プレビューモード

アンパンマンを誕生させた「のぶ」と「たかし」のしなやかな夫婦愛

俳優・高島礼子さんが小説家をゲストに迎えて作品の魅力を語り合う連載「高島礼子の歴史と美を訪ねて」。
NHK朝ドラ「あんぱん」で大きな注目を集めるやなせたかしさんとその妻・のぶさんを描いた小説『やなせたかしの素顔 のぶと歩んだ生涯』(潮文庫)の著者、伊多波碧さんと、やなせ夫妻の心温まるエピソードの数々を語り合います。
(月刊『潮』2025年5月号より転載。写真=富本真之)

******

「アンパンマン」作者の夫婦愛の物語

高島 今回は、小説家の伊多波碧さんをゲストにお迎えしました。

 伊多波さんは時代小説も現代小説も手がけ、幅広い分野で活躍されていますが、今月は最新刊の『やなせたかしの素顔 のぶと歩んだ生涯』(潮文庫)をテーマにお話を伺いたいと思います。放送がスタートしたばかりのNHK朝ドラ「あんぱん」が、やなせたかし夫妻を主人公のモデルとしていて、タイムリーだからです。

伊多波 よろしくお願いします。

高島 「アンパンマン」の生みの親として知られるやなせたかしさんですが、亡くなったのは2013年で、わりと最近ですよね。その分、資料が膨大にあって、読み込みが大変だったのでは?

伊多波 そうですね。でも一方で、暢(のぶ)夫人は一般人なので、逆に資料は少ないんですよ。そのアンバランスへの対処が、大変といえば大変だったでしょうか。

 なので暢夫人については私の創作部分も多いのですが、こちらの都合に合わせて勝手に描かないように、注意を払いました。

高島 それは、暢さんの主体性を無視して、やなせさんありきの女性、「夫唱婦随」「内助の功」みたいな感じで描かないという意味ですか?

伊多波 そうです。もちろん、やなせさんが漫画家として成功するまでには、暢さんの尽力も大きかったとは思います。でも、暢さんは決して"自分を押し殺して夫に尽くした"わけではなく、彼女は彼女で人生を楽しく謳歌していらしたと、私は感じたんですね。その感じを小説にも出したかったのです。

高島 この小説を読んで、暢さんってすごく魅力的で、とても自立した女性だったんだなと思いました。

伊多波 そう思っていただけたら、とてもうれしいです。

高島 やなせ夫妻は、高知新聞社の若手記者同士として運命的な出会いをします。暢さんは高知出身ではないけれど、「はちきん」( 土佐弁で「勝気でたくましい高知女性」を表す言葉)そのもののイメージですね。

 仕事で集金に行って、相手のおじさんが若い女性だと侮って支払いを渋ると、啖呵を切って取り立ててくる。あの場面の気っ風(きっぷ)の良さなどは、実にカッコよかったです。

伊多波 あのエピソードは私の創作ではなく、実話なんですよ。若き日の暢さんは強い女性だったらしくて、やなせさんもそこに惚れた面があるようです。

高島 やなせさんは1919(大正8)年生まれですから、世代的にはもっと亭主関白であっても不思議はないと思います。しかも、軍隊で毎日のように殴られる経験もしたから、妻に手を上げてもおかしくないとも思うんです。

 でも、やなせさんは暢夫人に亭主関白的な態度は少しも見せません。その点で時代に先駆けた夫婦像だし、やなせ夫妻の物語をいま読んだり観たりしても、時代遅れな感じはまったくしません。

伊多波 たしかにその通りで、「アンパンマン」という優しい物語を生んだ人らしい姿ですね。

喪失感と劣等感にまみれた少年時代

高島 「アンパンマン」を生み出した人だから、さぞ優しく楽しい子ども時代を過ごしたのだろうと思って本作を読んだのですが、「柳瀬嵩」(本名)としての少年期が意外にドロドロしていたので、ちょっと驚きました。

伊多波 そうですね。やなせさんの場合、実の父(清)を5歳のときに亡くした上に、彼が7歳のときに実の母(登喜子)が家を出ていってしまったという喪失体験が基で、心に大きな影を落としていました。

 早逝した父親のことはほとんど覚えていなかったようですが、とりわけ母親とは生き別れですし、しかもある日突然伯父(父の兄)の家に預けられ、「迎えに来るよ」と約束して出ていったのに、その切ない希望を裏切られ続けたのですから、つらかったと思います。

高島 幼少期の男の子にとって、母親はとても大きな存在ですからね。

伊多波 ええ。私は昔からやなせさんの詩集や絵本が好きで、よく読んでいたのですが、そこから感じ取ったのは、弱いもの、小さいものに対するあたたかい慈しみの視線でした。

 それはいま思えば、やなせさんの幼い頃の喪失体験が土台となって生まれたものなんでしょうね。

 世の中にはどうしようもない悲しい出来事、つらい別れがたくさんあって、小さな胸を痛めている子どもも多いはずだ。だからこそ、その子たちを優しく包み込む物語や詩が書きたい……そんな思いが、やなせさんの創作の根底にあったような気がするんです。

高島 両親との別れという喪失体験に加えて、少年時代のやなせさんは、実弟の千尋さんに複雑な劣等感を抱いていたようですね。

伊多波 ええ。千尋さんは実際にとても器量良しで、やなせさんは何かにつけて容貌を比べられて、つらい思いをしたようです。

 しかも、開業医だった伯父・寛の家に千尋さんが先に引き取られ、病院(柳瀬医院)の跡取りとされたために、あとから引き取られたやなせさんは、引け目を感じることになりました。

高島 でも、伯父さん夫婦は兄弟を分け隔てせず育てたようですし、傍目には愛情をいっぱい注そそがれたように思えますけれど……。

伊多波 客観的にはその通りで、少年時代のやなせさんはたくさんのいい人に恵まれていました。にもかかわらず、思春期には卑屈になって劣等感をこじらせていたようですね。

高島 そこには、長男に生まれたがゆえのつらさもあったのかもしれません。

 私の周囲を見ても、長男・長女だった人には、思春期に「弟や妹ばかり可愛がられている」とか、親に対して複雑な感情を抱いていた人が少なくありません。

伊多波 そういう面もあったのかもしれませんね。実際、成人してからのやなせさんは、育ての親になった伯父夫婦に深い感謝を寄せていますし、弟の千尋さんにも愛情を向けています。

高島 千尋さんは、太平洋戦争で戦死なさったのですね。

伊多波 そうです。それも、やなせさんにとっては忘れがたい喪失体験でした。

高島 のちに「アンパンマン」に込めた平和への願いの原点が、一つにはそこにあったのでしょうか。

伊多波 ええ。千尋さんは子どものころは丸顔だったそうですし、アンパンマンのキャラクター造形には、亡き弟さんへの鎮魂の思いも込められていたのだと、私は感じました。

 小説にも書きましたが、少年時代のやなせさんは千尋さんにつらく当たった時期もあったようなので、「弟にもっと優しくしてあげればよかった」という後悔はきっと持っていたと思いますし……。

アンパンマンまでの長い道のり

高島 いまの私たちにとっては、「やなせたかしさん=アンパンマン」というイメージが強いですね。なので、この小説でもアンパンマンの話が最初から出てくるのかなと思って読み始めたんです。でも、実際にはアンパンマンは物語の終盤にやっと登場して、そこまではまったく出てきません。それがちょっと意外でした。

伊多波 はい。あえてそういう構成にしました。そもそも、テレアニメ「それいけ! アンパンマン」が大ヒットしたのは1980年代末のことで、その頃やなせさんは70歳前後でした。やなせさんの94年の生涯のうち、すでに3分の2が過ぎてからのことで、そこまでのほうが長かったのです。

 だからこそ私も、アンパンマンに辿りつくまでのやなせさんのほうにウエートを置いて描きました。

高島 アンパンマンの大ヒットに至るまでの年月にも、やなせさんはさまざまな創作を手がけて活躍なさっていて、いつも仕事はたくさん抱えていたようですね。

伊多波 そうですね。やなせさんはご自身を何よりもまず漫画家として規定していて、漫画家の集いである「漫画集団」にも所属していました。それでも、漫画のヒット作には長い間恵まれなくて、「漫画集団」所属の後輩漫画家たちが次々とヒットを飛ばしていくなか、"置いてけぼり感"は強く持っていたと思います。

 ただ、とても多才な方でしたから、舞台美術を手がけたり、放送作家の仕事をしたりと、いろんな仕事のオファーが次々に舞い込んで、生活には困らなかったのです。

高島 伊多波さんの小説を読んで初めて気付きましたが、誰もが知っている名曲「手のひらを太陽に」は、やなせさんが作詞されたんですね。(作曲はいずみたく)

伊多波 ええ。あの曲もやなせさんの多才さの象徴ですね。当時、業界には「困ったときのやなせさん」という言い方があったそうです。どんな仕事をお願いしても快く引き受けて、クオリティの高いものを創ってくれる得がたい人材だったのでしょう。

高島 伊多波さんの小説の冒頭の一文が「ぼくには才能がない」というやなせさんのモノローグだったので、驚きました。あれほど多才な人だったのに、と……。

伊多波 実際にやなせさんは、「自分には才能がない」というたぐいの言葉をインタビューや著作でしばしば語られていました。そこにはいろんな思いが込められていたでしょうが、一つには"自分は手塚治虫さんのような漫画の巨匠になりたかったのに、そういう才能には恵まれなかった"という意味だったのだと思います。

高島 やなせさんがどんな仕事でも快く引き受けていらしたという話を聞いて、共感を覚えました。私自身の俳優としての姿勢に通じると思ったんです。

 じつは私も役柄の選り好みをしないタイプです。どんな役でも、「私に演らせたいと思ってキャスティングしてくださったのだから、喜んでお受けしよう」と思って、やってきました。そうした姿勢を貫くことで、演じられる役柄が広がったと思っているんです。やなせさんにもそういう面があったのではないでしょうか?

伊多波 そうですね。「漫画集団」の後輩に当たる手塚治虫さんから依頼されて、やなせさんはアニメ映画「千夜一夜物語」の美術監督を務めました。その経験を通じて、やなせさんのキャラクターデザインの才能が開花して、それがのちにアンパンマンの多彩なキャラクターに結びついた面があります。

 来るもの拒まずで仕事を引き受けていたからこそ、やなせさんの中に眠っていたいろんな才能が花開いて、それがやがて、アンパンマンの国民的人気に結実していったのだと思いますね。

幼い子の気持ちをつかむ天才

高島 面白かったのは、アンパンマンが最初のころ大人には不評だったという話です。"ヒーローが自分の顔を子どもに食べさせるなんて、残酷だ"と批判を浴びたとか。

伊多波 それは大人が理詰めで考えるから残酷に思えるのであって、小さな子どもから見たら、たぶんそういう感覚ではないと思うんです。

 世代別に調査してみると、アンパンマンは特に0歳から2歳くらいの乳幼児に人気が高いそうです。乳幼児から見ると、アンパンマンが顔を食べさせるというのも、お腹が空いたときにお母さんから授乳されるときの感覚に似ているのかもしれません。

高島 あっ、そうか! ママのおっぱいも、身体の一部を赤ちゃんに与えているわけですものね。

伊多波 ま、それは私が考えたことで、実証データがあるわけじゃないんですけどね。(笑)

高島 伊多波さんの小説の冒頭近くに、終戦後間もない食糧難の時期に、若き日のやなせさんが、見知らぬ飢えた子に大切なパンを分け与える場面がありますね。その姿が、アンパンマンが顔を食べさせることと二重写しになりました。

伊多波 あの場面自体は私の創作です。ただ、アンパンマンがお腹を空かせた子どもに顔を食べさせるという設定が、やなせさんの戦争体験と結びついているのは確かです。人間、空腹に耐えることほどつらいことはないので、お腹を空かせた子どもに何かを食べさせることは、やなせさんにとって絶対的な正義だったと思うんです。

高島 なるほど。

伊多波 それ以外の面でも、アンパンマンの世界は幼児にとって、すごく安心して見ていられるように作られています。誰も死なないですしね。悪役のばいきんまんでさえ死なないのですから(笑)。

「この世界は安心して生きていけるんだよ」というメッセージが随所にあふれていて、子どもが最初に触れる物語にふさわしいと思います。

高島 まだ心が柔らかい子どもたちに、友だちと仲良くすることの大切さ――言い換えれば「平和を愛する気持ち」を植え付けてくれる物語ですよね。

 ご自分を「才能がない」と言われていたというやなせさんですが、実は"幼い子の気持ちをつかむ天才"だったという気がします。

伊多波 そうですね。その才能が爆発的に開花したのが「アンパンマン」だったのだと思います。

高島 そのやなせ夫妻にお子さんがいなかったのは、不思議な気がします。むしろ、いなかったからこそ子どもの気持ちになれたのかもしれませんね。

 

 この対談の続きは月刊『潮』2025年6月号(5/2発売)に掲載予定です。合わせてお楽しみください。

******

伊多波碧さん最新作『やなせたかしの素顔 のぶと歩んだ生涯』のためし読みを無料公開中。

作家
伊多波 碧(いたば・みどり)
新潟県生まれ。信州大学卒業。2001年、作家デビュー。23年、「名残の飯」シリーズで第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞。その他、『父のおともで文楽へ』『裁判官 三淵嘉子の生涯』『夏がいく』『生活安全課防犯係 喫茶ひまわり』など作品多数。


俳優
高島 礼子(たかしま・れいこ)
1964年神奈川県生まれ。TVCFやドラマ、映画、舞台などで幅広く活躍中。2025年8月30日から9月21日まで大阪・新歌舞伎座で上演される舞台「かたき同志」(橋田壽賀子作、石井ふく子演出)では、お鶴役として藤山直美と共演する。