2026年2月の衆議院選挙での圧勝によって、自民党は"とある厳しい条件"を背負い込んだ。国際政治学者・三浦瑠麗氏が自民党大勝の背景とこれからを読み解く。
(月刊『潮』2026年4月号より転載)
自民党大勝は右傾化ではない
今回の衆院選は、自民党が単独で三分の二を超える議席を獲得するという、戦後政治でも例外的な結果となりました。数字だけを見ると「右傾化」のようにも映りますが、実態はそれほど単純ではありません。自民党の勝利を支えたのは、保守イデオロギーの拡大ではなく、「変革期待」と実利志向を併せ持つ中間層の動きだったからです。
弊社(山猫総研)が継続して行っている日本人価値観調査で、2021年に自民党に投票し、2024〜25年に一度離反した層の最大の特徴は「変革期待」が強いことでした。この層は理念よりも、「何かが動いている感じ」や生活に直結する実利に強く反応します。一方、石破茂政権下でも自民党に残っていた票はというと、変革期待が低い層、つまり特段変化を求めていない人たちが自民党に投票し続けたわけです。しかし、このコア支持層だけでは自民党は選挙に勝てない。
自民党大勝の背景は、高市早苗総理が右派だから支持されたというよりも、「変革を担えるリーダー」と認識されたこと、そして積極財政への転換が現役世代の生活実感に結びついた結果と見るべきでしょう。
加えて見逃せないのは感情的要素です。NHK「日曜討論」欠席をめぐる批判などを通じて、「責められてかわいそう」「頑張っているのに」という印象が広がり、それがそのまま投票行動につながりました。「働いて働いて働いてまいります」という発言への反応も含め、野党側はこの心理を読み違え続けていたように見えます。
高市人気のさなかでも、野党志向のある「変革期待」票はチームみらい、国民民主党、参政党へと分散しました。国民民主党の存在感がやや薄れたのは、自民党が変革期待と実利志向の双方を取り込んだ一方で、「新しさ」という象徴的な部分を他党に奪われたためでしょう。
中道改革連合は、その母体である立憲民主党も公明党も構造的に「変革期待」を担いにくい政党であるうえ、終盤に安全保障や懐古的なメッセージへ軸足を移したことが逆風となりました。有権者が求めていた「中道」とは、安保や憲法の中道ではなく、生活と経済に根ざした中道でした。この認識のズレが決定的でした。
選挙後に幾人かの落選議員、また彼らを応援していたオピニオンリーダーの人々がSNSで反省をつぶやいていました。自民党や高市政権の批判に終始したことで自党の政策を十分に打ち出せなかったこと。「平和主義」のメッセージに収斂し人々の安全保障に対する実感とかけ離れてしまったこと。その過程で対抗陣営を極端に危険だとするフレーミング(印象操作)を行ってしまったこと。
いずれも、事前に認識できていれば修正可能だった論点です。声の大きな運動員に引きずられて「本心ではないこと」を言ってしまうというのはそれこそポピュリズムへの迎合に他なりません。本当に思っていることならばまだいいのですが、「空気」に引きずられたというのであれば、それこそが危険なことでしょう。
日本人価値観調査によれば、性格的に反権威志向で、安保法制や防衛費の増額に反対し、原発の再稼働に反対し、選択的夫婦別姓や同性婚にオープンで、性別役割分業に反対し、高額所得者に対する累進課税の強化に賛成している人たちは全体の約12%にすぎません。
もし、中道改革連合が安保法制や原発政策で現実路線に切り替えたことが反発を呼んだのだとしたら、共産党やれいわ新選組、社民党などが票を増やしたはずです。しかし、そうではなく立憲民主党にかつて投票していた人々は、今回、自民党に投票したのです。
この政策選好と反権威主義的性格の組み合わせは、国際的に言う意味での「リベラル」とは異なります。むしろ、イデオロギーというより、冷戦期や安保闘争を経験した世代特有の記憶と結びついた政治文化です。日本のメディアや文筆業界が構造的に反権威的になりやすいのも、自民党が長期政権を維持してきた結果、「権力監視=リベラル」という配置が固定化されたためです。
有権者全体を見ると、これを上回る規模で存在するのが、反エリート志向の弱い合理主義者層です。この層は闘争的な政治文化を嫌い、経済政策の実効性を重視します。かつては構造改革支持の第三極に票を投じてきた人々です。今回、この層の一部はチームみらいに投票し、一部は自民党に投票しました。イデオロギーへの共鳴ではなく、「とりあえず今はここでいい」という実利判断ともいえます。
野党再編の可能性
小選挙区制度の影響も無視できません。小選挙区では2〜3万票の移動で勝敗が一変します。実際、多くの選挙区でこの規模の票が自民党から野党に動けば結果は変わっていたでしょう。比例票を見れば、与野党全体の得票では依然として野党側が多いのです。今回の結果は、選挙制度によって極端な勝敗がついた側面があり、自民党の優位が未来永劫盤石になったわけではありません。
さらに重要なのは、今回の結果が必ずしも有権者の全面的な価値転換を意味していない点です。今回、自民党側に戻ったのは、立憲民主党や国民民主党に投票していた無党派層でした。彼らは保守思想に共鳴したのではなく、実務能力と安定感、そして短期的な生活改善への期待から判断したにすぎません。
安倍晋三氏の時代にもこの層は自民党を志向していましたが、彼らはイデオロギー的な右派とは言えません。この意味で、高市政権の広がりすぎた支持基盤は極めて流動的です。
日本社会では欧米のような民族・宗教・ジェンダーを軸とする分極化が起きにくく、政治対立はアイデンティティよりも統治能力と経済成果に回収されやすい構造を持っています。したがって、政権への評価は比較的短期間で反転します。今回の勝利も、イデオロギー闘争ではなく、「とりあえず今は任せてみよう」という暫定的な委任に近い性格を持っています。
だからこそ、自民党が今後直面するのは、敵対勢力との対立ではなく、自らが生み出した高い期待値との戦いです。賃金上昇、エネルギー政策、対米交渉、財政運営。これらの具体的成果が伴わなければ、「変革期待」で戻ってきた票は再び離れます。今回の圧勝は、同時にその厳しい条件を背負い込んだことを意味しています。
中道改革連合が分裂せず、国民民主党などと連携して新たな核を形成できれば、次の参院選では経済とガバナンスを軸に再挑戦する余地はあります。逆に割れれば、一部は護憲勢力として先細りし、残りは他党に吸収される可能性が高いでしょう。問題は、次の選挙までの長い助走期間に、きちんと党としてまとまり、政策やアピールポイントを確立できるかどうかです。
勝ちすぎて「敵」を失った自民党は、これから成果で評価される局面に入ります。日本政治は安定を取り戻したように見えて、実は不確実性の時代に足を踏み入れています。健全な政党競争を維持できるかどうかが、日本政治の次の試金石となります。