福音派"一本足打法"のトランプ政権
脆弱な政権基盤のトランプにとって、支持層が少しでも離れれば命取りになります。だから彼は、熱烈な支持基盤であるキリスト教「福音派」やMAGA(マガ/トランプの岩盤支持層)に向けたサービスを徹底しています。
福音派とは簡単に言うと、聖書に記された預言を真実として受け止める宗派のことです。とくに、"神がユダヤ人に現在のパレスチナ地方の土地を与える"という記述が旧約聖書にあることから、彼らはイスラエルへの支援を信仰の一環として推進しています。また、政治的に保守派・右派として勢力を伸ばしてきた経緯があり、共産主義や社会主義を敵視しています。だから、ベネズエラやイランは福音派にとって、まさに「サタンの国」であり、それらを壊滅させるトランプの「世直し」は正義そのものに思えるでしょう。
トランプ自身は福音派ではなく、敬虔なキリスト教徒としてのイメージもありません。にもかかわらず福音派が献身的な支持を寄せるのは、トランプが彼らの長年の悲願を次々と現実のものにしているからです。逆に言えば、トランプ政権、そして共和党はそこまでしてでも絶対に福音派の支持を失いたくないのです。
現在のアメリカの人口動態は、移民の増加によって民主党に有利な状況へどんどんシフトしています。もはや共和党が勝利するためには、地方・農村部に多く住む福音派の支持率を極限まで高める「福音派"一本足打法"」が最後の望みなのです。2024年の大統領選挙でトランプは勝ちましたが、これは得票率が1.48ポイント差という二十一世紀に入って最も僅差の選挙でした。ほんの少しでも福音派が離れれば、今後共和党は勝てなくなる。この危機感がトランプ政権を強硬な政策へと駆り立てているのです。
選挙で負けても暴走は止まらない
ここまで論じてきて、読者のなかには「トランプが暴走をやめることはないのか」と疑問に思う人もいらっしゃるでしょう。たとえば、「MAGAの離反を恐れて他国への介入を止めるのではないか」「今秋の中間選挙で負ければ身動きが取れなくなるのではないか」と。私はいずれの可能性も低いと考えています。MAGAはトランプがどんな政策を掲げても支持をつづけるし、中間選挙で負けてもトランプの手法(大統領令の乱発と外交・軍事的成果のアピール)は変わりません。
「MAGAは『不干渉主義』だから、トランプは他国のもめごとに介入したくないはずだ」という言説がしばしば見られます。しかし私は、MAGAの本質は「盗まれた誇りを取り戻す」という感覚に集約されると考えています。だから、そもそも不干渉主義で一貫しているわけではない。先の「世直し」などはまさに「誇りを取り戻す」レガシーとしてMAGAの大多数に支持されるはずです。
歴史的に見て、現職大統領の政権にとって中間選挙は常に過酷な戦いになるものです。現在共和党は辛うじて多数派のため、普通に戦えば下院は大敗し、上院も少数派に転落する可能性があります。
ただ、それでもトランプは暴走を止めません。繰り返しますが、この政権は発足当初からずっと「実質的にレームダック」だからです。トランプは大統領就任初日から大統領令に次々に署名しスタートダッシュを決めました。その狙いはどこまでも「支持者固め」です。支持者固めを最大の目的とするという意味において、2年目に突入した現在も「スタートダッシュ」がつづいており、それは任期4年の最後まで変わらないでしょう。
そのうえで、イランへの攻撃はトランプにとって、中間選挙に向けた大きな賭けだと見ることができます。
今世紀で一度だけ現職の大統領の政党が中間選挙で議席を伸ばしたケースがあります。それは、ブッシュ(子)政権時の2002年の選挙の共和党です。02年というのはアフガニスタン戦争の最中で、翌年にイラク戦争が起こるタイミングでした。共和党が議席を伸ばした背景には「今は戦時」という状況が有利に働いた可能性があります。
トランプは「戦時大統領」として中間選挙に臨むことで2002年の再現に賭けているのかもしれません。「俺はアメリカの誇りを取り戻すために、イランというサタンの国と戦っている」という物語を国民に提示し、絶望的な選挙戦を逆転させようとしている。
ただ、賭けである以上、大きなリスクが伴います。最大のポイントが「アフォーダビリティ(物価の手ごろ感、購買能力)」の低下、つまり物価高への不満です。物価高は政権にとって発足当初からの課題である一方、有効打を出せておらず、むしろ相互関税などインフレを悪化させる政策を実施しています。それでも、これまでなら「このインフレはバイデン政権のせいだ。俺は最大限努力している」と強弁することでトランプの支持者は納得していました。
それが今回、イランを攻撃したことでホルムズ海峡が封鎖され、全世界で原油価格が高騰。アメリカも例外ではありません。すると、トランプはアフォーダビリティの問題を解決しないどころか、むしろ悪化させたとして、流石にコアな支持者も離反する可能性があるのです。「アメリカの宿敵を倒した」として逆転勝利するか、「アメリカの国民生活を犠牲にした」として大敗するか。博打の行方はまだわかりません。