「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇　開沼博氏

論理や合理性を超えた変化が起きる 今回、月刊『潮』2024年12月号から2025年7月号に掲載された「民衆こそ王者」を読みました。そこでは主に、奄美群島、八重山諸島、慶良間諸島、宮古列島、瀬戸内海や北海道の島々といった、地理的に日本の周縁とされる場所の創価学会員が取り上げられていました。 私は近年、「聖教新聞」の企画で全国の創価学会員を取材する機会をいただきました（『「外部」と見た創価学会の現場』として小社から刊行）。現在の学会員の方々に直接お話を伺い、現状を知ることができた一方で、「過去の創価学会はまた違った側面ももっていたんだろうな」と思っていました。その点、本連載には私が接していた範囲では見えなかった風景が描かれていました。 私が注目したのは、論理的には説明できない信仰の描写です。哲学に「主知主義（しゅちしゅぎ）」と「主意主義（しゅいしゅぎ）」という言葉があります。「主知主義」とは知性や理性に重きを置き、「主意主義」は人間の意志や欲求といった直観に重きを置く立場です。世間には宗教は非合理的だという固定観念がありますが、論理的、合理的に物事を説明しようとする姿勢は当然、宗教にもあります。本連載でも描かれているように、病気や経済苦、地域社会との軋轢といった困難があり、それを克服しようと信仰に励む。そうした人生の歩みは論理関係がはっきりしていて主知主義的です。 他方、創価学会が現代社会の中で大きな勢力を保っているのは、種々の宗教の中でも主意主義的な側面が充実しているからです。論理や合理性を超えて生き方が変わっていく、主意主義的な信仰のありようも確実にある。宗教だから当然なのですが、この二面性が両立しているのが創価学会の不思議なところであり、外部からは理解しにくい部分です。 たとえば2025年3月号にあった宮本松司さんと池田大作名誉会長との邂逅があります。直島（なおしま・瀬戸内海の離島）出身の宮本さんは生活に行き詰まって島を出たところで創価学会に入会します。その後、縁あって直島で会社を興すのですが、取引先とのゴルフに夢中になり業績は傾いていきます。そんな中、ゴルフで高松に出かけた帰り、会合を終えて家庭訪問へと向かう池田会長が乗った車両と偶然遭遇します。〈窓に大きく浮かんだ先生の気力にあふれた姿に触れた時、何とも言えない衝撃が貫いた〉〈頭の先から足の先まで電流が走り、私は金しばりにあったように身動きできなくなっていました〉。自宅に帰った宮本さんは唱題を行い、〈妻と娘に今日あったことを話し、これからは信心一筋に頑張るぞと宣言したのです〉。 これは、私のような信仰心のない人間からすると、どれだけ丁寧に文章にしてもよくわからないんです。宮本さんは池田会長と会って話したわけではなく、目があったわけでもない。でも、自ら「衝撃」を受けて生き方を変えていった。その存在感だけで人に衝撃を与えた。 学会員の方々にインタビューすると、高頻度で「池田先生に会った」と言う方に出会います。そういう方々に何人も話を聞いてきてわかったのは、その「会った」経験が、人生のターニングポイントであり、手触り感のある忘れ得ぬ思い出になっている。この経験をつくる仕組みが確立している。私はその経験がないので類推するしかないんですが、おそらく音楽とかスポーツ、そこにいるカリスマから得る衝撃に近いものなのかなと想像します。 さらに言うと、このカリスマ性は「伸び縮みする師弟関係」でもある。これが音楽やスポーツのカリスマによる「衝撃」とは違う。つまり、池田会長との師弟関係があり、もっと先に伸びると初代、第二代の会長がいて、さらに伸びたところには日蓮大聖人がいる。他方、身近には青年部、女性部や壮年部の先輩がいて、お世話になり、「衝撃」を日々咀嚼し生き方が変わっていく。 創価学会はこうやって国内外に広く、人々の心の中に根付いてきた、とあらためて実感しました。 創価学会を通じて「世界」につながる 『「外部」と見た創価学会の現場』で私は、日本社会の周縁において創価学会がどのような役割を果たしたのかを考えていました。 創価学会がなぜ拡大したのか。それは、1960年代から70年代にかけて地方から都市に多くの人々が流れ込み、精神的な充足を求める新住民のニーズに応えたからだ。これがこれまでの宗教社会学的研究による答えでした。もちろん間違ってはいない。ただ、それならばなぜどんな地方にも、島にも、つまり日本の周縁部でも創価学会が広がったのか。その理由はわかっていませんでした。 先日、奄美群島を「聖教新聞」の企画で訪れました。その際、「周縁なのに広まった」ではなく「周縁だからこそ広まった」のだという発見がありました。 離島のように中央から離れた周縁で生まれ育つと、どうしても生きる「世界」が狭くなってしまう。仕事も生活も、地元で閉じ、抜け道がない。そうした人生に創価学会は「別の軸」を入れる。伝統やしがらみとは異なる思考を促し、新たな人間関係の作り方、人生の目標の立て方を教える。 創価学会に入ることで、周縁で暮らす人々はより広い「世界」に接続した感覚をもつわけです。創価学会を媒介に「日本、世界に自分と同じ志、同じ価値観をもった人々がいる」と実感できる。 愛媛県の島で信仰に励んだ多勢タキ子（たせ・たきこ）さんは池田会長に「将来は、ちょっとハワイへ、夕涼みへという境涯になれるのですよ」と声をかけられます（2025年3月号）。「その時は自分の生活を顧みて半信半疑」だった多勢さんは、その後の人生の中で、ハワイで開かれた会合に参加した。創価学会に入っていなかったら、離島からハワイへと「世界」が広がらなかったかもしれない。 八重山諸島・由布島の西表正治（いりおもて・せいじ）さんも、池田会長の「八重山を日本のハワイに」という言葉を受けて島を開拓し、植物園をつくりあげた（2025年6月号）。地理的にも周縁の地が世界につながる。 社会学には「社会的再生産」という概念があります。社会のシステムや構造が維持される活動やプロセスのことです。悪い例で言えば、貧しい家庭や地域に生まれた子は、社会的リソース（資源）に恵まれず満足な教育を受けることができない。その結果、大人になっても親と似た境遇から抜け出せずに苦しむといったことです。 この「悪しき社会の再生産」を変えるには、リソースをかき混ぜることが必要です。本来そのためには教育―学校教育だけではなく、仕事に就いてからの社会教育の中で「もっと広い世界、異なる生き方がある」という出会いが用意されるべきです。そうした「かき混ぜ」による学びの場は、たとえば公民館とか地域団体とか、社会にはいろいろと用意はされてきた。ただ、既存の場のどこにもアクセスできない人々もいた。そうした人々に創価学会は応えた。 「日常ちゃんねる」は創価学会の「らしさ」 本連載は、創価学会が時代ごとにメディアを活用し、全国の会員と接続してきたというメディア論としても興味深く読めました。 メディアと宗教、そしてメディアと共同体や国家は歴史上、密接な関係にあります。グーテンベルクが活版印刷を可能にしたおかげで聖書が大量に印刷され、キリスト教の世界宗教化が格段に進みました。新聞や雑誌といった活字メディアがなければ、人々が特定の価値観を共有する国家という共同体は成立しなかった。逆に言えば、メディアをうまく活用した共同体はメンバーの紐帯（ちゅうたい）を強くします。創価学会の現状の勢力がメディアの使い方のうまさと密接であることは言うに及びません。 記事中、池田会長と作家の有吉佐和子との交流が言及されていました（前掲3月号）。池田会長は、高度成長期に有吉が離島を舞台にした小説を発表していることに注目します。 二人はともに近代化に伴う地域間格差の問題を考えていた。都市が発展していく一方、周縁は遅れていく。有吉はその周縁の人々の声を文章に落とし込み、小説を通じて中心と周縁をつなげようとしていた。これは、小説『人間革命』『新・人間革命』の多くの物語のモチーフとも通じます。また、創価学会は戦後まもなく「聖教新聞」を立ち上げた。さらに、会合は音声中継や衛星中継を経て、近年はモバイルSTBで発信されている。ユーチューブで「創価学会の日常ちゃんねる」や「公明党のサブチャンネル」を立ち上げて新しく動きだしていることも、創価学会のメディア史を振り返ると、とても「らしい」ことだと思います。つねにメディアの中心の潮流をよみ、周縁とつないでいるのです。 いま宗教団体に限らず、あらゆる中間集団が衰退傾向にあります。時代の変化の中で衰退する政党やオピニオンリーダーの中には過激な主張・パフォーマンスに走り排他的に先鋭化していく例があるのを思いつく人もいるでしょう。 とはいえ、反対に、外部に対してオープンになりすぎると、組織のエネルギーは分散して存続していくことが難しくなる。この点のバランスが創価学会は相対的にとれている。だから生き残っているのだと思います。 連載では、地元の共同体とのあいだに軋轢が起き、会員が「村八分」になったというエピソードが出てきます。その一方で、創価学会が地元の有力者や非学会員を招いてさまざまな催しを開いてきたことも描かれます。たとえば石垣島では伝統文化を披露する「八重山祭り」を行い、地元の共同体との調和に取り組んでいました。 ただ、一線は引かれている。つまり「創価学会に入っていようがいまいが幸せになれます」という話ではない。この線引きの中で創価学会は消えなかった。 選択肢が無数にある現代の課題 現在の国内の創価学会を担う多くはいわゆる「二世・三世」です。生まれたときから身近に信仰があり、ある意味で狭い選択肢から「活動すること」を選んでいます。また、かつての「一世」は紆余曲折を経て創価学会に入るのですが、当時は人生の選択肢がいまほど多くはなかった。 その点、現在の非学会員には極めて多くの選択肢が存在します。娯楽が溢れ、さまざまな仕事が選べる。孤独や孤立の問題も出ていますが、それを満たすサービスもたくさんある。その中で創価学会は選ばれにくくなっている。 さらに言えば、悩みも多様化しています。連載からも窺えるように、かつては貧病争を乗り越えようという問題意識を広い層が共有できた。ところが、いまは、かつてのように路上で生活する人がそこかしこにいるような、あからさまな貧困は不可視化かされ、寿命も延び、戦争の記憶も薄らいでいます。 一方で経済格差は広がり、メンタルヘルスやウェルビーイングの確保の問題は常に意識され、未来への希望ももちにくくなっている。となると、「一緒に信心頑張っていこう」と言うにも、共通の価値基盤がもちにくい。多様化する悩みにどう向き合うか。もしかすると、各会員の信仰のあり方や悩みを、細かく多様に捉えてメディアで発信することが重要になるかもしれません。そうしてこそ「この学会員が話している悩みは、自分と同じだ」と思ってもらえるのではないでしょうか。 とはいえ、記事中、草創期の創価学会員は、書籍やSTBのような布教に使える材料がいまより少ない中で折伏に励んでいました。つまり、座談会や一対一の対話など口伝えに信仰を継承していた。それはそれで大変だったでしょう。そもそも、いまのようにどこに行っても学会員がいて要所に会館があり、SGI（創価学会インタナショナル）も確立されている、という状況になかったわけで、いま以上に社会に理解されない得体のしれないものと見られる圧も当然強かったでしょう。折伏の中で言葉を鍛える意識がいまよりさらに強かったことは間違いありません。いまは変わるべき時期であり、頑張り時なのかもしれませんね。 どうやって師弟関係が生まれるのか 現代社会において宗教団体たる創価学会を成立させる根本にあるもの、学会員とその外との線引きの核心にあるもの。それは師弟関係です。学会員の方々はしばしば「師弟関係をもてて幸せです」という言い方をされます。 私を含め多くの研究者は学術的な師匠をもち、師弟関係を大切にしています。芸事・武道をやる方にもそれはあるでしょう。その意味で、創価学会の師弟のあり方を多少理解できると思います。 ただ、日本では多くの人が宗教を「葬式仏教」以上のものと捉えない。社会学的に言うと世俗化が徹底している。そんな現代社会においてなぜ宗教的な「師弟関係が生まれる」「師弟関係を感じる」という現象が生じるのか。このプロセスについては、まだ自分の中で整理しきれていません。師弟関係のない人が、創価学会のヒトとシステムに触れ、どのように池田会長との師弟関係をもつのか。「このような瞬間に師弟関係が自分にインストールされた」「こうした場面で師弟関係を実感した」といったエピソードをもっと読んでみたいと思います。 社会学者のマックス・ウェーバーも、カリスマや指導者のあり方に度々言及しています。その時々の社会にフィットした師弟関係を考えることは、社会の根本的な問題に直結しています。 2023年11月15日に、池田名誉会長は逝去されました。創価学会員はこれから池田名誉会長に直接会うことはできませんし、新たな文章やスピーチを通した激励を受け取ることはできません。今後、創価学会員はいかに師弟関係を維持するのか。これからも各地の創価学会員に話を聞きながら、考えていきたいと思います。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 社会学者・東京大学大学院准教授開沼博（かいぬま・ひろし）

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