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戦略なきイラン侵攻――日本は今こそ「プランB」を検討せよ

アメリカがイランに軍事侵攻して1カ月半が経過した。なぜトランプ大統領は軍事攻撃を開始したのか。今後、トランプ大統領が取る手法とは。上智大学教授の前嶋和弘氏に綴っていただいた。(月刊『潮』2026年5月号より転載。内容は発売時点のものになります)

状況的にはありえたイラン攻撃

日本時間2月28日の未明、アメリカとイスラエルはイランに対して、最高指導者のハメネイ師殺害を含む軍事攻撃を開始しました。第一報に接した際、私の脳裏には驚きよりも「やはり来たか」という思いがよぎりました。


合理的に考えれば、アメリカに今イランと戦争を始める安全保障上の理由はありません。戦争終結に膨大なコストがかかることは容易に推測できます。ただ、昨年から米軍の動きを注視していた専門家のあいだでは、どうにもイランを攻撃しそうだ、という予測が広がっていました。空母打撃群が中東に集中し、明らかに軍備のビルドアップ(増強)が進んでいたからです。つまり、合理的には「ありえない」が、状況的には「ありえる」。そう考えていたところで攻撃が始まりました。


なぜトランプは、軍事的合理性もないのにイラン攻撃に踏み切ったのか。そこにはやはり直近の「成功体験」が影響していたと思います。1月2日未明、アメリカは南米ベネズエラに侵攻を開始し、わずか数時間で大統領のマドゥロを拘束、しかも米軍には一切の人的被害が出ませんでした。この大成功をもとに、イランについても政権中枢を始末すればすぐにけりがつくと考えていたのではないでしょうか。


ただ、実態をつぶさに見れば、イランはベネズエラと同一視できる国ではありません。ベネズエラは独裁体制を敷いていますが、政権の基盤は脆弱で経済政策も失敗した「破綻国家」です。賄賂によって物事が簡単に動くため、アメリカのスパイ工作が政権や軍の内部にまで及んでいました。いわば、統治機構として極めて脆かった。


一方、イランは長い歴史を持つ中東の大国です。1979年のイラン革命以降、世界からの長期制裁に耐えうるよう独自の統治機構と外交スキルを洗練させてきました。だから、ベネズエラほどにお金で動く国ではない。


また、ハメネイら指導部は恐らく、いずれ自分たちが殺害されることを予期し、その事態に備えていたのでしょう。最初の攻撃でハメネイら政権幹部が数十人も殺害され、以降も高官が相次いで殺害されていますが、いまだ国家としての統治機能を失っていません。それが可能な仕組みが出来上がっていたわけです。


攻撃によって確かに弱体化はしていますが、イラクの4倍近い広さの国土を持ち、山岳地帯も多いイランをミサイルだけで制圧することは困難です。かといって、地上戦に引きずり込まれれば、米軍はかつてのアフガニスタン戦争やイラク戦争と同等かそれ以上の犠牲を払うことになる。このような分析は当然、アメリカの情報機関も精緻に行っていたはずです。


にもかかわらず、トランプは「成功体験」に拘泥して、イスラエルとともにイラン攻撃を強行した。恐らく、イラン攻撃に関するアメリカ側のリスクは、そもそもトランプに届いていなかったか、届いていても看過されたのではないかと思います。


第一次政権時とは異なり、現在の彼の周囲には「耳に優しい言葉」だけを届けるイエスマンたちが厚い層を成しています。大統領に諫言する人物はいなくなり、彼の後押しをするような都合のいい口実や楽観的な報告だけが吸い上げられる構造になっているのです。

実質「レームダック(死に体)」のトランプが取る手法

イラン攻撃のリスクが看過されていたとして、トランプにとって敢えてイランを攻撃するメリットは何だったのか。彼の頭の中では「世直し」という独特なロジックが働いていたのだと私は考えています。要するに、一連の軍事行動について彼は、ベネズエラやイランという"悪党"を「成敗してやったぞ」などと認識しているわけです。


ベネズエラはアメリカに麻薬を送り込み、社会主義を標榜する「サタン(神の敵対者)の国」だ。イランはイスラエルの存在を脅かす"サタンの中のサタン"だ。そのサタンの国を二つも叩き潰せば、それは素晴らしいレガシー(後世に残る業績)になるだろう、というわけです。


このようにリスクの高い軍事介入を強行してでもレガシーにこだわる背景には、国内におけるトランプ政権の絶望的な脆弱さがあります。


一般的に、大統領は2期目の後半、あるいは中間選挙での敗北を経て「レームダック(死に体)」化すると言われています。しかし、第二次トランプ政権の特異性は、発足当初から「実質的にレームダック」であるという点にあります。


連邦議会で共和党は上下両院ともに辛うじて多数派を維持しているにすぎず、まともな立法を通すことすら困難な状況です。立法という正攻法ではまったく成果を出せない。そんな状況で、大統領に残された道は二つしかありません。


一つは、古い法律を引っ張り出し、貧弱な法的根拠に基づいて大統領令を乱発すること。もう一つは、国民の耳目を集めるような劇的な外交・軍事的成果を上げることです。その点、ハメネイの排除によって「アメリカの不倶戴天の敵を叩き潰した」という軍事的成果=レガシーをつくりたかったのだと見なせます。


法的根拠の怪しい大統領令は、いずれ司法によってストップがかかります。たとえば、昨年発動された相互関税は、米最高裁が違憲判決を出して差し止められました。ただ、差し止めまでにはタイムラグがある。そこでトランプは、大統領令を次から次に連発して時間稼ぎをしながら、外交・軍事的成果をアピールする機会を窺っているのです。ベネズエラやイランへの軍事介入は、内政上の行き詰まりに対する、必死のあがきと見ることができます。


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