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刑務所という終の棲家――介護と出所

累犯者、という言葉をご存知だろうか。
刑期を終えて出所したものの再び犯罪をおかし、それが3回以上繰り返されることを「累犯」と呼ぶ。
現在、高齢者の累犯者が増えているという。
高齢受刑者と切り離せない問題になっている介護と、受刑者の出所後の人生を支える方々に実態を伺った。

ノンフィクション作家・石井光太が"無縁高齢化"社会に生きる人々をおった書籍『無縁老人 高齢者福祉の最前線』から一部を抜粋して紹介する。

 

黒い黄昏

 

 鳥取刑務所庶務課長の梶山勉氏は、鳥取刑務所に勤める介護福祉士の佐藤絵理沙氏(仮名、26歳)を紹介してくれた。

介護と出所

 会議室に現れた佐藤氏は、白衣をまとった若々しい女性だった。
 もともと佐藤氏は鳥取刑務所内で事務の仕事をしていたそうだ。そんなある日、刑務所が受刑者の高齢化に伴って介護福祉士を募集しはじめた。佐藤氏は偶然その資格を持っていたことから、事務とは別の仕事をしたいと考え、介護福祉士として働くことにしたという。以来、彼女は高齢の累犯者と向き合ってきた。

 佐藤氏は次のように語る。
「鳥取刑務所の受刑者の1割強が、65歳以上の高齢者です。そのため、体調不良などを申し出てくる受刑者が数多くいます。悩みは人それぞれですが、やはり高齢者特有のものが多い印象があります」

 受刑者が体調不良を訴えた場合、最初に3名いる准看護師が、相談に乗る決まりになっている。高齢者の場合、「腰の痛み」「尿漏れ」「排便困難」「古傷の痛み」といった内容が多いそうだ。中には覚醒剤の後遺症の苦しみを訴えられることもある。

 この准看護師たちの役割は、スクリーニング(ふるい分け)だ。作業を怠けるために仮病を使う受刑者もいるので、症状が本当かどうかを見分けなければならないのだ。もし受刑者が本当に体調不良で苦しんでいると判断すれば、刑務所に勤める医師につないで治療を行い、そこで対応できないほど重症であれば、医療刑務所、もしくは外部の病院へ移すことになる。

 介護福祉士の仕事は、このような受刑者のうち日常的に介護を必要とする者への対応だ。内容は一般的な高齢者に対するものと同じであり、認知症の受刑者への対応なども含まれる。

 佐藤氏は語る。

「今の鳥取刑務所の受刑者の最高齢は80代です。高齢者が増えれば、自然と介護が必要な人も増えます。それで、介護福祉士が求められるようになったのです。仕事の内容は、受刑者の身体機能の衰えを防ぐためのリハビリや、おむつ交換といったものです。入浴介助も検討されたのですが、私が女性であるために安全が確保できないとの判断で今はやっていません」

 70代の高齢者が7、8年の懲役刑を受けて入所すると、収監中に身体がみるみるうちに衰えていくことも少なくない。足腰を悪くして自力で動き回ることができなくなれば、出所後の生活は困難を極める。そのため、なるべく運動機能が弱まらないように、刑務所内でリハビリを行う必要があるのだ。

 佐藤氏が印象に残っている74歳の受刑者がいる。覚醒剤の使用で、9回の逮捕歴がある男性だ。

 2015年に彼が刑務所にやってきた時はそこまで心身に不自由は見られなかった。だが、間もなくして急に認知症の症状が現れた。見る見る間に悪化していき、すぐに教官の指示が理解できなくなり、面会中も眠ることが増え、ついには自分がどこにいるかもわからなくなった。間もなく身体機能も衰え、寝たきりになった。

 佐藤氏はこの受刑者に対して懸命にリハビリを行ったが、認知症と身体機能の低下を止めることはできなかった。これほど急激に認知症が悪化したのは長年やってきた覚醒剤の影響もあったのかもしれない。最終的に、彼は刑務所内で要介護4の認定を受け、排泄、着衣、入浴、食事などは介護を要する状態になった。

 佐藤氏は言う。

「3年の刑期を終えて彼は出所することになりましたが、一人では生きていけませんので、受け入れ先を探さなければなりませんでした。彼には弟さんと息子さんがいたのですが、いろいろあって縁が切れていたらしく、どちらからもお返事をいただけませんでした。そうなると、介護施設に託すことになります。でも、どの施設も満員で、出所したばかりの人を受け入れるような余裕はありません。それで自立準備ホームに引き取ってもらい、そこからショートステイに通わせている間に、特別養護老人ホームを探すことにしたのです」

 受刑者の多くは、家族と疎遠になっているため、引受人が見つからない。だからといって、簡単に介護施設に入れるわけでもないのだ。

 ここで、受刑者の出所のプロセスを押さえておきたい。
 刑務所から出所するパターンは、基本的に2通りだ。仮釈放の場合は引受人のところに身を寄せることになり、満期出所の場合は一人で出所することになる。

 ただし、先述の通り、受刑者によっては心身の衰えによって社会復帰後の自立した生活が困難な者がいる。そういう者については、「特別調整」といって刑務所が探した社会の受け皿へ引き渡す。

著作者:rawpixel.com/出典:Freepik


 鳥取刑務所で特別調整を担っているのが、社会福祉士の田村冴子氏(仮名、40歳)だ。田村氏はこう述べる。

「特別調整の仕事は、受刑者の中から福祉の支援が必要な者をピックアップして、出所後の生活をサポートすることです。受刑者一人ひとりの状態を調べ、福祉サービスを受けるべきだと判断した場合は、面接を行います。昨年は約30名と面接をしましたので、受刑者の約1割が福祉につなぐ必要がある者ということになります。本人が面接で特別調整を受けることに同意すれば、決められた手続きに入ります」

 特別調整の対象者になるには、「住所がない人」「自立した生活が難しい人」「本人が福祉の支援を必要としている」「65歳以上の高齢者」「障害や病気があること」といった条件がある。

 面接で受刑者が特別調整を承諾すれば、田村氏は受刑者に障害者手帳の交付や公的年金等の受給をさせたり、特別養護老人ホームやヘルパーの申請をしたりする。たとえば、先に述べた74歳の受刑者の場合は、刑務所にいる間に住所変更をし、介護保険の申請をして要介護4の認定をしてもらい、出所後にショートステイをつけられるよう手続きをしたという。

 だが、実際に面接をしても、すべての受刑者が特別調整を受け入れるわけではない。去年の出所者で言えば、対象者はわずか9名だけだ。なぜなのか。田村氏は説明する。

「受刑者たちは、施設に入れば行動を制限されるのを知っています。施設ではお酒が飲めなかったり、お小遣いが決められていたり、外出に規制があったりする。それで、施設での生活を嫌がるのです。また、もともと集団生活が苦手で、頻繁に人とぶつかってしまう人が多いので、施設で見ず知らずの人たちと生活することをよしとしない。それで特別調整を拒否するのです」

 受刑者のうち、障害者手帳を持っているのは35名。おおよそ1割が障害者ということになる。だが、彼らの一部は自分が障害者であることを認めず、手帳の申請を拒否するという。

 また、精神疾患の症状が顕著で一般の生活ができない者もいる。鳥取刑務所の受刑者の罪名で一番多いのが覚醒剤使用(34.9%)だが、中には幻覚や幻聴に苦しんでいたり、精神を病んでいたりする者もいる。こうした者たちは、出所後直ちに病院へつないで治療を継続させる必要があるのだが、受け入れ先を見つけるのは困難だという。

 田村氏はつづける。

「薬物の受刑者は暴力団関係者もいます。刺青があったり、指がなかったりする。そうなると、施設の側から受け入れを断られることがあるのです。また、ようやく病院が見つかっても、ずっとそこに入院しつづけることはできません。そうすると、退院した後、誰からもサポートを受けられないまま、また犯罪をくり返すことになります」

 鳥取刑務所では、受刑者の45%が暴力団関係者だ。彼らは、暴対法や暴排条例によって銀行口座を開設できないなど様々な制約を受けている今、彼らの出所後の生活という新たな課題も出てきているのだ。

 田村氏は語る。

「私の希望としては、65歳以上の受刑者の大部分は特別調整を受けた方がいいと思っています。高齢の出所者が社会復帰するのは簡単ではありません。福祉とつながることは、再犯の予防にもなります。私としては、面接を重ねて説得していくしかないと思っています」

 

地域生活定着支援センター

 刑務所の特別調整では、田村氏のような社会福祉士が受け入れ先探しを1から10まですべて行うわけではない。外部の専門機関と協力しながら探すのだ。その専門機関の一つが、各都道府県に設置されている地域生活定着支援センターだ。出所した元受刑者たちの定住先を探すための機関である。

 鳥取県地域生活定着支援センターは、鳥取駅近くのビルの4階にオフィスを構えている。県の委託を受けた社会福祉法人「鳥取県厚生事業団」が運営しており、所長を含め、現在は4名の相談員が働いている。

 所長の嶋崎佳代子氏は語る。

「うちの業務は出所前から出所後の生活に関する支援になります。まず刑務所から保護観察所に連絡が行き、そこから当センターにこういう受刑者が出所するので支援をしてくれないかという依頼が来ます。鳥取刑務所であれば出所の6カ月前、他県の刑務所であれば10カ月前に相談が来ることになっていて、出所前から刑務所で面会を重ねて今後どうしていきたいかといった希望を聞いて準備をします。地元に帰るのか、そうでなければ他に行く当てはあるのか、施設へ入る意思はあるのか、だとしたらどういう施設がいいのか。人それぞれ希望は違いますし、実現可能なことと不可能なことがあるので話し合いを重ねます。面会は出所までおおむね3回から10回くらいします」

 センターでは、ここ8年間で合計105名に対する支援を行った。もっとも多い年齢層は、60代から70代。犯罪でいえば、窃盗が8割、無銭飲食が1割、その他が1割だ。

 嶋崎氏はつづける。
「うちが支援する出所者の大半は、年齢的にも身体的にも就労して生活費を稼ぐ能力がありません。これまで一般就労にこぎつけられたのは、100人以上いて1人だけですね。障害者手帳を持っているのも全体の4割にすぎないので、残りの6割については生活保護を受給してもらっています」

 一人暮らしをするにせよ、施設に入るにせよ、生活保護を受給しなければ生きていくことが難しい人ばかりなのだ。

 ただ、福祉の恩恵にあずかれたからといって、出所者の受け入れ先がすぐに決まるわけではない。ほとんどの場合は、出所後は一時的に自立準備ホームや更生保護施設に入ってもらう。その間に、センターの職員があちらこちらを駆けずり回って受け入れ先を探すのだ。半数は施設(障害者支援施設、養護老人ホーム、救護施設、ケアハウス、自立訓練施設など)で、もう半数がアパートや公営住宅に入居する。一人暮らしをする者も、生活に不安があるのでデイサービスなど福祉につなぐのが一般的だ。


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 同センターの相談員の鎌谷翔平氏は語る。

「私たちの目標は、単に定住先を見つけることだけではありません。出所者たちを社会と結びつけることで、再犯を防ぐことを目標としています。そのため、施設ではなくアパートなどで一人暮らしをすることを選んだ人に対しても、地域の囲碁教室でボランティア活動をすることを勧めたり、シルバー人材センターに登録してもらったりします。誰かと接点を持っていることが、再犯抑止の一助になるのです」

 たしかに私が刑務所で出会った受刑者たちは、ほとんど他者や社会との結びつきを持っていなかった。だからこそ、彼らは極めて自分本位な理由で罪を犯し、反省をしようともしない。逆に言えば、社会に根を下ろした生活をしていれば、それを壊すような犯罪に走る率は低くなるのだ。

 とはいえ、地域の人たちは出所者を簡単に受け入れてくれるものなのだろうか。鎌谷氏は答える。

「センターができてこの事業がスタートしたばかりの頃は、社会の無理解を痛感したことも度々ありました。しかし、私たちが施設に通って何度も説明をし、成功事例をつみ重ねたことで、少しずつ理解者が増えていきました。前科者も自分たちと変わらない普通の人だと思っていただいたり、出所者のために一肌脱ごうという人が現れたりしたのです。おかげで、これまでで20カ所くらいの施設に受け入れ実績ができました」

 施設に出所者を迎え入れてもらうには、何よりセンターとの信頼関係が欠かせない。出所者の中には、そこでの人間関係がうまくいかず、トラブルを起こしてしまう者もいる。そんな時は、センターの職員が即座に駆けつけて解決する。そうしたことを重ねていくことの中で、関係ができていくのだ。

「大多数の出所者たちは、対人関係どころか生活能力にも乏しいです。電気代の支払い方がわからない、一人で買い物ができない、書類を書けない、病院へ行きたがらない……。そういうところまで、私たちはサポートしなければなりません。そこまでやってどうにか生活することができるのです。センターの仕事は受け入れ先を探すことと考えられがちですが、仕事の8割はその先の生活のサポートなのです」

 実際に支援を受けた出所者の再犯率は格段に下がるという。

「これまで支援をした105名の出所者は、ほぼすべて累犯です。しかし、うちがその後のサポートをしているので、刑務所への再入所率は1~2割程度。逆に言えば、8割以上の人が犯罪をしていないということです」

 センターの取り組みは再犯を減らすことに役立っている。だとしたら、センターの職員が出所者と関係性を構築するための秘訣はあるのだろうか。

 鎌谷氏は答える。

「これをすれば、すべてがうまくいくということはありません。ただ、私たちがかかわる出所者の方々はみなコミュニケーションを取るのが苦手です。だからこそ、私たちの方から積極的に働きかけていかなければならない。生活の支援をしたり、問題解決の手伝いをしたり、伝えたいことを代弁したりする。そういうことをやっていくことによって信頼関係が生まれていくのです」

 鎌谷氏はこの仕事をするまで出所者に会ったことがなかったという。それゆえ、漠然と「怖い人」という印象しかなかったそうだ。

 ところが、センターで働きはじめてイメージが大きく変わった。ここに来る出所者は、必ずしも幸せな人生を送ってきたわけではない。家族から愛情を受けた経験がない、親の顔を知らない、虐待経験がある、学校でいじめに遭っていた、障害を抱えている、施設を転々として生きてきた、真当な人間に出会ったことがない……。社会での生き方すら教えてもらえず、生きるために何十年も犯罪を重ねてきた人たちを何人も見てきた。

 鎌谷氏は言う。

「出所者を見ていて感じるのは、もっと早い段階で何かしらの支援があれば、累犯者になることはなかったということです。それがないからずるずると犯罪をくり返すことになった。私たちが彼らを社会とつないでいくことで再犯が減るという実績を上げていけば、自ずとその重要性も認知されていくと思っています」

 刑務所で受刑者一人にかかる費用は、年間300万円と言われている。これに彼らがこれまで犯した罪による経済的損失、出所後の生活保護や福祉支援などにかかる金額を合計すれば、その額は計り知れない。

 罪を犯した者を批判するのは簡単だ。だが、彼らを社会にきちんと迎え入れない限り、ひたすら社会的損失だけが膨らんでいくことになる。ならば、私たちは彼らに対してどう向き合うべきなのか。

 刑務所やセンターで聞いた言葉に、そのヒントがあるのではないだろうか。

(2018年取材)

 

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誰もがそう願っている。誰もが懸命にそれぞれの「時代」を生きてきた。そのはずなのに……。
なぜ、高齢者は刑務所に入りたがるのか。
なぜ、遺族は遺骨を引き取ろうとしないのか。
なぜ、廃墟の島に一人残ろうとするのか。
なぜ、ドヤ街に高齢者が溢れるのか。
いったい彼らは、どこで社会から切り離されてしまったのか……。

誰ひとり取り残さない――。福祉の最前線で立ち向かう人々の奮闘に迫る!
日本社会が抱える闇に一筋の光を見出す渾身のルポルタージュ!

 




『無縁老人 高齢者福祉の最前線』石井光太著、定価:2200円(税込)、発行年月:2024年2月、判型/造本:四六並製/296ページ

商品詳細はコチラ

 

第1章 黒い黄昏
刑務所という終の棲家――累犯者
暴力化する介護――高齢者虐待
腐朽する肉体――孤独死
第2章 過ぎし日の記憶
海の怪物との戦記――捕鯨
黒いダイヤの孤島――炭鉱
第3章 日本最大のドヤ街の今
ドヤ街の盛衰――就労支援
命の牙城――LGBTQ高齢者介護
名のない墓碑――葬儀
第4章 忘れられた日本人
隔離と爆撃――ハンセン病
闇に花を咲かせる――ハンセン病
祖国は幻か――中国残留日本人
第5章 高齢者大国の桃源郷へ
死の淵の傾聴――自殺
もう一つの実家――介護
村はなぜ、女性長寿日本一なのか――寿命

 

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ノンフィクション作家
石井 光太(いしい・こうた)
1977年東京都生まれ。2005年にアジア諸国の障害者や物乞いをルポした『物乞う仏陀』でデビュー。ノンフィクションを中心に、小説や児童書など幅広く執筆活動を行う。
主な著書に『漂流児童』『遺体』『浮浪児 1945-』『「鬼畜」の家』『こどもホスピスの奇跡』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『ぼくたちは なぜ、学校へ行くのか。』『教育虐待』『世界と比べてわかる 日本の貧困のリアル』など多数。

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