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【対談】 待つ、そして聴く―― 心の奥の「言葉」を探しに行こう

情報が複雑化し、スピード社会が進む現代において、人々が本当に求めている「つながり」とは?心理カウンセラーの中元日芽香さんと、株式会社バトンズ代表の古賀史健さんに、『「つながり」のある社会』をテーマに、自分の言葉で考え、表現することの大切さについて語っていただきました。
(『潮』2024年5月号から転載。撮影=富本真之)
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書くことで自分を受け入れる

古賀 中元さんは昨年12月に『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』という本を発表されました。ウェブメディアで募集した悩みに、心理カウンセラーの中元さんが答えていくという内容で、とても興味深く読ませていただきました。

中元 ありがとうございます。

古賀 今回、悩みや葛藤を言葉にするというテーマをいただいたんですが、こちらの本は、慎重に言葉を選びながら読者に寄り添うように書かれていて、自分の言葉を持った方なんだなと思いました。

中元 ライターさんがお手伝いしてくれるやり方もあると聞いたことはありました。でも、私の場合はアイドルだったころにブログの文章を褒めていただいたこともあり、はじめから自分で書きたいと思っていました。

古賀 私はライターで編集者なのでよくわかるのですが、言葉を探して書いていく作業は大変なことですよね。

中元 『なんでも聴くよ。』の前に、アイドル時代から心理カウンセラーになるまでのことを執筆したときは大変でした。当時は適応障害があり、いまよりも感情の起伏がまだ大きかったので。

古賀 書くことで、それまでの自分を受け入れていくという感覚が、とくに一冊目のときにはあったのではないでしょうか。

中元 そうですね。過去の経験を、ちゃんと過去に置いてくることができたというか……。執筆のきっかけは、アイドルを休業していた時期に簡単には表せない悶々とした思いがあったことでした。これを心のなかに留めていてはどこにも進めない。なんとか表現しなければと思い書き始めました。振り返れば、書く作業を通して過去の出来事へのモヤモヤした思いにピリオドを打つことができたと思います。

古賀 『なんでも聴くよ。』のなかで「自分を好きになれない人へ」という章がありました。いまのお話を伺って、自分を好きになる手前の段階に、自分を許して肯定していく作業がまず必要なんだろうなと気がつきました。それには、文章を書いたり、誰かに話したりするような「言葉にする」ことがきっと役に立つのでしょう。

中元 古賀さんも昨年、『さみしい夜にはペンを持て』という本を出されていらっしゃいますよね。うみのなか中学校を舞台に、口下手でいじめられっ子のタコジロー君が不思議なヤドカリのおじさんと出会って、自分で考えることの大切さや、その考えを自分の言葉で日記に書くことの意味を知っていく、という寓話になっていました。私はもともと日記をつけていたのですが、この本を読みボールペンではなくシャープペンで書くようにしました(笑)。やっぱり書き直しができることは大切だと感じたので。

古賀 言葉を選び直せるのがいいですよね。ペンだと綺麗に消せなくて、字を間違うとそれだけで挫けてしまったりしますし。(笑)

中元 本のなかで、ヤドカリのおじさんがとても聞き上手で。抱えた感情を言葉にするのに慣れていないタコジロー君の話を、古賀さんがヤドカリのおじさんに成り代わってじっくり聴いてあげているように感じました。

「子どもの目」で立ち止まって考える

古賀 「きく」には3通りあると思うんです。つまり「聞く」「聴く」「訊く」です。僕はインタビューの仕事をもう20年以上やっていますが、インタビューは的確に質問する「訊く」が大事だと思われがちです。でも本当は「聴く」だと思うんです。相手が話しやすい空気をつくって耳を傾けることが重要。できるだけいい聴き手になろうと意識しています。
 本書は中学生に読んでもらいたいと思ってつくったので、中学生のころの自分といまの自分が話すようなイメージで書きました。

中元 タコジロー君のほうは、結論を急いだりせずに思ったことや疑問をヤドカリのおじさんに話します。大人になった私からすれば、当たりまえとして通り過ぎてしまいそうなことでも、じっくり掘り下げてくれる。だから、子どもだけでなく大人にも中学生に戻った気持ちで、書くこと・考えることの意味を再発見させてくれるのではないでしょうか。

古賀 大人の読者からの声で多いのは、「子どものために買ったけど、先に自分が読んでみたら面白くて日記を書き始めました」というものなんです。
 考えること、書くことは誰にでもできるし、できていると思われがちです。でも、大人になると忙しくなって見過ごしてしまう感情や疑問がたくさんあると思うんです。そこで立ち止まって疑問に思える「子どもの目」は、誰にとっても大切なことだと感じます。

中元 子ども目線で書くことは難しくなかったのですか。

古賀 実際に中学生に取材したり、子育て中の編集者に話を聞いたりして一生懸命にやりました。

中元 本当に中学生の子が喋っているみたいでした。取材したからこそリアリティがあるのですね。

古賀 子どもや若い人の流行り言葉って、それでしか表せないものがあると思うんです。彼らがいま何を求めて、どんな感情を抱いているのかということに、できるだけ寄り添いたかったんです。

似ている悩みもその人だけのもの

古賀 『なんでも聴くよ。』は文章なんですが、言葉のやりとりとしては実際のカウンセリングに近いんじゃないでしょうか。最初に読んで印象に残ったのは、悩みに回答する際、中元さんが必ず相手の名前を呼んでいるところです。

中元 そこは意識していました。本の相談者さんはペンネームでしたが、カウンセリングでもお名前を声に出して呼ぶようにしています。悩みの概形が似ていたとしても、そのストーリーは相談者さん一人ひとり異なっています。だから「これはこの人の悩みなんだよ」と示したくて、本でもお名前を呼ぶようにしました。

古賀 新聞などの人生相談って、経験豊かな人が高いところから相談者に語るものが多い気がします。しかも、相談者一人というより不特定多数の読者を見ているような。その点、中元さんは常に相談者その人に語りかけていますよね。これはカウンセリングを実際にやっている人でないと書けないと思いました。大所高所から広く人生を語るのではなくて、今日どう生きるか、明日どう生きるかということにフォーカスされている。他の人生相談とはまったく違うものになっていてよかったです。

中元 前著を執筆したときには、自分自身の経験不足に引け目を感じていたのですが、そう言っていただけるとこれまでの経験も間違いではなかったと思えます。

どんな言葉も受け入れる

古賀 カウンセリングで、たとえば希死念慮がある方とかLGBTQの方とか、相談されても答えるのが難しいお悩みに対しては、どうお声がけされてるんですか。

中元 必要な知識は事前に頭のなかへ入れておくようにしますが、私の主観や思想はいったん横に置いて、まずはクライアントさんがなんでも話しやすい雰囲気をつくるようにしています。何か特定の方向に誘導するのではなく、あくまですべて受け入れる姿勢を心がける。クライアントさんから受け取った言葉を手掛かりに、その人の世界を想像して、そのなかで相手が本当に望んでいるところへ近づいていこう、と。

古賀 お話を聞いていて、映画「ゴッドファーザー」のワンシーンを想起しました。3部作の最終章で、アル・パチーノ演じるマフィアのドン、マイケル・コルレオーネは過去に犯した数々の罪に苦しみ、枢機卿に懺悔をするんです。カウンセリングが発達する前は、教会の懺悔室などでの罪の告白がセラピーの機能を果たしていたんじゃないか、という気がしました。

中元 カウンセリングでクライアントさんが話したことは原則として秘匿されます。仮にクライアントさんが罪悪感に苛まれるようなことをしていたとしても、まずはそれを受け止めるのがカウンセリングだと思うのです。こちらが受け止めることで、クライアントさんが初めて心の傷やモヤモヤと対峙できたり、気持ちを整理できたりするのではないでしょうか。誰にも話せないことを相談したくて訪ねてきたのに、私が眉間に皺を寄せてしまうと「この人もわかってくれない」と思われてしまいますから。

古賀 さきほどの3つの「きく」からするとまさしく「聴く」なんですね。『なんでも聴くよ。』ってタイトルがピッタリです。

ことばを決めるのが早すぎる

中元 古賀さんの本のなかで「ことばを決めるのが早すぎる」というお話が印象に残りました。日々生きるなかで、出来事や感情など自分の言い表したいことに対してドンピシャな言葉が見つからないときがあります。パッと何か思いついても言葉にした途端、「言い表したい」と思っていた生なまの感触が失われて、チープに感じられてしまったり。それは私が言葉を知らないからなのかと悩んでいたのですが、それだけではなく、言葉を決めるのが早すぎたのかもしれないと気づきを得られました。

古賀 そうなんです。ライターの仕事で言えば、早く書いた原稿って、その分だけ粗くなってしまう傾向があるんです。もちろん、早く書くことが求められる場面もたくさんあります。ただ、たとえば取材原稿を早く書くと、実際に話された発言からいろいろな要素やニュアンスが抜け落ちたり、ズレたりすることが多い。相手が話したこと、話そうとしたことを「よくある言葉」に置き換えてしまうんです。
 ピッタリ言い表せる言葉を探すのにはやっぱり時間がかかるし、言葉を決められない状態って、宙ぶらりんでちょっと気持ち悪い。でも、もう少しだけ時間をかけて探せば、相手が伝えようとしたことをちゃんと表現できたりする。これは日々のモヤモヤでも同じではないでしょうか。

中元 なるほど。悩んでいるのだけれどなかなか言葉が見つからない宙ぶらりんの状態で、その悩みを早く名付けたい・ラベルを貼りたいと思うあまり、ほかの誰かの言葉を拝借してしまう。でも、他人の言葉を集めて出来上がった「悩み」は、自分が本当に感じている気持ちとは乖離してしまう。そういうこともあるのですね。

古賀 他人から借りてきた言葉ばかり使っている人は意外と少なくないし、自分でもそれに気がつきにくいと思うんですよね。

中元 借りてきた言葉のほうに自分の気持ちを寄せようとしてしまうこともありそうですね。
 けれど、自分で言葉を探していないから、芯が通らずにぐらつくというか。そのうち、自分はいまどんな状態にあるのか、結局自分は何を考えていたのかという大きな悩みに直面してしまう。

古賀 必要なのは言葉を整理することと、この感情はこの言葉なんだって決断することだと思うんです。それってすごく勇気がいることだと思うんですが、そうしないと前に進めない。

中元 言葉にすることは、心の形を定めることでそれは自分の世界をせばめる面もあります。

古賀 言葉にせず、可能性を残している状態って楽でもあり辛くもある。でも、可能性が狭まるというのは、一歩前に進んでいる状態とも言えると思うんです。

沈黙を恐れる必要はない

中元 カウンセリング中に、伝えたいことがあるのに言葉が見つからなかったり、いざ本題を話そうとしたら頭が真っ白になってしまわれるクライアントさんもいらっしゃいます。そんなとき私は時間が許す限り待つようにしています。私のカウンセリングでは、1回あたり60分の相談時間があります。その間はじっくり言葉を探していいし、一度話したことでも「いや、違うかも」と考え直してもいい。最初は「Aだ」と語っていたけれど、話すうちに「Bでした」と違った着地になることもあって。それもいいよねと思っています。

古賀 そのとき中元さんはどのように接しているんですか。

中元 質問をして言葉探しのお手伝いをするときもあれば、静かに待つこともあります。

古賀 待ってくれるというのは大切ですね。普段の会話だと、沈黙を恐れる人が多い気がしますが、沈黙って決して怖いことでも悪いことでもないと思うんです。

中元 沈黙してしまうことを〝コミュ力〟がないと考える人が最近は多いかもしれません。

古賀 テレビで芸人さんのテンポの良い話を見慣れているからなんでしょうか。沈黙や言い淀むことがあったりすることを許容すれば、みんながもっと言葉に丁寧になれるはずなんですよね。

中元 カウンセリングでは、沈黙も重要な時間なのです。饒舌に語っていた方がある質問に対して急に止まってしまうときは、これまで閉じられていた扉が開いたり、言葉にされてこなかったことを考えていたりします。

古賀 言葉にならない思いを抱えている状態って苦しいんですよね。目の前に靄(もや)がかかったような気分で、どこに進んでいいかわからなくなる。早く言葉にしたいと焦る気持ちもわかります。そんなとき、待ってくれて、一緒に言葉を探してくれるカウンセラーがいると、きっと心強い。

中元 カウンセリングをやっていて思うのは、日記やメモを書く習慣がある人は、言葉を探すお手伝いがしやすい気がします。日々の本当に小さな出来事や感情の動きでも、書き残しておく習慣があるといいかもしれません。

古賀 中元さんみたいなカウンセラーや編集者が言葉探しを手伝ってくれるに越したことはありません。ただ、自分1人であっても、自分の言葉で日記を書きつづけていれば、自分のなかにカウンセラーや編集者のような相棒が生まれてくる気がします。

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【対談】しんどくなったら「カウンセリングにおいで」。中元日芽香×大空幸星(『潮』2023年10月号掲載内容)

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心理カウンセラー
中元日芽香(なかもと・ひめか)
1996年広島県生まれ。早稲田大学卒業。2011年からアイドルグループ「乃木坂46」のメンバーとして活動。17年にグループ卒業後、18年から現職。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(共に文藝春秋)。現在、ポッドキャストサイトPodcastQRにて、パーソナリティを務める「中元日芽香の『な』」を配信中。

ライター、株式会社バトンズ代表
古賀史健(こが・ふみたけ)
1973年福岡県生まれ。98年、出版社勤務を経て独立。著書に『嫌われる勇気』(共著・岸見一郎)、『取材・執筆・推敲』、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(共著・糸井重里)等がある。最新著は『さみしい夜にはペンを持て』。2015年、ライターズ・カンパニーの株式会社バトンズを設立。

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