【潮１月号の読みどころ】民衆こそ王者――池田大作とその時代

「うわさ話とは、まるで違っていた」 100万羽を超える海鳥と250人が暮らす、"小さな地球"といわれる島がある。森脇洋三の家は、この北海道の天売（てうり）島で、創価学会の拠点（会合の会場）として長く親しまれてきた。妻のたつは天売で生まれ育った。「池田先生が、約束を果たしてくださった」。そう口にした瞬間があった。2008年春。本部幹部会のインターネット中継がつながった。自宅で簡単な工事があり、その様子を見ながら、何気なくつぶやいた一言だった。東京からやってきて接続の作業をしていた創価学会の本部職員は、彼女のこの一言がいつまでも胸に残っている。 池田大作は毎月の本部幹部会に出席していた。それまで天売島も音声中継はつながっていた。これからは映像で見られる――「先生がインターネットでいらしてくださった。うれしくってね。思わず言ったんですよ」（森脇たつ）。 傍らには夫の洋三が笑顔でたたずんでいた。両目が見えない。「電話線で音声がつながった時も大喜び。映像が届いた時も大喜び。天売には会館がないから、どちらもできるはずがないと思っていました」。2005年、島の郷土資料を集めた「天売ふる里館」をオープンした。「聖教新聞」の取材に「食事の時も、きょうは何のおかずか、口に入れるまで分からない（笑い）。でも家内の協力を得て、念願だった"ふる里館"が完成。今まで島のだれもできなかったことを、目の不自由な私が、成し遂げることができた。これも長年、信心に励んできた功徳です」と語っている（2005年7月15日付）。 20代のころ、学会のことを毛嫌いしていた。心が変わったきっかけは映写会だった。〈16ミリフィルムの映写を見て、森脇さんは胸を打たれた。そこにはSGIのメンバーが、言葉と文化の壁を越え、信仰の喜びに燃える姿が映し出されていた〉（同）。「それまで聞いていたうわさ話とは、まるで違っていたんですよ」。1973年の冬、31歳だった。「平坦な道だけ歩いてたんじゃあ、本当のことは見えてこない。どん底を味わったからこそ、この仏法の本当のすごさがわかったんだ」。 母のセツは病気で伏せがちだった。洋三自身は幼いころから弱視で悩んだ。「小学1年生の時には、事故で頭蓋骨骨折。てんかんの発作もひどくて、苦しかった。おふくろも私も、いろんな宗教を試して、やればやるほど変になっていきました。座禅に行って、終わった途端にてんかんの発作が起きたり。要するに悩みだらけだった」。家族の反対の中、1人で信心を始めた。島で1軒だけの鉄工所を切り盛りしていた。学会活動に歩くようになり、不思議なことに、てんかんの発作は減り、薬も要らなくなった。「親父が学会に大反対で、いつも睨みを利かせていたから、仕事にだけは傷をつけたくなかった。たとえば『明日、旭川の会合に行く』という時は、前の日は残業、当日も朝から何も食べずに仕事を済ませて、船に乗ってからご飯を食べて通いました」 池田が北海道を訪れた数は51回。札幌で、厚田で、別海で、出会いを重ねた。「昭和58年の世界平和文化祭は、すごく暑い日だったのに、先生はぐるっとグラウンドを回られてね。指導も、話すことのすべてが聞いている人の心に吸収されるように話される。何度お会いしても、新鮮味というか、スケールの大きさというか……言葉で表せないような大きさを感じました」。天売支部の初代支部長を務めた。気づけば、船着き場の目の前、”島の一等地”に夢だった郷土資料館をつくれた。「島で信頼を勝ち取るには、実証しかないですから」と静かに語る。森脇たちには、信心のお手本がいた。悩みがあれば、吹雪の日も、洋三が子どもの手を引き、たつが子どもをおぶって、彼の家に通った。 天売の学会員なら誰もが知っている、池田の句がある。 いつの日か 約束はたさむ 天売島 この句を受け取ったのは、天売地区の初代大Ｂ長（現在の地区部長）を務めた佐賀佐一である。池田にとって、第三代会長を辞任した1979年の、嵐の最中に出会いを結んだ1人だった。（P.156-158） 「青年」とは、年齢ではない 1979年11月16日。本部幹部会の式次第は進み、佐賀の番になった。体験発表のタイトルは「我らの地域は我らの手で」。「私は、北海道、天売大Ｂの（数えで）72歳になる、ごらんの通りのおじいちゃん（爆笑、拍手）大Ｂ長の、佐賀佐一と申します」「私の家は、代々、鰊（にしん）漁業の網元で、島の実力者でした」……生い立ちから語った。父の事業が傾いた。佐賀は再起をはかるが、鰊の不漁と海難事故が重なった。1952年当時で1200万円もの借金が残り、妻は家を出ていった。「中学1年生の娘を抱え、連日、押し寄せる借金取り。思案の末、私は夜逃げというかたちで、島をあとにしたのでした」 留萌（るもい）に移り住み、食うや食わずの日々を過ごした。10年ぶりに旧友と再会した。彼が学会員だった。「佐賀さん、宿命転換できる仏法だ」。その一言に背中を押された。御本尊を持ち、1956年、故郷に戻る。天売で初めての学会員になった。「全島、三百数十戸。私は1軒残らず折伏に歩きました」 かつては網元だったことも、家業が破綻したことも知られている。「佐賀はついに狂った」となじられ、帰る背中に罵声を浴びせられた。佐賀は「言葉には出せん苦労をしたので、他人の悪口なんかなんも苦にならんかった」と語り残している。自宅を改築し、旅館業を始めた。「敷き布団3枚、掛け布団3枚、まくら3個、3人泊まると満員で（爆笑）、4人目のお客さんは『満員でございます』（爆笑）と言って、体よく断る、世界一のミニ旅館でした（笑い）。そうしたなかでの折伏です。因習深い島での戦いの末に、2年後、8世帯の折伏ができた時の喜びは（拍手）、私の生涯を通じて忘れることができません」。 それからの道も険しかった。水道管の作業中に30メートル転落し、危篤に陥った。崖から岩が落ちてきて、意識不明の重体になった。生死の境をさまよった2度の大事故。しかし後遺症も一切なく、元気であること。再婚した妻の弘子と2人で弘教に歩いたこと。そして、3人泊まれば満員だった宿から、20年足らずで島随一の規模の「ホテル大一」を建てたこと。今は羽幌町（はぼろちょう）の観光協会支部長や、漁業協同組合の理事を引き受けていること……。朴訥とした語りに、巣鴨の東京戸田記念講堂は沸きに沸いた。 体験発表の終わり近く――多くの参加者の胸を打つ一言があった。佐賀は「池田先生の指導のなかに、青年とは年ではない、とあります。私は72歳の老齢なれど、今なお激流のごとき情熱を持ち、果てしなく広がる大空のごとき夢を持ち、しんしんとして降り積もる雪のごとき、清純さを持って、生涯青年の意気で……」と決意を語った。 3000人の参加者を前にして、佐賀は「池田先生」と明言した。それは異例の出来事だった。第三代会長辞任から7カ月。池田が会合で指導することも、指導の内容を「聖教新聞」で報ずることも、池田を「池田先生」と呼ぶことすら、宗門から制約を受けていた時期である。しかし、佐賀は構わず「池田先生」と呼んだ。それ以外に、人生の道を切り開くことができた、感謝の思いを現す言葉は無かった。弟子の心に、池田は応じた。当時の「聖教新聞」には、本部幹部会が終わった後、池田が壇上で学会歌の指揮を執ったことが報じられている。〈……その（佐賀佐一の）発表を、池田名誉会長は講堂の控室で聞いていた。会合終了後、名誉会長は、この無名の大英雄を抱きかかえるように激励。その後も天売の同志をずっと見守り励まし続けてきた〉 天売島で本部幹部会の映像も届くインターネット中継が始まったのは、佐賀が95年の生涯を終えてから4年後のことである。（P.166-169） 「人に尽くせて初めて功徳」 利尻島では、戸嶋トモ子の自宅が中継会場だった。利尻支部婦人部長（当時）などを務めてきた河合紀子は、「戸嶋さん宅で池田先生の声を初めて聞いた時のことは忘れられません。皆さん涙、涙でした」と述懐する。利尻には、宗門の寺があった。戸嶋トモ子は〈私の転機になったのが、昭和43年9月の稚内総支部の指導会でした〉〈会場の体育館で、私は初めて池田先生にお会いしました〉と綴り残している。 稚内で池田は五つの指針を語った。「自信をもて、そして、退転するな」「みんな仲良く進んでいってほしい」「先輩、後輩の分け隔てなく、なんでも相談し合える同志であってほしい」「稚内が日本最初の広宣流布を成し遂げてもらいたい」「この稚内の地から、日本、そして世界の偉人を、陸続と輩出していただきたい」 これは、自分にいただいた言葉だ。トモ子はそう感じた。〈島に帰ると、私は夫と相談して、わが家を学会の拠点に提供することにしました〉（戸嶋トモ子の手記）。娘の信本節子は「母は私たちに『功徳をほしがる信心でなく、人に尽くせて初めて功徳なんだよ』と何度も言っていました」と振り返る。「身内のことで恐縮ですが、母は岩見沢の農家の娘で、漁師の町に嫁いで、慣れなかったと思いますが、小さいころ、学会活動に出かける母がとてもきれいだと思ったことが何度かありました。子ども心に『広宣流布のためにがんばったら、母のようにきれいになれるんだ』と感じて、だから学会が好きになったんだと思います」「当時、父が利尻の中心者でしたが、昭和43年、池田先生が稚内に来られた時は、母と私に『行っておいで』と送り出してくれました」 利尻と礼文の学会員にとって、この「昭和43年の稚内指導」が原点になった。〈（2つの島の）代表180人はこの日のために、連絡船・礼文丸（234トン）をチャーターして一番乗りした。連絡船を借り切って指導会に参加すると知ったとき、島民達は驚いた。あらためて学会の大きさに目を見はった。未だかつて船をチャーターして島を離れることはなかったからだ。未入信のある漁師は「池田先生に会えるなら、オレも行ってみたい」ともらしていた。朝7時、72人を乗せて礼文島を出港。利尻島では108人を乗せて4時間余りの船旅で、午前11時40分、元気な姿を稚内港に見せていた〉 稚内の宗谷岬には、「日本最北端の地」の碑が立っている。晴れた日には樺太（サハリン）が見える。池田は東京から飛行機で旭川空港へ。宗谷本線の急行「天北」に乗り、稚内まで――5時間の長旅だった。池田は体調を崩していた。しかし、稚内の1人の壮年――加地秀次と交わした約束があった。小説『新・人間革命』に、旭川、稚内での出来事が、くわしく描かれている（第13巻「北斗」の章）。〈会場の体育館は参加者で埋まり、周囲にも人があふれていた。体育館は、かなり古かった。だが、その柱や壁が、丹念に磨き上げられていることに、伸一は気づいた。彼は、同志の真心に合掌する思いで、会場に入っていった〉（P.172-174）

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