プレビューモード

単行本『姥玉みっつ』(西條奈加) ためし読み

何が悲しくて婆三人つるまなければならぬのか……。
直木賞作家・西條奈加が女性の老後をテーマに描く、
江戸町人のドタバタ時代劇『姥玉みっつ』の冒頭を特別公開!


***********************


 いったい何の因果だろうか。どこをどうして、こんな始末になったのか。

 いやいや、理由ならわかっている。すべてはしがらみという厄介な代物のためだ。

 身内しかり親類しかり、血縁ばかりでなく、ご近所や友人知人あるいは奉公先であったりもする。人生とは、波のように次から次へと押し寄せる、しがらみの連続だ。

 お麓(ろく)は半ば呪いたい思いで、つくづくとため息をついた。

 しがらみの元は、しがらむ。「柵」と書いてしがらむと読む。からみつける、まといつける、からませる、という意味だ。若い頃、武家に奉公していただけに、そのくらいの学はある。

 心得た学もだいぶ錆びついてしまったが、それでも物語や和歌集なぞは好きだった。

『源氏物語』や『とはずがたり』に胸をときめかせ、この世のどこかで己を待っていてくれるであろう、まだ見ぬ殿方を夢想した。もちろん相手は、身分の高い若さまか、大金持ちの若旦那に限られる。すらりとして、色白の細面であることも欠かせない。遠い過去とはいえ、まったく十代の娘は他愛ない。

 甘酸っぱい思いなぞ、すっかり干涸びてしまったが、自分が身軽になって老い先を考えたとき、昔習った短歌がふと浮かんだ。

 現(うつつ)の暮らしはあまりに世知辛く、ものを考える暇すらない。過去に置いたまま埃をかぶっていたが、新旧の『古今和歌集』はいまも手許に残してある。

 紀貫之や在原業平を手本にして、歌を詠みながら静かな余生を送る──。

 思いついたとき、残り少ない生が、にわかに輝きを増した。

 幸い、静かな余生に打ってつけの仕事も舞い込んだ。名主宅の書役である。

 名主はとかく書き物が多い。人別帳を作ったり、町内の揉め事を捌いたり、御上(おかみ)から沙汰される触書きを住人に伝えたり。それらをいちいち書き留めて、求めに応じて町奉行所に差し出さねばならない。

「ここんとこ翳目(かすみめ) がひどくてね、書き物が難儀でならないんだ。おまえさんは口は辛いが、字だけはきれいで殊のほか読みやすい。ひとつ、頼まれてくれまいか」

「前の方は余計ですがね……跡取りはどうしました? 息子さんに書いてもらえば済む話では?」

「倅の字ときたら……ミミズが紙の上で悶死したような体たらくでね。とてもお役所になぞ出せやしない。あれは算は立つんだが、昔から読み書きはさっぱりで」

 名主の杢兵衛(もくべえ)はひとしきりぼやいてから、改めて仔細を告げた。

 給金は下働きの女中と変わらぬ程度だが、名主宅からほど近い『おはぎ長屋』に、店賃いらずで住まわせる。名の由来はぼた餅ではなく、長屋の裏の空き地に、萩が生い茂ることからついたという。

 一日中、名主宅に詰める必要もなく、清書のたぐいは長屋で済ませてもらって構わない。口述筆記が必要なときもあるが、三日に一度がせいぜいだという。

 お麓にとっては、まことに結構な申し出だった。

 これで老後の安泰は約束された。この先はひとり静かに歌を慰めに、名主の書役をつつがなくこなす。ささやかで堅実で、自分には似合いだと、ひとり悦に入った。

 しかし芭蕉のごとく、心ゆくまで閑さを味わうはずだった暮らしは、わずか一年で終わりを迎えた。一年半後には、さらに厄介は上積みされて、とうとうこの有様だ。

「きいておくれよ、ひどい話さ。次男の息子が五歳になってね、七五三の祝いによばれるつもりでいたんだよ。十五日に訪ねると文を書いたら、その日は嫁の親の家に行くから来るなというんだ。孫の祝いもできないなんて、あんまりだと思わないかい?」

「あんたの息子の薄情は、いまに始まったことじゃないだろ。そんなことより、あたしの方が一大事なんだよ。今月の手当が、これまでより二分も少ないんだ。あたしは戸田屋の大内儀(おおおかみ)だよ。月々十両もらったって、罰は当たらないってのに」

 閑さはどこへやら──。すべては目の前にいる、このふたりのせいだ。

 お麓の長屋を毎日欠かさず訪ねてきては、心底どうでもいい話を、うだうだくだくだとしゃべり散らす。

 このふたり、お菅(すげ)とお修(しゅう)は、子供の頃の仲良しでいわば幼馴染だ。

 出会ったのは、お麓が八歳のとき。手習所に入って一年後、七歳のお菅と六歳のお修が入門した。つき合いを勘定すると、五十三年にもなるというから恐ろしい。

 三人はともに麻布で育った。江戸の内では田舎地にあたり、東には渋谷川が流れる。

 この辺りは七割方が大名屋敷で、ことに麻布近辺には上屋敷が多かった。

 台地と谷が木目込細工のように複雑に交わった土地が麻布であり、高台には大名屋敷が、狭い低地には、ささやかな町屋が肩を寄せ合うようにひしめいていた。

 故に麻布は、一本松坂、暗闇坂、鳥居坂、芋洗坂と、坂の数には事欠かない。

 善福寺と多くの末寺が一大寺町を形造り、その南には氷川明神がある。

 善福寺の北の裏手を通るのが一本松坂、氷川明神から宮下町へと下るのが暗闇坂。曲がりくねって先が見えない上に、木々で鬱蒼として昼間でも暗いから暗闇坂と呼ばれた。

 暗闇坂から宮下町を北へ抜けるとふたたび上り坂となり、これが鳥居坂。宮下町から西の道筋を辿ると芋洗坂で、坂上の六本木へと至る。

 この芋洗坂の手前に、お麓が住まう北日ヶ窪町があった。

 名主の杢兵衛は、隣町の南日ヶ窪町に住まい、南北の日ヶ窪町を差配する。

 お麓、お菅、お修の三人は、麻布にとってはいわば出戻りである。

 手習いを終えると、それぞれの事情(ことわり)で町を出て、何十年ぶりかでまた戻ってきた。

 子供の頃はあれほど仲良しで、どこへ行くにも一緒だった。しかし五十年分の手垢がついたいまとなっては、まるで異人を相手にするように話すらろくに通じない。

 ふたりがいては、書き物仕事すら滞る。たまりかねて、お麓は精一杯やんわりと促した。

「ちょいと、そろそろ帰っちゃくれないかい。筆がさっぱり進みやしない。昼までに届けるよう、名主さんに言われていてね」

 残念ながらこの程度では長っ尻を上げようともせず、矛先がこちらに向くだけだ。

「いいよねえ、お麓ちゃんは、まっとうな職があってさ。あたしなんて、茶店のしがない団子婆だよ。日がな一日、団子を丸めるだけの子供でもできる仕事だよ。いつ茶店から雇いを止められるか、考えるだけで身が細るよ」

「そりゃ、細いあんたを、ぜひとも拝みたいもんだね」

 ころりと丸いお菅に言われても、下手な冗談にしかきこえない。

 お麓の閑居に転がり込んできたのは、まずお菅だった。


******



「きいておくれよ、お麓ちゃん」

 ちなみに、これは常套句だ。お菅はとかく愚痴っぽい。

「二年前に亭主を亡くしてさ、長男の家に身を寄せたんだがね、息子の嫁ってのが鬼のような女でね。あからさまに厄介者あつかいするんだ」

 生涯、独り身を通したお麓にしてみれば他人事だが、世間では実によくある話だ。嫁姑の折り合いが悪いのは、むしろあたりまえとも言える。

「たしか、息子はふたりいたはずだろ。次男のところに行ってみちゃどうだい?」

「とうに行ったさ。それが次男の嫁ときたら、さらに輪をかけて嫌な女でね。とても辛抱なぞできやしない。そんな頃、甥っ子から便りが届いてね。お麓ちゃんが、麻布に戻ってきたというじゃないか。それでこうして、出掛けてきたというわけさ」

 お菅の甥とやらには、会ったこともない。話の出処は大方、杢兵衛であろう。好々爺然とした名主の顔を、お麓は恨みがましく思い浮かべた。

「後生だから、泊めておくれよ。二、三日で構わないからさ」

 二、三日ならと、うっかり承知したのが運の尽きだった。五日過ぎても十日経たっても、お菅は腰を上げようとせず、不毛なぼやきをこぼし続ける。

 これはたしかにたまらない。息子の嫁たちに、にわかに同情する気持ちがわいた。

 と同時に、お菅がひどく哀れにも思えた。半月を経ても、迎えはおろか、ふたりの息子は顔すら出さない。お菅はいわば、見捨てられたのだ。

 お麓は杢兵衛に頼み込み、お菅の住まいと仕事を世話することにした。

 幸い善福寺門前町の茶店で、裏方仕事の職を得て、同じ長屋の空き部屋に住まわせる運びとなった。お菅はたいそう有難がってくれたものの、最初のうちだけだった。またぞろ不満の種を見つけ出し、わざわざそれを告げにくる。

 お麓の住まいは二間なのに、自分はひと間きり。仕事も日がな一日、茶店の裏手で団子を丸めているだけだと、かつての感謝の気持ちなぞとうに忘れたような言い草だ。

 不平を言う暇があるなら、物事を好転させるよう努めるのがお麓のやり方だ。しかしお菅は、自身は一寸たりとも動くことをせず、ただただ終わることのない不平を垂れ流す。

 いったいどうしたいのかと、頭を抱えたくなる。

 お菅はただ、誰かにきいてほしいのだ。自分の哀れな暮らしぶりを、こんなに頑張っているのに、誰も認めてくれない不公平な現実を。あんたはよくやっている、立派な心掛けだと慰めてもらいたい一心で、延々と訴えているようなものだ。

 頭で察することはできても、褒めや慰めをお麓に求めるのはお門違いだ。はいはいと、素直に相槌を打つのも癪にさわり、要らぬ助言をしてしまうのもまた麓の性分だ。

「雇い止めが心配なら、いっそ自前で商売を始めちゃどうだい?」

「商売なんて、まさか。あたしに何ができるっていうんだい」

「あんたは手先が器用だし、料理も上手だ。自前で惣菜を作って、売ればいいじゃないか。振り売りなら、店も要らないしさ。茶店の雇われよりは稼げると思うがね」

「とんでもない、この歳になって棒手振りなんてご免だよ」

「何も天秤棒を担げとは言ってやしないよ。この辺りの長屋にも独り者はたんといるからさ、お得意さんになってもらって、毎日届けりゃ済む話じゃないか」

 熱心に勧めても、のらりくらりとかわされる。お菅には、いまの不満だらけの状況を変えるつもりなぞまったくないのだ。お麓には到底考え難い。

 お菅は昼過ぎに茶店の仕事を終えると、判で押したようにお麓の長屋を訪ねてくる。

 おかげで午後の貴重なひと時は奪われて、仕事は捗らず、短歌は上の句すら仕上がらない。ついに堪忍が切れて、「いい加減にしておくれ!」と怒鳴りつけたこともある。

 お菅にはこたえたようで、傷ついた風情をあからさまにして、しょんぼりと肩を落として帰っていった。寝覚めの悪いことこの上ない。二日のあいだ顔を見せず、大いに気が揉めたが、三日目には何事もなかったように訪ねてきて、また同じ愚痴をくり返す。

 同じ長屋に住んでいるだけに、避けようがない。書き物が溜まって、いよいよ切羽詰まると、家の戸口を閉めてつっかい棒をかって凌ぐことにした。ほとほとと障子戸を叩かれても、返事すらしない。月に二、三度のことだから、お菅も慣れてきて、
「なんだい、またかい。あまり根を詰め過ぎちゃいけないよ」
 なぞと声をかけて帰っていく。半年かけて、ようやくお菅との関わりようが定まった頃に、まるで降ってわいたように現れたのがお修である。



「あらまあ、ふたりともすっかり老け込んじまって。歳がいったらよけいに手をかけないと。せめてへちま水くらい使ってごらんな」

 とりたてて美人ではないが、たしかに手入れは行き届いている。歳のわりには派手が過ぎるが、身につけている着物や帯も、上物だとひと目でわかった。

 懐かしさより先に、突然の来訪に合点がいかなかった。

「ええっと、お修ちゃん、どうしてここが?」

「あたしが文を送ったんだよ。お麓ちゃんとここにいるから、一度訪ねて来いってね」

 お菅が笑顔で告げて、まるで自分の家のように幼友達を招じ入れる。
 お修は若い頃は水茶屋に、薹(とう)が立ってからは料理屋の仲居を務めていたが、三十路半ばに運をつかみ、湯島の金物問屋、戸田屋の後妻に収まった。

 何不自由ない暮らしのはずが、お修はびっくりなことを言い出した。

「ふたりが同じ長屋に住んでいるとはね。あたしも今日から、ここに住まわせてもらうよ」

 お麓は二の句が継げなかった。


******


「そりゃあいいね! お修ちゃんがここに越してくれば、また昔の仲良し三人組がそろうじゃないか」

 能天気なお菅は、諸手を上げて賛成する。しかしお麓にしてみれば、悪夢以外の何物でもない。頭から血の気が引いていき、くらくらした。

「お修ちゃんは、戸田屋の大内儀なんだろ? こんな裏長屋に収まる理由が、どこにあるっていうのさ」

 口が利けるようになると、お麓は勢い込んでお修にたずねた。

「そりゃ、なさぬ仲の娘のためさ。後妻ってのは気苦労が多くてねえ。あたしだって精一杯努めたんだよ、あの子の母親になろうってね。なのにあの子ときたら可愛げがなくて、とりつく島もない。あたしの母は、亡くなったおっかさんだけです、とこうさ」

 まあ、それはそうだろう、とお麓はついうなずいていた。

 離縁も死別も世間では茶飯事で、後添いと子供の関わりは一筋縄ではいくまい。おまけにお修の風情ときたら、母親にも大店(おおだな)の内儀にもそぐわない。

 まるで羽を広げた丹頂鶴が、盛んに鳴いてでもいるようだ。頭の赤い烏帽子は目にうるさく、羽音も声もかしましい。

 丹頂は渡り鳥で、冬になると江戸の田舎地で時折見かける。千住宿に近い将軍さまのお鷹場にはたいそうな数が飛来するそうだが、お麓が見たのは向島の田んぼだった。

 田んぼで餌をついばんでいた、白い小鷺の群れの真ん中に、ふいに丹頂が降り立った。威嚇でもするように盛んに鳴き立て、白鷺の群れは退散した。

 あのときの丹頂はお修さながらで、小鷺が戸田屋の娘に思えてくる。

「つんけんして可愛げのない娘なんだがね、亭主になった男は、さらに愛想がなくて。婿養子の立場だってのに、大内儀のあたしに向かって指図がやかましいんだ」

「まるでうちの嫁みたいだね」と、お菅が相の手を入れる。

「口を開けば金のことばかり。嫌だね、みみっちい男は。吝嗇(けち)な男くらい、見苦しいものはないよ。あたしの買物に、贅が過ぎるといちいち文句をつけるんだ。仮にも戸田屋の大内儀だよ、野暮ったい格好なぞ、できやしないじゃないか」

「どこの世間でも、義理の娘や息子は冷たいねえ。うちの息子の嫁ときたら……」

 隙あらば、自前の愚痴を挟むお菅に往生しながらも、半時ばかりをかけて、どうにかお修の顚末のあらましをつかむことができた。

 お修は料理屋の仲居をしていた頃に、戸田屋の主人と出会い、後添いに入ったという。水茶屋上がりのお修を、戸田屋の主人がどうして妾ではなく妻の座に据えたのか。それがまず不思議でならなかったが、お修は惚気るように当時のことを語った。

「あの頃、富さんはね、いたく気落ちしていたんだよ。お母さんと内儀さんを相次いで亡くして、同じ頃に親類から縄付きが出たり、手代に金をもち逃げされたりと、不幸が次々と舞い込んでね、商いもうまくいっていなかった」

 戸田屋の先代は、富右衛門(とみえもん)という。お修が働いていた料理屋『富士吉』は、寛永寺のお膝元たる上野町にあり、ある晩、富右衛門が、ふらりとひとりで立ち寄った。

「家に帰るのが、何やら億劫でね。通りがかった折に、何となく足が引かれた。たぶん、店の名のためだろうね。あたしの実の名も、富士吉というんだ。店を託されたときに、いまの名を継いだがね」

 お修の目からすると、しょぼくれて冴えない中年男だった。お修は三十半ば、富右衛門は四十をひとつふたつ過ぎていた。身なりも地味で、大店の主人にはとても見えない。お修が富右衛門の座敷についたのも、たまたまであったという。

「あたしゃ湿っぽいのが苦手でねえ、不幸をつらつらとあげつらうのも、正直、癇に障った。料理屋にふらりと立ち寄れる身分なのに、いったい何が不足なのかと、つい説教が出ちまった。あたしなんて十五の歳から働き詰めなのに、こんな結構な膳をいただいたことなど一度もないってね」

 富右衛門は、ひどくびっくりした顔をして、お修の説教を大人しく拝聴した。しまったと後悔したのは、客が帰ってからだ。紙に包まれた心づけは、並の客の三倍だった。

 これほど気前のいい客なら、愚痴でも不幸自慢でもつき合うべきだった。逃した魚は大きいとたいそう悔やんだが、富右衛門は三日後にまたやってきて、同じ仲居を所望した。

「いったい、どこが気に入られたんだい?」

「𠮟られたことが、嬉しかったんだとさ。本音をぶつけられたことなぞ、ここ何年もついぞなかったと」

 上に立つ者は、周りからは大事にされるが、そのぶん孤独も抱えている。お修の歯に衣着せぬ物言いは、富右衛門には耳新しくきこえたのだろう。足繁く富士吉に通うようになり、一年ほど後に、一緒になってくれまいかと乞われたという。



「うらやましいねえ。まるで絵に描いたような、玉のこしじゃないか」

 お菅がため息をつき、お修も得意を隠そうともしない。

「ただね、戸田屋に入ってからは、あたしも苦労したんだよ。ひとり娘はちっとも懐かないし、親戚連中はうるさいし、奉公人にまで胡乱(うろん)な目を向けられてさ」

 それでも富右衛門が存命のうちは、お修の地位は盤石だった。しかし三年前に旦那を亡くしてから、明らかに旗色が悪くなった。敵方の大将は娘ではなく、戸田屋の当代たる娘婿だった。

「あの婿ときたら、まったく癪に障る。二言目には辛抱だの倹約だの、御上以上に小うるさいんだ。挙句の果てに、あたしを戸田屋から追い出そうとする始末さ。隠居家を仕度するから、お義母さんはお移りください、とすまし顔で言われたときには、頭ん中が煮えくりかえったよ!」

 婿の顔を思い出したのか、鼻息を荒くして拳を握る。

「考えようによっちゃ、悪い話じゃないと思うがね。なさぬ仲の娘夫婦と角突き合わせているよりも、離れて暮らした方が互いに安穏とできるだろ」

 口を挟んだお麓を、じろりと睨む。

「あたしが我慢ならないのは、隠居家じゃあなく手当の方さ。月々たったの一両二分なんだよ」

「一両二分!」

 と、聞き手のふたりが声をそろえる。お修とは逆の意味で驚いたのだ。

 一両二分といえば、女ひとりには結構な額だ。お麓の月々の掛かりは、その半分ほどだが、特に不自由はない。大店の隠居手当としては、ごくごくまっとうと言えよう。

「それだけありゃ、十分じゃないか。どこに不足があるのかね」

「なに言ってんだい! 一両二分じゃ、着物一枚仕立てたら使い果たしちまうよ」

「一両二分の着物なんて、袖を通したことすらないけどねえ」と、小さな声でお菅はぼやく。

「せめて二両と婿に粘ったら、隠居家の掛かりや、おつき女中の給金が嵩むから、これ以上は出せないと抜かすんだ!」

 仮にも大内儀の立場であろうに、阿漕丸出しの物言いだ。これでは義理の娘夫婦も、さぞかし往生したに違いない。

「ちょうどそんなとき、お菅ちゃんから便りをもらってね。おかげで妙案を思いついた」

 話の落着が見えてきて、お麓はげんなりと肩を落とした。

「あたしも一緒にここに住めば、隠居家も女中も要らないだろ? それでどうかと婿に談判して、ようやく二両を承知させたんだ」

「そりゃ、打ってつけの思案だねえ。お修ちゃんが来てくれれば楽しくなるよ」

 お菅は早くも歓迎の素振りだが、お麓は最後まで抗った。

「こんなちんけな長屋じゃ、戸田屋の大内儀には相応しくないよ。安いとはいえ、店賃だってかかるしさ」

「たしかに窮屈だけれど、着物を我慢するくらいなら、ボロ長屋で手を打つよ」

「おつき女中だって欠かせないだろ? 三度の飯や、掃除や洗濯はどうするのさ」

「それくらい、あたしが手伝うよ。何なら賄いは、あたしが務めようか。ひとり分もふたり分も変わらないからね」

 お菅のお人好しが、いまはひたすら恨めしい。そうだ、とお菅が手を打った。

「どうせなら三人分を拵えて、一緒に膳を囲もうよ。その方がきっと楽しいよ!」

 ぐんぐん広がるお菅の思案を止めるのが精一杯で、お修の引っ越しを阻むことができなかった。どうかそれだけは勘弁してくださいと、お麓は善福寺にも氷川明神にも祈ったが、神仏ですらもお修の強引には太刀打ちできなかった。

 それからほどなくお修は越してきて、おはぎ長屋ではもっとも店賃の嵩(かさ)む二階屋に収まった。

 昼と晩は辛かろうじて死守したものの、朝餉(あさげ)だけは三人そろって取る慣いだ。

 そしてお修もまた、昼を過ぎると判で押したように、お麓の家を訪ねてくる。ふたりになったことで、騒がしさも厄介も三倍になった。

「何だって毎日毎日、うちに集まるのさ。ふたりでしゃべり散らせばいいじゃないか」

「お麓ちゃんだけ仲間外れにするなんて、できやしないよ」

「そうつんけんしないで、今日は太鼓屋の味噌せんべいを買ってきたからさ」

 子供でもあるまいに、何が悲しくて三人の婆がつるまねばならぬのか。

 お麓の安穏な老後は、見事に泡となって消えた。


******


 陰暦十一月──、霜月の名のとおり初霜が降りた。

 江戸の冬には木枯らしがつきものだが、今年はことさら風がきつい。二日前から強まった風は、夜中になるといっそう勢いを増し、一晩中、悲しい声で吠え続ける。家の戸障子が外れんばかりに揺さぶられ、お麓はそのたびに目を覚ました。

 風は空が白むまで吹き荒れていたが、二日ぶりの日の出に遠慮するように、今朝になってようやく収まった。

「やれやれ、これでようやく稼ぎに出られそうだよ」

 味噌汁をよそいながら、お菅がほっとした笑顔を見せる。

 お菅が働く茶店は、葭簀(よしず)張りの掛茶屋だけに、風の強い日は葭簀を外して店を休む。

「あたしも家に籠もりきりで飽いちまったよ。これで裾を気にせず買物に行けると思うと、本当にやれやれだよ」

 暇なふたりを相手にするのが、どんなに難儀だったか。やれやれはこっちの台詞だと、椀を受けとりながら胸の中で呟いた。

 それでも湯気の立つ味噌汁をひと口すすると、気持ちが和んだ。

 出汁は煮干し、具は大根と油揚げ。小松菜の煮浸しに、一丁を三等分した湯豆腐まで添えてある。

 お修の家は二階屋だけに土間も相応に広く、台所も使いやすい。

 道に面した表店を除くと、二階屋はめずらしく、おはぎ長屋には二軒しかない。ここはひと昔前、一階を住まいに、二階を仕事場にしたいと申し出たさる表具師が、当時の名主であった杢兵衛の父親の許しを得て建てた家だった。当の表具師はその後出世して、どこぞの大名家の抱えになったそうで、験が良いとも伝えられる。

 いまはその二階屋を二軒長屋に造り替え、その片方にお修が収まったというわけだ。



 お菅は朝餉の支度を整えて、材はお修の手当で賄い、後片付けをお麓が引き受ける。

 朝から三婆で顔をそろえるのは、未だに面倒が先に立つのだが、少なくとも朝餉の景色はぐんと良くなった。以前は飯と汁だけは拵えたものの、納豆があればいい方で、漬物だけで済ませていた。汁ひとつをとっても、お菅の料理は明らかに味がよく、手間を惜しまぬだけに惣菜の彩りも増えた。

「あたしも今日こそは、落ち着いて書き物仕事ができそうだ……なにせこのところ、うるさくて敵わなかったからね」

「ああ、そうだね、風の音は気に障るからねえ」

 こぼした嫌味も、お菅にはまったく通じない。

 食事が済むと、お菅はそのまま仕事先に出掛けていき、一方のお修は二階に上がり仕度にかかった。近所に買物に行くときでさえ、念入りに化粧を施して着付けにも隙がない。

 半時はたっぷりかかり、慣れっこであるだけに、お麓は後片付けを済ませて家に戻った。

 小机の前に座って、ほっと息をつく。ゆっくりとていねいに、墨を磨った。

 お麓は墨の匂いが好きだった。墨とは本来、臭いものだときいた。煤と膠(にかわ)を混ぜて捏ね固めたものが墨であり、膠は煮皮、つまりは獣や魚の骨や皮などの煮汁が固まったものだけに、においがきつい。そのため墨には、必ず香料が加えられる。

 白檀、龍脳、梅花などで、やや燻したように香るその匂いをお麓は好んだ。

 墨が磨り上がり、筆に含ませた折だった。いましがた出掛けたはずのお菅が、血相を変えてとび込んできた。

「お麓ちゃん、大変なんだ! すぐに来ておくれよ!」

 ふり向いた拍子に筆をとり落とし、畳に黒い染みが滲んだ。


*************

長屋で静かに暮らすお麓のもとに転がり込んできた、能天気なお菅と、派手好きなお修。お麓にとって悪夢のような騒がしい日々が始まってしまう。

ある日、お菅が見つけたのは、空き地で倒れた母親と声が出せない少女。数日後には母親が息を引き取ってしまい、残された少女・お萩(はぎ)をお麓たちがお師匠さんとなって育てていくことに……。
婆三人と少女一人の暮らしはどうなっていくのやら。

単行本『姥玉みっつ』のご購入はコチラから。




こちらの記事も読まれています