スペシャルインタビュー 上野千鶴子さん 家族は波風を立てるから成長できる(下)
2023/05/10家族のつながりが苦しい、という声を上げる人が増えています。「家族だからわかり合える」という家族神話の一方、深刻な事件も。女性学の上野千鶴子さんは新聞紙上で母と娘や家族をめぐる悩みに回答し、愛のある明快なアドバイスが好評です。「家族の呪縛」を解くヒントを上野さんにお伺いしました。
(『パンプキン』2023年5月号より転載。取材・文=中島久美子 撮影=後藤さくら)
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夫婦間をわかり合えない、と諦めないで
子どもは親をよく見ている。「仮面夫婦を、子どもは見抜きます。それを続けていると、〝結婚って、夫婦ってこんなもの〟と思ってニヒリズムに陥ります。将来、結婚しなくていいや、とも思うでしょう」。本来「結婚も家族も、親自身がやってきてよかった。幸せだった。だからあなたにも味わってほしい」というのが基本だという。
「子どもは家族の中で大人になり、人間になっていきます。そのためにも、互いを選び合った夫婦が、ごまかしのない関係をつくっておきましょう。子どもは家族の中で、大人とは何か、大人同士はどういう関係の仕方をするのかを学ぶから。たとえその過程で別れることになったとしても、ごまかしのない関係ならリスペクトが残ります。子どもが20代になれば親は卒業です。卒婚もあるでしょう」
家族とは〝異文化〟の集団だという。「世代と性別の異なる人びとがつくりあげるのが家族。育ち方も文化も違います。家族は異質度が高い集団ですから、どんな結婚もある意味、国際結婚だと思えばいい。だから〝家族は異民族だ〟と思うのがポイント」だと上野さんはいう。
「中世史家、脇田晴子さんが亡くなられた時、偲ぶ会で残された夫が〝この人と一緒に過ごせて面白い人生やった〟とおっしゃいました。異文化だから、違いが楽しめる。夫婦でお互いの異文化を楽しむ。そうしたら最高じゃないでしょうか」
狭い世界に閉じこもらずに、家族が外とのつながりを持つ
長年、東大の教師として、多くの学生たちを見てきて、親の圧力を「はねかえす力のある子」と「はねかえす力のない子」の差は何だろう、と考えてきたという。ある時期から、学生たちに心の脆い子たちが目立つようになったのだ。
「親の期待に応えて東大まで来たものの、チック症や対人恐怖、摂食障害に苦しんでいる学生がいました。心が脆くなった原因は、親子関係にあると思いました。
親の過干渉や支配をはねのける生命力とか生きる力は、備わっているものなのか、育つものなのか。親と対決する力のある子どももいるけども、壊れる子どももいるんです。立ち向かう力があれば自分を守ろうとするけれど、侵入を許して壊れる子どももいますね」
親子関係だけではなく、子どもの世界が狭くなりすぎたことも原因ではないかという。
「学校と家庭以外の、他の生活を知らないのです。家族が閉じると、狭い世界に封じ込められてしまう。良い子ほど親と教師の顔色を見て忖度します。優等生って〝人の期待に応えてしまうパフォーマンス力の高い子ども〟のことです。しかも自分が嫌いなことでも平均以上にできてしまう子どもなんです」
そんな学生たちに上野さんは話しかけた。「〝ここまで一人でこれたと思うなよ。あなたには親のテマヒマ。おカネがかかっているんだよ。教育投資をした親は元を取る気でいるわよ〟と言うと、学生たちは顔が真っ暗になります。特に男の子が。でも、ちゃんとフォローをしますよ。〝日本にはとてもいい諺があってね、「子は3歳までに恩を返す」というの。だからあなたたちは、天使のような笑顔で、もうとっくに恩を返しているから、負債なんかないのよ〟。そうするとパッと顔が輝く。素直なの(笑)」
波風を立て、ぶつかって 家族は成長する
心が通じなかった親子が、時を経て和解することもある。『上野千鶴子がもっと文学を社会学する』に出てくる「極道の妻から弁護士へ」は、大平光代さんのエピソードだ。大平さんは学校でいじめに遭い絶望し、必死で転校を求める。だが母は世間体を優先した。荒れに荒れた娘の人生を賭けた抗議。十分なツケを払った両親。母親は自分の恥も悔いも含めてありのままを『だから、あなたも生きぬいて』に書くように言う。「和解」は間に合った。
「大平光代さんみたいに、立ち向かうパワーで母と娘が和解する生き方もありますよね。本人も傷つくし、親もボロボロになるけれど、そこをくぐったから、和解できる。親から逃げると、親は老いていくし、向き合わなかった後悔が後で出てくる。あの時代を生きた〝一人の女〟としてみれば、〝お母さんも大変だったね〟という見方も出てくると思います」
〝あの人が母親だったから自分の人生も面白くなった〟という例が、漫画家のヤマザキマリさん。
「『ヴィオラ母さん―私を育てた破天荒な母・リョウコ』では、演奏家のヤマザキさんのお母さんが、音楽を続けるために予告なしに引っ越したり、子どもたちを引き回す。子どもたちははた迷惑で辛い思いもしたけど、お母さんが自分のやりたいことを諦めないで進んだおかげで、子どもたちは負債感を持たずにすみました。『ムスコ物語』では、母になったヤマザキさんが息子をふりまわしたけれど、〝この母のおかげで、この世界のどこでも生きていく自信がついた〟と書いています。素晴らしい三代だと思います」
上野さんは、「幸せな人生より、ああ面白い人生だったなと思いたい」という。「その〝面白い〟には、厳しさも辛さも含まれています。平穏無事に過ごすことが素晴らしいのではなく、生き抜く力が大事だと思いますよ」
たとえば、波風立てずに子どもと接しようとすることで、思わぬことが起きている。
「東大生に正しい箸の持ち方を知らない子がいて、〝親に直されなかったの?〟と尋ねると、〝親は楽しい食事の時間をそんなことでフイにしたくないって〟と。小児科医の弟から聞いた話ですが、診察室で子どもに、〝ちょっと痛いけど我慢してね〟と言ったら、〝嫌がることはしないでください〟と親に止められたそうです。私はそういう親を‶愛情乞食〟と呼んでいます。子どもへの執着の裏返しで、子どもの顔色を見て対立を避け、子どもにはいい顔だけを見せたいというエゴイズムです。けれども、それは、子どもの〝生きる力〟を奪うことになります。波風を立てるというのは、ごまかしのない関係を一番身近な人と結ぶということですから」
家族と子どもの生きる力には、深い相互関係がある。
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社会学者
上野千鶴子(うえの・ちづこ)
社会学博士。1948年富山県生まれ。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー研究の第一人者。京都大学大学院社会学博士課程修了。93年東京大学文学部助教授に。95~2011年、東京大学大学院人文社会系研究科教授。『家父長制と資本制』『おひとりさまの老後』『在宅ひとり死のススメ』など多数の著書がある。