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常夜の読書会――5人の知性が名著を武器に現代社会を読み解く

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現在にも通じる覇権喪失の危機

與那覇 実際にオルテガは、1918年から刊行されて欧州の読書界を席巻したシュペングラーの『西洋の没落』を、論敵にしているところがありますね。第一次世界大戦による荒廃と、アメリカ・ソ連という二大新興文明の台頭で、どの国も自信をなくしていた。しかしオルテガは、情緒的な没落論に溺れるのは大衆に堕すことであり、今こそヨーロッパの価値を再確認し結束せよと呼びかける。


現在もEU(欧州連合)の統合力が弱まった隙を突いて、ロシアがウクライナに侵攻した結果、再び「やはりEUは結束すべきだ」との声が甦っています。そうした状況の先駆けにも見えませんか。


岩間 本書が書かれた時代である戦間期と現在は、覇権国の支配が揺らいでいる過渡期の時代という意味で似ていますね。第一次世界大戦後、西洋社会に噴出した不安感を、オルテガは「大衆の反逆」という言葉で見事に言い当てた。細かなことを言えば、本書には植民地支配や十九世紀のヨーロッパに対する肯定的なまなざしがありますが、そうした評価については個人的には懐疑的です。


オルテガの時代には第一次世界大戦によってヨーロッパのエリート支配が揺らぎ、支配層に対する疑問が大衆の顔をまとって出てきました。今の世界においてはアメリカの支配が揺らぎ、その他の国や地域が欧米に対して疑問を呈している。そこは重なります。1920年代から30年代にかけてヨーロッパで起きていたことが、今はグローバルに起きているように思います。

大衆を分析しつつも大衆には共感しない

與那覇 オルテガ流に言うと、危機の時代には「専門家か、素人か」は偽の命題に過ぎず、精神的に「貴族なのか、大衆か」が真の問題になります。もちろん身分制的な意味ではなく、周りに流されない自己を確立した人が貴族ですね。


岩間 読んでいて気になったのは、オルテガの側にこの時代の大衆はどういうものかという"分析"はあっても大衆の置かれた状況に対する"共感"が抜け落ちている点でした。第一次世界大戦後のヨーロッパは従来の価値観や秩序が崩れ、共産主義や無政府主義が台頭し、ハイパーインフレが起き……と、大混乱の時代でした。それなのに、これまで信じていた世界が激変する時代を生きる大衆への共感が見受けられない。


東畑 僕も同じことを思っていました。オルテガは結構、辛辣なことを書いていますよね。例えば、大衆のことを「満足しきったお坊ちゃん」と表現しています。あるいは大衆は自分の頭で考えずに付和雷同することに満足し、かつそれに自分では気づいていない、とか。こう悪口のように書かれてしまうと、人は耳を塞いでしまうし、自分のことではないぞと思いますよね。少なくとも、僕はそう思いました(笑)。オルテガ的な物言いをされても、僕も含めて、皆が「自分以外が大衆だ」と感じる社会に突入しているのではないか。


與那覇 オルテガの定義では、出自や階級には関係なく、自分が世の中の"平均だ"と感じた時に満足する人が大衆ですね。「こっちが多数派だぞ!」という点を誇り、少数派にマウントをとる人々。確かに、自分がそうだとはあまり言いたくない(笑)。


佐々木 僕は理念に準じない人を大衆と呼んでいるんだと思った。


與那覇 もう一つは、歴史を生きていない人ですね。"今"の満足度を最大にできれば、それでいいという感覚の人が大衆。歴史が専門の学者でも、過去からの文脈を忘れた者はしょせん「文献学者」に過ぎないと、まるで僕みたいな悪口を書いていました(『大衆の反逆』283頁)。


岩間 定義はそれでいいんです。問題は普段の状況であれば大衆は反逆しないということです。ならば、なぜ反逆したかを考えなければならない。それは大衆の心のなかに入ってみないと分からないのに、本書にはそうした姿勢が見えません。お腹が満たされて、幸せを感じていれば、大衆だって反逆はしない。オルテガにとってもリベラルデモクラシー(議会制民主主義と個人の自由の重視を特徴とする政治体制)をいかに守るかは重要なテーマであるにもかかわらず、そこのところに考えが今ひとつ及んでいないようなのが読んでいて不思議でした。

理念ある国家は西洋だけなのか

與那覇 オルテガ自身は没落論に抗して、欧州のリベラルデモクラシーを擁護するのですが、それを古代のギリシア・ローマからの系譜だけに結びつける点も気になりますね。同じ時代に栄えたエジプトや中国は、別に文明じゃないんだと(『大衆の反逆』242頁)。この臆面もない西洋中心主義の歴史観には驚きました。


佐々木 私の理解だと、オルテガは中国やエジプトの文明は国外に広がらなかっただけだと言っている。これは本書の最後でも論じられている国家とは何かという問題とも関わってきます。国家は自然には発生せず、必ずリベラルデモクラシーなどの何らかの理念が必要となる。


人はその理念を維持しなければいけないが、大衆がその役割を担っていないという話です。オルテガは、大衆はもはや生きる目的を失い利便性に基づいて生きているだけだと認識している。これは現代の我々にも重なる言葉でしょう。しかし、ならば皆で共有できる理念があればいいという話になって出てきたのが、オウム真理教のような勢力だったりするわけです。理念はともすれば社会にとって危険なものになり得ますが、一方で今こそ新しい健全な共同体のあり方が求められているのではないかと考えました。


與那覇 オルテガの立場では、理念の共有がなく地縁結合だけでまとまった国家は偽物で、いわば「大衆国家」に過ぎない。古代のギリシアやローマは、民会で議論し理念をぶつけ合う文明だったからこそ、後のリベラルデモクラシーの礎を築いた。なぜその歴史を、末裔である目下のヨーロッパ人は引き継がないんだと怒っています。

※今回の教材※

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』

訳:佐々木 孝

版元:岩波文庫

出版年:2020年(原著は1930年刊)

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