突如始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃。恒久的な停戦への道は険しく、中東情勢は泥沼化が懸念されている。なぜ、トランプ大統領は軍事攻撃を開始したのか。国際政治学者の三牧聖子氏に綴っていただいた。(月刊『潮』2026年5月号より転載。内容は発売時点のものになります)
対テロ戦争を想起させるイラン攻撃
2月28日、アメリカとイスラエルがイランに軍事攻撃を開始しました。イランの最高指導者ハメネイ師は家族もろとも殺害され、現在も戦闘は継続しています。アメリカは1月にも南米ベネズエラへ軍事介入をしています。
ただ、米国内において、今回のイランへの攻撃はベネズエラのケースと全く異なるものとして受け止められ、衝撃が広がっています。泥沼化して多くの人的被害と莫大な財政負担をもたらした中東での対テロ戦争を想起させたからです。
アフガニスタン戦争とイラク戦争は、いまやアメリカにとっていかなる観点からも「大失敗」と総括される軍事介入でした。アフガニスタン戦争では約五万人、イラク戦争では統計によっては数十万人の民間人が亡くなりました。そして20年超の対テロ戦争全体でアメリカは約8兆ドルもの戦費を投じ、数千人の米兵が犠牲になり、成果も乏しかった。この経験から、中東地域への軍事介入はアメリカ社会にとって大きな傷になっているのです。
トランプ大統領は2016年の大統領選挙戦で、対テロ戦争に邁進した歴代の意思決定者たちを非難して民衆の支持を集めていました。共和党も民主党も、外国のために軍事介入をして戦費をつぎ込み、国民を疲弊させてきた。イラク戦争は間違いだった。これからはアメリカ・ファーストだ、と。
今回のイランへの攻撃はそのアメリカ・ファーストに逆行しています。MAGA(マガ/トランプの岩盤支持層)は、もはや個人崇拝のようにトランプを支持しているため、彼が「イラク戦争は悪い介入だが、今回は良い介入なんだ」と言えば、そのように受け止める。
しかし、そもそもMAGAは貧困に苦しみ、「トランプなら自分たちの生活のために戦争より国内政治に注力してくれるはずだ」と信じて、彼を支持してきたはずです。その意味で、イラン攻撃は、国際法違反であることはもちろん、支持者への裏切りという点でも罪深いと言えます。
イランは攻撃されても仕方なかったのか?
今回のイラン攻撃の理由について、トランプは「イランに核兵器を作らせないためだ」と主張しています。しかし、事実としてイランは、核開発をめぐってアメリカと交渉をしている最中だったことは強調しておかなければなりません。攻撃直前の2月26日にも核協議が開かれており、両国は交渉継続で合意していたのです。
むしろ、アメリカのほうこそ不誠実な態度で交渉に臨んでいたことが窺えました。26日の協議に、アメリカは中東担当特使のウィトコフと元大統領上級顧問でトランプの娘婿のクシュナーを派遣しました。2人とも不動産ビジネスの出身で、トランプ政権以外では政治・外交について経験も知識も積んでいない人物です。クシュナーにいたっては、現政権では何の役職でもない民間人です。"ただの素人"を派遣する人選を見るだけでもトランプ政権の本気度は疑わしく思えます。
協議で話された内容も、アメリカ側に交渉を妥結させる意思が果たしてあったのか、疑念を抱かざるをえないものでした。アメリカはイランに「ウラン濃縮活動を含む核開発の放棄」という無理難題を突きつけていました。これは原子力発電のための「平和的なウラン濃縮」も禁じる要求です。
平和的なウラン濃縮は日本を含むNPT(核拡散防止条約)加盟国にも認められています。「軍事目的のウラン濃縮」のみならず、平和的利用までも放棄せよというのは本来、呑めるはずがない極端な要求です。それでもイランは粘り強く交渉し、貯蔵された濃縮ウランの放棄、保有する濃縮ウランの大幅希釈、国際原子力機関(IAEA)の完全な検証の受け入れなど、大幅な譲歩を見せていました。
にもかかわらず、協議の直後に攻撃が行われたことを見ると、アメリカに交渉をまとめる気は最初からなかった、軍事作戦の準備を整える時間稼ぎとして交渉していただけだった、と見なされてもしかたがない。それほどまでに不誠実な態度だったと言えます。
だからこそ、今回のイスラエル、アメリカによる先制攻撃は正当化されません。イランが交渉に前向きな姿勢を示しつづけていた以上、イランの核は「差し迫った脅威」ではなかった。イランによる何らかの攻撃が予測されていたということもない。イランによる先制攻撃の予兆はなかったと米軍の情報機関が認めています。つまり、今回の攻撃は予防的な武力行使であり、まさしく国際法違反です。