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岡本三成さん(左)と三浦瑠麗さん
「大衆のための政治」をどう実現するのか。公明党の岡本三成新代表と国際政治学者の三浦瑠麗さんに、党の理念と今後の進路を語り合っていただきました。「中道」の具体像から全国の議員ネットワークの活用、そして経済・外交まで、新生・公明党が目指す政策と改革の方向性を掘り下げます。(月刊『潮』2026年12月号より転載)
公明党の新出発にあたって
——公明党は岡本三成新代表のもと、新たなスタートを切りました。昨年10月10日の自民党との連立解消を皮切りに、中道改革連合の結成、総選挙、そして3党合流の見送りと同党にとってはまさしく"激動"の1年でした。そうした中で就任された岡本新代表はこの1年をどう振り返り、どのような展望を描いているのか。以前に著書『逆転の創造力』(小社刊)にも登場された三浦瑠麗氏との再びの対談を通してこうした点を掘り下げていきたいと思います。よろしくお願いします。
岡本 よろしくお願いします。今日は私が今感じている問題意識についても、三浦さんにさまざまなご意見を伺いたいと思います。
三浦 よろしくお願いします。『潮』は総合月刊誌ですから、目先の政局的な話というよりは、根本の理念や中長期的な政治の軸について深掘りできればと思います。
岡本 本当にこの1年は激動でした。私は党執行部の立場としてその一つひとつのプロセスに深く関わってきましたが、心の奥でずっとある自問自答を続けてきました。民主主義というのは、本来「異なる意見を持つ人々が合意形成をして前に進む」という過程そのものです。故に私たちは自公政権においても中道においても、異なる立場の人たちとの対話を常に重視し、落とし所を模索してきました。
とはいえ、政党である以上、他党と譲り合って妥協できる部分と、絶対に折れてはいけない価値観や線引きがあります。個人の人間関係ではないので、その線をどこに引くべきなのか。自分自身はもちろん、党員や地方議員、職員、そして何より有権者の方々に「そこは譲れないよね」と納得してもらえる線引きとは何か。代表になった今でも、明確な答えは出てはいません。
三浦 そこはまさにそれぞれの政党の成り立ちそのものに関わる問題ですよね。まず自民党ですが、長きにわたり強固な基盤を持つ背景には、出自や地域での立ち位置に立脚したアイデンティティがあります。例えて言えば「瓦屋根の人たち」です。村々で代々瓦屋根の家に住んできた人たちは、祖父母やそれ以前の世代から継承してきたものを、それが利権と呼ばれようと伝統と呼ばれようと守るべき基盤として持っている。だから疑問を持つ必要もなく「普通は自民党だよね」という合意が地域コミュニティや経済界の中で自然と生まれるわけです。日本維新の会にも「関西地域」という強力なアイデンティティがあります。
一方で、公明党の根本にあるのは精神的な理念です。これは出自や地域に関係なく、広く人々を糾合しうるアイデンティティを持っている点が強みです。共産党や社民党も強いロジック(思想的枠組み)に立脚したアイデンティティを持っています。
それらに対して立憲民主党などの旧民主党系の政党というのは、えてして「大きな一つの屋根」を作ろうとします。しかし、人の数をある程度揃えられてもそれらを束ねるロジックが弱い。屋根は大きくできたとしても作りが脆いのです。
公明党のように屋根は小さくても理念という作りがしっかりしている存在が、まとめるロジックの弱い人たちとくっついて新しい屋根を作ろうという計画そのものが最初から難事業だったのです。
そのため中道の挫折に関しては、「退くべきか折れるべきか」というよりは、カルチャーの異なる人たちも含めて一緒にやろうと呼びかけたものの、小さな屋根には入りきれなかったという問題だったのではないでしょうか。
岡本 中道の合流が頓挫した要因を一つ挙げるとしたら、中道の結党を「皆が心から納得していたわけではなかった」という点です。もちろん、1月の段階で公明・立憲の両党は公式な手続きを踏んでサインをしていますし、公明側はある程度納得して進めていました。
しかし、相手方を含めた衆議院議員の中には、急な衆議院解散を受けて、中道が掲げた基本政策「5本の柱」に違和感があってもサインしてしまったという面もあったと思います。
実際、総選挙後の参議院との合流交渉の渦中では「サインはしたが本音では納得していない」という不満が噴き出しました。少し残念に思う気持ちもありますが、これは総選挙で負けてしまったことも大きく影響しているとは思います。
いずれにせよ、カルチャーの異なる両党が一つになるためのコミュニケーションの深さや幅、そして時間のすべてが全然足りていませんでした。
三浦 突然の解散という事情があったにせよ、本来なら調査や研究を含め最低でも1年ぐらいかけて中道のイデオロギーを体系化できていればよかったとは思います。政治的リーダーシップを取れる人が中心にいれば、1年くらいなんとか持ちこたえられたかもしれないし、その過程で国会議員や支持者の間で納得感が醸成された可能性もあったでしょう。