戦艦ミズーリと沖縄戦の特攻隊
1945年4月11日、アメリカ軍の戦艦ミズーリは鹿児島県喜界島沖で特攻隊の攻撃を受けました。現在戦艦はハワイ・オアフ島の真珠湾(パール ハーバー)に係留されており、「戦艦ミズーリ記念館」で公開されています。
戦艦ミズーリに特攻隊が攻撃を仕掛けたとき、船の甲板に特攻隊員の遺体が投げ出されたそうです。するとミズーリの艦長は、敵国である日本の特攻隊員を、海軍式の水葬の儀式で丁重に葬りました。こうした歴史を紹介しつつ、知覧特攻平和会館から貸し出された特攻隊員の遺書や書簡が展示されています。
終戦75年後の2020年8月15日には、戦艦ミズーリ記念館と知覧特攻平和会館が姉妹館の提携を結びました。
特攻隊員は、ただアメリカへの憎しみに駆られて戦場へ向かったわけではありません。隊員が家族に宛てた手紙を読めば、家族を大切に思う気持ち、家族の命を守りたい気持ちが根底にあることがよくわかります。その気持ちはアメリカの軍人も同じでしょう。
物事とは、一方向だけでなく別の角度から眺めてみると多様な視点が生まれるものです。日米の垣根を取り払い、多くの人々に特攻隊の実像を広く知っていただきたいと願っています。
クルーズ船に乗って鹿児島へ旅行に来られる外国人観光客もおり、知覧特攻平和会館にいらっしゃる外国人がずいぶん増えました。
平和会館に来るまでは「カミカゼ・アタックなんてやる日本人は狂信的だ」と眉をひそめていた人もいるかもしれません。しかし隊員たちの手紙や日記を目にし、語り部の証言に耳を傾け、資料映像を見るうちに、外国人観光客の方も「特攻隊員も自分たちと同じ、家族を愛する人間だ」と心で深く感じ取られていると思います。
女学生の視点から見た特攻隊員
2024年3〜7月には、知覧特攻平和会館で「女学生が見た戦争―知覧高女生と特攻隊員―」という企画展を開催しています。特攻隊員をすぐそばで見ていた当時の女学生の視点から、特攻隊員と特攻作戦に新しい光を当てたいという思いから企画したのです。
当時の知覧飛行場では「なでしこ隊」と呼ばれた14〜15歳の女学生が特攻隊員の食事の用意や裁縫をしていました。戦後79年となる今、多くの元女学生はすでに鬼籍に入られています。
2003年から知覧特攻平和会館に勤務している八巻聡学芸員は、今まで200名近くの聞き取り調査を映像記録に収めてきました。この貴重な映像記録を「女学生が見た戦争」展におおいに活用しています。まだご存命の元なでしこ隊の方もいらっしゃるため、私も直接お目にかかってお話を聞いてきました。
14〜15歳の「なでしこ隊」から見れば、若い少年兵とはいえ、特攻隊員は年上のたくましいお兄さんに見えたそうです。
元女学生だったご婦人は、ご家族とともに来館され「ここにおばあちゃんの写真があるよ」と、当時を思い出すような視線で展示を熱心にご覧になっていました。
女学生と特攻隊員の日常的な交流に焦点を当てることで、これまでは見えてこなかった、特攻隊員の新たな側面が浮かび上がる企画展になりました。
知覧特攻平和会館では常設展とは別に、年3回ペースで企画展を開催しています。八巻聡学芸員と私が交替で企画を考えながら、これからもさまざまな視点を提示する、新たな企画展を作っていきます。ぜひご期待ください。
