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「賃金の引き上げ」こそ、最も有効な物価高騰対策だ。(下)

生活を直撃している物価高。コロナ禍を経て社会・経済が大きく動き出している今、どのように生活者を守っていくのか。物価研究の第一人者である渡辺努東京大学大学院経済学研究科教授と石井啓一公明党幹事長が解決への方途を探る。
(『潮』2023年6月号より転載、全2回中の2回目。)

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根本的な対策は賃金の引き上げ


石井 公明党としては、現下の状況に対する根本的な対策は賃金の引き上げだと考えています。ところが昨年物価が上がり始めた頃にはすでに春闘が終わっていたため、ひとまずは“対症療法”としての対策をやらざるを得ませんでした。

具体的には、エネルギーや穀物、飼料の価格高騰の対策を国が主導する形で始め、加えて現場の声を踏まえたきめ細かな対応ができるように地方創生臨時交付金を活用して自治体単位で対策を講じてもらえるようにしました。昨年秋の臨時国会で組んだ補正予算には燃油高騰対策の継続を盛り込み、コロナと物価対策の予備費を新たに4兆円確保しました。この3月には追加策として、予備費を活用した地方創生臨時交付金の第2弾を政府に申し入れたところです。

細かな話をすると、都市ガスの事業者への補助金はすでに実施しているものの、LPガスの事業者にはまだ対策が打てていません。理由は都市ガスに比べて、LPガスの事業者は零細企業も多く、事業者数があまりにも多いからです。そこでLPガスに関しては、地方創生臨時交付金を活用して、事業者ではなく消費者を直接支援できるようにするつもりです。

渡辺 根本的な対策は賃金の引き上げであるものの、時期的にその実現が難しかったという点はよく理解できます。その上で、いわゆる“対症療法”としての対策については、研究者の多くは次のように考えています。

説明があった補助金によって物価の上昇をなかったことにする施策は、経済学の言葉では「プライスコントロール」と呼ばれるものです。このプライスコントロールは、過去にも様々な国で行われてきましたが、補助金を出す対象を決める基準や補助金を出す期間などを巡って線引きが難しく、洋の東西を問わずあくまで対症療法としての効果に留まる対策と言えます。

それでは、政府として物価高から生活者を守っていくためにどのような対応を行っていくべきか。インフレが起きた時には、根源的にはやはり幹事長がおっしゃったように賃金を上げることが必須であると思います。減税なども含め生活者の手取りを増やすことで物価の高騰に対応してもらう。理論的には、そうした政策が正解に近いのではないでしょうか。

 

最大の課題は中小企業の賃上げ


石井 賃金の引き上げについて、最も大きな課題は中小企業がどこまで賃上げできるかどうかです。特に大企業の下請けをしている中小企業は、原材料費のコスト高を価格転嫁できないなど、交渉力が弱い状態にあります。そこはきちんと価格転嫁ができるように政治的なメッセージを出しています。具体的には、公正取引委員会や下請けGメンを活用して、価格転嫁をさせない事業者名の公表も含めた措置を行います。

 中小企業の側も生産性を向上させて、利益が出やすい体質に変えていかなければいけません。そのための補助金や、賃上げを行った企業に対する税制面の支援(法人税を支払っている企業が対象)など、中小企業の賃上げにつながる環境整備に公明党として力を入れているところです。

渡辺 とても重要かつ正しい施策です。価格転嫁は賃上げにつながりますので、ぜひとも推し進めていただだきたいと思います。より多くの中小企業を支援するためには税制面に限らず、賃上げの原資の一部を政府が補填する形でもよいかもしれません。

石井 また、直接的な賃上げとは少し違いますが、先述の労働供給の不足を解消するためには、“収入の壁”(税や社会保険料の支払い義務が生じる給与水準)を突破する必要があるでしょう。パートで働く主婦(夫)の方々は収入の壁を超過すると手取りがかえって減ってしまうため、労働時間を抑えてしまっている。働きたいのに制度が壁になって思うように働けない現状を変えていくことは、実際に収入を増やすことにもつながっていきます。この点について政府として、また公明党としてどのような支援ができるか検討を進めているところです。

渡辺 日本も経済活動が活発化してきているので、先行していた欧米に倣う形で労働供給の不足がこれからますます深刻化することが危惧されます。そうした意味からも“収入の壁”によって働けるけれど十分に働けていない人々に労働供給を支えてもらうことは極めて重要です。

 

物価と賃金の上昇という循環

石井 渡辺先生は賃上げのためには何が最も重要だとお考えですか。

渡辺 まずは現状を正確に認識することでしょう。私も取材に協力したのですが、今年の2月に放送されたNHKの「クローズアップ現代」では、日本の若者たちの海外への出稼ぎが取り上げられました。オーストラリアで介護士として働く女性も、ブルーベリー農場で働く男性も、収入は日本で働いていたころの2倍から3倍に増えているそうで、それでいて余暇の時間もしっかり取れると言います。

石井 3倍というのは驚くべき数字ですね。

渡辺 日本の賃金が据え置かれてきたあいだに、それほどまでに海外との差が開いてしまったということです。そうした現状を踏まえた上で、最も重要なことは物価と賃金の上昇という循環を継続していくことです。前述の通り日本では昨年4月に物価が上昇し始め、今年の春闘で賃金が上がりました。これで一巡です。重要なことは、この循環を毎年繰り返していくことです。他国も同じように物価も賃金も2%から3%上げ続けるのです。

 また、政府による直接的な施策として、最低賃金の引き上げも大事な取り組みだと思います。岸田文雄首相は最低賃金を時給1000円に上げる目標を示しました。理想を言えば、来年や再来年の見通しも立てて公表してもらいたい。そうすれば、中小企業の労働組合の交渉や、企業の中期的な計画にも役立つはずです。ぜひ公明党のイニシアティブで進めてもらいたいと思います。



石井 公明党には中小企業の経営者から多くの声が寄せられます。現場感覚をもって対策を打てるのが公明党の強みです。また、生活に困窮するような人々へのきめ細かな目配りも公明党の大切な役割だと思っています。その一方で、大きな意味で日本経済をしっかりと立て直さないといけません。経済構造の改革と現場の課題、その両方が大切だと考えています。

渡辺 自民党はどうしてもグローバルな大企業に目がいきがちです。もちろん、グローバルなマーケットで活躍できる環境整備は日本経済にとって非常に重要な課題ですので、私はそれでよいと思います。しかし、日本はグローバルな企業だけで成り立っているわけではありません。むしろ、グローバルな企業に合わせた制度を作れば作るほど、中小企業に歪やしわ寄せがいってしまう。自民党とは違う視点でその歪みを丁寧に是正することが必要であり、それは公明党が実際にこれまでやられてきたことだと思います。中小企業の価格転嫁と賃上げがこれからのキーワードです。このテーマに与党としての実行力を持ちながら、きちんと対応できるのは公明党しかないと思います。

石井 ありがとうございます。今回の危機は長年デフレで苦しんできた日本経済を大きく転換するチャンスでもあるはずです。そのためにも公明党は今後も課せられた政治的使命を全力で果たしてまいります。

 

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東京大学大学院経済学研究科教授
渡辺努(わたなべ・つとむ)

1959年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒業。ハーバード大学博士。日本銀行勤務を経て、現職。専門はマクロ経済学。著書に『世界インフレの謎』など。

公明党幹事長/衆議院議員
石井啓一(いしい・けいいち)
1958年東京都生まれ。東京大学工学部土木工学科卒業。建設省(現・国土交通省)を経て衆議院議員。現在、10期目。公明党政務調査会長、国土交通大臣などを歴任。