こども基本法とこども家庭庁 こども真ん中社会へ
2023/12/08本年7月、こども政策を専門とする末冨芳・日本大学教授を講師に迎え、こどもの幸せや貧困をテーマにした「平和の文化講演会」(主催/創価学会女性平和委員会)が開催されました。末冨氏は、こども支援策の重要性を強調。法制度が整い始めた今こそ〝こどもたちの幸せを実現する社会へ〟と訴えました。
(『パンプキン』2023年12月号より転載。取材・文=朝川桂子 撮影=雨宮 薫)
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「こどもたちをサポートできる社会」を目指した法整備
1989年11月の国連総会で「子どもの権利条約」が採択されてより34年――。日本においては本年4月に「こども家庭庁」が創設され、「こども基本法」が動きだしました。これによりようやく日本でも、こどもたちの権利に真剣に向き合う体制ができ上がりました。
実は、日本ではこどもの権利を守る国内法が長らく未整備のままでした。2013年に「こどもの貧困対策法」が、19年に同改正法が成立するも、翌年春にはコロナ禍ですべての学校が一斉休校に突入。多くの公園で遊具が使用禁止になったり、給食の停止で十分な食事をとれないこどもたちが困窮してしまったのです。支援団体が聞き取りをしたところ、〝私たちは心のコロナに罹っています〟という言葉が出るほど、こどもたちをめぐる事態は深刻でした。
こどもの声を一切聞くことなく、彼らの生活の場や権利を簡単に取り上げてしまう状況に危機感を覚えた私は、こどもたちの権利を守る法整備の実現へ、仲間と共に活動を開始しました。
「こども基本法」は日本のこども政策の歴史的転換
21年に「こども基本法の成立を求めるPT」を立ち上げ、活動を続けてきましたが、最初に相談させていただいたのが公明党の女性国会議員でした。
するとさっそく、公明党は同年の衆院選で「こども基本法の制定」を公約に掲げ、法案成立へ全力で取り組んでくださったのです。驚きと共に、これほど強い覚悟で向き合ってくださったことが率直にうれしかったです。その根本にはこどもたちや日本の未来への強い責任感があることを感じました。
22年6月には超党派の賛成を経て「こども基本法」が成立。23年4月に施行されました。ここには、すべてのこどもたちが「個人として尊重されること」「基本的人権が保障されること」「差別的取り扱いを受けることがないようにすること」などの基本理念が明記されています。国内法として初めてこどもを権利の主体と定め、その包括的権利を守る、との国の基本方針を明言したのです。
同法によってようやく〝児童手当の所得制限を撤廃する〟とか〝親が働いていてもいなくても、どのこどもも保育園に通えるようにする〟といった議論に真正面から取り組めるようになりました。「こども基本法」は、それほど大きな意義のある法律です。
さらにこの4月に発足した「こども家庭庁」を司令塔として、こどもの意見表明や社会的養護、さらに放課後の居場所なども含めた政策分野の取り組みも進められています。これらは日本のこども政策の歴史的転換であると高く評価しています。
こどもたちを取り巻く「貧困」という環境
こどもの貧困対策については、残念ながらまだ改善していません。文科省の調査によると【※1】ひとり親家庭の過半数が相対的貧困(その国の大多数の生活水準よりも困窮した状態)に相当しています。また貧困と準貧困(貧困に準ずる人たち)を合わせると、日本の小・中学生の60%に及ぶという厳しい実態が明らかになりました。
さらに別の調査【※2】では、全世帯の約5%(ひとり親世帯の10%強)が電気・ガス・水道料金を払えなかった経験があり、「食料・衣服が買えない経験がある」と答えたのは、全世帯の20%(ひとり親世帯の30%超)に上ります。これらは生活に欠かせないライフラインの貧困です。こうした厳しい実態を早急に改善しなければなりません。
貧困を改善し、「こども真ん中社会(Children First)」を実現
私は子育て世帯が賃金など、こどものいない労働者に比べて不利な立場に置かれる、いわゆる「子育て罰」に警鐘を鳴らしてきました。日本はこどもをもつ女性の非正規化・低賃金化が顕著で、働けば働くほど低賃金に苦しみ、こどものケアを犠牲にせざるをえない矛盾を抱えています。
こうした矛盾に立ち向かう具体策が、22年11月に公明党が提案した「子育て応援トータルプラン」です。ここには、こどもの貧困を改善するために有効な4つのアプローチが含まれ、政府の掲げる「異次元の少子化対策」にも大きな影響を及ぼしました。女性の雇用や就業の質の向上がこどもたちの幸せにつながります。同時に、児童手当やすべてのこどもに対する保育・幼児教育の無償化、さらに医療・学校教育も無償化していこうという現金・現物支給も重要です。
こどもの貧困は低所得世帯だけの問題ではありません。EUなどではこどもらしい幸せな生活が奪われている状態を「こどもの貧困」(Child Poverty)ととらえ、所得以外にも住宅や環境、家庭や学校生活での孤立、健康と安全が脅かされていないかという点が判断基準となります。
私が今いちばん望むことは、「こども真ん中社会」(Children First) の実現です。いじめや自殺、不登校や性犯罪の防止など、こどもの安全と安心を最優先する社会にならなくてはいけません。多元的な貧困を解決していくためには、家族も含めてこどもたちをサポートし、応援できる社会になっていくことが大切であり、家族がしんどいときには社会的養護など、 こどもを国や社会全体で守り育んでいく体制づくりが急がれます。
「こども未来戦略方針」はスタート地点
私も研究や出版活動を通し、少しでもこどもの貧困対策が豊かになるようにとがんばってきたつもりでしたが、いくら水をやっても芽が育たない状況が続きました。なぜなら、国の予算が増えなかったからです。
しかし、本年6月、政府は児童手当や育児休業給付の拡充などを盛り込んだ「こども未来戦略方針」を決定。公明党の働きかけによって当初3兆円だった予算に5000億円を上乗せすることができました。その結果、こどもの貧困対策や医療的ケア児・障がい児への支援が盛り込まれ、あらゆるこどもたちを国が支援する体制ができ上がりました。
こうした対策について 〝たった3.5兆円じゃないか〟と批判する声もありますが、 私はそういう見方はしていません。これまでも多くの方々の尽力により、こどもたちの予算は着実に拡充が進んできました。
「異次元の少子化対策」の第一歩として、財源の確保ができた今、国はいちばん困難な状態にあるこどもたちに投資する姿勢を示しました。ここからさらに、すべてのこどもたちを応援していく力を社会全体に広げなければなりません。ここから2歩、3歩と必ず進んでいく。それは「こども基本法」があるからだと確信しています。
精神的幸福度が低い日本の子ども
コロナ禍に実施した調査【※3】では、「逆境経験がある」と回答したこどもが多く見られました。 逆境経験とは、一緒に住む大人から悪口を言われる、けなされる、恥をかかされる、否定されるなどの精神的虐待、あるいは身体的虐待など、家族内のリスクです。恐らく深刻な虐待経験があるこどもは、ひとり親家庭で6%程度いると考えられます。
日本の虐待件数は過去最多を更新し続けており、不登校やこどもの自殺も高止まりしています。ほかにも、日本のこどもたちの精神的幸福度は調査対象国38か国中37位で、特に学校への帰属意識が低いこどもの精神的幸福度が低い。また〝自分の行動で、国や社会を変えられる〟と思うこどもが異常に少ない。それは、大人がそういうふうに育ててこなかったからです。
人権教育が社会を変える力に
こうした状況を変える取り組みも始まっています。大阪のある小学校では「こどもの権利を学習するプログラム」でこどもたちが学び、保護者も授業参観などで共に具体的な実践を学んでいます。
「DVや虐待、 いじめはなぜいけないのですか?」
「お互いに人権があるからです」
「親に殴られたらどうするの?」
「配偶者暴力相談センターへ電話」
学びの場をもつことで、このような受け答えができるようになっています。また、こどもの意見表明やその反映に取り組む地域もあります。〝権利について学ぶと、こどもがわがままになるのではないか〟と心配する声もありますが、それは真逆です。これらの学習によって〝もっと知りたい、学びたい、行動したい〟という前向きな気持ちが育まれていることがわかりました。これは今、世界的に注目を集めているエージェンシー(社会をよい方向に主体的に変革する力)につながります。
権利について学ぶことで、こどもたちの意欲や行動力を引き出すことができるのです。〝君たちは守られる権利がある。SOSを発する権利がある。どこに相談してもいいんだよ〟というのが当たり前になれば、日本のこどもも親たちも、もっと幸せになれると思います。
【参考文献】
※1 文部科学省「全国学力学習状況調査」(2021年)
※2 国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」(2022年)
※3 内閣府「こどもの貧困の実態調査」(2019年)
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日本大学教授
末冨 芳(すえとみ かおり)
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。日本大学文理学部教授。専門は教育行政学、教育財政学。2014年より内閣府「こどもの貧困対策」に有識者として参画。現在は、こどもの貧困対策センター・公益財団法人 「あすのば」理事。こども家庭庁こども家庭審議会委員として「こどもの貧困ひとり親部会」に所属。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。