える原理を、池田は男子部幹部会で1万5000人の参加者を前に話した。法華経に説かれる「三車火宅の譬え」である。“……慧心有ること無し、三界は安きこと無し、猶火宅の如し、衆苦充満して……”「衆苦充満です。三界、地球上は火宅のようなものです。ひとたび戦争が始まれば、どうなるかわからない。こういう現状であります。『慧心有ること無し』というのは智慧、正しい世界観、宇宙観、生命観をもっていないということであります。真実の幸福と平和を樹立しきっていくその正しい理念を、大哲学を指導者がもっていないという意味なのであります」「……来年4月には恩師の七回忌を迎えます。私は恩師なきあと、いつでも胸のなかにこびりついている一つのことがあります。それは、皆さん方もご存知のとおり、戸田先生の原水爆禁止宣言の声明であります。『いやしくも、わが弟子であるならば、全世界に向かって原水爆の禁止を、その、わしの主張をどんなことがあっても伝えていけ』こう戸田先生はいい残されました。私は戸田先生の遺志を体し、また皆さん方のご協力を得て、どうしてもこれだけは、この主張だけは、なにがなんでも人類のために、子孫のために伝えていかねばならない、いつもこういう念願でまいりました。その主張は何か。『原水爆を使った人間は死刑にせよ。たとえ勝者であっても、一国を守るために勝者であっても、その民衆は、民族は悪魔であり、サタンであり、怪物であるという思想を子孫末代まで全世界に伝えきっていきなさい』 こういう先生の教えであります。『われわれは、民衆は、生存の権利があるではないか。絶対に原水爆弾を落とさせてはならない。禁止させるべきである』と。 この先生の主張をば、私はどんなことがあっても皆さんとともに伝えきっていきたいと思います。がんばろうではありませんか」スピーチが続く。「……日夜の折伏活動もりっぱに、その方程式にかなっております。皆さん方の成長もまた、その恩師の主張のとおりにかなっている」――そのうえで池田は語る。「原水爆禁止の主張」、そして創価学会の「生命哲学」が突破口になることを「世界の大国の指導者に教えたい、聞いても聞かなくてもいいから訴えておきたい、こういう念願でありました」。 ケネディとの会見は日本の政治家に邪魔され、今回は見送るが、「はやかれおそかれ、たとえ聞いても聞かなくても、その恩師の主張をば、下は民衆の大きい波とし、上は全世界の責任ある指導者に、われわれのこの恩師の主張を、情熱をこめ、真心こめて、ともに訴えきっていこうではありませんか」。（P.166-169） 「師を宣揚するとはこういうことだ」 トップ同士が直接会うこと。話し合うこと。それを続けること。これらの提案を、池田は「SGIの日」記念提言などで繰り返し論じていく。 池田はその生涯で7000人を超える国家元首、オピニオンリーダー、大学の学長をはじめとする世界中の識者と対話を重ねた。同席した人の数を含めると数万人になる。「会い続ける」原点には、師である戸田城聖から託された「地球民族主義」と「原水爆禁止宣言」があった。 ケネディから会見の打診があった前後には、池田は「原水爆禁止宣言」を具体化するために、「生命の尊厳を解き明かした色心不二の日蓮仏法を全世界に知らしめる」「一対一の折伏が、原水爆禁止の着実な運動である」「一人ひとりが社会のあらゆる各層を担う指導者に成長する」 という3つの指針を掲げた（1962年9月、横浜・三ツ沢で行われた「若人の祭典」）。そして「どうか、日蓮正宗とか、創価学会とか、一宗一会の、偏狭な、小さい考えではなく、大聖人様の、まことの弟子として、全日本民衆、全世界人類を、堂々と救い切るという大信念をもって、また明日より、前進していこうではありませんか」と訴えた。 服部悦子は戸田の「原水爆禁止宣言」を聞いた時、中学3年生だった。「実際に宣言を聞いて、あの場にいた人たちだけでなく全世界に向けておっしゃったんだなと感じましたが、自分は何をすべきか分かっている人は、ほとんどいなかったように思います。それを具体的に教えてくださったのは、池田先生でした。私は、折伏が原水爆禁止への着実な運動になるとの先生の指導どおりに、静岡、長野へと折伏に走り抜きました」。「戸田先生が川崎市民会館の女子部の総会に来られた時、『女子部は幸せになりなさいよ』と言われて、他にもいろいろと話されましたが、あの一言だけは今でも耳に残っています」 松浦邦照は小学5年生だった。両親に連れられて参加した。「横浜駅から三ツ沢の競技場まで歩いて、三ツ沢の急な坂道を息を切らして上ったのを覚えています」。「母が『あの方が戸田先生で、おそばにおられる方が池田先生ですよ』と教えてくれました。まだ小学生で、師弟という言葉は知らなかったのですが、戸田先生をそばでしっかり守っている姿に感動したのです。宣言の中身はよく分かりませんでしたが、その後の池田先生の行動を知るにつれ、『師匠を宣揚するとは、こういうことなのだ』と痛感します。戸田先生、池田先生の平和のための行動を、いつも子や孫に話しています」（P.170-172）

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