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リミットは2025年――待ったなしの少子化対策

2022年の出生数が80万人を割った日本。持続可能な社会を築くために有効な施策はあるのか。柴田 悠 京都大学大学院教授に綴っていただきました。

【記事のポイント】

●少子化対策の目標は、2030年までに希望出生率1.8の達成と、40年までに人口置換水準となる2.06を達成すること。

●2025年以降に20代の人口が急減するため、少子化対策は25年までにできる限りの即時策を打つことが重要になる。

●来年の財政検証で、少子化が明らかに進んでいる場合は、年金制度の維持が難しいと判断され、年金の給付額が減る可能性がある。

(『潮』2023年5月号より転載)

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何もしなければ
高齢化率が4割に

 現下の日本において少子化対策は喫緊の課題です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、これまでの政策を変えずに2100年を迎えると、高齢化率が約4割に達します。10人に4人が65歳以上になるわけです。現在の高齢化率は約3割ですから、これは大変な事態です。

 少子化は社会基盤を揺るがしかねません。たとえば少子化によって、労働人口が減少すると年金・医療・介護の財政はひっ迫します。すると高齢者を支える若い人の負担は増え、さらなる少子化を招くという悪循環になります。

 人手不足も深刻化します。介護ではAIやロボットの活用が期待されていますが、すべてをそれらで補えるわけではありません。健康寿命の延伸にも限界がありますので、少子化によって介護の人手不足はより深刻になるでしょう。

 新型ウイルスによる感染症はおよそ10年に一度のペースで発生しており、そのサイクルは今後も続くと予想されています。コロナ禍で体験したように、感染症が大流行すれば医療分野はひっ迫します。少子化は高齢者の福祉・医療の財政や人材の不足に直結するのです。

 2100年と聞くと、途方もない未来のように感じるかもしれません。しかし、日本政府の推計では現在の0~6歳までの子どもの半分以上が生きて2100年を迎えます。現時点ですでに当事者が存在するのです。彼ら・彼女らが医療や介護をまともに受けられないかもしれない未来は、決して遠い話ではないのです。

 さらに言えば、この推計は楽観的に試算されています。一定の水準まで出生率が下がれば、それ以上は下がらないとの仮定が置かれているのです。日本の出生率は最悪でも1.2で下げ止まると仮定されていますが、韓国のように0.8を切れば、2100年の高齢化率は5割を上回る危機的な状況になるかもしれません。

 

2025年までに
即時的な対策を

 2100年以降の高齢化率を、現在と同程度の水準で定常化させるためにはどうすればよいでしょうか。国の長期推計を見ると、二つの条件が挙げられます。一つは、2030年までに希望出生率である1.8を実現すること。もう一つは、40年までに人口置換水準(人口が増加も減少もしない均衡した状態となる合計特殊出生率のこと)となる2.06に到達することです。この二つが実現すれば、22世紀の日本社会が持続可能になります。

 今すぐに対策を打っても、出生率が上がるまでには一定の時間がかかります。そこでまずは出生数の近年の変動に目を向けてみます。日本総合研究所の藤波匠上席主任研究員によると、16年以降の出生数減少の要因の6割弱は「若者の人口減少」です。残りの4割強は「結婚率の低下」と「夫婦の子供数の減少」が半々です。

 そこで「若者の人口減少」に着目してみます。0歳から19歳まではすでに生まれているため、移民を大量に受け入れない限り、今後20年の20代の人口動態はほぼ確実に予測できます。

 20代の人口は今でも少しずつ減っていますが、25年以降は「倍速」で急減していきます。すると、25年以降に対策を拡充しても効果が小さくなってしまいます。そもそも若者の数が急減していくので、その後に出生率が回復しても、出生数の改善には結びつきにくいのです。私がかねて、「少子化対策は25年までにできる限りの即時策を打つことが重要だ」と訴えているのはそのためです。

 

「新しい資本主義」を
フル稼働させること

 児童手当や学費軽減、主婦でも使える保育の拡充などで子育て環境が改善したとしても、若者にとって本当に重要なのは「その制度がいつまで続くか」です。児童手当を拡充しても、それが15年間続かなければ意味がないし、子どもが大学に進学するのは一般的には出産から18年後です。それだけの長期にわたって制度が続くのかどうか。若者はそうした不安を抱いているわけです。その点でも、対策の効果が出るまでは一定の時間がかかることが予想できます。

 2025年までに制度を改善すれば、30年頃ごろにようやく出生率が上がるのではないか。25年という時限を設定したのは、そうした理由もあります。
 私のこの即時策の提案に対して、しばしば「少子化対策の根本は、雇用の安定化と賃金の上昇だ」という意見を頂戴します。これは正論です。なぜなら日本の少子化は、短期的には若者の人口減少が最大の要因ですが、長期的には結婚率の低下が最大の要因だからです。そして、男女ともに正規雇用もしくは高所得の人は、結婚しやすい傾向があります。そのため、結婚難の背景に不安定な雇用と低賃金があるのは確かです。

 問題は、少子化の抜本的な改善に必要な「雇用の安定化と賃金の上昇」には時間がかかるということです。急激に非正規雇用の規制や最低賃金の大幅引き上げなどを行うと、かえって新卒の若者が雇用されにくくなり、さらなる少子化を招いてしまうでしょう。

 したがって、それらの政策は現政権が取り組んでいる「新しい資本主義」を、無理なくフル稼働で進めてもらうしかありません。そして、それだけでは少子化対策としては時間がかかりすぎてしまうからこそ、25年までの即時策が必要だと提言しています。

 

子ども予算の
倍増に関する試算

 岸田文雄総理は「子ども予算の倍増」を謳っていますが、その中身はまだ確定していません。可能性としては少子化対策関係予算の国費6.1兆円(2022年度)の倍増がありえます。6.1兆円を倍増した場合にどこまでできるかを独自に試算しました。

 試算のためには、定量的な研究による政策効果のエビデンス(科学的根拠)が必要です。医療分野とは異なり、子育て分野での政策効果のエビデンスは非常に乏しく、海外には児童手当や育休などの研究があるものの、国内には保育と出産一時金の二つの研究しかありません。ゆえに、婚活支援や住居手当などの試算はできません。私が試算したのは「児童手当」「学費軽減」「保育定員」の三つです。「児童手当」については、第一子を月額1万5000円、第二子を3万円、第三子以降を6万円という自民党の多子加算案に近いという理由から、イスラエルとカナダ・ケベック州の研究を用いました。

 給付額が1%増えた場合の出生率は、イスラエルで0.2%増、カナダ・ケベック州で0.1%増でした。これらの中間の数値を取って、児童手当予算の1%増によって出生率が0.15%増えると仮定しました。

 報道によると自民党案の予算規模は2~3兆円と言われているので、その中間である2.5兆円と仮定します。現状の児童手当の予算規模が2兆円ですから、2.5兆円を足たした4.5兆円となると125%増になります。ここに先ほどの給付額1%増で出生率0.15%増という計算式を当てはめると、出生率が0.24増えることになります。これが児童手当の効果の試算です。

 

 

6.1兆円増で
出生率が0.45上昇

 続いて「学費軽減」です。日本の学費は高く、少子化の一因になっていると考えられます。しかし、ヨーロッパ諸国では学費がほぼ無料ですので、少子化対策としての学費軽減の研究がほとんど存在しません。アメリカは学費が高いものの、移民の影響で出生率が高いために少子化になっておらず、やはり研究がありません。そこで学費軽減については、私が独自にOECD諸国のデータを分析して平均的な傾向を導き出しました。

 すべての大学生・短大生・専門学生に、年間で一律53万円の学費を免除するとします。すると授業料は国立大でほぼ無料、私立大と専門学校でほぼ半額になります。このとき、全体で必要となる予算は2.1兆円ですが、政府は来年度予算として、すでに0.6兆円を学費免除や給付型奨学金に当てています。ゆえに追加で必要なのは差し引きで1.5兆円。学費軽減の出生率引き上げ効果は0.08%という試算結果になりました。

 ちなみに既存の0.6兆円には貧困対策の効果はあるものの、少子化対策の効果はないと仮定しました。全員に年間で一律53万円の学費軽減を行った場合に初めて少子化対策の効果が出ると仮定しました。
 最後に「保育定員」です。エビデンスとしてこれが最も強固です。筑波大学の深井太洋助教の論文で、0~5歳児の人口に対する保育定員率の増加が出生率にどう影響するかを推定したものです。保育利用率が低く、虐待率が高い0~2歳児の支援は極めて重要ですが、0歳児は多くの親が育休を取得していることもあり、保育ニーズは低いのが現状です。

 そこで、専業主婦(主夫)家庭も預けられるように就労要件を撤廃して、1~2歳児の定員を100%にすると仮定します。そのためには保育士の確保が必須です。保育士の賃金を全産業平均にするために1兆円、保育士の配置基準を先進諸国並みにするために0.7兆円かかると試算しました。

 そのうえで1~2歳児の定員を100%にするには0.4兆円が必要になるので、合わせると2.1兆円になります。深井氏の研究結果から試算すると、これで出生率が0.13増えると見込まれます。

 政策間の相乗効果に関するエビデンスはありませんので、「児童手当」「学費軽減」「保育定員」の三つの試算を単純に足し合わせると、必要な予算はちょうど6.1兆円で、出生率は0.45増えると見込まれます。近年の日本の出生率は1.3程度なので、0.45増となると希望出生率の1.8がほぼ実現できることになります。

 

雇用の安定化と
賃金の上昇

 「児童手当」「学費軽減」「保育定員」の政策は、間接的には結婚難の改善につながりますが、抜本的な改善のためにはやはり雇用の安定化と賃金の上昇が不可欠です。

 先述の通り現政権はすでに「新しい資本主義」という形で政策を進めています。典型例を挙げれば、フルタイムでもパートタイムでも正当な賃金が得られる同一労働同一賃金や、リスキリング(新しいスキルを身につけること)による非正規雇用の正規化、あるいはデジタル化による働き方の柔軟化です。

 遅れているのは生産性の低い企業から高い企業への転職を促がす労働移動ですが、これにも現政権は取り組んでいます。ゆえにまずは「新しい資本主義」を今後もフル稼働させることが重要です。

 付け加えるならば、社会保険の扶養に関わる106万円と130万円の壁を改善することも必要でしょう。現状ではこの壁によって労働調整が行われてしまっていますので、働きたい女性の労働力を十分に活かすためにも、代替的な支援策としての「在宅育児手当」の創設も検討しつつ、壁を撤廃していくべきではないでしょうか。

 では、「新しい資本主義」はどのくらい出生率の改善につながるのでしょうか。男性の残業時間や通勤時間が短ければ出産が増えるという研究がすでにあります。また、第一子がいる男性の家事・育児時間が長ければ第二子以降が生まれやすいという研究もあります。男性の長時間労働や硬直的労働の改善には、出生率の引き上げ効果があると考えられるのです。

 そのため、「新しい資本主義」によって雇用が安定化してキャリア形成が進み、労働生産性が高まって所得が増えつつ労働時間が減っていけば、40年までに出生率が2程度にまで近づくこともありうると考えられます。

公明党が明記した
約6兆円の予算規模

 公明党が昨秋に発表した「子育て応援トータルプラン」の素晴らしかった点は、想定される予算規模として「合計金額は国・地方合わせて少なくとも約6兆円を超えます」と明記したことです。他党の提言にはここまで明確な予算規模は提示されていませんでしたし、この金額は少子化対策関係予算を倍増する際の額と同じですから、私の試算とも近い規模です。

 与党である公明党がプランに予算規模を明記したことを、私は高く評価しています。

 財源を確保するためには、世論における合意形成が必要です。反対運動によって財源が揺らいでしまうと、制度の存続が危うくなり、若者からの信頼が失われてしまいます。全国各地に地方議員を抱える公明党には、各地域の声をしっかりと拾い上げて、世論の合意形成を図っていただきたいと思います。この政策に関しては、各地に遍くチャンネルを持っている政党が重要なのです。

 財源について具体的な話をすれば、当面は国債でつなぐという考え方が現実的だと私は考えています。少子化対策によって増えた子どもは、将来的に納税者になります。政府にも見返りがあるわけですから、国債は理に適っているでしょう。

 そのうえで、社会保険料への上乗せや資産課税の増税など、多様なメニューを織り交ぜて、社会全体で負担していくというのが基本路線になろうかと思います。

 高齢者のなかには少子化対策を他人事と捉えている方もおられるかもしれませんが、そんなことはありません。2024年に行われる、5年に一度の財政検証には、年金給付額の見直しが入っています。少子化が明らかに進んでいる場合は、年金制度の維持が難しいという判断になり、給付額が減ってしまう可能性があるのです。

 来年の財政検証で、仮にそうなれば翌25年から給付額が減る可能性があります。そういう点からも4月に行われる統一地方選挙では、少子化対策に積極的で実現力がある政党かどうかが選択のポイントになると思います。

 4月1日にはこども基本法が施行され、こども家庭庁が設置されます。岸田総理による「子ども予算の倍増」や「異次元の少子化対策」という言葉に表れているように、いよいよ政治も本腰を入れ始めたと感じます。

 私が「2025年」を強調するのは、この大きな波を逃してはならないと考えるからです。過去は変えられませんので、これからをいかに変えていくか。それが与党の果たす役割だと思います。

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京都大学大学院教授
柴田 悠(しばた・はるか)
1978年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。専門は社会学、社会保障論。著書に『子育て支援が日本を救う』(社会政策学会賞受賞)、『子育て支援と経済成長』など。

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